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『 六花・開幕・秋 』


ねえ、明里?


(これは夢だ。でも、現実にあったこと。確かこれは、中学校のときの・・・)


「永遠」っていいものなのかな?なんかロマンチックな響きがある言葉じゃない?何でか知らないけど。


(夢の中の優花が不思議なことを聞いてくる。「永遠」が良いものかどうかなんて、考えなくても良いものだって分かる。当たり前じゃない。「永遠」なんて、望んだってそう簡単には手に入らないものなんだから。)


なんかさあ、私はそんな良いものには思えないんだよね。


(なんで?だって、「永遠」だよ?こんなに綺麗な言葉を私は他に知らない。こんな綺麗な言葉が良いものでないはずがないのに。)


う〜ん、なんでだろ?「永遠」って、変わらないって事だよね?ずっと、ずっと、どれほどの時間が経ってもさ。


(そう、そう、その通り。いつまでも変わらない。それこそが私の・・・)


でもさ、それって結局————————————


(あれ?優花、何て言ってるの?聞こえないよ。もっとはっきりと言って。そんな小さな声じゃあ聞こえないよ。)


————————————ってことでしょう?だったらそんなのって全然いいことじゃないと思うんだよね。


(優花、聞こえないよ。もっとはっきりと・・・)



これは、私が常盤学園文化祭の前日に見た夢の話。ただの夢の話。少なくとも、このときの私にとっては。

『 六花・第五章  文化祭初日・華やかな祭り 』


「始まったね。」

 優花がとなりであくび交じりに話しかけてくる。

「そうだね。始まったね。」

 私もあくび交じりに同じ言葉を返す。

はっきり言って、私も優花もくたくたで、出来れば今すぐ保健室のベッドで横になりたいくらいだ。

 そんなけだるい今日は、学園祭初日。

それは年に一度の祭りの日。

一年に二日しかない、大切な思い出作りの最初の日。

普通はうかれてはしゃいでまわるそんな日に、私も優花も、果てはクラスの全員が、最低のテンションだ。

というのも・・・

「メトウはいつかやらかすと思ってたよ。うん、いつかなんかやらかして、テレビに映って、そんでもって私たちがインタビューを受けるの。美人のアナウンサーにね。「あなた達は、江藤被告と同じ学校に通っていらしたんですよね?」ってね・・・。」

私はボーっと空を見ていた。優香がなにやら話しかけているのは分かるが、今は何も考えられない。

「そしてそのときに言う言葉も私は用意してたのよ・・・」

空が青い。いい天気だ。そういえば、明日も晴れだっけ?

「「私はいつか彼がこんなことをするんじゃないかと思ってました。だって、日ごろから彼は、その奇天烈な思考と行動で、周囲を混乱させてましたから。」って。・・・うん、用意してたんだよ、明里。いつかそういう日が来るって分かってたから。」

私は視線を空から移し、自分達の出し物の、「成れのはて」を見つめる。

「でもね、私の中ではあと10年先ぐらいの予定だったんだ・・・。だって、ねぇ?まさかねぇ?在学中にねぇ?高校入った最初の年にさぁ・・・」

 私と優花の目の前にあるのは・・・「灰」。

もともとは「灰」ではなかったのだが、今では「灰」と呼ばれるものになっている。・・・いや、ちょっと違う。「灰」+「消火器からでた泡」だ。

「灰」だけじゃない・・・うん、泡もついている。

「「前夜祭」とかなんとか分けわかんないこと言って、夜の学校で花火大会するなんて馬鹿じゃない?あいつ。・・・ありえないよねぇ?しかもピンポイントで、何でクラスの出し物にロケット花火打ち込むの?しかも、三発。いや、違うか。花火をテントにセットしといて、そこにロケット花火を三発打ち込んだのか・・・あれ?どうだったけ?明里。なんで私たちのテント燃えたんだっけ?・・・まあ、いいか。とりあえず、あの馬鹿は普通退学だよね?ねぇ?」

 優花は頭がよく働いていないらしい。なんだか、今朝方聞かされた情報が変なふうにチャンポンしていて、事実と微妙に違うことになってる。

・・・とにかく、私たちの絶望の原因は、文化祭の出し物に使うはずだったテントがメトウ君に燃やされ、今年度の文化祭参加は事実上不可能となったことにある。

べつにメトウ君はわざとテントに火をつけたわけではないらしい。まあ、わざと火をつけたのなら、それはそれで彼のこと心配しなきゃいけないんだろうけど・・・。

どういった経緯でこんなことになったかというと、このテント全焼事件は、彼が昨晩学校に忍び込み、仲間と一緒に花火をしようとしたことに端を発する。

忍び込んだ彼らは全員が全員、無駄に体格的にも恵まれていて、学校の塀を難なく乗り越え、グラウンドに忍びこむことに成功。

だいたい学校の警備なんて適当なものだから、塀さえ乗り越えられれば、誰にでも進入は可能だ。ただし、グラウンドくらいまでだけど。(さすがに校舎内はムリだと思う。)

そう、誰にでも出来ることなのだ。でも、誰もやらない。

なのに、学校に忍び込んだ彼らは、らくらく学校に忍び込めたそのことが、神様の祝福に思えたらしい・・・。(警備の人に見つからなかったことが、其の一例らしいのだが、あいにく、私たちの学校に常勤の警備員の人はいない。)

神に祝福されたと勘違いした彼らのテンションは一気にマックスへ。そしてその跳ね上がったテンションから、花火以外にも、何か記念になることをやらねばという発想が「棚から牡丹餅」方式で落ちてきたらしい。(この表現はあくまでもメトウ君のもので、わたしのものではない。)

そして彼らは缶けりを始めた。夜の学校でカンカンと缶をける音がしても、文化祭の用意で金槌かなんかを使っているのだと御近所さんに思わせれば、後の花火に差し障りは無いと考えたらしい。ちなみに、缶けり中は、逃げたり追いかけたりする間は絶対に無言といルールも決められていたみたいだ。この辺はなぜか知恵が回っている。(たぶん、大の高校生が無言で夜の学校のグラウンドを走り回る光景を見た人人がいれば、本気でどん引きしたことだと思う。)

彼らは燃えに燃えて、缶けりが終ったのが明け方の5時。(彼らが忍び込んだのが大体午後10時くらいだったから、通算7時間缶けりをしていたことになる。)

で、その頃になって彼らは当初の目的を思い出した。

しかし、彼らはもう十分に満足だったようで、花火をする気はほとんど抜けていたらしい。だから彼らは、線香花火くらいを最後にやって、熱かった夜の缶けりを締めくくろうとしたらしいのだ・・・。(まあ、たしかに、朝の5時から花火をする気にはならないと思う。)

で、友人3人と仲良く線香花火をはじめた。

涼しげな朝の線香花火はそつなく進んで行った。

そして彼らは熱かった夏の夜について語り合った。

線香花火なんかには目もくれずただひたすらに・・・。

もちろん、彼らが話しこんでいる間にも線香花火の火の玉は大きくなり、最終的に当然のように花火本体からはなれ、地面に落下していった。

そして、その落下地点に、未使用のロケット花火セットが置いてあったらしい。(もうこの時点で意味が分からない。はっきり言って、小学生でもそんな危ないことはしないと思う。)

そして運悪く、落ちた線香花火によって、ロケット花火10本(20本セットの半分)に火がついた。

で、勢いよく飛び出した10本の内、3発がテントに命中。そして残りの7発が、他の花火セットに突っ込み、突っ込まれた花火はそれにより引火。(残りの花火セットがどこにあったかというと、テントの近く。)

 引火した花火は、これまた運悪く消えることなく、命の火を燃え上がらせ、さらに其の火が別の花火に引火・・・あとはもうダルマ式に花火の火は膨れ上がり、最終的には火柱になった。

で、テントが燃えた。

「・・・。」

「・・・。」

二人して秋の空を見上げる。

まったくもって、うまくいかない。ほんとにまったく。

「・・・ホントに昇も馬鹿だよ・・・なんで・・・」

 優花の目は虚ろ。だってそうだろう。早朝の騒動で捕まったのはメトウ君だけではない。

「はじめての学園祭だったのに・・・バカ・・・。」

視線を文化祭のために臨時で用意された記事版に向ける。

そこにはこう書いてあった。

以下4名を2週間の定額に処す。

江藤 昇

江藤 卓也

川島 大輔

七夜 高貴

木島 剛

校長も慌ててたんだろう。漢字が間違ってる。よく使うのかな?定額って言葉・・・。

こうして最悪の文化祭がスタート。

そして同時に始まるのは私の物語。

ここにきて、ようやく、雪の物語が動きだす。


『 桜花・開幕・秋 』


ねえ、昇君の「願い」って何?


これは小学校時代に、同級生の女の子から聞かれたこと。

これに対して、別に取り立てて隠すようなことでもなかったので、素直に答えた。


うん?俺の願い?う〜んと、幸せになることかな。


この時は自分の歪さに気づくことなく、当たり前のことのように答えた。


???ええっと、それが昇君の「願い」なの?


戸惑っているような女の子。今の俺なら分かる。なぜ、この娘が戸惑っているのかが。


うん。それが俺の願い。それがどうかした?


でも、このときは気づけなかった。自分の歪さに。


・・・。ふ〜ん。そんなんだ。そんなことする人だったんだ、昇君って。・・・最低。


そう言って、女の子は去ってしまった。このときは、本当に気づけなかった。彼女が怒ってしまった理由に。でも、今なら分かる、その理由がなんなのか。でも・・・、



それが分かるようになるのは、もう少し先の話。少なくとも、この文化祭が終るそのときまで、俺がその理由に気づくことは無い。










『 桜花・第五章  電話ごしの馬鹿 』


「おい昇、文化祭行こうぜ!」

 携帯越しに聞こえるバカの一言に俺は切れた。

「行けるか!このバカ!今日は停学くらった初日だよ!そんな日に、のこのこ文化祭に出張ってったら、停学で収まってんのが即退学に昇格だ!だいたい誰のせいで俺がいけなくなったと思ってるんだ!あ!?俺はもともと行けたんだよ、文化祭に!そんで優花と思い出つくってたんだよ!」

 受話器越しに聞こえる忍び笑い。

 ・・・こいつ、全く反省してない。

「いやいや、人のせいにするなよ、昇。考えてみ?よくよく考えてみ?例えばだが、漁師が罠を仕掛けてそこにウサギがかかったとしよう・・・悪いのは誰だ?」

 これに俺は即答。

「お前だよ!漁師うんぬんのくだりはいらねえよ!しかも、漁師なのになんでウサギを捕ってんだよ!ウナギの間違いか?あ?」

 ほんとに、こいつは馬鹿だ。信じられないほどに。

「まあそういきりたつなって。考えようによっては俺たちついてると思わないか?ていうか、あんだけのことやって停学ですんでんのは、やっぱり社会の闇のおかげなのかねぇ。」

 そう、こいつは俺から見たらただの馬鹿だ。しかし、学校の進路指導の先生方からするとそうではない。

「社会の闇かどうかは微妙だが、まあ、不公平な判断ではあるだろうな。」

 学校に忍び込み、あげくの果てにぼや騒ぎ。

 しかも、保護者も含めた学校関係者が多く集まる学園祭というイベントの数時間前にだ。

 どう考えても、学校側としては体裁が最悪だ。しかも、それを整える時間すら与えないタイミングでの事件。

 普通なら一発退学間違いなしの所行だ。しかし、

「不公平か・・・まあそれが通るのも、あのメンツだったからだろうな。俺一人とかだったら、間違いなく退学だったと思うわ。」

 そうはならなかった。

 理由は簡単。今回、御用となった俺たちは、皆が皆、成績がいいか、特殊技能を持っているからだ。

 まず、川島と木島。こいつらは先月行われた模試で、東大B判定をたたき出している。しかも、それは高三の先輩が受ける模試での話だ。つまりこの結果は、こいつらが現時点で、東大を受けようと思っている連中のトップにいることを示している。

 こいつらはもう既に高校で学ぶことのほとんどを自学で終わらせてしまっているので、普通の高一の俺たちが受けるようなテストを受けていない。

 一度連中に、なんでそんなに成績がいいのかと聞いたことがあるが、

 奴ら曰く。

『あ?だって、ああいう問題って、答えが決まってるからさ、解けるだろう?なあ、木島。』

『うん?なんだ?スマン、聞いてなかった。』

 ぶち殺してやろうかと思った。

ちなみに、これは俺たちがまだ中学生だったの時の会話だ。

このときからこいつらはこんな感じだった。

当然、こいつらの頭ならもっとランクの高い、それこそ、国内でもトップの高校を目指せただろうが、こいつらは、地方の中堅どころの高校に進学した。

この理由がまた凄い。

『別に高校なんてどこだっていいし、お前らと一緒にまだ遊びたいから、お前らと同じとこに行く。』

 このとき、俺も江藤も七夜も成績は同じくらいで、別に進学ということに関して大した思い入れもかったもんだから、ちょっと頑張れば入れるような、つまりはこの常磐高校を進学の第一志望にしていた。

 それにこいつらは引っ付いてきたわけだ。

 むろん、こいつらは勉強をさぼりたくて、こんな選択をしたのではない。

 こいつらは、勉強以外のことを——突き詰めて言えば、勉強が囲いきれないものを学ぶために、この選択をしたのだ・・・と、思う。というか、そう思わないとやってられない。


 次に七夜。

 こいつは・・・よく分からない。

 というのも、こいつがどういったスキルを持っているかということを、こいつ自身が、他人に絶対口外しないためだ。そしてそれは肉親であろうと、例外ではないらしい。

 ただ、分かることもある。それは、こいつが、ときどきだが、FBIの人間と仕事をしているということだ(一種の都市伝説)。

 どういった経緯をたどればそうなるのか、こいつに聞いてみたことがある。

『ルールに従っていては、やれることは限られてくる。ときには、その制限が致命的なまでの穴を生み出すことにも繋がる。俺がやっていることは、その穴埋め作業のようなものだ。おかげで、ついた二つ名がパッチボーイだ。』

 ださいネーミングには触れず、これで十分だろうと黙る七夜に、もうちょっと分かりやすくと、お願いしてみた。

 しかし、こいつはそれには答えず、

『尊敬している人がいた。』

 と、突拍子もない話をしだした。

『その人は紛争仲介人なんていうばかげた仕事をしていた。世界を巡っては、銃を持ってけんかする連中の間に命がけで飛び込んで、その喧嘩を止めて回っていたんだ。』

 紛争仲介人?なんだそれ。仕事か?

『一銭にもならないことだ。だから、仕事と言えるかどうかも分からない。それに、その仲介という行為に、いったいどれだけの価値があるかも分からない。でも、その人はそれを続けていた。』

 ・・・。

『そして、そんなことをひたすらに続けて、遂には俺が中一のときに、どこの馬の骨とも分からんやつに銃で打たれて死んだ。』

 ・・・。

『そのとき思ったんだ。倫理はルールを内包するが、ルールは倫理を内包することは出来ないと。つまりは——』

 ・・・。

『今までの話は全部嘘ということだ。』

 このとき。

 俺は、『ふり長い上に、オチがない!』と突っ込みを入れただけだった。

 そのときは、それで会話は終了。

 そしてそれ以来、この話はしていない。

 だから、あいつが語ったことが単なる戯れ言だったのか、それとも、悲しい真実だったのか、今となっては確認するすべはない。・・・いや、まあ、聞けば良いんだけどね。別に、死別したわけでもないし。てか、本人と毎日顔あわせてるんだし。

 

 閑話休題。

 で、つぎは江藤か。

 七夜の話の後にこいつを持ってくるとあれなんだけど、こいつの特技はある意味、前者の三人の誰よりも凄い。

 その、恐るべき特技というのが、「人に好かれる」というものだ。

 こいつの友好関係がいったいどんだけ広いのかは、自称親友の俺も完全に把握できていない。

 通常、交遊関係が広いと、それに反比例するように、各個人との繋がりは弱くなっていくのが世の常なのだが、こいつの場合は違う。

 多彩(さまざま属性をもった)な人材と強固な繋がりを持っているこいつは、今回の教師のような対場の人間からすると非常に厄介で、つまるところ、こいつにちょっかいをだしたとき、どこのだれにどんな影響が出るか分からないのだ。

 例としてあげるなら、こいつを今回の件で退学処分としたとき、最悪、どこぞのお偉いさんが怒鳴り込んでくる可能性だってありうる(そのお偉いさんは、江藤の親戚でもなんでもない人)。

 まあ、つまるところ、凄いのはこいつじゃなくて、こいつの知り合いっていうだけの話だ。


 で、最後に俺か。

 俺は、別に他人を圧倒するような特技を持っているわけでもなければ、成績がずば抜けていいわけでもない。

 ただ、江藤や、川島や、七夜や、木島。

 こういった連中と友人である俺は、別に俺自身は何もないんだけど、「ああいう人たちの仲間なんだから、ひょっとして、あの人も・・・」なんていう、意味不明な「昇像」が一人歩きした結果、「爪を隠した能ある鷹」と勝手に勘違いされているのだ。

 ある意味、巻き込まれ型人生を歩む俺の特技と言えなくもない。

 

 とまあ、こういったクセのありすぎるメンツを一度に高校からほっぽり出すと、進学面に関しては明らかに学校側の損失だし、また、何が起こるか分からないため(特に江藤)、通常は退学レベルのことも、停学二週間なんて軽い罰ですんでいるのだ。

「だろうな。あのメンツだったから、俺たちはこんぐらいで・・・って違う!おい、ちょっと待て!なんかこの一連の会話だと、俺がお前らと一緒に不法侵入やらかして馬鹿やったみたいに聞こえる!・・・そうか、そのためか!わざわざ俺をあの場に呼びつけたのは!お前・・・」

「まあ、いいじゃん。停学なんてもん、たいした問題じゃないだろ?お前がいなけりゃ俺たち退学だったかもしれないし。それ考えたら安いもんだ。もし、俺が逆の場合だったら、例え事情をちゃんと知ってても、俺はあの場に行ってたぜ?お前はどうだ?もし、俺があのとき正直にぼやのことを話してたら、お前は来なかったのか?」

 この、すばらしき友情を再確認しようとする馬鹿に対し俺は、

「行く分けねぇだろ、この馬鹿野郎!あのメンツなら、俺居なくても退学になってねえよ。お前は、俺だけが文化祭楽しむのが気に食わないから、俺を巻き込んだだけだろうが!」

 と言ってやった。この俺の返答に対しあの馬鹿は、

「バレたっちゃ!てへ!」

 と一言。

 いらんキャラ作りをしているのが、正直きもくて、

 ブッ♪

 と、受話器をおいて、会話を一方的に終了させた。






『 六花・第六章  女二人の祭り囃子 』


「どうぞ寄って行って下さ〜い。お化け屋敷で〜す。カップルの方とかいかがですか〜。二人の距離が急接近するかもですよ〜。」

 お化け屋敷をやってる4組の前で、オーソドックスな幽霊にコスプレした女子生徒が、死んだ人のものとは思えない元気のいい声と笑顔で客引きをしている。

「・・・」

 そんな幽霊さんとお化け屋敷をじーっと、見つめる我が親友。

「優花?」

「・・・」

 どっちかって言うと、優花の恨めしそうな表情がすでに幽霊な人だよと、・・・というか、目つきが危ない人だよと、そう伝えたいだけなのに、今の優花には自分の名を呼ぶ声すら聞こえないらしい。

「優花ってば!」

 もうちょっと強い口調で読んでみる。

「・・・」

 う〜ん、これでも駄目か・・・なら、

「優しいお花の妖精さん?」

「そのネタを今度引っ張りだしたら絶交ね。」

 最終兵器を出すまでよと、軽い気持ちで言ったみたら、超反応で絶交予告をされてしまった。

「う、うん。もう言わない。もう言わないからその拳を納めて?ね?」

 しかも、正拳突きの構えで。

 メトウ君ならまだしも、私なんて一発の半分でも致命傷だ。

「・・・」

「でもさ、せっかく二人で回ってるんだから。もうちょっとどうにかならない?さっきからいくら話しかけても、ずっと上の空じゃない。そんなに昇君が恋しい?」

「うん。」

 頬が熱い。こっちが照れるよ。そんな歯に衣着せぬ言い方されたら。

「そう?なら、放課後に昇君家に寄る?ていうか、今からお祭り抜け出して、昇君家に行く?」

「う〜ん、それは・・・」

「どうしたの?」

 言いよどむ優花。私の隣で若干16歳の親友は、還暦迎えたおばあちゃんみたいにモゴモゴと口を動かし、ついで「はあ」と悩ましげな吐息をついて、

「なんか、それはどうかと思うんだよ。だってさ、そういうのって、違うでしょ?そいうのって、つき合ってるって言わないでしょ?」

 と、持論を展開。

 展開ついでに視線も転回。お化け屋敷から視線を外し、グラウンドへ。

 つられて私もグラウンドを見る。

 目につくのは「魔球を打ってみよう!」とか、「ビンゴでシュート」とかの体育界系の出し物だ。

 そのためか、室内と幾分か活気の質が違うようだ。

 でもまあ、それはおいといて。

「じゃあ、どんなのがつき合ってるって言うの?」

 質問してみる。

 恋においては経験値の高い優花だ。何か意味はあるんだろうけど、私は別に良いんじゃないのかなと思う。彼氏に会いに行くぐらい。

 先生の話だと、昇君はなんか巻き込まれただけの可能性もあるらしいし。

「えっとね、」

 そう言っていったん黙る優花。

 お、優花先生の講義が始まるのか?と、聞き入っていると。

 今まで2階の窓からグラウンドを眺めていた優花は視線を私に合わせ、

「わかんない。」

 という微妙な一言。

「・・・」

「・・・」

 お互い無言のまま、今更面白くもない顔を見つめ合う。

 

 こうして私たちのユルい文化祭は過ぎて行く。

 これはこれで良い気がするけれど、なんか物足りないなという気にもなる。

 それを優花に話したら、「秒速」見ようと提案された。なんでも、DVD BOXを買ったらしい。

 だけど、DVD見れるのは放課後になってからだ。

 だから優花に当面は何をするのかと聞くと、

「あれとかは?」

 とグラウンドを指差された。

 その指の先には「魔球を打って見よう!」の文字。

「良いけど・・・あれって、絶対ボールに細工してるでしょ。なんでボールが螺旋を描きながら飛んでるの?重心をずらしてるのかな?あ、今度は分裂したよ。あれはどうなってるんだろうね?」

 まあ、いいか。気分転換にはなるだろうし、なによりも。

「ひまねー。」

 そう、優花が言うように、暇なんだから。





『 六花・第七章  空想化された現実 』


 DVD観賞後、いろいろあって優花の家に泊まることになった。

 そして今、私はお風呂をいただいている。

「ふぅ。」

 肩までとっぷりと湯船につかり目を細め、この一言を言うと、なんか一日を締めくくれるような気がして、自然とこわばっていた肩の力が抜ける。

 お風呂というのは本当に気持ちがいい。それが、自分のうちのお風呂でなくてもだ。

 だから私にとって、お風呂はなくてはならないものなのだ。これがなければ、絶対に明日なんて迎えられないと思う。

「・・・」

 そんなお風呂に先ほどから浸かっているのに、全くもって、開放感を得られない。

 先ほど優花と見た、「秒速5センチメートル」のせいだと思う。


 その物語は短編連作アニメーションという、かなり変わった形の物語だった。

 物語は3話で構成され、一人の男の子を軸として、各エピソードが展開されて行く。(だからといって、各話の主人公がその男の子であるかというと、そうではない。)

 そんな話の中で、優花は第一話の「桜花沙」というエピソードがお気に入りらしい。

 主軸である男の子の、幼年期を描いている話だ。(ちなみに、第二話は男の子の高校生時代の話で、第三話は男の子が大人になってからのもの。)


 でも、わたしは違う。

 どのエピソードが好き、嫌いの話以前に、あの物語自体を受け入れられないのだ。

 理由としては、子供じみていてなんだけど、ハッピーエンドじゃないから。(優花的には、あれはあれで一つのハッピーエンド、とのこと。)

「・・・」

 私はアニメをそんなに見る方ではない。でも、だからといって、全く見ないというわけでもない。

「あれは・・・アニメ・・・なのかな?」

 アニメというのは非現実だ。

 “現実”ではないのだ。

 だから、アニメには空想が内包される。あるいは、空想そのものが、アニメと言っていいかもしれない。

 そう、空想なのだ。アニメは。



 大きな苦難

 強大な敵

 それらを打ち破る正義の味方

 未来のロボット

 異世界

 ヒーロー

 運命的な恋

 伝説の武器

 魔法使い


 ありえない絶望やあり得ない希望が闊歩するのがアニメーションの本質。

 それなのに——


「あれじゃまるで、空想化された現実じゃない。」

 そう、思っていることを口に出してしまった。


 現実で夢が叶う事なんてほとんどない。

 だけどそれは、アニメだって同じこと。

 何でもかんでもうまくいくなんて、アニメでもない。

 でも、アニメと現実は違う。アニメには、現実ではあり得ない困難——もっというなら、私たちの傍には無いおおきな「何か」———があって、それのために、夢がついえるのだ。

 だからこそ、仕方ないと諦められる。

 そう、仕方が無いと。

「・・・」

 諦められるのに——

(いつまでもそういうふうには居られないよ。だって、生きるってことはそういうことだもの。)

 いつだったか。

 魔法使いを名乗るお姉さんに言われた言葉。

(あなたが大事にしまってるその「願い」はいつか穢される。でもそれは決して悪いことではないの。)

 あの人は誰だったんだろうか。まさか本当の魔法使いだったのだろうか。

「やっぱり、「永遠」なんてないのかな。」

 在りし日の想いを持ち続けるなんて不可能なのだろうか。

 時間とは、日常とは、生きることとは、そんなにも強力な「変化」なのだろうか。

 なら、それならば、本当に人があらがえないほど強力な「存在」だというのなら。

 それは——自分以外の「何か」であってほしい。

 そして、それは特別な「何か」で、その辺に転がっているようなものではなくて・・・。

 それならば、それに出会わない限り、私は「願い」を抱いて生きて行くことが出来るはず。

 しかし、それがたんなる「日常」だと言うのなら・・・

「だいたいなんで私と名前が一緒なのよ。意味分かんない。」

 もう、やめよう。

 出てくる言葉も、空っぽになってきてるし。

 こんなことはお風呂に浸かって洗い流してしまえばいいのだ。

 だって、所詮あれはアニメ。あれは、“現実”ではない。

「だからもうちょっとこのままで。」

 そう呟いて、天井を見上げていると。


「長過ぎだよ!明里!」


 全身素っ裸の親友が飛び込んできた。お風呂場に。

 そして仁王立ち。

 手にタオルも無いことからも、隠す気はゼロだとわかる。

 優花のスタイルは良い方ではないけれど、健康的に引き締まった親友の身体は芸術の分類に入ると思う。

 でも、なんか違う。

「・・・優花、優花は女の子だよ?それ、ちゃんと分かってる?」

 恥じらいとか、おしとやかさとか、その他諸々を二階に置き忘れてきたらしい親友は、いつも私が女らしくないというけれど。

 今の優花には言われたくない。

「見れば分かるでしょ?何をいまさら。」

 そう言って、身体をすすぎだす親友。

 さっき優花はお風呂に入ったばかりだから、これは二度風呂というのかな?

「ねえ、優花。女の子ってどういうことだろうね。」

 一度確認しておく必要がある。自分がおかしいのか、親友がおかしいのか、はたまた私たちが二人そろっておかしいのかを。

「それは哲学的な問題だね。」

 そうかな?まあ、そうか。

「うん、哲学的でわるいんだけど、今一度確認しておきたくて。」

 からだをすすぎ終わった優花はこれまたなぜか、当然のように湯船につかろうとする。

 ぱっと見、無理っぽいけど。

 ちょっと空けて、と無理矢理お湯につかろうとする親友のために、膝をたたんで一人分のスペースを確保する。

「ふぅ、そうだね、女って言うのはね・・・」

 いつのまにか「女の子」から「女」になっているけれど、大した違いは無いのかな?

「女とは?」

 答えを促す。すると、親友はあっけらかんと宣った。

「わかんない。」



「・・・」(私)

「・・・」(優花)

 


 こうして夜は更けて行く。

 今夜分かったことは、アニメにもいろいろあるということと。

 自分の親友が予想を遥かに超えるおばかさんだということだった。

 そういう風に、

 わたしは、








 自分をごまかした。









『 六花・第八章  歪み始めたセカイ 』


 文化祭から2週間が過ぎた。

 そう、つまり、今日から彼らが学校に帰ってくるということだ。

 当然彼も。

「上機嫌だね、優花。2週間ぶりの再会はそんなに楽しみ?」

 からかい半分で優花に訪ねる。

「うん♪」

 ころころと笑う優花。そんな親友の笑顔を見て。


 ピシリと心がきしむ。まるで、ガラスか何かにひびが入るように。


「そっか。そうだよね。優花は昇君が大好きだもんね。」

 一度自覚したその傷は、どんなに目を背けようとも、私を蝕む。

「まあね。でも、昇の方はどうなんだか。私のことを大切に思ってるなら、あんな馬鹿なことしないはずだし。」

 またピシリと音がする。

「昇君も同じに決まってるじゃない。あの日の昇君、プライドも何もかもかなぐり捨てて、ひたすら平謝りだったじゃない。」

 文化祭二日目。

 この日、私は二つの真実を手にした。

 それは、彼の——昇君の優しさと、そんな彼と優花の二人の絆の強さ。

「う〜ん。そうかな?そうなのかな?」

 そしてもう一つ、私は手にすることになった。

「そうだよ。優花はいいなー。昇君みたいなすてきな恋人がいて。わたしもそんな人欲しいなー。」

 自分の歪み。意地汚い、そんな、自分の歪みを。

「な〜にいってるの?Mr.パーフェクトを振った明里さん?そんなに恋人欲しいなら、受ければ良かったじゃない。あの人、女子の間じゃあ、かなり評判良いんだから。昇よりもね。まあ、私は昇の方がいいけど。」

 ピシリと音がする。その人の名を聞くたびに、音がする。

「頭が良くても、顔が良くても、スポーツできても、私は別に彼のことが好きじゃないし。だからつき合うって言う気にもなれなくて。」

 そうだ。つき合うって言うのはそういうものじゃない。そんな、俗物的なものじゃない。

「じゃあ、どんなひとが好みなの?明里は。」

 それを、私に——聞くな。

 そう、一瞬でも思った自分に愕然とし、次の瞬間にはこれまで味わったことの無い敗北感に襲われ、

「わかんない。」

 と、弱々しい声を絞り出すので精一杯だった。

「なにそれ。まあ、そう言うこともあるよね。明里に見合うくらいだから、それ相応の人じゃないとやっぱ駄目だよね。・・・てか、案外メトウもヘタレだね。あのとき、結局あいつから何のアクションも無かったんでしょ?」

 そんなことはどうでも良い。

 それこそ、どうでも良いことなんだ。そんなことは。

「うん、な〜んもなかったよ。それはそれで良いんだよ。あったらあったで困るし。」

 メトウ君なんか、どうでもいい。

 彼があの日、例え何かをしていたとしても、私の選択が変わることは無かった。

「ふ〜ん。昇はね——」

 その名を、私の前で、親しげに——呼ばないで。



                  ◇


 謹慎組の5人は、生徒指導の川村先生につれられて教室にやってきた。

 一応、反省してるっぽい顔付きのメンバー。・・・本心はどうだか知らないけど。

 彼らは朝一のホームルームで教壇に立ち、それぞれ皆に謝罪した。

 ホームルーム終了後、先生に言われたからなのか、自主的にやっているのかは分からないが、各人改めて皆に謝って回るということもしていた。

 そこには当然のように、巻き込まれただけの彼の姿も。

 彼は別に悪くないに。

「明里。マジで今回はすまなかった。」

 メトウ君だ。さすがに、しでかしたことの大きさを分かっているのか、やたら素直に謝る。

「私は良いけど、皆にはきちんと謝っておいてね。特に優花には。でないと、殺されるよ?」

 元凶はこの人だ。

 そう、すべてこの人が悪い。全部、この人のせいだ。

 だから、彼は——悪くないんだ。



                 ◇

 

 その日。

 優花と彼は、今までと変わらずに——まるで、謹慎期間なんて無かったかのように——いつも通り過ごしていた。

 これまでと変わらずに、そう、出会った頃のまま、過ごしていた。

 それはまさしく、私が望んだはずの——


 「永遠」の、欠片だったんだ。

                  

                ◇ 





                               秋閉幕



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