中1-6月-
6月に入った。季節はもう夏で、雨季も近いのかじめじめした空気が肌にまとわりつき、妙な不快感を感じる日も少なくない。
そんな中、サッカー部だけでなく、運動部は夏の大会が迫っていた。夏の大会といえば、三年生にとっては最後の大会であり、中学三年間の集大成である。
だから三年生たちの気合いは十分であり、各部活の空気もピリッと引き締まっていた。それ故にサッカー部の練習もメインは二・三年生で、ひたすら攻撃や守りのフォーメーションを練習して、試合のシミュレーションを繰り返すものになっていた。
「アップ終了!二・三年はゴール集合!一年は反対コートで自主練!」
「はい!」
部長の掛け声に部員全員が大きな返事をする。顧問とコーチが既にゴール前とに待機しており、二・三年生はダッシュで彼らの前に翔ていった。
そうなると一年は、一年だけでの練習となった。しかしいくらなんでも自由に遊ぶなんて小学生みたいなことはできないので、朝貴が少しだけメニューを考えて、それに従ってみんなが練習をしていた。
「そうそう。しっかり足首固定して、足の甲の真ん中でボールをとらえる」
最初は二人一組を組んで、片方が投げたボールを浮いた状態で相手に蹴り返すという練習だ。インサイドやインフロント、いろいろな箇所で蹴り、正確に相手の胸へと返さなければいけないという、単純だが難しく、大切な基礎練である。
「いいじゃん三瀬!うまくなってるよ」
そんな基礎練習を至極真剣に楽しそうにやっているペアがいた。
「七倉のおかげだよ……」
廉太・三瀬ペアだ。
「オレなんか口だけじゃん。実践してんのは三瀬でしょ?」
今年入部した一年生8人の中にサッカー初心者が二人いる。その一人が三瀬で、もう一人が豊島という。
廉太の丁寧な指導と誉め言葉に三瀬は照れ笑いをして、それを見て廉太は嬉しそうに笑っている。そんな和気あいあいとした雰囲気に朝貴は嬉しくなった。
(よくなってきたかな)
先月、廉太にチームメイトともっと関わってほしいと思った。だから朝貴は「ペアを組む練習は毎回違う人と組む」というルールを一年生内に作った。毎回同じ人と練習したって、チーム戦なんだから意味ないと、チームメイトを説得した。全員とペアを組んで、どいつがどれくらい蹴れるのか、どれぐらいのスキルを持ってるのか把握すれば、それだけでパスミスは大幅に減る。そう言えばチームメイトは納得し、今ではそれが当たり前となった。さらに、このルールを実践すれば、パス練で全員が少なくとも一回は廉太と組むことになる。廉太のパスはとても正確で、自分の望んだところにパスが必ず来る。それは廉太が今までどれだけ練習してきたかを表すもので、それを体験すれば廉太がどれだけサッカーが好きだということがわかると思ったからだ。そして朝貴の目論みは上手く行き、チームメイトの中で廉太はサッカーに真剣な奴だと上手く浸透した。それに元々明るい性格も手伝ってか、ある程度は廉太も部活に溶け込めるようになっていた。
「チッ、七倉のやつ。初心者にはなんであんな優しいんだよ」
今朝貴とペアを組んでる、奄美が廉太たちの様子を見てごちる。その言葉に朝貴は苦笑した。
「よっし、あと五回連続成功したら交代!」
「五回も!?」
よくなってきたとはいえ、最初にこじれた奄美と河合とはあまり関係が変わっていなかった。ちょっとした言い争いが未だに減らないのだ。廉太は相変わらず奄美と河合には厳しいし、奄美たちも廉太に歩み寄ろうとはしない。
それなのに廉太は意外にも初心者に優しく、サッカー経験のない三瀬と豊島には懇切丁寧にボール蹴り方を教えていて、奄美は納得がいかないようだ。
「三瀬と豊島は上手くなろうとしてるから。わかってるだろ、奄美も」
「……俺だってちゃんとやってら」
「わかってるよ、ちゃんと」
分かっている。二人とも二人なりのサッカーがある。前みたいな無意味ないがみ合いがなくなったので、もう強くは言わないが、いつかはちゃんとお互いのサッカーを認められるようになってほしいと思う。
「ラスト!終わったらシュート練」
朝貴は声を張って、一年へ指示をだした。
*
部活の最後にはミニゲームを行う。そこでは学年関係なく混ざり、2チームに別れる。
チーム編成は監督がいつも決めるので、先輩らは実力で別れるが一年生はランダムで適当に別れた。
「よろしく、朝貴」
「ああ。なんか、ちょっとへんな感じかも」
「なっ」
偶然にも朝貴と廉太が同じチームだった。一年生の中ではこの二人がおそらく一番上手い。だから一年生同士でミニゲームをするときは絶対同じチームになることはないのだ。
「なんかFWだし、何点か決めてやろうぜ」
「もちろん。先輩たちにどれだけ通用するか試してやる」
廉太が拳を突き出してきたので、朝貴も拳でそれに合わせる。こつんと鳴ると二人ではにかんだ。ボールは朝貴のチームからで、二人はセンターサークルへと踏み込む。ボールに足を置いたのは廉太で、その様子をみて監督はホイッスルを口元へ持っていく。
「15分ハーフだ!」
監督が指示し、キックオフのホイッスルが高らかに鳴った。
その瞬間廉太はボールをちょんと朝貴に蹴り出して相手チームへ攻めていった。朝貴も一旦後ろへボールを下げて左サイドへと広がる。朝貴のボールを受け取ったのは先輩だった。どうやらチーム分けの感じから、朝貴たちのチームはDF重視らしい。DFに上級生が多く配置されている。反対に向こうのチームにはFWに上級生が多くいる。GKには一年生ながら奄美がついていた。つまり、今日のゲームは先輩たち同士が攻守に別れて今日練習したフォーメーションを実践で確認する意図なのだろう。でも一年だからって怖じ気づいてなんていられない。
「ヘイ!」
廉太が右サイドから先輩にボールを要求した。廉太も朝貴同様、ゲームに絡む気でいるようだ。
廉太のポジションはサイドから攻めるにはもってこいで、先輩も廉太へとパスする。しかし既に読まれていたのか、目の前には相手チームの先輩が走り迫っている。それでも朝貴は前へと攻めた。
(廉太ならっ)
一瞬、ボールを受ける時の廉太と目があった気がした。その目は走れと言ってるようだった。
だから朝貴は廉太を信じて左サイドをかけ上がる。
「一年にやらせるか!」
MFの先輩が廉太の前へ立ちはだかった。廉太は冷静に右のライン際を抜けようとアウトサイドでボールを足に引っ掻ける。しかし先輩は読んでたと言わんばかりにライン際に足と体を差し込み、廉太の前に出て行く道を塞いでしまう。
(いまだ!)
その廉太の様子を見て朝貴は左サイドからゴール前へと進路変更をする。回りにいた先輩たちは驚いたのか、朝貴の様子を目だけで追っている。
すると廉太はインサイドでボールを中に蹴り込み、目の前にいる先輩を抜いた。そのまま顔を上げるとやはり朝貴と目が合い、廉太はそのままボールを浮かしてゴールへとロングパスを蹴りあげた。
「いけ!朝貴!」
ボールは朝貴の走り行く先ドンピシャに落ちてくる。やはり廉太はすごい。
先輩たちは一年が早々攻めてくるとは思っていなかったのか、ボールの後を追うように走り戻ってきていた。でも遅い。ボールは朝貴のすぐ頭上だった。
「させるかよ!!!」
ヘディングで合わせようとボールに向かって飛び上がったとき、後ろから勢いのいい声が飛び込む。朝貴は急いでボールに触ろうとするが、その前にボールがゴールキーパーのパンチングにより弾き返されてしまう。
「奄美!」
相手チームのゴールキーパーは奄美だ。朝貴は振り返って奄美を見ると、奄美は誇らしげな顔で朝貴を見下ろしている。
「どうだ!」
「最高のタイミングでの飛び出しだった」
ペナルティライン際でのプレーだったが、奄美は臆することなく飛び出してきた。ゴールキーパーにとって飛び出しの判断は難しく、しかし今の奄美の判断は最も正しいものだった。しかも跳ね返ったボールは仲間へと渡り、奄美のチームのカウンターも成功している。
「最高のキーパーだろ?」
「言ってろ」
冗談を交わしながら二人で笑っていると、少し離れたところから「奄美!」と大きな声で奄美を呼んでいる廉太がいた。
驚いて朝貴と奄美は弾かれたように廉太の方を見ると、廉太は部活では滅多に見せない人懐っこい笑顔で笑っていた。
「今の飛び出しサイコー!」
そう言って拳を突き上げて、廉太は自分のコートへと戻っていった。
「廉太……」
廉太のそんな姿に朝貴は思わずぐっとくる。だからほら、廉太はちゃんとサッカーが好きな人は認めてるんだ。廉太は奄美が嫌いで冷たくしてるわけではなく、もっと出来るのにやらないから怒ってたんだ。
「アイツ、シュート止められてんのに喜ぶかフツー」
奄美は照れてるのか、うつむき気味で小さな声でぶつくさと文句を言っている。しかし内心は嬉しいのは見え見えで、朝貴は可笑しくて吹き出した。
「んだよっ!お前も早く戻れよ!」
朝貴に笑われたことで不機嫌になったのか、奄美は口を尖らせて強めに朝貴の方を殴る。
「わかったって」
自分のコートでは攻防が続いており、朝貴は急いで戻る。
「逆サイドがら空きチャンスだぞー!!」
後ろからはビリビリと痺れるくらい大きな声で奄美がチームメイトに声をかけていて、それが嬉しくて朝貴は走る足を加速させた。
これから、一年生は変わっていくような気がする。そんな予感がした。