冬
『 桜花と六花・幕間』
桜と雪。
一見して共通項が見えないこの二つに、実際のところ多くの存在が何らかの形で惹かれる。
なぜ惹かれるのか、なぜ魅了されるのか。
まあ、これは単純な話で、単にこの二つが美しいからだろう。そんなに深く考える問題でもない。
これらの美しい「花」の名を授けられた二つの存在は、その美しさゆえに多くのものを惹き寄せ、魅了してきた。
あるときは何かを癒し、あるときは何かに哀愁を与え、またあるときは・・・
いずれにせよ、これらの花はその美しさゆえ、多くの存在に様々な影響を与えてきたのだ。もちろん・・・
それは、この二つの花自身も、例に漏れず、己自身によって強い影響を被ったであろうということは想像に難くない。
「世界のあり方」より抜粋。
『 桜花と六花・終幕 』
ふーん。珍しいね。「願い」はあるのに、それが見えないなんて。
とても能天気なお姉さんはアイスをコーンに乗せながら答える。本人がいうには魔法使いで女子高生らしいけど。女子高生にもなって魔法使いとか言うのはどうかと思う。ちなみに、今遊園地でアイスを売っているのは別に生活費を稼ぐためではないらしい。なんでも、それは極秘任務の最中で、その内容をばらすととめちゃくちゃ怒られるらしい。
はい、アイスクリーム。これおまけね。
そういって魔法使いのお姉さんは自分が食べていたポッキーをアイスにさしてくれた。お母さんとお父さんが来てくれるのを待ちながらアイスとポッキーを食べる。
しばらく黙って食べていると、お姉さんが話しかけてきた。
多分ね、あなたは「願い」が見えないんじゃない。見ようとしないだけなんだよ。だって、見てしまえばあなたの「願い」は今のような無色透明のきれいな花ではいられなくなるからね。
お姉さんは続ける。
あなたの世界の形はとてもきれいな雪の花。それも、かなり大きくなってしまっている。いやー、そんなにきれいで大きい世界は私も初めて見るよ。確かにそれが世俗の色で穢れるのは他人の私でももったいない気がするな。
ポッキーをポリポリかじりながらお姉さんは続ける。
でもね、いつまでもそういう風には居られないよ。だって、生きるってことはそういうことだもの。あなたが大事にしまってるその「願い」はいつか穢される。でもそれは決して悪いことではないの。
お姉さんが遠くを見つめる。潮時かな?そういってお姉さんは店じまいを始めた。まだ昼間だというのに。
最後にお姉さんは私に振り向いて言った。
でも大丈夫。きっとね。どれほど見えづらくでも、あなたの「願い」にはきちんとした形がある。だから後はあなたが勇気を出すだけ。それだけであなたの「願い」はすぐに見つかるよ。だってそれは、世界中に満ち溢れているものだから。
そして、「じゃあね。」と言い残し、お姉さんは走り出した。何かから逃げるように。そして、それを追うのはどう見ても警備員さんだ。
違うって、おっちゃん!私今迷える子羊を助けてたんだって!
そう喚くお姉さん。だけどお姉さんを捕まえたおじさんはものすごい形相で怒鳴っている。
このバカたれ!お前は今なんのためにここに居る?アイスクリーム売るためか?あ!マイル坊主に言いつけるぞ、あいつは今でも寝る間を惜しんで頑張ってんだ。なのにこのバカたれは!星は逃げちまったよ!お前がアイス売ってる間に!ほれ次行くぞ!やつの行った先くらい分かるだろう。さっさと準備しろ!
そういって、連行されるお姉さん。なんだか、ドナドナドーナって歌いたくなってくる。なんだったんだろう。不思議な人だったな。
この後、この魔法使いは世界中の者から、トラブルメーカーの二つ名を頂戴することになるがそれはまた別の話。
『 桜花と六花・最終章 花降る町 』
「違うんだよ・・・。優花・・・。違うの、私は別にそんなつもりは・・・。」
どうしてこんな風になってしまったんだろうと考える。雪が降る町を駆け抜けながら。
今の自分がしている行為にひとかけらも意味は無い。どれほど考えたところで答えはでないし、どれほど走ったところで逃げられない。だけどそれをせずにはいられない。もし、今考えることを止めてしまえば、あるいは走ることを止めてしまえば、私は壊れてしまう・・・。
最初は全然違和感なんてなかった。昇君とのことを幸せそうに話す優花を見て私も幸せだった。優花のことを話す昇君を見て幸せだった。お互いを大切に思いあっている二人。そんな二人が幸せそうにしているその風景が私はとても好きだった!なのに・・・。
いつからだろう?
それを見るのが苦しくなったのは。
いつからだろう?
それが私にないものだと気づいたのは。
いつからだろう?
あの二人を見るとこの胸が痛むようになったのは。
「優花は私の親友で、昇君は私の親友の恋人!なのに、なのに、なんで、なんで・・・。」
いつからだろう?
彼の笑顔が私を苦しめるようになったのは。
いつからだろう?
幸せそうなあの二人を見て私がそれをねたむようになったのは・・・。
いやだ!いやだ!誰か、誰か助けて!
声にならない悲鳴を上げる。声にしなければ聞こえないのに。声に乗せなければ誰にも届かないのに。
空から延々と降り続ける雪。もうそれすらもわずらわしい。こんな馬鹿みたいにたくさん雪は降ってくるのに、救いはひとかけらも降ってはこない。わかってるよ、そのくらい。救いなんてもの、簡単に降ってくるわけはないんだ。だけど、だけど今だけは、誰か・・・誰でもいいから・・・、誰か助けて!
♪
そう、救いなんてものはそんな簡単には降ってこない。当たり前だ。もし、そんな簡単にそれが降ってくるなら、世界に不幸な人間なんていなくなる。
空を見上げながら昇はそう思う。
(結局のところ君にはそもそも願いなんてものがないんだ。)
あのときの言葉、かつては理解できなかったあの言葉の意味も今なら分かる。
(いや、あるにはあるが、君の願いは、はっきり行って情動に近いものだ。君以外の者もそれは当然持っているし、大多数の者はそれを満たすために「願い」を持つ。)
そうだ。俺の願い。形のない、ただ馬鹿みたいに大きいだけで、その実、中身が空っぽな、そんな自分の願い。
どれほど望んだことか、それが叶えばいいと。どれほど待ち望んだことか、それをもたらしてくれるものが現れればいいと。でも、そう、きっとこれは叶わない願いなんだ。だって、
ただ単に「幸せになりたい」などという、そんな漠然とした空っぽな願いが叶うはずがないのだ。
先ほどから目に涙をためて泣きじゃくる優花を抱きしめる。優花は気づいていない。明里さんが走り去った本当の理由に。いや、ひょっとすると明里さん自身それに気づいていないかもしれない。だからそれを伝えなくてはならない。俺たちは気づくことができて、優花たちが気づけなかったひとつの真実を。
明里さんを見つめ続けた江藤と、そして自分を見つめ続けた俺の二人だったから気づけたホントに馬鹿みたいで、でも大切な、そんな願いと「願い」の話。
「優花。」
優花を強く抱きしめる。愛しいこの娘が自分の「願い」なんだろうか。自問自答する。
・・・。はは、いや、違うな、この「願い」は俺の「願い」じゃない。これは明里さんの「願い」だ。俺はたまたまそういう「願い」があるのを知っただけで、俺の願いが「願い」になったわけじゃない。
もう一度空を見上げる。あいも変わらず、雪が降り注ぐ。救いではない、ただの六花が。
「大丈夫だよ。優花。」
そう大丈夫だ。空を見上げながらそう思う。
確かに救いは簡単には降ってこない。簡単に救いはもたらせるものではない。
でもだからといって、救いは絶対に手にすることができないものでもない。
幸いなことに、明里さんのそれはさきほど走っていった。
8ヶ月だ。そう8ヶ月。あいつはそう望み続けた。明里さんの横に立ちたいと。あの娘を守れるそんなやつになりたいと。
だからあいつならきっとなれる。俺はそう思う。簡単ではないそれに。多くの人間が望んでも手にすることができないそれに。だってあいつは・・・。
彼女のことが本当に好きなんだから。
♪
「おい!明里!」
追いつかれてしまった。しかもよりにもよってメトウ君に。本当に最悪だ。いや、話しかけないで!今はあんたみたいな馬鹿に付き合ってられないの!だからあっちに行って!
そう思うのに声が出ない。だから当然メトウ君はしゃべり続ける。
「俺はお前をずっと見てきた!入学式の日からずっとだ!」
知ってるわよそのくらい。だから何よ!なら分かるでしょう!あんたなんか大嫌ってことくらい。だから向こうに行って!
メトウ君が近づいてくる。逃げたい。あれから逃げたい!でも足が動かない。なんで?どうして!
「だから分かるんだ、お前は昇のことが・・・」
目を閉じる。はっきりと言葉にされてしまえばもう逃げられない。もう、どこにも逃げ場はない。だからもう・・・はやくこの苦しみを終わらせて。こんなわけが分からない苦しみを、さっさと終わらせて。私に言って、お前はクズだって。それが私が欲しかった最後のピース(答え)だって。
♪
「何言ってんの?昇。言ってる意味が分からない。だって、そんな・・・」
戸惑う優花。まあそうだろうな。俺が言ったって、伝わらないだろう。でもそれでいいんだ。だって、これは俺の「願い」じゃない。明里さんの「願い」なんだ。だから・・・。
「きちんとしたことは明里さんから聞いてくれ。これは俺じゃきちんと説明できない。そうだな。あるいは江藤のほうがきちんと説明できるかもしれない。でもこれは優花がきちんと明里さんと向かい合って聞くべきだ。」
でも・・・と優花は口ごもる。
「でも・・・でも私、明里にひどいこと言った。もう口なんてきいてくれないかもしっ!って何すんのよ!」
どうやら優花は凹むとどこまでも凹むみたいだ。そんなの似合わないから鼻ピンしてやった。めっちゃ怒ってるけど、そっちの方が優花らしい。
「心配すんなって。信じろよ。あいつを。今回はしくじらないよ、あの馬鹿は。ホワイトクリスマスなんだ。奇跡ぐらい起きるって。」
えらく根拠がない適当なことを言う俺に優花がキレた!
「なにそれ!メトウ頼み?最悪!こんな肝心なとこであの馬鹿頼るなんて信じらんない!もういい!自分で行く!あいつ頼るくらいなら、木島頼った方がまだ何ぼかましだわ!じゃあね昇!あんたはそこで童話の待ちぼうけおじさんみたいに突っ立てなさいよ!私は行くから!」
そう言って走り出そうとする優花の手を掴み、敵意むき出しの優花を自分に引き寄せてキスをした。
「・・・。」
だいたい3秒くらいだったと思う。そっと唇を離す。ここから先は記憶がない。その理由はというと・・・
「死になさい。」
という優花の一言と共に、俺の意識が消失したから。
♪
「だから分かるんだ、お前は昇のことが・・・」
メトウ君からの宣告が下る。求めていた答えではなかったけれど、仕方がない。そんな答えに導いたのは自分だから。
そう思い、観念してメトウ君と目を合わせる。なんか入学式のときを思い出す。あの時はメトウ君の予想外の言葉に動揺させられたけど、今回はさすがにない。分かりきった答えを彼から聞くだけなのだから。
一旦言葉をためて、彼は黙り込む。止めてくれるかと思ったけど、そうは行かないみたい。無情にもメトウ君は再び口を開く。
「×××××××××××××××××××××××。」
そしてメトウ君の口からでたその言葉を聴いたとき、私の中の最後のピースが大きな音を立ててきれいにはめ込まれるのが分かった。だけどそれと同時にひどく戸惑う自分もいる。だって、メトウ君が言ってる意味が分からなかったから。
「お前は・・・、明里は昇のことがうらやましいんだよ。」
『 六花・最終章 氷解 』
何を言ってるの?と思う。私が昇君をうらやんでる?優花じゃなくて?昇君を?
それはおかしいことだ思う。だって、親友と付き合ってる異性に嫉妬するなんてそれじゃあ・・・まるで・・・。
「ごめん、メトウ君。あいも変わらずあなたの言っている意味が分からない。その・・・多分だけどあなたはとんでもない勘違いをしてると思うんだ。だってその理屈からいくと・・・・」
そう、それはあり得ない。異性である昇君と私が、私と同姓の優花を取りあう。メトウ君が言っているのはそういう構図だ。でも、だってそれじゃあ女である私はレズということになる。別にレズが悪いとかいうことじゃない。でもメトウ君がしている話はそれが前提でなければ成立しない。だけど私は絶対に違う。だって私の願いは・・・。
「いや、勘違いしているのはお前だよ、明里。俺が言っているのはお前が考えているようなことじゃない。いや、正確に言えば、お前があえて目をそらしていることだよ。明里。」
そう、絶対に普通なら変だと思うメトウ君の言葉。なのになぜ・・・。
私の心はこんなに落ち着いているのだろう?
「もう分かってるだろう?お前は昇のことが好きになって、あの二人が一緒に居るのを見るのが辛くなったんじゃない。お前があの二人を見て辛くなるのは、お前が叶えることの出来ていない「願い」を昇が叶えてしまっているからだ。しかも、昇はそれを望んで手に入れたわけじゃない。ただなんとなくだ。あいつがお前の「願い」を手に入れることが出来たのはたまたまだ。だからお前は納得がいかないんだ。」
「もういいよ。江藤君」
これ以上好き勝ってには言わせない。人が黙って聞いてれば意味が分からないことをべらべらと。はっきり言って、不愉快だ。
「なにそれ。私が、私が昇君を見て胸が苦しくなるのは、昇君が幸せそうだから?昇君が私の叶えたかった願いを叶えて幸せそうだから私は嫉妬してるって言うの?あはは、そうだね。それくらいのこと私はするかもね。だって私はクズだもん。分かってるよ、そのくらい。でもね、はっきり言って、それは違う。私はクズだけど、そこまで落ちぶれちゃいない。勝手なこと言って私の全部を理解した気にならないで。はっきりいって、気分が悪い。」
彼を傷つけるには十分だったと思う。それぐらい私はひどいことを言ったんだ。なのに彼は怯まない。
「もちろんお前の全部を理解しているわけじゃない。こんな短期間で全部を理解できるほどお前は浅い人間じゃないよ。明里。」
先ほどまで苦しくて苦しくてどうしようもなかった心が落ち着いている。彼の言葉を聴くたびに静かになっていく。でも、それは決して怒りのせいではない。なんで?
「ここからは俺の勝手な想像だ。根も葉もない。ひょっとしたら聞く価値すらないかもしれない。でも聞いて欲しい。俺がどれだけお前を見ていたかということを。」
返事を返さない。いや、返せない。それはつまるところ彼の行為を肯定することだ。私は彼の話を聞くということ。
「沈黙は肯定なりだな。」
そう言ってメトウ君は私をまっすぐに見据える。私だって目をそらさない。この話はそうしないと伝わらない、そんな風なものに思えたから。息を一度深く吸ってメトウ君がしゃべり始めた。
「俺はお前と出会う前から昇とつるんできた。覚えてるだろ?昇と榎本が付き合うきっかけになったあの放課後のことを。」
当たり前だ忘れるわけがない。だけどそれがどうした。それとこれと何の関係がある。
「あの時俺はお前に言ったよな。あいつは夢見てるんだって。あのときはぼやかした言い方した。だけど今はそんなことする必要ないし、しちゃいけないと思う。」
「・・・。」
「昇の夢、あいつの願いは「幸せになりたい」なんだ。」
・・・何それ?
「何だその漠然とした願いはと思うだろ?俺も始めて聞いたとき思った。だからあいつに聞いたんだ、「いや、だからお前の幸せはなんだ?こうなったらいいなって願いがあるだろう?」って。そしたらあいつなんていったと思う?笑えるぞ、あいつは、「分かんない。けっこう自分でも考えたんだけど、俺にとって何が幸せか分かんないんだ。そりゃあ、時たま幸せかなと思うこともあるけど、はたと考えるとほんとにこれが俺の幸せか?って思うんだよ。」って言ったんだ。真面目な顔で。だから最初はこいつ相当馬鹿だなと思った。だってそうだろ?天然さんでもない限りこんな発想にはならないからな。」
メトウ君は続ける。
「だから、こんな馬鹿となら長く付き合っても退屈はしないだろうと思って、つるみ始めたんだ。でもさ、付き合ってるうちに分かるじゃん。あいつが馬鹿じゃないってことくらい。それどころか、「こいつこんなとこまで見てんだ」って驚かされるくらいよく物事をあいつは見てる。だからさ、つるんでるうちに、そんなあいつが言ったあの言葉が何の考えもなしに出たものとは思えなくなった。」
雪はまだ降り続けている。でもそれはもう気にならない。目の前の彼の言葉だけが私を包んでいる。
「だからずっとつるんで馬鹿やりながら、ずっとあいつの言葉の意味を考えてた。だから分かったんだ。あいつには願いがないんじゃない。あいつの願いに見合う「願い」がないんだ、ってことにな。」
・・・意味不明。からかってるのかな?この期に及んで。そう思ったのが顔に出たのだろう。メトウ君が慌てて口を開いた。
「いや、普通さ、俺たちが考える「願い」ってさ、明確な形が無いにしてもぼんやりとした輪郭みたいなのがあるだろ?でも結局それってさ、そもそも俺たちの「幸せになりたい」っていう根本的な願いが形を持ったようなものだ。だから俺たちはふつう皆二つの願いを持ってるっていえるだろ?俺が言いたいのはそういうこと。たぶん昇の「幸せになりたい」という願いは、強すぎるんだ。そんな風に強すぎる願いに、あいつは形を与えてやれてないんだよ。普通俺たちがイメージするような「願い」という形を。だから、はたから見ればどう考えても幸せだろっていう状況でも、あいつは心のそこから幸せだと感じれないんだと思う。」
「・・・。」うん、メトウ君、分かるよ、君が言いたいことは。でもさ、
「それと私と何の関係があるの?」
思わず聞き返してしまった。それに答えず、彼は質問に質問で返してきた。
「お前の「願い」はさ、俺が思うにだけど、「誰かと一緒に幸せになりたい」だと思う。これは、あの入学式の日からずっとお前を見ていて思ってたことだ。違うか?」
「・・・。」何も言い返せない。まさにそのとおりだったから。でも・・・。
「だから何?それがなんなの?確かにそうだよ、あなたの言うとおり。私の「願い」は「素敵な人と一緒になること」だよ?でも、だから?それが何?それが今回のこととどう関係があるの?確かに、私の「願い」を優花と一緒にいることで昇君は叶えてしまっている。でもね、優花は今まで昇君以外の人とも付き合ってる。でも私はそんな優花たちを見ても全然平気だった。今回みたいな惨めな気持ちにはならなかったよ?それにメトウ君がいうとおりなら、私は優花に嫉妬してるってことにならない?それなのになんで昇君なの?意味が分からない。」
ほんとはもう分かってるのだ。さすがにここまで来れば。でも、だからこそ、ここまで来たからこそ、私は彼の口からその答えを聞きたい。私が自分自身のことなのに、ついぞ今日という日まで気づくことのできなかったのできなかった、その答えを。
「お前と榎本は違う。なんていうか根本的なところがだ。だからお前はいくら榎本がお前の「願い」を叶えていたとしても、所詮は他人の「願い」のようにしか感じることができなかったんだ。でも、昇は榎本とは違う。あいつはお前と同じなんだ。いや、お前と昇が同じといった方がいいか?お前らはもともとの「幸せになりたい」っていう願いが大きすぎるんだ。」
「・・・。」彼の答えを待つ。
「そしてここからがややこしいことなんだが、そんな風に似たもの同士のお前たちも完全には同じゃない。もう分かってるよな?昇は「幸せになりたい」という願いを形のある「願い」に作り変えることができていない。それに対してお前は大本の願いをきちんとした「願い」という形に作りかえることができている。でも、お前はあやふやな願いをきちんとした「願い」に作りかえることができていても、結局叶えることができていないでいる。それはそもそもの「幸せになりたい」という元の願いが大きすぎるものだから、それに見合うように生み出された「願い」も当然大きくなっていて、結局お前は見つけることができずに居るんだ・・・。そうだな、昇が自分の願いに見合う「願い」を見つけられていないとしたら、お前はお前の大きすぎる「願い」に見合う相手を見つけることができずに居ると言ってもいいかもしれない。いずれにせよお前たちは結局のところ大きすぎる自分の願いに振り回されてるんだ。お前と昇が幸せを感じることができない理由は違うけれども、結局お前たちは同じ結果に落ち着いている。」
「・・・。」
「でも、それは俺からお前たちを見た結果だ。お前はそういう風に考えていないと思う。たぶん、なんとなくだけどお前は前から、無意識にだけど、気づいていたと思う。お前と昇の共通点に。そしてそのせいで、お前たちがそれぞれの願いを叶えることができないということも。」
「・・・。」
「じゃあ、実際はどうか。一見すると昇は幸せそうだよな?はたから見ればさ。でもそれは本当はそう見えるだけで、本当のあいつの幸せじゃない。榎本には悪いけどな。」
「・・・。」
「そして明里、お前は自分と同じはずの昇だけが、お前の「願い」を叶えているように見えて、うらやましく思ったんだと思う。お前の気持ち分かるよ、お前自身は叶えることができていない、そんな「願い」をたまたまあの放課後に手に入れた昇がうらやましくないはずはないもんな。」
「メトウ君・・・。」思わず彼の名を呼んでしまった。
「でもな、明里、はっきりいって本当にそう考えているならお前はゴミ人間だと思う。だって、きっかけはあの放課後だったかもしれないけど、今のような二人になったのは昇と榎本の二人が頑張ったからだ。その努力を直視せずにただの結果だけを見て他人をうらやむなんてクズのすることだ。」
「・・・。」
「だから、俺がきっかけを与えてやる。あのときの放課後にあいつらにそうしたみたいに。今度はお前にな。」
「・・・。」
「俺と付き合ってみろ。そんな馬鹿みたいに大きなもんにしがみついてないでな。俺はたいした人間じゃないが、お前のことが分かればお前の「願い」に近づくことくらいはできるはずと思う。どうだ?」
「・・・。」彼は私の知りたかった答えを答えてくれた。だから今度は私が答える番だろうなと思う。
あの日も雪が降る夜だったと思う。確かお父さんとお母さんと私の三人で夜ご飯を食べに出かけたんだ。私の誕生日祝いもかねて。
そのとき、ご飯を食べながらいろんなことを話してもらった。どうやってお父さんとお母さんが知り合ったのか。そしてどんな経緯を経てふたりは一緒になったのか。
他にもいろんな話を聞かせてくれた。私がお母さんのおなかの中にいると分かったときのこと。それから私が生まれるまでのこと。そして私が生まれたときのこと。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていった。そして、ご飯を食べ終わった後、火照った体を冷やすために会計を済ませてるお父さんを残してお母さんと二人でレストランの外に出たんだ。
そして、お父さんが出てくるまでのほんの少しの時間だったけど、こんなふうに雪が舞い降るレストランの先で、お母さんと話をして、あの指切りをした。
そして思ったんだ。私もこんなふうに幸せな二人になりたいと。
でも、そんな幸せな日々は今では過去のものとなっている。
別に二人が離婚したとかじゃない。今でも普通に三人仲良く暮らしている。どこにだしても恥ずかしくない、そんな家族だと思う。でも・・・。
あの日の、あの六花が降り積もる町で私が見た、あの私の「願い」を生み出した二人の面影は今はもうどこにもない。
別に二人の仲が悪いというわけではない。二人は今でもお互いのことを愛し合っていると思う。
でも、今の二人に、あの日の輝きはない。あんなにきれいだった二人の姿はどこにもない。
私は永遠だと思ってた。あの二人の輝きは。
だけど、実際は永遠なんてどこにもなかった。だから私は結局自分から何もすることなく・・・
自分の「願い」、「永遠の二人」なんていうばかげたものを追いかけるのを止めてしまったんだ。
メトウ君を見る。
本当になんなんだろう、この人は、いつもはちゃらんぽらんな振りをしていて、肝心なところでは少しかっこよくなるけど・・・、それもしまりのないものばかりだ。彼のいいところを探す方が難しい。悪いところならいくらでも見つけられるのに。
だけど・・・
「ずいぶんな言い草だね。私の中で告白ってかなり綺麗なイメージがあったんだけど、見事にそれに背を向けた告白だよ。今の。」
「・・・。」メトウ君が珍しく黙っている。何か調子狂っちゃうよな。
「でも、そうだね。メトウ君の言うとおりだと思う。私が今まで甘えてたんだ。自分から手を伸ばしもせずに勝手に綺麗な世界をイメージして、それが現実にはないって知ってまた勝手に絶望して。」
「・・・。」メトウ君はまだ無言。
「だからね、うん、今日から頑張ってみようと思う。幸い手を伸ばしてくれた人が居てくれたからね。こんなクズみたいな私のために。」
ホントに世界はめまぐるしく変わっていくんだね、お母さん。こんな人にこんな感情を持つ日が来るなんて夢にも思わなかった。
「私と付き合ってください。メトウ君。こんな私でよければ、ぜひ。」
最後の方は恥ずかしくてまともに彼を見ていられなかった。思わずうつむいて言ってしまったが、メトウ君にはちゃんと伝わっただろうか。そう思っておそるおそる前を見る。
「・・・。」
瞬間、百年の恋が冷めた・・・。
おそらく、メトウ君はかなり最後までかっこよく決めたいんだと思う。だからシリアスな顔をしてるけど・・・。
口がにやけすぎ。鼻膨らみすぎ、拳握りすぎ、顔赤すぎ、それなのに目だけが笑ってないなんて、どう考えても気持ちが悪すぎる。どうしよう。いまならクーリングオフの期間内かな?訂正するなら今か?そう思ったときに彼が口を開いた。
「そうだな。明里。いい判断だ。俺と付き合えばお前はかなりの確率で幸せになれる。だがな、よく考えてみると、ひとつ肝心なことを忘れていた。お前にどうしても治してほしいところがある。そこが直らない限り、お前とは付き合えない。」
「・・・何?」なんだろう?この期に及んで。だいぶん私の汚いところを見せているはずなのにまだあるのだろうか。
「あのな俺はメトウじゃない。江藤だ。別に名前で呼べとは言わないが、せめてメトウは勘弁してくれ。」
「・・・ごめん。江藤君。」
あまりにもメトウ君暦が長すぎてこんなときにも彼をメトウ君と呼んでいたなんて自分でもいわれるまで気がつかなかった。自分もメ・・・江藤君のことを言えた柄じゃないな。そう考えると私たちは案外似たもの同士なのかもしれない。・・・なんだかイヤだけど。
こうして私と江藤君は付き合うことになった。かなり遠回りした気がするけど、それでもいいのかもしれない。
江藤君と付き合うことで、結局私の世界は壊れてしまった。でも、そんな悪いことのようには思えない。
多分、これが生きることだと思う。いつか誰かが言っていたみたいに。そして私は今のこの私の世界を・・・
とても愛している。
冬・閉幕
『 桜花・最終章 二度目の春 』
明日と今日の境界ってどこだろうな?
0時じゃない気がするんだよ。だって、24時超えても起きてたら、なんだか次の日になった気がしないもんな。
無邪気な疑問。しかしそれは・・・。
てかさ、さっきと今の境界ってどこなんだろうな。それが無いなら、今日も明日も同じもの
だと思うんだよ。
きっと誰もが無意識に抱きながら、しかしその多くがそれがなんであるか認識しないまま通り過ぎていってしまう、そんなもの。
なあ、昇。お前はどう思う?明日と今日の境界。それはあるのかな?
かつて江藤に聞かれ、答えられなかった無邪気な疑問。
だけど、今なら答えられる。その答えは「無い」だ。
だって結局のところ今日も明日も同じものだ。さっきと今が同じものであると同じように。
でも、それはすべてのことが永遠だというわけではない。なぜなら結局のところ物事なんて主観の問題だからだ。
どのように世界を見つめるか。
結局それこそがこの、「境界の無い無形の世界」を認識する、あるいはこの世界に境界を引くための唯一の概念。
もう、桜の季節だ。一年前と同じ、だけど少しだけ違う桜花の季節。
「昇—。速く!もう明里たち着いてるってよ!早くしないと桜が散っちゃうよ!」
一年前と同じこの季節が少し違って感じるのは世界が変わったから?それとも俺が変わったから?
「速くって言ってるでしょう!マジで桜が散っちゃうって!比喩じゃなくて!なんでもメトウ君が桜を蹴って、人工的に桜吹雪を作り出してるみたい。川島君たちは止める気ゼロらしい。だから私たちが止めないと!メトウ君の息の根を!」
きっと俺が変わったからだろう。なら、ひょっとしたら、「あのときの俺」じゃなく、「今の俺」なら、あるいは自分の願いを「願い」にすることができるのだろうか?
「————————。」
そろそろ優花の相手をしないとな。俺を変えてくれた本当に大切な人たちの1人なんだから。
ふわふわと幸せそうに風に舞ってばかりで、その実自分というものを持っていなかった俺を・・・
「いい加減にしろ!この朴念仁!何であんたは春になるとヘタレになるの?一足速い5月病?さっきから呼んでるのにボーっとしちゃってさ。ほら行くよ。メトウ君の息の根を止めに。」
そう言って俺の手を無理やりひっぱて行く優花。まったくこれじゃ、一年前と変わらないな。でもまあいいか。気長に見つけていくとしよう。俺の願いに見合う「願い」を。
「優花—!こっちこっち!早く江藤君を止めて!ホントに馬鹿なの!私の彼氏!早く!」
馬鹿みたいに陽気な青空の下、江藤が自分の彼女に息の根を止められようとしている。優花・・・だからなんで彼氏の前でそんな顔をする?百年の恋も冷るぞマジで。
「はー。まったく何やってんだか。」
さてまた始めるとしますか。いつもと同じやり取りを。いつか俺の「願い」になるかもしれないそんな馬鹿みたいな日常を。
二度目の春・開幕
END