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灯の召喚師  作者: 冬弥
第一幕《光をこの手に》
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プロローグ

 夜闇の深い、新月の晩。深い緑を帯びた漆黒の長髪を冷たい風になびかせて、一人の女が窓から空を見上げていた。

 漆黒の瞳に透徹を宿す彼女は、その一挙一動に艶を纏わせてゆるりと静かに目を伏せる。ほう、と。零れた溜め息には隠しきれない熱。

 その傍らで本を読んでいた二○代後半の男がくつと。喉を鳴らした。


「リー。あまりぼくをからかわないでおくれ」


 アッシュブロンドの短髪をさらりとかきあげ、その薄い蒼氷色の瞳で彼は『リー』と呼んだ女を見つめる。

 ゆったりとした動作で女は振り返り、媚を売るような空気を纏わせたままに緩く首を傾げた。男はやれやれという風に首を振って、栞を挟んで本を閉じる。サイドテーブルにその本を置いた彼は、立ちあがり、女の傍へと寄る。そして彼女の手の甲を恭しく取り、羽根のようなキスを贈った。


「これで、許してくれるかな?」

「そうね……」


 くすくすと鈴のような笑い声を鳴らして。女は悪魔のような微笑を浮かべた。


「仕方ないから、許してあげるわ」

「ありがたき幸せ」

「天下の軍事国家、アズベル帝国皇帝が妾ごときに跪いていていいのかしら」

「きみはぼくよりずっと高貴な存在。ぼくが敬意を払うのは当たり前のことだよ。リーゼロッテ殿」


 甘い声音で囁いて、淡く穏やかに笑う。


「世がぼくを煩わせるけれど、きみがいるからぼくはこの戦乱を歩いていけている。きみがいてこその、今のアズベル。

 ぼくが跪くのは、一生涯きみだけだよ。絶対にね。

 ……まあ、ガイエトのように〈未来視(ヴィジョン)〉の異能持ちがいればここまできみに頼らずに済んだはずだったんだけど」

「あら。妾がいるのに、まだ不満なの?」

「そうだね……不満というわけじゃないけど、もっと欲しいとは思っちゃうよね」


 したり顔で頷いて。

 アズベル帝国皇帝、ラファエル・ウーリ・フォン・ヴィターハウゼンは無邪気に笑った。


「ぼくは全部手に入れたいんだ。全部、ぼくのものにしたい。

 だから竜と契約した召喚師(あのおんな)もぼくのものにした。周りの国々、チチェンも、ペルセも、ポトムもシエラもそうやって手に入れた。

 リーならわかってくれるだろう? ぼくはね、この世界が欲しいんだ」


 リーゼロッテは苦笑し「強欲な人」とラファエルに抱きついて、たしなめるような口調で囁く。

 ラファエルは「うん」と頷いて、その顔に酷薄な笑みを浮かべる。


「うん。そうだよ。ぼくは強欲さ」


 だから。

 彼は、に、と口端を持ち上げて、そっと続けた。


「奪えるものは、全部、奪ってやるんだよ」




********************




 この世は、人と幻獣が支配している。

 それは絶対の不文律。誰もがどこかで理解している現実であり事実。

 文明と文化を人は操り。神秘と自然を獣は守る。住む場所も、生きる姿も違う存在として不干渉であることを古い時代に定めた人と獣が関わる時といえば、召喚師が幻獣を呼びだした時などの特殊な場合のみとなってすでに久しかった。

 そんな中で起こった大陸大戦。力を求めた大国諸国は、魔術師を捨て駒にし呪術師に死ぬまで呪いをかけさせ、敵国の力をできるだけ削ごうということを始めた。神秘の力を戦争の道具として使うようになったのだ。

 そして狂気の矛先は、いつしか召喚師と幻獣にも向けられた。――人よりずっと強大な力を秘める存在、幻獣。彼らが戦争に投入されるようになるまで、そう時間はかからなかったという。




********************




 シネの湖と呼ばれる、岸に桜が咲き乱れることで有名な湖のほとり。

 桜吹雪を背景にして。一人の男と一頭の竜が対峙していた。

 金糸と見紛うばかりの美しい髪色のセミロングに、薄茶色の瞳。白亜の人種を思わせる色彩の青年は、焦った様子でなにかを竜へと語りかける。数m以上はあるであろう巨躯を陽光に惜しげなく晒す藍色の竜は皮肉っぽく薄青の瞳を細めて、時たま相槌を返しては青年を焦らせている。

 竜が楽しげに《では》と、緩く首を傾げた。男は期待の眼差しで竜を見上げて、ごくと生唾を嚥下する。


《私の真名を、当ててごらんなさいな。人間》


 竜は楽しげにそういった。《当てられたならば、あなたを生かしてあげましょう》と。

 期待を見事に裏切られた男は憐れっぽく、「勘弁してくれ」と懇願した。


「オレはまだやることがたくさんあるんだ。こんな所では死ねない」

《ならば私の名を当ててごらんなさいな。――簡単でしょう?》

「この、鬼みたいな竜め! おまえの血は絶対氷水でできてるぞ! オレは賭けてもいい!」


 半分泣き顔で罵りを叫ぶ男の様子が、竜にとってはおもしろかったのだろう。

 ぱたりと藍の巨大な尾を振り、竜はくつと喉を鳴らした。


《さあ。あなたの答えをどうぞ? 人間》


 なにかをいおうと、男は口を開きかけ。がくと首を落とす。


「これだから幻獣は……」

《なにかいいましたか?》

「いや、なにも」


 激しく首を左右に振り、男は即答し。はふりと一つ、嘆息を落とす。

 腹を括ったのだろう。竜を見上げる男の瞳はただ澄み渡っており、先ほどまであった恐怖や怒りはどこにもない。その見事なまでの変貌っぷりに、竜は小さく感嘆の吐息を漏らした。


(なるほど。流石は召喚師、というべきでしょうか)


 気紛れな幻獣との付き合い方を、よく心得ている。

 気にしない。必要以上に噛みつかない。適度に流されておくこと。それが、幻獣と付き合うにおいて人側に必要な心得だといわれている。

 どうやらこの男は、それらすべてを会得しているらしい。召喚師としての腕は確かなのだろう。こういう人間は、獣に好かれる。


「おまえの名は――」


 召喚師である男が、ふわりと笑む。

 はらりひらりと桜が舞い。そして。その言葉は、紡がれた。


「――《蓮華(レンゲ)》」


 ぴきり、ぱきり。

 竜の内側。魂のどこかで、なにかがひび割れる音がした。


《な、》


 待ちなさい、と。竜が声をかけるべく口を開きかけたが、時すでに遅し。

 男はまるでなにかに操られているかのようにどこか上の空な表情で。先の言葉を、紡いだ。


「おまえの名は、『蓮』の『華』と書く――《蓮華》だ」


 鎖が、粉々に砕かれる音がした。




*******************




 獣は、真名を持つ。

 そしてその真名を人に預け、時たま、『契約』を交わす。

 契約とは名ばかり。それは、人への絶対服従の誓い。名を持つ者には逆らえないという、獣の特性が生んだ悲劇。

 されど。ごく稀に。契約を交わした人と獣が、情を交わし、絆を生みだすことがある。

 たとえば、そう……あの、『灯の召喚師』のように――。

 書きなおしたというか、ストーリーが変わったので、半年以上ぶりなんですけども、もう一度再出発してみようかと思います。……といってもまたのんびり更新になりそうですけども。

 2010年の8月半ばに一度始めました。そして11年2月に更新が止まって、こうして10ヶ月してまた書いています。キャラは大体同じなんですけど、話が凄く違うんで、まあ、……長い目で見ていただければなーって。うん←

 では、ありがとうございました!

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