中1-4月-
青春の中で絆を育む男の子二人の物語です。
ボーイズラブ要素は薄目となりますが、少しずつ惹かれていく描写はございますので、ご了承の上お読みください。
中学に入学してから二週間。学校生活にはまだぎこちないところもありつつ、初めて着る学ランも少しだけ板についてきた。
桜も散った頃、サッカー部に入った朝貴は一年生のメニューである外周を走り終え、他のチームメイトたちを待っていた。走り終えているのは朝貴ともう一人。
「ねえ、今、面白い?」
そのもう一人、今までロクに話したこともない七倉廉太に突然話しかけられた。朝貴は珍しく驚いて、いつの間にか隣で座っていた七倉を見る。
七倉廉太とは小学校が別だった。中学になって学校が同じになっただけ。クラスも違うし、同じサッカー部に入部したものの、まだしゃべるきっかけもあまりない。
だから朝貴は七倉のことをあまりしらない。七倉に限ったことでなく、違う小学校からのチームメイトのことはイマイチよくわからなかった。
「おれ、全然面白くないんだよね」
そう続けた七倉は、朝貴に話しかけているにも関わらず、まだ外周を走り終えていない同級生のチームメイトを睨みつけていた。
(質問、は、なんだっけ)
朝貴はさっきの七倉の言った言葉を思い出す。
――今、面白い?
今してることと言えば、ランニングだ。面白いとは思わない。
しかし朝貴はなんとなく七倉が言っていることはそうじゃない気がした。七倉のことは全然わからないけが、同級生たちを睨みつける目や顔がそうじゃないと思わせた。
「面白くはない。でも必要だ」
朝貴は正直に答える。
その言葉に驚いたのか、七倉は少しだけ目を見開いた後にふっと笑った。
「やっぱり塩田とは話合うと思ってたんだ」
今度は朝貴が驚いた。
これが初めて見た七倉の笑顔だった。
「へえ、七倉って笑うんだ」
「笑うよ。クラスではけっこう」
七倉は朝貴にしてやったり顔ではにかんだ。その顔は朝貴の知っている七倉からは想像もつかなかった。いつも練習ではしかめっ面で、チームメイトにはちゃんと走れよと文句を言う。衝突もしばしばで、笑った顔なんか見たことない。
「おれさ。小学校のときサッカーやってたんだ。チームではけっこう上手い方だった」
七倉はいつの間にか、やっと走り終わったチームメイトたちを見ていた。
朝貴は黙って七倉の話に耳を傾ける。
「それでもさ、中学入って全然先輩たちに追いつけねえの。ダッシュでもランニングでも。そんなんさ、ボールとれっこないじゃん」
七倉は神妙な顔つきでそう語る。七倉はサッカーが好きなんだろうな、と朝貴には伝わってきた。
「おれだって毎日ただ走るだけとかやだよ。でも、必要じゃん。だから走るし、一生懸命走らないと上に上がれない。どうせ走るんだったら一生懸命真剣に走ってサッカーの糧にしたい」
ああ、そういうことか。
きっと七倉は我慢してきたのだ。ちゃんと走らないチームメイトに。ランニングでいつも、最初につく朝貴、次に到着する七倉以降はずいぶん間が置かれている。
多分七倉はみんなでサッカーがやりたいんだ。だから、みんなにもちゃんと走って欲しいんだ。これはサッカーをやる為なんだよ、って言いたいんだ。
「わかるさ」
だから朝貴は七倉に言った。
「え?」
驚いたように七倉が朝貴を見る。
「七倉の言ってること、俺もわかる。俺は走れなくなることが、一番サッカーをつまらなくさせるものだと思うから」
朝貴も小学校でサッカーをやっていた。小学校のころは下手ではない、むしろ上手い部類に入っていた。しかし中学に入り、最初に先輩たちと混合でミニゲームをやったとき、最後まで走れなかったのがすごく悔しかった。
ミニゲームですら走れないのか。朝貴はそう思った。
足が動かなくてパスに追いつけない。ふらついて掬い損ねたボール。ドリブルすらままならなかった。
「いつも七倉に抜かされそうになる度、頑張ろうって思えるよ」
朝貴は自信たっぷりな顔で七倉を見る。その口元はニヤリと笑っているかのようにも見えた。
そんな朝貴に七倉は口を開けたまま呆けたが、やがてプハッと息を漏らした。
「絶対追いついてやる」
そして瞳に鋭さを宿し、口角を上げる。そのまま朝貴の正面に立って右手を出した。
「ありがとう、塩田。それとごめん、急に話聞いてもらっちゃってさ」
七倉は照れたように笑った。
「いいや。俺も七倉と話せてよかったよ」
朝貴も右手を出して七倉の手を握り返す。七倉の手はやけに熱かった。
「おれ、七倉廉太。七倉って言いにくいから、廉太でいいよ」
「じゃあ俺も朝貴でいい。塩田朝貴」
よろしくとお互いに笑いあうと、いつの間にか全員帰ってきていたのか、キャプテンの集合がかかった。2人は顔を合わせた瞬間、我先にと先輩たちのいる方へ全力で駆け出した。