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『 桜花・開幕・春 』


意味なんてなかった。あったのは切望だけ。


日々努力し、手を伸ばし、あがいても、それにはいっこうに近づけない。


むしろ遠ざかっていくようにも感じた。


そして、それが叶うことはないだろう。


だってそれは、空っぽの願いでしかないのだから。





『 桜花・第一章   桜の季節 』


「他人に、「君は生まれてこの方、なにか成し遂げたことがあるか」と聞かれたとき、君たちはどう答える?」

 高校の入学式直後のホームルームで、担任がなにやら自信満々に言い放った言葉だった。

 

 そんなん言われてもと思う。

 

 俺はついこの間、この常磐高校に(レベル的に中の上)に合格した。そしてついさきほどそこの入学式も終わり、今、初めてのホームルームを受けている。

 この高校に入学するまでは公立の中学校にいた。

 その前は公立の小学校。その前は・・・ほいくえん?

 まあ、そんなところで、多くの人間が歩みそうな道だ。部活もしていたが進学(又は進級)するたびに変わったし、どの部活でも県大会にすら行けなかった。

 唯一頑張ったことといえば高校受験だろうか。微妙なランクだけど。

 教師の説法は続く、

「これからの高校生活をどういうふうに過ごすかは君たち次第だ。ただ、君たちに分かっていて欲しいのは、これからの人生の第一の分岐点となるのがこの高校での過ごし方であるということであり、大学受験はもう3年をきって・・・」


 !!!

 はっとするとホームルームが終わっていた。

 希望に満ち溢れた若者たちにリアルという泥を塗りつける、あの担任の言葉を完全にシャットダウンしていたらしい。こういったものを無心の境地というのではなかろうか。

 周りを見渡す。

 同類なんたらの法則により、すでにグループが出来上がりつつある。ここで出方をしくじると後が痛い。なんとなく、『あいつはぶられてね?』みたいな空気になるからな。

 とりあえず、自分もかつてからの友人らと合流するために席を立つ。

 机の合間を抜けていく。その間にも馬鹿笑いが聞こえる。耳を打つそれはいつ聞いても飽きないものだ。

 距離にして2〜3メートルほどの席で何やら盛り上がっている。

 まあ、何の話かは見当がつくが。


 たいした距離でもないのですぐに合流できた。

「ふう、で?」

 問いかける。主語も述語も必要ない。俺たちにはこころがあるから。

「柴田さん」

「明里」

「柴田さん」

「・・・なん点?」

「80」

「プライスレス」

「90」

「確認だが出席番号は?」

「13!!!」

 ハモってる!

「お前らなんで全員おなじだよ!」

 同類なんたらはこんなところまで適用されるのか?しかも約一名、勘違いの果てに呼び名が名前になってるし。

「80はいい子ちゃん的な点数だな川島。90はどう考えても顔こそ命という考えが前方に出ているぞ七夜。それと、いつまで伝説作るつもりだ江藤。頼むから向こう4ヶ月は大人しくしといてくれ。いきなり説教部屋はきつい」

 いや、しかしあれは仕方がないか。

 そう思っていると、江藤が意地の悪い笑みを浮かべて突っ込んできた。

「お前はドゥなんだ、昇?そういうからには明里じゃないんだよな?」

 なにやらイラっとする。だいたいドゥってなんだよ。ルー大芝かよ。

「柴田さんだ、60」

 言い方がぶっきらぼうになる。こう答えた場合、次にどういう返事が帰ってくるか分かるくらいには友達だ。しかしあれは別格だと思う。生まれてはじめて見たよ。何であんなに美人で人がよさそうなんだ。

「明里かよ。しかも60て。何様だお前は。自分の顔を鏡で見てみ?軽く死にたくなるから。鏡ほどはっきり映らないから水の方がいいかもな。いや、もちろん泥水よ。その辺の川水だとお前の顔がそれなりに映るし、家庭用排水から来る泡がそこに流れてきて割れでもすれば儚さが5割り増しだから。」

 はっきり言って俺の顔は悪くない。少なくとも俺がいた中学では4人ほどから告られているし、どの娘も男子生徒に人気がある娘ばかりだった。しかし今回そこはどうでもいい。   

 問題なのは、予想をはるかに上回る江藤の毒舌だ。俺は中学校3年間こいつとつきあってきたが、いまだに底が見えない。いや、低すぎて常識ある身では理解できないのかもしれない。小学校からの付き合いあるやつもいるが、そいつら以上に江藤とは会話をしているはずだ。・・・そう言えば、なぜ俺はこいつとこんなにつるんでるんだ?良識がある身なら、速攻で絶縁するべきなのだが。

 ・・・ああそうだ、思い出した。こいつと自分の苗字が一緒だからだ。一字一句。そのせいで、仲間内では江藤といえば卓也。昇と言えば自分のことだとなっている。まあ、苗字が一緒なだけでそこまでつるむことは普通ない。しかし、こいつと苗字が一緒ということが自分にとって災難なのか幸運なのか、こいつと自分を結び合わせたことは間違いがない。

 そこまで考えたところで思考を打ち切り、江藤に向かって言わなければならないことを言ってやる。

「お前は自分にそんなに自信があるのか?あだ名はナルちゃんだな。これで決定だ。いや  もうなんだかんだで友情が壊れるのは早いというが、俺たちって結構持った方だよな。3年か。短かった気がするよ。あだ名なんで意味無いな今更。じゃあな。今からお前がこの高校合格発表当日にしでかしたことを校長にちくって来るから。失礼するよ。では」

 おもむろに席を立つ俺。そんな俺に、

「まあ待て待て。江藤(笑)」と江藤が言いやがった。

 バカの独白は続く。

「俺たちは一身同体だろ?俺の不始末は俺とお前の不始末。お前の不始末も俺とお前の不始末。別に俺はこの高校を去ることに後悔はないよ。思い入れもまだないしな。ただ、ここで江藤が何かしらの理由で退学になるとその話は、それこそ全校生徒に翌朝にでも広まっていることだろう。だって入学式当日に退学だもんな。こんな武勇伝はそうないぞ。江藤が、江藤が、入学式当日に退学。理由は××。いや〜俺は別にいいんだ。だってもうそんなうわさが広まるころにはここには居ないんだから。。ただ、この高校に残った江藤がかわいそうだよな。経験上、きちんとした認識が全校生徒に広まるまでどれくらいかかるだろう?1ヶ月?2ヶ月?ま、それだけあれば、おまえがはぶられてもいいやつになるには十分だな。人を呪わば穴二つだ。昔の人はいいこと言うな。俺の言いたいこと分かったなら、とりあえずすわっとけ?」

「・・・」

 呪っているつもりは無い。正義を貫こうとしているだけだ。しかし・・・

「もういいじゃん昇。こいつもまだ見ぬ高校生活にちっとばかし少年に戻っているだけなんだよ。そこらのガキと変わんないだって。小学生にマジ切れする高校生なんてみっともないだろう?」

 川島が言うことは分かる。そうなのだ。目の前にいるのはその辺の小学生と同じガキだ。   

 しかし、そうならばこそ湧き上がってくる不安もある。何をしでかすかわからないという一抹の不安が・・・。

「そろそろお開きだ。掃除の時間」

 七夜の一言でだらだらとした空気がかき消える。なんかこいつには従わないといけないようなそんな気がするんだよな。理由はわからんが。

 教室のあちこちで立ち上がる音が聞こえる。時刻は午後2時半。3時くらいには帰れるか。そう思いつつ、ロッカーまで歩いていて箒に手を伸ばす。

「おい、昇。お前雑巾しろよ。俺、箒するから。入学式当日に地べたはいずりたくない」

「・・・」

 江藤のたわごとを黙殺。握った箒を振り回さないよう自分に言い聞かせて、俺は自分の持ち場に向かった。


「絵になるな」

「・・・」

「だなー」

「掃除しろ」

 1人真面目なのがいるが・・・(言うまでもなく七夜) 

 まあ確かに、ホントに絵になっている。風になびく長い黒髪も、どこか遠くを見ているような細い目も、何もかもが良い。思わず黙り込んでしまうほどに。しかもいい感じに桜が舞い込んできて彼女の周りを舞っている。雰囲気で分かるのだが、教室中の視線がたぶんあそこに集まっている。どんな魔法だよこれ。

 皆が皆、掃除そっちのけでボーッと柴田さんを眺める。

 そんな中、突然フラフラと江藤が歩き出した。そのベクトルはどう考えても柴田さんに向いている。

「ちょっ!」と待ての一言が言えなかった。川島が思いっきりヘッドロックを掛けたからな。

 春先の危ない人が目の前を歩いていく。フラフラと。そして自分の意識がそれに合わせるようにフラフラとしてきていることにも気づく。やばいと思った瞬間ぱっと開放された。げほげほと咳き込む。涙目で川島をにらんだが、それに対し、川島はにやりと笑い返してくるばかり。謝罪は無い。とにもかくにも後で殺すことにする。それよりも今は——と江藤を見る。・・・もう声を掛けるには目立たずにはいられない距離にいやがる。さてどうするかと、迷っているうちに。  

 彼女にたどりついた江藤はやらかした。

「花見に行こう」

 ・・・ああ。そうだよな。そんな季節だよ。確かに。だけどそれはないだろう。江藤、お前は、顔は良い。だけど、付き合う彼女が1ヶ月持たない理由がまだ分からないのか。必ず分かれるときの台詞が「もうついていけない」というのは偶然だとでも?

 この度肝を抜く展開に、当事者の柴田さんは静かにしばらく考えた後、江藤を見つめ。

「そうだね。ちょうど良い時期だよね」と言って黙った。

 ん?え〜〜〜!

 江藤は江藤で凄かったが、これはさらに度肝を抜かれる展開。なんかいけそうな雰囲気なんだけど。

 クラス中が今やその二人に注目している。そのことが肌で感じられるほどに張り詰めた空気が教室を満たしている。静かな緊張をはらんだ空気の中で、柴田さんは再び口を開いた。

「帰りのショートホームルームで取り上げてみましょうか。さすがに夜遅くは無理でも、ピクニックみたいに休日の昼間を使うのなら佐倉先生も許可してくれるかもしれないし・・・。それにしても、このクラスについてもう色々と考えてくれているんだね。でも副委員長になったからってそんなに気を使う必要ないんじゃないのかな。わたし、委員長を軽い気持ちで引き受けちゃってたから、江藤君に譲った方が良いかもだね。」

 あ?あ、あ〜はいはい。そういえばそうだったな。あの二人そういえばそんな役職だった。確か、やたら元気のいい子が柴田さんを委員長に推薦して、それならば柴田さんの補佐役に自分がと、江藤が副委員長に自己推薦をかましたんだ。

 しかし今のやり取りは、どう考えても話の根本をすりかえられているような気がしないでもない。

「ん?いやいやそうじゃなくてだな。柴田さん。花見に・・・っ」

 以心伝心。柔道黒帯7段の川島とともに事態を鎮圧する。もちろん絞めは川島で締めは俺。

 江藤は現在、川島のヘッドロックにかかって声を出せないでいる。ざまあみろだ。

 そんな馬鹿を背に、彼女の前に立つ。さて、俺は俺で、やるべきことをやらなきゃな。

 いつだって、こいつの尻拭いは俺の役目なのだ。

「えー初めまして。こいつの友人の昇です。迷惑掛けてすいません。こいつ、昔からムードメーカーで色々と首突っ込んでは混ぜくるんです。いいほうに向かえばいいんだけど、たいていはまずい方に向かっちゃうんですよ。今回もクラスの中に壁があるのはまずいだろうとかなんとか言い出してこの騒ぎです。しかも絶妙に口下手なんで誤解されることもしばしば。本当に迷惑掛けます。」

 なんか言い訳じみているというかなんというか、必死。ああ、江藤がまたやらかした。  

 江藤が・・・。俺じゃないけど、江藤が。

 一人必死な俺。

 そんな俺に対し、柴田さんは微笑みながらこう言った。

「え?迷惑なんて掛けられてないよ。いい考えだと思う。学校によっては、みんなの親睦を深めるために入学してすぐに学年全体で旅行に行くとか、レクレーションするとかあるし。うちの学校そういうのないから、ちょうど良いと思うよ。」

 女神がいた。目の前に。別にそれは容姿のことじゃない。近くで見ると、より美人であることは否定しないが、それはそれだ。

 じゃあ、どのへんが女神か。

 まず、江藤の愚行を正当化してくれたこと。 

 本心かどうか分からないけど、クラスのことをきちんと考えてくれていること。

「それじゃあ、さっさと掃除を片付けましょう。いつまでやってても仕方ないし、詰まんないしね。」

 仁を備えた女神———もとい柴田さんは、俺たち三人組にそう言い残すと、さっさと掃除に戻って行った。

 少し素っ気ない感じもするが、まあ、当然か。俺と話したところで彼女が得るものは何も無い。

 俺的には礼の一つでも言いたかったが、とりあえずはいったん身を引くことにする。だいたい、礼をこの場で伝えるのは流れ的にもおかしいし、それに、そんなものはこれからいくらでも言えるのだと、そう思ったから。


 もう放課後だ。といっても、時刻が4時を回ったぐらいなので全然そんな気がしない。  

 しかし、本来なら3時くらいには帰れたことを考えると、やっぱり遅いほうかとも思える。

 江頭発案ということになっているのピクニックについて放課後のホームルームで話し合っていたためにこんな時間になったのが・・・いや、それだけじゃないか。

 馬鹿の個人的なわがままのせいでもあったっけ。

「にしてもピクニックて明日か。急だよな」川島の無責任な一言に江藤が切れた。

「てめぇらがしゃしゃり出てくるからだろうが!そんなにいやなら来るな!てかお前ら分かってるよな!明日お前らがすべきこと!まずはお前だ川島!」

 話を振られた川島がけだるそうに答える。

「クラスを半分にしてバレー大会をしようと提案する」

「よしよく言った。」バカと目が合う。

「お前は昇!」

「得点係には誰がなるかという話をふる。」

「そうだ。パンプキンヘッド!で、お前は七夜!」

「委員長と副委員長をそれぞれのチームの得点係に推薦する。」

「そうだ!むっつり!それでいい。明日という日において、貴様らにはそれ以上の役目はない。」

 バカは笑う。

 やつが言うには、話せば自分の良さが確実に柴田さんに伝わるそうだ。しかしそれにはきっかけが要る。しかもなるべく二人っきりがいいらしい。そこでやつが提案したのがバレーの得点係(審判込み)に柴田さんと江藤の二人がつくというもの。ホントにこいつは馬鹿だ。バレーは何人でやるスポーツと思ってるんだろうな(クラスメートは全部で28人)。

「お前らの望みはなんだ!」

 調子に乗ったバカは更なる忠誠を求める。

「友の幸せです」(×3)

 心のこもっていない言葉が大気を振るわせる。

「そうだ!そして明日幸せになるのは誰だ?」うざくなってきたが、仕方がない。

「江藤です。」(×3)

 自分の喉から別人の声が出てきた。ちょっと怖い。

「あははは!そうだ!そして・・・・・・」

 そのあとやつの人生設計に話が突入したため、意識がとんだ。



「あー疲れた。」

 思わずもらしてしまう。時間は現在午後10時。今日起こったことに思いをめぐらせる。ほんとに色々あった。まずは、江藤が・・・・・・して。次に江藤が・・・・・・して。そしてまた江藤が・・・。はあ、江藤のことばっかりだ。

 もうちょっとなんかあってもいいのにと思う。でも、ま、楽しかったしな。

 そうだ。そして明日もそんな風にしてバカ騒ぎするんだ。これまでのように、常のごとく、何も変わらない。ただただ続いていく。昨日から明日へ。明日からその明日へ。

電気を消す。少し早いがまあいいだろう。明日もまたバカ騒ぎするんだしな。そう思って、俺は眠りについた。


『 六花・開幕・春 』

 

幸せだった日々に思いをはせる。

 

幸せになれるかもしれない未来に思いをはせる。

 

二つの幸せは決して自分を裏切らない。

 

完璧な世界。

 

幸せのみで満たされた幸福な世界。

 

でも幸せがある以上、その対極に位置する世界も当然ある。

 

だから今がそうなのだろう。どれほどつらく悲しくても、今があるから私は幸せでいられる。

 

 

今日も私は大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

『 六花・第一章  桜の風景 』

 

「秒速5センチメートルって見た?」

 優花の弾んだ声が聞こえる。今日は常盤高校の入学式。そしてこれは、登校途中の楽しい会話。

 もう中学校から飽きるほど繰り返している何気ない親友とのやり取りも、高校生になったからといって変わってしまうことはないのだ。

 こうして会話している間に、4月のやさしい風が吹く。

 それと同時に舞い上がる桜の花びら。

 また同じ季節がやってきたのだと、つくづく思う。

「めちゃくちゃ切ないんだよその映画。ん?アニメって言った方がいいのかな?う~ん、どっちでもいいか。あれは必見の価値ありだよ。泣けるとかじゃないんだよ。なんかこう、胸キュン?」

 思わず笑ってしまう。

 何気ない会話。昨日の続き。

「そうそう。それで知ったんだけど、秒速5センチメートルなんだって。桜の散るスピード。ほんとかな?それよりは速いっぽくない?」

 優花に言われて改めて桜を見つめる。

 ・・・そう言われると確かに、秒速5センチメートルより速い気がする。

「でさ、三話でひとつの物語なんだけど。その中でも第一話の桜花抄がいいの。桜の花びらと雪をかけてるところがロマンチックで・・・。」

 雪か。雪は良い。なんとなしに聞きたくなった。

「ねえ、雪が落ちる速度も秒速5センチメートルなの?」

 しばしの沈黙。やがておおきなため息とともに優花は言った。

「ねえ明里。仮にもあんたも私も女なわけよ。同じ生き物。いや、外見は確かに富士山とエベレストくらい違うけど。でも世界一と日本一だから結構いい勝負だよね。・・・違う違う!私が言いたいことはそうじゃなくて!もうちょっと言い方があるでしょう、言い方が。雪は降るもんでしょ。落ちるもんじゃ決してない」

 そうかなと思う。どっちも大して変わらないんじゃないだろうか。

「聞いてんのかコラ」

 こずかれる。その間にも桜は散る。学校までもう少し。

「ほら急ごう。遅れるよ」

 話を無理やり変える。この流れはよくない。少し小走りになる。

「遅れるか!あと40分あって、100メートルもいけないなら桜より遅いわ!」

 計算してみる。ホントだ。少し遅い。ホントに、いつもはオチャラケているのに、こんなとこでの頭の回転は速いんだから。思わず笑ってしまう。それに気づいた優花が怒る。

 今日もまた、昨日の続きが始まる。

 

 優花と自分は同じクラスだった。先ほどホームルームが終わったとこだ。今は掃除時間。といっても、今自分が掃除している、今日少し使っただけの教室なんて、そんなに汚れていないんだけど。にしても優花怒ってたな。

「なんなのあの担任、ありえないでしょ。何が成し遂げるうんぬんかんぬんよ。なめてんじゃない!毎日成し遂げてるよ!くせ毛を朝の限られた時間でなだめるのにどれだけの労力がかかってるか。あの人も女ならわかってもよさそうなのに!」

 なんか違うと思ったが黙っていた。私も優花も、自分で言うのもなんけど人を見る目はある。佐倉先生はたぶんホントの意味で良い先生だ。優花もそう感じていると思う。だから、さっきの愚痴はただの愚痴。意味なんてない。空っぽの。

 怒っていた優花とは別の掃除場所になってしまっていた。優花は下駄箱らしい。今は1人で教室を掃除している。やっぱり1人というのはつまらない。退屈な時間が過ぎる。

 そんな退屈な掃除をしていると、開いた窓から風が吹き込んできた。それと一緒に花びらも。しばらく私の周りをしばらくふわふわと流れていたが、それもつかの間、せっかくはわいた床に落ちる。これは汚れたんだろうか。きれいになったんだろうか。優花ならなんていうんだろう。後で優花に聞いてみようと思いつつ、とりあえず窓を閉めた。

 

 落ちた桜の花びらをちりとりに入れていると、誰かが目の前に立った。ふと顔を上げると、先ほど副委員長に選ばれた男子が立っている。ただ・・・

 目が危ない人だ。だって、その視線が生暖かすぎる。どう考えてもこういった人と関わりあってはいけない。そう思うのだがいかんせん入学式当日。対応を間違えると後々に響く・・・。

 思わずため息が出そうになる。この人が何のために自分の前に立っているか見当がつかないほどバカではない。ただ、クラスなり学校なりの環境が変った当日に、同姓の友達と仲良くなる前に異性と話すというのは経験上よくない。自分の容姿くらいは認識している。そのせいで得することもあるが、多くは逆だ。さてどうしたものか。たいがいの事には対応できる。ならばこそ、ここはいつもどおり相手の出方を待とう。

 相手と目を合わせる。すぐに相手の口が開いた。

「花見に行こう」

「・・・」

 少しきつい。なんだろう、非常識にもほどがある。そうは思っても、目はそらさない。それはよくないから。すぐにはうまい切り替えしが思いつかない。とりあえず・・・

「そうだね。ちょうど良い時期だよね」

 どちらとも取れる言葉を投げかける。これで少しは時間が稼げる。しかし、なぜ花見なのか皆目見当がつかない。しかも言葉足らずで、どう答えていいかわからない。やりにくいな。

 思考をフル回転。要点を整理。回避すべきこと、それは、

 

同姓に、もてるということを認識させないこと。

異性に、気軽に声を掛けれる女だと思われないこと。

 

 これは絶対だ。なにがあってもはずせない。

 さらに思考を回転させる。すでにこの状況で必須条件は揺らいでいると考えるべき。補足するアドバンテージが必要。それには・・・この状況に置かれている人間が自分のみで

ないということにすること。

 そうなったなら、答えはひとつだ。

 口を開く。

「帰りのショートホームルームで取り上げてみましょうか。さすがに夜遅くは無理でも、ピクニックみたいに休日の昼間を使うのなら佐倉先生も許可してくれるかもしれないし・・・。それにしても、このクラスについてもう色々と考えてくれているんだね。でも副委員長になったからってそんなに気を使う必要ないんじゃないのかな。わたし委員長を軽い気持ちで引き受けちゃってたから、江藤君に譲った方が良いかもだね。」

 きちんと相手の名前を会話に入れる。これだけでも周りに与える印象は全然違う。

 私たちのことを知らない人間は私たちが昔からの知り合いだと思うだろうし、私たちが友人でもなんでもないことを知る人からすれば、私が几帳面に映るだけだ。実際に中学時代から几帳面であり続けたのだし。私の友人彼の友人、双方が抱く印象に差異はない。後は時間がこの出来事を風化してくれるのを待つだけ。少し強引だが、この会話はそこまで不自然ではない・・・と思う。

相手の出方を待つ。どうにか察してほしい。相手も入学式当日から変なうわさは立てられたくないはず。そう思っていたのに、

「ん?いやいやそうじゃ・・・」

 なんでよ!空気読もうよ!どう考えてもその選択肢は一連の会話から除外されるでしょう!焦りが生まれる。すると、

「なくてだな。柴田さん。花見に・・・っん。」

 別の男子が彼を羽交い絞めにした。

 そして別の男子が目の前に立つ。確か、この人も江藤君?

 すぐに彼は口を開いた。

「えー初めまして。こいつの友人の昇です。迷惑掛けてすいません。こいつ昔からムードメーカーで色々と首突っ込んでは混ぜくるんです。いいほうに向かえばいいんだけど、たいていはまずい方に向かっちゃうんですよ。今回もクラスの中に壁があるのはまずいだろうとかなんとか言い出してこの騒ぎです。しかも絶妙に口下手なんで誤解されることもしばしば。本当に迷惑掛けます」

と彼は早口で言った。

 なんとなくこの人はもう1人の江藤君のせいで苦労しているんじゃないかと思う。

なにやらフォローが適格だったし。それに・・・まあいいか。この話を終わらせる方が彼にとってもいいに違いない。

「え?迷惑なんて掛けられてないよ。いい考えだと思う。学校によっては、みんなの親睦を深めるために入学してすぐに学年全体で旅行に行くとか、レクレーションするとかあるし。うちの学校そういうのないから、ちょうど良いと思うよ。」

 こう流れたならもう一安心だ。後ろで迷惑な江藤君の顔色が少しづつ赤黒くなってきてるし、この話を終わらせることはきっと彼のためにもなる。

「それじゃあ、さっさと掃除を片付けましょう!いつまでやってても仕方ないし、つまんないしね。」

 そういってその場を離れる。まったく初日から災難だ。これから先のことを考えると頭が痛くなる。・・・違う。明日はきっと今日よりましだ。そうでなければいけないんだから。  

 無性に優花に会いたくなる。早く帰ってこないかな、今は下駄箱だっけ?そう思いながら、掃除が終わる残り5分間を机を運ぶことでつぶした。

 

 今は優花との帰り道。話題はもちろん今日のこと。メインはお互いが離れていた時間、つまりは掃除時間のことになる。

「そんなうざいのが居るの?ん~その手のやつは無自覚にしつこいからね。まあ、周りがしっかりしているようだし、大丈夫かと思いたいけど、油断は禁物だね。明日もたぶん来るだろうね。さて、どうしたもんか・・・」そういって優花は目を細める。しかし、

「口元が笑ってるよ、優花。言いたくないけど、頭の中のスパコンがものすごい勢いで回転してるのが分かるよ。そこに私への配慮は1ビット分もないこともね」

 ジト目になって友人を見る。よくないことになりそう。これはもう直感だ。そしてそれはいまさら外れることはない。あの表情は何度となく見てきている。

「ねえ、その明里を助けてくれたほうの江藤君てさ。ちょっとかっこよくなかった?」

 すごい笑顔で言う。ただ、あの笑顔の下では狼が大きな口をあけて、よだれをどばどばと流してそうだけど。

「ん~そうだね。確かにかっこよかったかな」

 素直な感想を言う。すると、

「な?ちょっと明里!だめだよ!あの人はもう私のもんだから。明里はもう1人の江藤君にしときなさい!」

 さっきまでぼろくそに言ってた人物を友人に勧めるとは信じられない暴挙だ。どう考えても性格の似ているもの同士でくっつくとしたら、迷惑な江藤君とくっつくのは優花のほうだ。

 優花の自説は続く。

「明里は大人だからたいていの人とは合わせられるって!でも私はだめ!分かるでしょう?いつも一緒に居るんだから。なんとなくだけど、あの江藤君はうまい具合に私を支えてくれそうな気がするんだ!」

 確かにと思う。たぶん、優花とあの江藤君は相性がいいと思う。だってあの迷惑な江藤君が居る場所に、そのまますっぽりと優花が入ればいいのだから。

 ふと優花を見る。ほんとに優花はかわいい。勉強はあまり熱心にする方ではないけど、ことさら恋愛に関しては、私では足元にも及ばないくらい努力している。本当に全力で今を駆け抜けているという感じだ。そう、私とはまったく正反対に。今を一生懸命生きている。だから私は・・・

「分かったよ。協力する。優花のお願いだもんね。そのかわり、優花がわたしのナイトになってよね。そんで迷惑な方の江藤君から守って。今日私を守ってくれた方の江藤君を優花がもってっちゃうんだから」

 そんな本人たちの意思を無視した話をする。

「そうこなくっちゃ。了解了解。重々承知。任せといて。あんまりおいたが過ぎるようなら迷惑人間なんか社会的に殺してやるから!」

・・・笑顔であっさりと言っていいことではないと思う。

 

 掃除時間の話の後、行きつけの公園でもう少し話をして、そして、私たちは別れた。それぞれの帰路につくために。

 とぼとぼと1人で歩く。することもないので、もう一度今日を振り返る。

騒がしい一日だった。その中でもなんとなく印象に残っているのは迷惑でない江藤君のほうだ。何か引っかかる。なんだろう?顔だろうか?確かにかっこいいが、それは決定的でないような気がする。なんだろう?

・・・・・・。しばらく考えても答えは出なかった。でも、「まあ、いいか」と思い、家の玄関をくぐる。どうせこんな時間なんてまだいくらでもあるんだしと考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 六花・第二章 楽しいピクニック 』

 

「ねえ、明里。私思うんだけど、ここにメトウ君が居るからこんなことになっているんじゃないかな。だって、今日の天気予報のお姉さん自信満々に、傘いらないでしょう(にっこり)って言ってたんだよ!それがどうよ、これ!いいよ、別に!雨が降ってもさ!降水率0%は雨が絶対に降らないということじゃない!ってことくらい私も理解してるから。だけどさ・・・これはおかしいでしょう!何で空が黄色いのよ!」

 空を指差し、私をにらむ優花。

「黄砂が飛んできてるからじゃない?」

 冷静に答える。

「なにそれ!黄砂?中学校で習ったやつ?砂でしょ?中国の!何でそれが日本の空を覆ってるのよ!」

「それは・・・」

「そういうことじゃない!誰も科学的解説なんて求めてない!それくらい分かるでしょう?私が求めてるのは青い空と江藤君との楽しいひと時。なのに・・・くっそー。これもメトウのせいだ。この報いは必ず受けさせてやる!」

 そういって暗い笑みを浮かべる親友。はっきり言って、ただのやつあたりでしかない。

 

 空を見上げる。雲がないのに曇っていて、遠くが見えない妙な空。

 

 現地集合だった花見は、最初だけはうまくいっていた気がする。遅刻者がチラホラ出ただけで、クラスメイト一名を除いて、大体の時間には全員無事そろった。時間帯も昼間だったため、場所取りもらくちんだった。今回の企画者のあいさつ、佐倉先生のあいさつ、どちらもとどこおりなく行われ、さあ後はみんなで騒ぐだけとなったとき、彼は現れた。黄色い空をつれて。

後はもうてんやわんやの大騒ぎ。広げていたお弁当は砂まみれになり、服はざらざら。

傘なんて持ってる人はひとりも居らず、必死に近くの休憩所っぽい所(少し離れた場所に点在している小屋)にみんなして逃げ込んだのだ。そして今に至る。

「にしても、優花。メトウ君はひどいんじゃない?どう考えてもそのあだ名はないよ。」

 迷惑な江藤君、略してメトウ君。

「はい?何言ってんのよ明里。メトウ君なんてまだ良いほうだって。ホントはもっとひどいあだ名をつけてやりたいんだけど、私ボキャ貧だから思いつかない。なんか無い?どぎついの!県模試一番さん!」

 そんなこといわれてもなーと思う。県模試ではひどいあだ名のつけ方が出なかったし、高校入試でも訊かれなかった。だから、多分生きていくうえで要らない技能なんじゃなかろうか。

 黄色い空を見上げながらふと呟く。

「メトウ様」

「・・・」

 お互い無言の時間が過ぎる。しかしその時間はそれほど長く続くことは無かった。

 

「そこのお嬢さん。いや、優花さんに話がある。」

 沈黙はメトウ君によって破られた。いつの間にかメトウ君がとても真面目な顔をして私たちの目の前に立っている。なんか変なことになりそうだという気がするのだが、気のせいだと思いたい。でも、メトウ君の口元がにやけているのは気のせいではない。

「何よ。名前を気安く呼ばないで。そんな親しい間柄でもないでしょう?私、なれなれしい人嫌いなの。だから向こう行って」

 優花の一撃必殺がメトウ君の心をえぐる、ことは無かった。

「そうか。ツンか。そうか。そうだな。デレはそう簡単には拝めないか。見たい気もするが、いやしかし・・・」

 メトウ君がぶつぶつ言ってる。本当になんなんだろうこの人。頭がおかしいとしか思えない。保護者の江藤君を探してみる。すると、なにやら妙な顔つきでこちらを見ている江藤君を発見できた。妙な空気だ。なんかダメな気がする。このままでは・・・そう思っているうちに、メトウ君がメテオを唱えた。

「優花さん。あなたの気持ちはありがたいが、俺にはもうたった一人の女がいるんだ。だから君の気持ちにはこたえられない。すまない」

「っ」と苦渋の決断を強いられている、核のスイッチを前にした大統領の顔でメトウ君が宣った。

 背筋が寒くなる。やばい。この人はやばい。そして、この状況も、ものすごくやばい。

 優花を見る。・・・。

 無表情の優花がそこにいた。優花の拳が殺気を帯びる。

「メトウ君・・・。」

 警告は届かなかった。私が言い終わる前に、優花の見事な正拳突きがメトウ君のみぞおちに打ち込まれたから。

メトウ君は優花の正拳により、「く」の字に折れて咳き込みながら、

「気がふれたか、このくそ女。振られたからといって、この仕打ちは・・・」

 メトウ君はさらに自分にメテオを唱える。

 優花の拳が追加される。

「・・・」

 ついにメトウ君は沈黙した。

 

 

「いやー。すいません」

 保護者の江藤君が今更ながら出てきて謝った。謝るくらいなら止めてくれればいいのにと思う。

「ちょっとこいつ春の陽気に当てられたっぽいんで、向こうに連れて行きますね。ホントにすいませんでした。では」

そういって、メトウ君は連行されていった。その連れ去られ方も様になっていて、良くこんなことがあるのかなと思う。

「ねえ、明里」

 優花が無表情のまま話しかけてくる。ちょっと怖い。

「私、メトウ君に好きだって言ったっけ?」

 昨日から今までのことを頭の中で再生する。・・・。該当する項目はなし。

「言ってないんじゃない?」

 とりあえず当たり前のことを答える。

「だよね。なのに、メトウ君はなぜに私を振るの?」

 彼の思考をトレースする。・・・解読不能。

「きっと深い事情があるんだよ」

 優花には悪いけど、テキトウに答えておく。

「告白してない人に振られたのって初めてで、どう対処していいか分かんなかったんだけど・・・あれでよかったのかな?」

 さらに無表情の優花が聞いてくる。

 状況分析を開始。思考をフル回転。・・・・・・・・。計測不能。

「あれで良かったと思うよ。」

 とりあえず、適当に答えておいた。

 

 お風呂上りに今日を振り返る。メトウ君討伐から数分後、それまでの黄砂が嘘のように引いて、気持ちのいい真っ青な空になった。だけどお弁当はざらざら、おまけに服もざらざらで、こんな状況じゃ花見続行は無理だろうとなり、花見は中止と相成った。

 よくよく考えてみると、メトウ君が優花にあんなことを言った理由に心当たりが無くもない。ただ、それにしても江藤君は二人居るんだから、どう考えても先走りすぎだし、場所をわきまえないにも程がある。

 そういえば、保護者の江藤君はどう考えているのだろう。

 あの妙な顔つきを見る限り、優花と私の会話の内容を知っていると見て間違いはない。そしてメトウ君があんな風にされたってことは・・・。

 これは急がなくちゃならない。事は緊急を要する。攻めるなら今だ。

 それから、私は優花と30分ほど電話で明日以降どうするかということも含めた話をした。その後、その日はすぐに眠りについた。明日からはなんとなく楽しくなりそう。そうこれでいいのだ。これが、正しい今日の終わり方なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 桜花・第二章 始まり 』

 

「あの野郎~。」

 現在、俺、川島、七夜、江藤の4人で弁当をつつきながらダベっている。中学じゃ給食なんてものがあったから、昼食が弁当になることなんてほとんどなかった。

 なんかこういうことをしていると、高校生になったんだと実感がわく。が、江藤の恨みがましい声が隣から上がるのは、中学時代も高校生になった今も、全く変わっていない。

 ちょっとからかってみる。

「どうしたメトウ?」と俺。

「メトウ君うるさい。」と川島。

「メ・・・江藤うるさい。」と七夜。

「お前ら!雁首そろえて役立たずだったくせに何を!く、しかし!今は役立たずのお前らより腹立たしいものがある。・・・っ~~。あの女~。あ~~。」

 やらかした江藤が悶えている。それを見てるとイライラする反面なぜかひどく愉快になる。

 一昨日に開かれた花見は予想外の黄砂によりめちゃくちゃにされた。ただ、それだけならまだ良かったのだ。しかし、目の前でもだえている江藤がさらに場を混乱させた。

 何があったのかというと・・・あまり思い出したくない。

 

 あの日、黄砂によって避難を余儀なくされていた俺たちは、いつものことなのだが、4人で固まってダベッていた。暇だ暇だとうめき声を上げる俺たち。

 普通に考えて、他の連中に話しかけるという手もあるのだが、なんかそういう気分にもなれない状況だった。(黄砂って、なんかやる気を吸い取るんだよ。By 江藤)

 そんなとき、俺たちの悪友の一人である木島から、「同じクラスの榎本優花が江藤に惚れている」という情報が俺たち4人にもたらされた。

 知らせを受けた江藤のテンションは一気にマックスへ。

 そしてこいつはそのテンションのまま、意気揚々と榎本さん本人の目の前に行き、思いっきり振った。

 確かに、こいつが柴田さんにほれている以上、当然の選択だ。だが、いくらなんでも場所が場所だ。俺はとりあえず、「何もすんな」と、忠告したのだが、柴田さんに自分がもてることをアピールしたいこの馬鹿は、

「あえてこの状況で行くことに意味があるんだよ!だって考えてみ?昨日の一連の会話から俺が誰に惚れてるのか犯人も分かってるだろう?(犯人はスルー)だからここでそれなりに可愛い榎本を目の前で振ることで俺のもて度をアピール。そうするとこんなふう      になる。こんなに可愛い榎本を振るなんて、よっぽどこの人もてるんだわ。→この人を連れて歩いてたら自慢できるわ。→そういえばこの人昨日なんとなくだけど私にいい感じだったかも。→いっそ告白してみようかしら。→でも、節操のない女だと思われたらどうしよう。→・・・・」

 延々と続く江藤の必死の説得にいつものごとく意識が飛んでいた俺はこいつを止められなかった。残った二人は基本的に面白いことが大好きなので江藤を煽った。

 止めるやつも居ない、それどころか応援してくれる人しか居ない。この状況下でこの馬鹿がやらかさないはずもない。

 気がついたときにはすでに、バカは手の届かないところに居た。途中、柴田さんからSOSを受けた気がしたが、実際江藤が言うように、榎本さんが江藤にほれている可能性も無いとは言い切れない状況だった。どうしたもんかと事態の推移を見守っていると、すさまじい拳が江藤に炸裂。悶絶する江藤を無表情に見下ろす榎本さん。

 あ、これは早々に回収した方がいいぞと判断。すぐに行動に移すも、やつを保護する前に榎本さんは江藤に止めを刺した。

 俺達は屍と化した江藤を回収、昨日に引き続き言い訳をし、その場から逃げ出した。江藤気絶直後に黄砂が止み、天候は回復したが、花見は中止。今回のことを弁解する暇も当然無く、この噂は学校が始まると同時にいつも通り学校中に広まった。

いわく、一年の江藤は節操がないらしい。いわく、一年の江藤君は勘違いの果てに告ってもいない人を振ったらしい。いわく・・・。

 後はいつも通り噂に尾ひれがついて、その噂を総合すると、

「どう考えても江藤君はシャバの空気を吸ってはいけない人らしいよ。」

とめでたく相成った。

 しかし、この馬鹿は今回のことで榎本さんを敵と見なしはしたが、落ち込んでなど居ない。いや、落ち込んでいるのだがその原因は別にある。

 というのも、本人曰く、

「いやーでも、一番ショックなのは俺の苗字すら明里が覚えてなかったということだよ。メトウくんってなんだよ。どんな字当てるんだよ。・・・以下略」

 メトウ君発言に関してはなんとなく想像できるが黙っておく。にしても・・・、榎本さんの拳はすごかった。適格に江藤のみぞおちに拳をぶち込み、それを無表情に見下ろすその様はどこぞの殺し屋みたいだった。

「いやー、あれはお前が悪いよ江藤。あんな場所であんなことするなんて、友人としてはお前の存在を消してなかったことにしたいくらいだ。」

と煽っていたはずの川島が苦言を呈す。

「ここで裏切るか、川島!昨日はあんなに行け行けと背中を押したくせに!元はといえば全面的にあのくそ女が悪いんだよ!おい、昇、調子に乗るな!俺は試合には負けたが勝負には勝ったんだからな!」

ここでわざわざ、「いや、お前は勝負すらして無かったよ。」とは言わない。何しろ今回は少し機嫌がいい。

今回の事件は俺にとってかなりのデメリットをもたらしたが、珍しくメリットも残してくれたのだ。だから江藤の絡みも軽く返せる。

「そうだな。確かにお前は勝負に勝ったよ。そして俺はそれを素直に喜びたい。だってそのおかげで俺にとって割りと役に立つ情報をお前は残してくれたんだからな。」

 

 そもそも、木島がもたらした情報はえらく断片的なものだった。

「「私が求めてるのは青い空と江藤君との楽しいひと時。」と榎本さんが言っている。いきなりモテモテだな、江藤ご両人?」

 ここで普通の人なら、聞き間違いかもとか、木島が言うように江藤は二人居るんだしとか考えるのだが、このバカは、

「おいおい、ひがむなよ、ノボルン♪。いったいどれだけ俺たちは付き合ってるんだ?お前は昇、俺は江藤、世界の常識だろう?今更確認させるなよ♪。」

と当然というように言い放ちやがった。

 ホントにこのときは江藤の将来が心配になった。こいつにとっての世界は俺たちしか居ないのかと。

 その後こいつはぼこぼこにされ、戻ってきた。それはつまるところ・・・

「榎本さんか、かなりいいな。」

 なんとなしにつぶやいてしまう。そう、こいつがぼこられたということは、木島の情報に誤りが無いなら、榎本さんは俺に気があるということになる。

「はん、この浮気もんが。数日前には明里にホの字だったくせに、今はこれか。お前はあれか?なんだ?えーと、そうだ、お前はへたれだ!」

 ボキャ貧を見るのがこんなにつらく、そしていたたまれないと知ることができたのは貴重な体験だと思う。

「黙れ。確かにきれいなのは柴田さんだが、それと付き合いたいという女性は必ずしもイコールではないだろうが。俺は、物静かなタイプよりもああいう活発なタイプが好みなんだ。」

 中学校では俺があまりしゃべらないせいもあってか、告白してくる女子はすべておとなしめの子に限られていた。しかし榎本さんなら、

「優花さんかあ、向こうにその気があるのなら、付き合ってみてもいいかも。」

 そう思ったことを口にしてしまった。瞬間空気が変る。七夜が、川島が、江藤が、静かに微笑むと席を立った。なんか気味が悪い。呼び止めようとするも授業開始の鐘が鳴る。 

 かなり気になるが、まあ仕方ない。後で問いただせばいいか。時間はまだくさるほどあるんだしな。そう考えて、俺は次の授業の準備に取り掛かった。

 

 

 

『 六花・第三章   兆し 』  

 

 ピクニックから2日あけて今日は月曜日。時刻は午後5時16分。そのとき時を止める衝撃の着メロが放課後の教室に響いた。

『優花さんかあ、向こうにその気があるのなら、付き合ってみてもいいかも。』 

「・・・。」絶句するクラスメイト。

『優花さんかあ、向こうにその気があるのなら、付き合ってみてもいいかも。』

 みんなが黙ったせいで、余計はっきり聞こえる意味不明の着信メロディ。

「・・・。」そして、だれも身じろぎひとつできない。

『優花さんかあ、向こうにその気が・・・。』

「おい、七夜お前の着メロじゃないか?うるさいから切っとけよ。放課後まで勘違いした江藤昇の声を聞いていたくないからな。」

 と携帯越しにメトウ君が彼の友人に注意した。メトウ君からの電話を受けた、えーっと、 七夜君(?)は顔色一つ変えず、

「すまん。うっかりしてた。教室じゃマナモードが基本だよな。すまん。」

 そういうと私たちクラスメイト全員に振り向いて、

「ホントすいませんでした。」

 と謝った。

「・・・。」、

 なにこれ?

 要点を整理、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 理解不能。

 優花を見る。

「・・・。」

 真っ赤な顔をしてうつむいている。

 次にまともな江藤君を見る。

「・・・。」

 こちらは遠いどこかを見つめたまま、心ここにあらずといった感じ。そうだよね。まあ、 普通そうなるよね。

「おい七夜、川島、今からこの教室じゃないどこかに行こうぜ。この教室じゃなけりゃどこでもいい。なんかこれからここ、ラブ的展開になりそうだからな。ああ、昇お前はいいよ、来なくて。お前ラブファクターだからお前が来ると意味がない。」

がたがたと席を離れるメトウ君達。それに釣られるようにして、周りのみんなも席を立ちだす。当たり前だが、この教室に残ることはメトウ君でもない限り無理だと思う。もう一度優花を見る。

「・・・。」

 目があった。何も言わないが大体こんなところだろう。

(おととい話し合った作戦は?あれはどうなるの?てか、いまどうなってるの?私はどうすればいいの?こんなとこに私をおいていっちゃうの?・・・略)

うん、多分だけどこんな感じだ。確かにおととい立てた作戦とはだいぶ違うけど、わたしの聞き間違いでなければ、江藤君も優花を良いとおもっているはず。ならここで、多々良を踏む必要はない。

「がんばって。大丈夫だよ。」

 そういって親友の背中を押して、私は教室を出た。

 

 教室を出たとこで、メトウ君と七夜君と、えーと、川島君(?)に会った。三人とも廊下に座り込んで、夕日を眺めている。そして、三人ともなんだかボーっとして心ここにあらずといった感じだ。

 ホントになんなんだろうと思う。この三人のうち二人は明らかに共犯なのだが、あの撤収の手際のよさから見ても三人がグルであることは、なんとなく想像できる。だが、今のところそれはさして問題ではない。今問題なのは三人がなぜこんなことをしたのかということだ。今回はもとから私も優花も江藤君問題に関してはガンガン攻めていこうということで話はついていた。だからといって問題ないわけではないのだが、それほど深刻にならずにすんでいる。だけど今後もこんなことをされるとなると明日以降、優花と江藤君の間がどうなるんであれ、必ず後々面倒なことになるのは必須だ。ここはひとつはっきりさせておくべきだと思う。だけど、

(ホントはまだ大人しくしとくべきなんだけどなー。)

と思うのが正直なところだ。それでも困るのは親友と自分だ。メトウ君は無理にしても、せめて残りの二人にははっきりと分かっててもらいたい。そう思って、彼らの前に立つ。

 

「あの、話があるんだけど。」

 三人にそう話しかける。これに江藤君が、

「なんだ、明里か。ちょうど良かった。俺たちも話があったんだ。自販機の前に行こうぜ。」

と答え、さっさと歩き出してしまった。

「・・・。」

 ひょっとしたら自分はここ何年間かの記憶を失ってしまっているのではないかと思ってしまう。それくらいメトウ君の「明里」は自然だった。記憶を整理する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 いや、無駄だろう。相手はメトウ君。常識が通じる相手ではない。ひょっとすると言葉が通じることすらないのではないかと心配になってくる。そこへ、

「スンマセン、柴田さん。あいつ馬鹿なんで許してやってください。でも、悪いやつじゃないんです。それは保障します。」

と川島くんが声を掛けてきてくれた。川島君はメトウ君を眺めながら続ける。

「柴田さんが言いたいことは、簡単に想像できます。江藤と榎本さんの一件ですよね。やりすぎだと思ってるんでしょう。正直俺らもどうかと思います。だから、それも含めて色々話したいんです。だから、少し時間とってもらいたいんです。いいですか?」

 そう言って、私の顔を見下ろしてきた。

 こんな状況でなんだけど、よく見てみるとメトウ君の友人は背が高いひとばっかりなんだとよく分かる。私も背が低いほうではないのに。

 1人でさっさと行ってしまうメトウ君を眺める。ホントになんなんだろうと思う。これまで15年生きて来て、こんなにめまぐるしく変る日々があったのだろうか。いや、多分無かったと思う。昨日は今日に続き、今日は明日に続いていく。その退屈がとてもつらくて私は・・・。

 

 今ではない遠くを見るようになったというのに。

 

 

 今思うと、ここが分岐点だったんだと思う。結局この物語は花に始まって花に終わる物語だったのだ。淡いピンクの花と無色透明の雪の花。桜と六花の物語。二つの花をめぐる物語はここから静かに動き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 桜花・第三章  混乱の黄昏 』

 

 神よ。俺は何か悪いことをしましたか?別にいいことをした覚えはありません。ですがこんな罰を与えられるような悪事を働いた覚えもありません。だから私はあなたに聞きたい。さっきの着メロはなんだったのでしょうか。いや、分かってます。すべて分かってます。でもこれはあんまりです。

 それと、久々にあの馬鹿からフルネームで呼ばれました。あれはすべての罪を私に着せるときの常套句です。神よ。私はあいつを殺すべきでしょうか。いや、あいつらを殺すべきでしょうか。神よ・・・。

 今どういう状況下というと、「優花さんかあ、向こうにその気があるのなら、付き合ってみてもいいかも」という俺の恥ずかしい独白をどういうつもりか知らんが七夜が着メロにしていて、それが響き渡った直後の教室に優花さんと二人取り残されているという状況。このとき七夜に電話していたのは、これまたなぜか分からないが同じ教室内に居る江藤だった。

 まあ、単純に考えると嵌められたんだよね!あいつらに!あの馬鹿共に!

「あの」

 目の前で声がした。よほど放心していたのか榎本さんが近づいていたことにすら気づいていなかった。やばい、何も考えられない。

「少しお話いいですか?」

 いいも何も話すしかないだろう。ここで話もせず帰れば俺は後の三年間究極のヘタレとしてこの学校に君臨することになる。

「うあい、どうぞ」

 意味不明の相槌がのどから出る。江藤め、この報いはいつか償ってもらうからな。そう思いながら、榎本さんに向き直る。顔を真っ赤にした榎本さんが目の前に居る。・・・。やっぱり何も言えない。俺が黙っていると榎本さんが口を開いた。

「えっと、自己紹介はもういいですよね。それよりも、江藤君も私も、今話さなきゃならないことがあると思うんです」

 俺もそう思います。でも今は無理です。もう少し時間下さい。心の準備ができてないんです。だから何か話題を。何か話を振って時間を稼がないと・・・。そうは言ってもやっぱり出てこないものは出てこない。どうすんだよ俺!

しばらく無言の時間が続く。

 それでもどうしても口を開くことができない。なんでだよ。いつも江藤たちを放すときにこの口を使ってたはずなのに!何で俺はこんなにヘタレなんだ?どうして俺は・・・と自虐の世界に引きこもろうとした俺に顔を真っ赤にした榎本さんが「あの・・・」とさらに声をかけてきた。ああ、女の子にばっか頑張らせてる。

 そんなどうしても気の利いた話題を振れないヘタレの俺の代わりに、榎本さんが今まさに二人にとってとても重要で、そして有意義な話題を振ってくれた。

「メトウ君、もとい、もう1人の江藤君に報復するべきだと思うんですけど、どう思います?」

「・・・。はい、俺もそう思います」

 この後、俺たちは自分たちが付き合ううんぬんかんぬんの前に、どうメトウ(江藤)を血祭りにあげるかを話し合い。その後は、やつにお互いがどれほど迷惑を掛けられたかという話をし、そしてそんな話を小一時間したところで、

「で、今更ですけど、さっきの着メロの真意はいかに?」

と聞かれ、

「はい、なんとなくですけど、榎本さんのこといいなあと思ってます。付き合ってもらえると嬉しいです」

と答えた。

 

 今思うとこのときがすべてのターニングポイントではなかったかと思う。結局ここからいろんな歯車がかみ合いだしたんだ。桜から始まり、雪で終わる物語が。雪の彼女はどうだか知らないが、少なくとも俺という人間はこの物語が終わったところで劇的に変われたわけじゃない。結局俺にとってこの物語は結果から見れば「なんでもない」物語だったんだと思う。でも、決して無意味じゃなかった。これはそんな物語だった。そして今この瞬間に、その「なんでもない」物語がゆっくりと動き出す。

 

ゆっくりと。

 

それは当事者であった俺たちですら気づくこともできないほどの速度であったけど、

 

だが確実に、

 

この物語は、

 

ゆっくりと動き出す。

 

ひとつの終わりと始まりに向けてゆっくりと、

 

動き出す。

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