中1-5月-
「お前さ、七倉といつの間に仲良くなったん?」
今日も部活が終わり、一年生の朝貴たちは部室の裏にある古いベンチで着替えていた。そんなとき、朝貴と同じ小学校出身で、友人でもある奄美がそう呟いた。ちなみに話にあがった本人は練習が終わるとすぐに着替えて帰っていった。
「いつって……いつの間にか、だろ」
朝貴はめんどくさくて適当に答えると、奄美は嘘付けと吐き捨てる。
「あいついつも睨んでくるのにいつの間にか仲良くなれるわけないし」
奄美がそう言うと、何人かが頷いていて、朝貴は内心苦笑した。
たしかに廉太は集中してない奴がいると睨んだりキツい言葉をかけている。でもそれは決して誰かまわずしてるわけではないはずなのだ。それをみんなはまだわかってない。
「俺なんかさ『その目って飾り?それとももしかしてボールってどれだかわからなかった?』なんて言われたんだぜ!!!くあー!ムカつく!」
奄美の話に同じく朝貴と同じ小学校出身の河合が乗っかった。
「ちょっとシュートスカしただけだろ!いみわかんね!」
憤慨している河合は着替えをしまうスポーツバッグをバコバコと叩き、顔を赤くして叫んでいる。
5月に入って、朝貴たち一年生はやっとボールを触らせてもらえるようになった。しかしそれはパス練習やシュート練習などの基本をやるだけで、インサイドのみ、アウトサイドのみ、などのいろいろな指定はあるものの基本的には同じ動作の繰り返しだった。
だから、途中で集中力が切れて適当にやり始めるものもいる。仕方ないのかもしれない。しかし廉太はそれが許せないのだ。
「でも河合がそれ言われたとき、後ろの奴と話してたろ?それで自分の番気づくの遅れて、慌ててシュートしたらスカしてたよな」
河合が一連を思い出したようで、俯いた。
「七倉も言い方キツいと思う。でも、それのせいばっかには……俺はできないかな」
初めて言葉を交わして以降も、廉太とそんなに話したわけではない。でもパス練習のときは自然と廉太と組み、自然とお互いの動きを読んで競い合っている。それだけで廉太のサッカーへの姿勢は充分伝わってくる。
だからこそ、少しずつでいいからみんなにも廉太の気持ちが伝わればいいと朝貴は思う。
「朝貴って真面目だよなあ」
奄美が呆れたように言う。それに朝貴は笑って、まぁねと奄美に言うと脱いだばかりのソックスを投げつけられた。「くさっ」っとオーバーに投げ返してやると部室にドッと笑いが起きた。朝貴も河合も笑っている。そのやりとりを見た河合はひとしきり笑ったあと「俺も悪かった」としぶしぶ認めていた。
「あー。もっとボール触りてえ」
誰か言ったのか、一年生たちの中からそんな切実とした呟きが漏れていた。
*
一年生内でそんな会話をした次の日曜日。この日は部活もなく、もちろん学校もない。それでも朝貴はうずうずしていられなくて、ボールを持って学校へときていた。
この日のグラウンドは奥で野球部が練習しているだけで、他はガランとしている。朝貴はストレッチをすると、しばらくサッカーのフルコートをドリブルしながら体を温めた。
「あれ?朝貴?」
そろそろ体も暖まり、練習をしようかと言うときに、グラウンドに現れたのは廉太だった。
「廉太。おはよう」
「おはよっす」
廉太はエナメルのスポーツバックをサッカー部室のドアの前に置き、中からスパイクとボールを取り出した。
「もしかしなくても自主練?」
廉太はスパイクの紐を結びながら朝貴に聞く。朝貴も廉太の前でリフティングをしながら答えた。
「ああ。どうしてもボールに触りたくて」
「おれも。家の前じゃリフティングしかできないし、せっかくゴールあるんだから来ちゃおうかなって思っ、て」
力強くスパイクの紐を結び、廉太は立ち上がる。そのまま「ヘイ、パス」と朝貴に向かって手を上げると、グラウンドの中央へ向かって小走りを始めた。朝貴は廉太に向けて、リフティングからそのまま浮かせたボールを蹴り上げ、廉太と共にグラウンドへ走る。廉太はボールをうまく右足でバウンドさせると、左足、そして右足とボールを落とさないようにして、また朝貴へ返した。
「朝貴はリフティング最高いくつ?」
「1000以上。それより上いくとあんま数えられなくなる」
「わかるわかる!」
二人で一つのボールでリフティングをしあい、珍しくくだらない話をした。好きなサッカー選手やチームのこと、部活での笑い話、クラスのこと、小学校の時のチームのこと。
ちゃんと話してみると廉太は意外におしゃべりのようだ。表情も多く、会話をしてても途切れないし、飽きない。本当に部活の時とは別人のようだった。こんなに普通に楽しいのに、何故他の人とは話そうとしないんだろう。
「あ。なあ廉太」
「なに?」
ふとこの前のことを思い出す。朝貴はどうしても廉太に聞いてみたかったことがあった。
「……廉太ってさ、なんで部活終わったらすぐ帰るんだ?」
朝貴はこの前の着替えの時のことを思い出していた。
チームメイトにキツい事を言い、部活が終わったら誰とも言葉を交わさずにすぐ帰る廉太。いくら廉太がサッカーに真剣であっても、これではチームメイトにいい印象はもってもらえない。ただでさえ廉太の小学校と朝貴の小学校の間には多少なりとも壁があり、その中でも廉太は特に印象はよくない。事実、着替えの時の会話はチームメイトの本音だ。
このままでは廉太は一人になってしまう。サッカーは一人じゃできないし、それは廉太もわかっているだろうし、望んではいないだろう。
「すぐ帰る?ああ、そうかもね。だってさ、部活じゃボール触り足りないじゃない?だから晩御飯まで少しでもボール蹴りたいからダッシュで帰るんだ」
リフティングはいつの間にかパス練に変わり、ボールは地面を転がっている。
「そうだったのか」
──もっとボール触りてえ
誰の言った言葉だったか。
満足にボールを触れない一年生の不満はもちろん廉太も例外ではないわけだ。だから廉太はボールが触りたいがために、だれよりも早く帰り、ボールに触れる時間を作っていた。
えらいと思う。サッカーが好きなんだな、と素直に尊敬する。
「でもさ、俺は違うと思う」
朝貴はボールを足の裏で止めた。
そして思ってることをはっきりと言ってみる。多分、廉太ならちゃんと聞いて、受け止めてくれる。
「違う?」
廉太も動くのをやめて、朝貴を見つめた。
「ボールに触るのは大切だ。俺だって触りたいから今日ここに来ちゃったし。でも、それだけじゃないと思うんだ、廉太」
「どういうこと?」
廉太は不思議そうに首を傾げた。でもやっぱり聞いてくれるみたいで、実は廉太ってすごくいい奴なんじゃないかと思う。何故それを誰も知らないのかと言えば、このサッカー部に廉太と同じクラスが一人もいなかったことが原因だろう。もしかしたら、廉太自身も少しやりづらかったのかもしれない。
「サッカーって、チームでやる競技だろ?」
朝貴がそういうと、廉太は口をきゅっと結んで押し黙った。朝貴はやっぱり、と思う。彼は解ってたのだ。サッカーはチーム戦で、自分がこのチームから浮いていることを。
自分が気づいてフォローしてあげるべきだった、朝貴は悔いた。
「廉太はいつもサッカーに真剣で、真っ直ぐだと思う。言いづらいことも言ってくれてすごくありがたいと思ってる。だからこそ、廉太は部員ともっと繋がらなくちゃいけないと俺は、思う」
恐らく、今同学年で一番サッカーが好きなのは廉太だ。なのに廉太が一番居づらいチームなんて、そんなチーム強くなれっこない。
「一年だからって甘えてるみんなの意識も変えてかなきゃいけない。でも、今はきっとそれは難しいことだと思う。だけど廉太なら、俺はすぐみんなと打ち解けられると思うんだ」
「……オレは」
朝貴がずっと話しているのを聞いていた廉太。 考えながら話しているのか、切り出した言葉の続きは中々出てこなかった。それでも朝貴はひたすら待つ。
「オレは、別に、みんなを嫌いだとは思ってない」
ポツリポツリと、廉太は語る。
「でも、正直あんまり好きじゃない。だってサッカーって、自分が好きだからやるものだ。顧問とか先輩がいない時は手抜いちゃえとか、意味わかんない」
「うん。俺もそう思う」
「そんなやつとサッカーできんのかなって、イライラして……」
「実は俺もしてる」
朝貴がそういうと廉太目を真ん丸く開いた。
「え?……じゃあ言えよ」
「言う前に廉太が言うから」
「ずりい」
ははは、と笑う廉太。
やっぱり彼は本来、人から浮くような人物ではないだろう。熱くなりすぎてるだけで、普通に話せばこんなにも明るくて暖かくて、優しい。
「明日はさ、帰んなよ?」
朝貴は止めていたボールを蹴って、パスを再開した。今いった言葉の本気を伝える為に、ボールも強めに蹴ってやった。廉太は正確にそれをトラップし、そして柔らかく蹴り返す。難なく朝貴の足元ドンピシャに来るものだから、さすが廉太だ。
「でもオレいたら、部室の空気悪くなんじゃない?」
「俺がそんなことさせない」
蹴り出すボールを今度は浮かす。ループで廉太へと繋げば、今度は胸でトラップをする。
「なにそれ。かっこいいな朝貴」
笑いながら鋭いボールを蹴ってくるのだから、廉太も中々策士だ。朝貴は面白くて吹き出した。
「まあね」
「否定してよ」
勢いのあるボールをダイレクトで返せば、廉太もダイレクトで返してくる。何本か繰り返し、朝貴はゴールの方に何歩かずれた。それも廉太はしっかり見ており朝貴の右足へと難なく届けた。そして廉太もゴールへと駆け出した。
二人でワンツーパスをしながらゴールへ走り込み、ゴールラインギリギリで廉太はゴール前にクロスを上げる。
「ヘッド!」
廉太の一声に朝貴は地面を蹴りあげた。
「ナイッシュー朝貴!」
ボールは朝貴の額にしっかりと当たり、ゴールネットを揺らした。廉太が両手を掲げて走ってくると、朝貴も両手を上げてハイタッチをする。
それから二人でパスや一対一をして過ごす。11人でやるサッカーからしたら物足りなさはあるが、たまに起こる朝貴のシュートミスや廉太のパスミスで笑い転げ、すこし危ないボレーシュートに挑戦してみたりと、部活とはまた違って楽しめた。
朝貴はネットから掬い上げたボールでリフティングを始めた廉太をなんとなく眺めた。
廉太となら、チームを強くしていける。何故かそう確信できた。