《500文字小説》雲の教室
週末になると、私は車を運転して友人の家へと向う。
友人は田舎の古い一軒屋を購入し、フランス文学の翻訳の仕事をしながら、気ままに暮らしている。以前は空地のようだった庭も、彼女が手入れをしてから四季折々の花が咲く。今は山村暮鳥の詩のように菜の花が満開だった。
「丁度良いところに来た。イチゴのタルトを焼くのを手伝って」
ここは、時間が止まっているような錯覚を起こす。都会の喧騒の中で、仕事に特別な情熱もなく、ただ月々の生活費を稼ぐために働いている日々。働けるだけ幸せなのだけど、空虚感は否めない。かといって、新しい一歩を踏み出す勇気があるわけでもない。惰性のまま、流されているような。
「…私って、何か欠陥でもあるのかな…」
テラスで紅茶を飲みながら、私はポツリと呟いた。
「ちゃんと先の事とか考えなきゃいけないのに」
「先の事なんて、誰にもわからないんじゃない?」
彼女は紅茶を注ぎながら、何気なく返してきた。そして。
「今できることを頑張るしかないと思う。だから、一緒に頑張ろう」
「うん…」
それが正しいのかは私にも、おそらく彼女にもわからない。それでも、そう思おうと思った。
春の夕暮れは、穏やか夢のように暖かかった。
こんな時ですが、「頑張ろう」という気持ちを伝えたくて書きました。