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「たっ頼むよアル、見逃してくれ。お前を炭鉱奴隷から買い上げたのは俺じゃないかっ」


「いや駄目だ、俺が生きているのを知っている奴は出来るだけ少ない方がいい」


 コールマンは、今までに聞いたこともない低く冷たい俺の声に、冷や汗をかきながら震える声で嘆願してくる。


「俺は置き去りにするのは反対だったんだ。でもあいつらが勝手に……」


「俺はあんたには感謝してるよ。あのまま炭鉱にいたら一生奴隷だったからな。あんたに教えて貰った戦い方や、迷宮での知識はこれからも有難く使わしてもらうよ」


 俺はそう言って右手をコールマンに向けた。


「待て、待てって、最後に一つ聞かせてくれ。どうやって奴隷の首輪を外したんだ? あれは死ぬまで外れないはずだぞっ!?」


 コールマンがそう言いながら、一メートルほど離れた自分の愛剣に微かに目を向けた。


「お前に教えるつもりはない。それにすぐに死ぬ奴が今更聞いたっ」


「しねぇぇぇぇえええっ」


 コールマンが俺の話している途中で愛剣を掴み、突進しようとしてくる。

 その瞬間、轟音と共に輝く閃光の中にコールマンは包まれた。

 コールマンのHPが0になったのを確認してから死体に近づいた。


「この臭いは慣れないな」


 コールマンだった物は黒く焼けコゲており、これが誰だったかは俺以外分からないだろう。


「この剣は貰っていくよ」


 俺は剣を握り締めその場を後にした。





 ーーーー





「あー、よく寝たわ」


 ゆっくりと布団から出て時計を見る。


「もう4時かよ」


 親が仕事から帰ってくる前に、ささっとご飯たべとないとなぁ。


 俺は自分の部屋からリビングへと向かう。

 そこには母さんが作ってくれた料理が、ラップに巻かれて置いてある。

 この4年間いつも見ている光景である。

 そう、俺は4年以上家から出ずにニートを続けている。

 机に置いてあったハンバーグを電子レンジに入れる。

 温まるのを待っていると、いつもの口癖が口から漏れる。


「俺って終わってるよな」


 どこで間違えたんだろうか?


 自分の過去を振り返ってみても高校までは順調だったと思う。

 決して頭のいい高校ではなかったが、友達も居たし留年するような成績でもなく、大学にも無事に通り順調に社会への道を歩んでたと思う。


 だが、大学ではいつからか地獄になっていた。

 仲の良かった友人からぶつけられる悪意、身の覚えのない噂、不特定多数から向けられる視線、そのどれもが俺の心を蝕んでいた。

 これまで大した壁にぶつかったことのなかった俺は、精神がボロボロになり大学を1年半で中退することになった。

 両親は俺の様子が可笑しいことに気付いていたようで、意外とあっさり中退することを認めてくれた。

 その時は両親に対しての申し訳なさと、暖かみを感じた。

 あの時絶対に恩返しするんだと強く思ったのは、心から感じた想いだったと思う。


 大学を中退してからは正社員の面接を30社受けたが全て落ち、やっと受かったアルバイトも3日でクビになった。

 その日以降家から出ていない。

 面接に受からない理由も、アルバイトを3日でクビになった理由も、自分では分かっている。

 それは人の目がこちらに向いていると、尋常じゃなく体が震え汗が噴き出るのだ。

 あの体の震えを見たらどの会社だって、欲しい人材とは思わないだろう。


 アルバイトの仕事もできるだけ人と関わらない仕事を探し、ようやく受かったのにその仕事場に同じ大学の奴がいた。

 …………嫌な予感がした。


 その二日後に人事部の方から呼び出された。


「明日から来なくていいよ」


 俺は頭が真っ白になり理由を聞く。


「どうしてですか?」


「はっきり言って震えすぎてて気持ち悪いんだよね。しかも君いい噂聞かないし、職場の雰囲気悪くなるんだよ」


 ああ、そういうことか……どこまでいっても付き纏う黒く醜い影、これから先たとえ違う仕事についたとしても一生ついてくる……。

 また俺の心が折れた時だった。

 全てがどうでも良くなり、この世の全てが敵に回ったような気がした。


 それからは家に籠って、お金のない俺はインターネットで時間を潰したり、無料パソコンゲームを無課金でやったりして変わりない毎日を過ごした。

 特にハマったのはWEB小説での異世界転生物と言われるジャンルで、何の取り柄もない主人公が異世界に子供として生まれ変わり、チートな能力で無双しハーレムを作るというものだ。

 正直羨ましいとしか言いようがなかった。


 俺には無い理不尽をねじ伏せる力。

 俺には無い明るい未来……。


 初めて異世界転生物の小説を見た日から、俺は貪るように同系統の小説を読み漁った。

 小説を読んでる間だけは、現状への焦燥感など嫌なこと全て忘れて気持ち良くなれた。

 俺にはもう来るはずのない失った明るい未来、というものがそこにはあったからだ。


 夕方のニュース番組を見ながらご飯を食べ、冷蔵庫にあったパンとジュースを確保して自室へと戻ると、慣れた手つきで型遅れなパソコンをつける。


「取り敢えず今日更新してる分、先見るか」


 いつものようにお気に入りの小説が更新している分を見ていく。


「あーやっぱこれ面白れーわ 。俺も死んだら転生しないかな」


「って、さっきから電話うるさいな」


 ここ5分ほど電話が鳴り響いていたが、俺が取ることはない。

 電話を気にせず小説を読んでいく。

 しばらくすると玄関が開いた音が聞こえたので、ふと時計を見るともう8時を回っていた。


「えっ、もうこんな時間か。いつもより帰ってくるの遅いな、残業かな?」


 そう言いながら続きを見ようとした時、すごい勢いで階段を上がってくる音が聞こえてきた。

 一体なんだと思い耳を澄ましてみると、部屋のドアがノックされた。


「カズ、カズ、父さんが……父さんが事故にあって」


 それは久しぶりに聞く母の声だった。

 俺は迷ってしまった。

 部屋のドアを開けることを。


 自分だけの世界。


  誰にも傷つけられない絶対安全な場所に誰かを入れること ……。

 そこから出て人と会うことに……。


 迷った直ぐ後に、言い様のない後悔が襲いかかってきた。


 あぁ、いいつから俺はここまで腐ってしまったんだろう。


 ずっと俺のことを支えてくれた父が事故に遭ったというのに、一番に考えたことは自分のことだなんて……。


 どうしようもないクズだ……。


 後悔と罪悪感を持ちながらドアの鍵を開け、扉を開いた。

 そこには1年ぶりに会う母の姿があった。

 母の化粧は涙で崩れボロボロになっており、その姿を見て嫌な予感がした。


「父さん大丈夫なのか?」


 震える声が口から出る。

 母は嗚咽を漏らしながら首を横に振った。


「そんな……」


 呟くように俺は声を発していた。


 一体どれ位時間が経ったのだろうか、10秒にも10分にも感じた。

 人は思いもよらないことに遭遇すると、これほどまでに時間の感覚が狂うものなのだろうか。


「トラックに轢かれて即死だって……」


「は、はは……そんな……どうして父さんが、あれだけ一生懸命に働いて、家族を守って…まもっ…」


 それから俺はしばらく泣き叫んだ。




 その後、父の葬儀は無事に終わった。


「これからは和樹が、お母さんのこと守ったらなあかん」


 久しぶりに会った親戚から言われた。

 その言葉は今も心に響いていて、俺の前に立ちはだかる壁を越える力になっている。


 父が死んでから一ヶ月経った。

 あれから母とは少しずつ話すようになり、就職活動も再開した。

 なぜか今は異常な体の震えや、発汗が治まっている。

 思えば父の死を知ったあの日から、震えや発汗はなかったように思える。

 正直そんなことを意識するような状況じゃなかったから、その辺の記憶は曖昧だ。


 今日も母とたわいのない話をして自室へと戻った。

 今日は今年一番の悪天候で、外は土砂降りの雨と雷だ。


「あ、今の雷かなり近かったな」


 窓を開けて外の様子を確認する。


 その瞬間、轟音と共に強烈な痺れが体を蹂躙して、強烈な痛みを感じながら意識は遠のいていった。



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