創作活動におけるAIの価値うんぬんの意見交換は確かに面白いのだけれど、そこには正義も正解もひったくれもありはしないのだから議論のタネとしてはひどくむなしくつまらない
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ニュースで耳にしました。
どこぞの県における誰の主催かなんて知ったこっちゃないが、それなりに歴史がある――のかもしれない「俳句の賞」を今年で切り上げるそうだ。
理由については、下記――。
ニンゲン様が考え抜いたブツと、AI殿がサッと考えた作品との区別がつかなくなったから――や、そうやよ←謎の大阪弁。
気を取り直して。
さあさぁ、いっそこれから大阪弁。
当該事案、私は過敏すぎる反応やと思いました。
せやけど「権威が失われてしまうから」なる理由については得心がいく。
主催者の総意として、それは「AIなんてくそったれ」ってことなのでしょう。
気持ちはわかります。
わかるんやよ、ホンマに。
ネタを考え、種を芽吹かせて、そこからすくすく育てること、また育て上げること――それが創作活動の醍醐味に違いないからです。
せやけど、それは自慰的な側面しか持たへんってことのシンボリックな事象でもあります。
たぶん、AIを嫌うクリエイターの方々は、こう言うんや。
「自分が捻り出すことが楽しくて、だからこそ、AIに放り投げるような真似はしたくないし、絶対に、せーへん」――。
ああ、素晴らしいな、ホンマにそのオナ〇ー。
きっと、そういうヒトらはホンモノの創作者や。
誰も否定できへんし、そこにあるのは「立派さ」と「気高さ」やって思う。
もうずいぶんと前のことなんかな? それとも直近のことなんかな?
最近、日が経つのが早すぎてついていけへん当方やけど。
芥川賞とった女性の作家さんが「ほんの少し文章についてAIに頼りました」って述べやったらしい。
生成AIは優れてるんやろう、間違いなく。
せやけど「そこに」嫌悪感を抱くニンゲンは一定数いて、なんでそうなるかって言うたら、「小説くらい、あるいは小説ごときはテメェが考えて書いたらええんちゃうの?」ちゅうことやと思う、好き勝手に書けるんやさかいな、せやったら「おまえが書いてみろや」ってみんなは言いたいわけや、「おまえが書いたもんを見せてみろや」っちゅう話なんや――ろう。矜持の問題なんやろう。
ただの素人の投稿サイトに過ぎへんねやったらポイント稼ぎたいわけやさかい――そういう条件下やったら――大いにAI、つこたらええんやって思う。なにせ売れたい――バズりたいわけやさかいな、そういうヒトらは容赦なく、遠慮なくつこたらええ、的を射た選択やと思う――そのヒトの目的はいったいなんや?――つまるところ、議論の深淵は、やっぱりその点に終始するからや。
私は生成AIについては微々たる使う気すら起きへん。
そのうち、AIへの命令――プロンプトのインプットさえ――創作活動の一つに数えられてまうんかな?
いや、すでにそうなんかもしれへんな。
ある種の閑話休題――。
何かの分野で、もしくはあらゆる分野でAIが頼られることは、とっくの昔から見当ついてた。
言い方悪くて申し訳ないんやけど、単純な肉体労働に従事する方々の居場所なんて――絶対に――悲しいかな、近いうちになくなってまう。
今、その波に、あらゆる創作活動の在り方もさらわれそうになってるように思う。
そのうち、ヒトなんて要らんくなる、極端な話そういうことで、今は緩やかに、その谷にくだってる最中なんやって思う。
誰のことも否定せーへんし、誰のことも否定はできへん。
要は――偉そうな物言いながら――あなたがいったいどうしたいんか、っちゅうだけのことなんやろう。
もう一回。
プロンプトの入力に頭ひねるんはあってあたりまえ。
そのヒトはそのヒトで、自分の作品をより良く仕上げたいんやさかいな。
私は絶対にそれはせーへんぞっちゅう話。
やってしもたら最後、微弱で矮小ながらも私自身の「価値」が失われてまうって話。
絵が描けるなら、私はとっくに漫画家目指してる。
どうしたってそれができへんから、小説とか書いてみてる。
つくづく小説書くのは嫌いやない。
他愛のないことを文章で表現するのが好き。
世に数多あるであろう賞レースの主催者の方々はこの先、どないなふうに判断されるんやろう。
AIオッケー――にしはるんやろうな。
この先、せやないと、こと小説における応募作は枯渇してまうやろうから。
仮に「AIダメ」って謳ったところで、裁く側にも判別がつかへんような域に、すでに達してるわけやしな。
AIは「必要悪」って認められるに決まってる。
いやはや、素晴らしいよ。
ヒトは機械と融合することで、さらなる高みに至ろうとしてるんやから。
ホンマ、エグいくらいにイケてるわ、より高度で高貴で高尚な作品はこの先、「彼ら」のおかげでいくつも生まれるんやろうから。
さぁ、「AI肯定派」とも「AI否定派」ともつかへん文章を書きつらねました。
押しつけるのは良くないし、かといって押しつけられるのも良くない。
最後に、私は言えます、「そんなの嫌だね」って。
私は自分の脳と目と耳と鼻と肌感覚と両手両足で、昨日も今日も明日も書きたい言葉を探します。




