魔王ヒッキー
とても短いです。
さっくりお楽しみ下さい。
広大な地下迷宮、その最深部に魔王軍の拠点があった。
大きな空洞と、それを埋め尽くすほどにそびえる宮殿は、彼らの技術と実力を誇示するかのように威圧的な姿を晒している。しかし我々を拒絶するその迫力は、逆に言えばそれだけ追い込まれている証でもある。世界を恐怖で覆い尽くした彼らの猛攻も、各所で鎮火しつつある。
平和はすぐそこに、もう手を伸ばせば届くところに存在している。
「よし、一気にカタをつけるぞ!」
此処に到達するまでの道程が、決して平坦であったワケではない。体力も魔力も、まだ底をついてはいないものの、思ったより消耗している。確実な勝利を目指すのならば、ここは一旦退くべきと判断するべき局面なのかもしれない。
しかし、この機を逃せば魔王軍は体勢を整え、二度と我々の侵入を許さないかもしれない。魔王討伐の悲願を達成する好機は、今をおいて他にない。
皆もわかっているのだろう。表情に疲れを見せながらも、精一杯の虚勢を張って雄叫びを上げる。
勢いに任せて駆け込んだ宮殿内は、思っていた以上に手薄だった。やはりこちらの作戦が功を奏しているようだ。そしてそれに気付いたからこそ、悪戯に分散して各個撃破されることを恐れたのだろう。
だが我々は、最後の決戦と覚悟を決めて四天王を打ち破り、四魔貴族を屠り、死界三魔将の屍を越え、魔王直属の十傑衆を蹴散らした。次いで現れた滅びの十二使徒はいい加減にしろと追い返してやったが。
さすがに疲れ果て、それでも宮殿の奥地、身の丈の数倍はある荘厳かつ巨大な大扉へと到達する。此処まで来れば、もう邪魔する者は居ない。この先に待つ魔王と、決着をつけるだけだ。
「覚悟はいいな?」
振り返り、全員の顔を確認する。大丈夫だ。ここまでの激戦を潜り抜けてきた猛者達に、臆する気配など微塵も見られない。魔王など恐るるに足らず、我々の勝利は揺るぎないものだと言えるだろう。
「魔王、いざ勝負!」
どばーんと派手な音を立てて大広間へと通じる大扉を押し開く。
「いえ、人違いです」
コントローラーを握って画面を睨みつけている二本の角を生やした大男が、そう言った。
「え、あ、すいません」
どうやら部屋を間違えたらしい。
がらららららら、ぴし。
あれー、おかしーなー。ちゃんと確認して入ったつもりだったんだけど――
がららららっ!
「ちょっ、待てコラ。ちゃんと合ってるじゃん。魔王の部屋って書いてあるじゃん!」
「えー、だって今忙しいしー」
言いながらコントローラーを握った両手が右へ左へ大きく動く。
どうでもいいが魔王がグラン○ーリスモするな。
「はいはい、ゲームは後でも出来るんだから、さっさと決着つけようぜ」
「痛いしメンド臭いからヤだ」
「じゃあどーすんの。どーしたいの?」
「いーよもう、そっちの勝ちで」
こうして世界に再び平和が訪れた。
我々は英雄となり、多額の報酬を貰って今では悠々自適な隠居生活を楽しんでいる。まぁ魔王があんなだったからってこともあるし、オンラインゲームで出会ったらパーティくらいは組んでやろうと思っている。
しかし気を付けないとな。
人も魔物も、引き篭もるとロクなものにならないようだから。
魔王だって生きてるんだし、飯も食うしゲームだってするんだろうなと思ったら、こんな話になりました。