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公爵令嬢に仕える転生メイドの私は、1日1つだけ「前世の品物」を取り寄せられる魔法が使えます

作者: たまユウ
掲載日:2026/02/20

「……ああ、今日もクラウディア様は宇宙一美しいわ」


 公爵家の広大な庭園。その片隅で洗濯物を干しながら、私、ミアは恍惚のため息を漏らした。

 視線の先には、憂いを帯びた表情でお茶を飲んでいる、私の主人であり「推し」でもある、公爵令嬢クラウディア・フォン・ベルシュタイン様の姿がある。

 プラチナブロンドの豪奢な巻き髪に、意志の強さを感じさせる吊り気味のアメジストの瞳。


 世間では彼女のことを「きつい目をしてる」、「高慢だ」、「無愛想な令嬢」などと呼ぶけれど、分かっていない。全く以て分かっていない。

 あのお顔は「高慢」なのではなく「高潔」なのだ。そして、あの眉間の皺は不機嫌なのではなく、単に極度の近眼で目を細めているだけだし、人付き合いが不器用すぎて緊張しているだけなのだから!


「……ミア。手が止まっているぞ」


 背後から低い声がかかり、私はビクリと肩を跳ねさせた。

 振り返ると、そこには黒髪に鋭い眼光を宿した、近衛騎士のシド様が立っていた。王太子殿下の護衛として、今日もこの屋敷を訪れているのだ。


「こ、これはシド様。ごきげんよう」

「……ああ。またお嬢様を眺めていたのか?」

「ええ、日課ですので。シド様こそ、王太子殿下はお着きになられましたか?」

「今しがたな。……だが、殿下のご機嫌はあまり麗しくない」


 シド様は小さくため息をついた。

 王太子フレド様と、私の推しであるクラウディア様は婚約者同士だ。

 しかし、その関係は冷え切っている。……正確には、「ある邪魔者」のせいで拗れに拗れているのだ。


「また、『あの方』がご一緒なのですか?」

「……残念ながら。男爵令嬢リナ・メイベル。彼女も招かれている」


 その名前を聞いた瞬間、私のこめかみに青筋が浮かんだ(メイドとしてあるまじきことだが)。


 リナ・メイベル。


 ふわふわのピンク髪に、潤んだ瞳。いかにも「私、何もできないドジっ子なんですぅ」というオーラを纏った男爵令嬢。

 最近、王太子殿下に急速に接近し、ことあるごとにクラウディア様を「怖い」と貶めている元凶だ。


「……分かりました。シド様、忠告感謝いたします。私は直ちにクラウディア様の援護に向かいますので」

「援護?お前がか?」

「ええ。これでも私は、お嬢様専属の『魔法使い』ですので」


 私はスカートの裾を摘んで優雅に礼をすると、早足でその場を後にした。

 シド様が「魔法使い?お前はただのメイドだろう?」と首を傾げているのが去り際に見えて分かったけれど、あながち嘘ではない。


 私、ミアには秘密がある。

 前世は日本で働くしがないOLだったという記憶。

 そしてもう一つ――『1日1つだけ、前世で使ったことのある品物を取り寄せられる』という、地味すぎる固有魔法を持っていることだ。きっと、神様が転生した私にちょっとした特典をくれたのだと思っている。


 私は誰もいないリネン室に飛び込むと、虚空に向かって手をかざした。

 意識を集中する。今日必要なものは、攻撃魔法でも防御魔法でもない。

 あのあざとい男爵令嬢が仕掛けてくるであろう、ベタな嫌がらせに対抗するための「現代の叡智」だ。


「……お取り寄せ、開始コネクト!」


 私の手の中に、光の粒子と共に「それ」は現れた。

 プラスチックの容器に入った、白いスティック状の液体洗剤。

 私はそれをエプロンのポケットに忍ばせると、戦場ティーパーティーへと急いだ。





「キャァァァァァッ!!」


 クラウディア様のもとに到着するなり、鼓膜を劈くような悲鳴が響き渡った。

 私が駆けつけると、そこには見るも無惨な光景が広がっていた。


「あっ、ごめんなさいクラウディア様ぁ!私ったらドジでぇ……足がもつれちゃってぇ……!」


 涙目で(おそらく嘘泣きだと思う)謝るリナの足元には、砕けたティーカップ。

 そして、クラウディア様の純白のドレスの胸元には、赤ワインのように濃い紅茶がべっとりと掛かり、醜い茶色のシミを作っていた。


「…………っ」


 クラウディア様は顔面蒼白で立ち尽くしている。

 白いドレスのシミは致命的だ。このままでは「だらしない」と笑い者にされるか、着替えるために退席を余儀なくされる。

 そうなれば、リナは王太子殿下と二人きりになるチャンスを得るだろう。それが狙いだ。


「クラウディア……大丈夫か?」


 向かいに座っていた王太子フレド様が、困惑したように立ち上がる。

 リナはすかさず、「殿下ぁ、どうしましょう、私のせいでぇ……」とフレド様の腕にすがりついた。

「っ……私は大丈夫ですわ、殿下。リナ様はわざとではありませんし仕方のないことです。……ですが、申し訳ありません。一度着替えるために退席させていただきますわ」


 クラウディア様は唇を噛み締め、気丈に振る舞おうとしている。けれど、その指先が震えているのを私は見逃さなかった。

 推しを、こんな下らない策略で傷つけさせてたまるもんですか。


「失礼いたします、お嬢様」


 私は音もなく二人の間に割って入った。


「ミ、ミア?」

「お召し物が汚れてしまいましたね。ですが、ご安心ください。すぐに元通りにいたします」

「元通り?何を言っているの?こんなに酷いシミ、一度脱いで洗濯しないと……」


 リナが勝ち誇ったように口を挟むが、私は無視した。

 ポケットから、先ほど取り寄せた『携帯用シミ抜きレスキューペン(強力タイプ)』を取り出す。


「お嬢様、少々じっとしていてくださいませ」


 私はシミの裏側にハンカチを当て、ペンの先端を汚れた部分に押し当てた。

 トントン、トントン。

 リズミカルに叩き込み、特殊な界面活性剤を繊維の奥まで浸透させる。

 異世界の人々から見れば、それは未知の儀式に見えるだろう。


「なっ……なんだそれは?」


 フレド様が目を丸くする。

 見る見るうちに、濃い茶色のシミが分解され、下のハンカチへと移っていく。

 仕上げに、固く絞った濡れ布巾でポンポンと叩けば――。


「――はい、完了でございます」


 そこには、一点の曇りもない純白のドレスが蘇っていた。

 所要時間、わずか三十秒。


「え……?」


 リナが口をパクパクさせている。

 クラウディア様は、信じられないものを見るように自分の胸元と、私を交互に見つめた。


「き、綺麗に消えている……?ミア。あなた今、浄化魔法を使ったの!?」

「いいえ、ただの『応急処置』でございます。優秀なメイドたるもの、この程度の嗜みは当然ですので」


 私はニッコリと微笑み、使用済みのペンをポケットにしまった。

 この世界にも「浄化魔法」はあるが、高位の聖女にしか使えない希少なものだ。まさかただのメイドが使えるはずがない。

 だからこそ、この「科学の力」は魔法以上の奇跡に見える。


「す、すごいな……。跡形もない」


 フレド様が感心したように唸った。


 リナは「そ、そんなぁ……せっかく……」と小声で何かを呟いているが、計画が狂って悔しがっているのは明白だ。


「リナ様。お怪我はございませんか?」


 私はあえてリナに向き直り、優雅に礼をした。


「次からは、もっと足元にお気をつけあそばせ。ご自身のお綺麗なドレスにかかってしまうかもしれませんので。もしお洋服が汚れるのを恐れるのであれば、よだれかけでもご用意いたしましょうか?」


「っ!?バ、バカにしないでよっ!」


 リナは顔を真っ赤にして、捨て台詞を残して走り去っていった。

 ちょっとだけスッキリした。


「……ありがとう、ミア。助かったわ」


 クラウディア様が、安堵のため息と共に私に微笑みかけてくれた。

 ああ、その笑顔!その笑顔だけでご飯三杯はいけます!今日も推しが尊い!





 茶番劇――もとい、ティーパーティーがお開きになった後のことだ。


 私は屋敷の廊下で、警備中のシド様に呼び止められた。


「……おい、ミア」

「はい、何でしょうかシド様」

「さっきの、あれは何だ」


 シド様は鋭い視線で私のポケットあたりを見ている。

 やはり、騎士団きっての実力者。私の手元を見ていたらしい。


「あれとは?」

「とぼけるな。あの白い棒だ。微量だが、俺の知らない魔力を感じた」

「……気のせいですわ。ただの『よく落ちる水』です」

「水であんな芸当ができるか」


 シド様は呆れたように壁に手をつき、私を覗き込んだ。

 顔が近い。無精髭の似合うワイルドな美形が至近距離にあると、前世の記憶が「乙女ゲームに出てくる美形キャラかよ」と騒ぎ出すが、私は平静を装った。


「シド様こそ、お疲れのご様子ですね。目の下に隈ができておりますわ」

「……うっ。まあな。最近、殿下が激務で……付き合わされて寝ていない」

「殿下も、お疲れなのですね」


 私はハッとした。

 そういえば、先ほどのティーパーティーでもフレド様は何度も目元を揉んでいた。

 クラウディア様への対応が素っ気ないのも、リナに付け入る隙を与えているのも、全ては「疲労」による判断力の低下が原因かもしれない。


(これは……チャンスかも)


 私はシド様に「少々お待ちを」と告げ、物陰に隠れた。

 本日分の能力はさっきのシミ抜きで使ってしまった。

 だが、日付が変わるまであと数時間待てば、次のアイテムが取り寄せられる。




 ――翌朝。


 私はクラウディア様の部屋を訪れた。

 彼女は鏡の前で、「昨日も殿下と上手く話せなかった……少しでもフレド様のお力になりたいのに…」と落ち込んでいた。


「お嬢様。これを殿下に差し入れなさいませ」

 私が差し出したのは、薄いピンク色のパッケージに入った『蒸気でホットなアイマスク(無香料)』だ。

 もちろん、パッケージは剥がして、絹の袋に入れ替えてある。


「これは?」

「『疲れ目を癒やす温熱マスク』でございます。殿下は公務でお疲れのご様子。これを着けて少し休まれれば、きっと心も身体も解れるはずです」

「で、でも……私なんかが差し上げても、迷惑じゃ……」

「迷惑なはずがございません!疲れている時に、言葉少なに労ってくれる婚約者……これぞ『正妻の余裕』です!あの男爵令嬢には出せない大人の魅力で攻めるのです!」


 私の熱弁に押され、クラウディア様はおずおずと頷いた。


「そ、そうかしら。……わかったわ!何もしないより行動した方がいいものね。あとは手紙でも書こうかしら、話すのは難しくても手紙なら気持ちも伝えられるわ」

「素晴らしいアイデアです!さすがクラウディア様!」


 そしてその日の午後。

 王城への使いを頼んだ後、私は再びシド様に捕まった。


「おい、ミア。……殿下が、変だ」

「はい?」

「お嬢様から送られたという『謎のマスク』を着けて昼寝をされたんだが……起きた直後、『目が……目が軽い!世界が輝いて見える!クラウディアは女神か!?』と叫んで、今猛烈な勢いで執務を片付けている」


 シド様は信じられないものを見る目で私を見た。


「お前、あの中に何を仕込んだ?」

「ただの『優しさ』と『蒸気』ですわ」

「……嘘をつけ。まあいい、おかげで俺も久々に休憩が取れそうだ」


 シド様はふっと表情を緩め、私の頭にポンと手を置いた。


「助かった。……礼に、今度美味いメシでも奢らせてくれ。非番の日に付き合ってくれないか?」


 大きな手のひらの温かさと、不意の誘い(デート!?)に私は少しだけドキッとしてしまった。

 いけない、私の本分はあくまで推しの幸せ。自分の色恋にかまけている場合ではないのだ。


 しかし、運命はそう簡単にはいかない。

 男爵令嬢リナが、最後の手段に出ようとしていたからだ。




 近日行われる『建国記念パーティー』。

 そこで彼女は、自作自演の「毒殺未遂騒ぎ」を起こし、クラウディア様を断罪しようと画策している――そんな不穏な情報を、屋敷のメイドたちの情報網が拾ってきたのだ。


「上等ですわ……」


 私はメイド服の袖をまくり上げた。

 科学の力(現代グッズ)を舐めないでいただきましょう。


 毒?冤罪?


 そんなもの、私の『秘密兵器』ですべて論破して差し上げます!



―・―・―



 迎えた、建国記念パーティー当日。

 王城のダンスホールは、煌びやかなシャンデリアの光と、着飾った貴族たちの熱気で満たされていた。


「……あ、あの、ミア。私、変じゃないかしら?」


 会場の隅で、クラウディア様が不安そうに私に問いかける。

 今日の彼女は、夜空のようなミッドナイトブルーのドレスに身を包んでいる。素人レベルではあるけど私が前世の知識を総動員して提案した「骨格診断」と「パーソナルカラー」に基づいたコーディネートだ。

 プラチナブロンドの髪が映え、いつもの「きつい」印象は消え失せ、代わりに「神秘的な高嶺の花」としての魅力が爆発している。


「完璧です、お嬢様。今の貴女は、この会場の誰よりも輝いています!自信を持って、背筋を伸ばしてくださいませ」

「え、ええ……ありがとう」


 おずおずと頷くクラウディア様。ああ、尊い。

 その時、会場がざわめいた。王太子フレド様が入場されたのだ。

 そして、その腕には――予想通り、ピンク髪の男爵令嬢リナがぶら下がっていた。


「殿下ぁ、すごぉい!こんな素敵な場所、私初めてですぅ!」

「はは、そうか。楽しんでくれるといいのだが」


 フレド様は苦笑している。以前のようなデレデレした様子はない。

 やはり、『ホットアイマスク作戦』が効いているのだ。疲れが取れて判断力が戻った殿下は、リナの非常識なベタベタ攻撃に少し引いているように見える。

 だが、リナは止まらない。彼女はチラリとこちらを見ると、ニヤリと口角を上げた。


(来るわね……)


 私はドレスの隠しポケットに入れた『秘密兵器』の感触を確かめ、静かに息を潜めた。





 事件は、乾杯の後に起きた。


「きゃあぁぁぁぁっ!!」


 またしても、甲高い悲鳴が会場を切り裂いた。

 注目が集まる中、リナがグラスを落とし、喉を押さえてその場に崩れ落ちたのだ。


「ぐっ、うぅ……!の、喉が……焼けるように……!」

「リナ!?どうした!」

「殿下ぁ……ど、毒が……!誰かが私のグラスに……!」


 リナは苦しげに喘ぎながら、震える指で一点を指差した。

 その先にいたのは、もちろんクラウディア様だ。


「そんな……クラウディア様、どうして……? 私が殿下と仲良くしているのが、そんなに許せなかったのですか……?」

「なっ……!? 何を言っているの?私は何もしていないわ!」


 クラウディア様が目を見開く。

 会場中から「やはり噂は本当だったのか」、「公爵令嬢が毒を?」と疑いの眼差しが向けられる。

 フレド様も、動揺を隠せない様子でクラウディア様を見た。


「クラウディア……まさか、君が?」

「ち、違います殿下!信じてください!」

「証拠ならありますぅ!さっき、クラウディア様が私のグラスの近くにいたのを……見ましたものぉ……!」


 リナが迫真の演技で涙を流す。

 なかなかしっかりした筋書きだ。被害者の証言、状況証拠、そして「元々悪い噂がある」容疑者。

 誰もがクラウディア様の有罪を確信した、その時。


「失礼いたします」


 私はスッと音もなく、リナの倒れている場所へと進み出た。


「な、なによあんたは!ただのメイドが下がってなさいよ!」

「おやおや、毒で喉が焼けるほど苦しいはずなのに、随分と大きな声が出ますこと」

「っ!?」


 私が冷ややかに見下ろすと、リナはハッとして口を押さえた。

 私は構わず、床にこぼれたワインの飛沫をハンカチで拭い取る。


「殿下、並びに皆様。我が主の名誉のために、この『毒』とやらを検査させていただいてもよろしいでしょうか?」

「検査だと?宮廷医師を呼ばねば分からんぞ」

「いいえ、医師を呼ぶまでもございません。……私の故郷に伝わる『真実の試験紙』を使えば、一瞬で分かります」


 私はポケットから、昨日取り寄せておいた『理科実験用リトマス試験紙(赤・青セット)』を取り出した。理科の授業で使った以来だ。

 細長い紙切れを見て、リナが鼻で笑う。


「なによその紙切れ……!そんなので誤魔化そうとしても無駄よ!私は毒を盛られたの!」

「では、参ります」


 私はリナの言葉を無視し、ワインの染みたハンカチに『青色の試験紙』を押し当てた。

 もしこれが、彼女が主張するような強力な毒薬(多くの毒物はアルカロイド系か酸性を示すことが多い)であれば、何らかの反応が出るはず。

 あるいは、彼女が自作自演のために仕込んだ「痺れ薬(弱酸性)」であっても反応する。

 しかし。

 試験紙は、濡れて色が濃くなっただけで、青色のまま変化しなかった。


「……ご覧ください。色が変わりません」

「それがどうしたというのだ?」

「この紙は、毒物に反応して赤く変色する魔法の紙です。ですが、変化がない。つまりこれは……ただの『着色水』ですね?」


 私はにっこりと微笑んだ。

 実はただの中性(水や砂糖水)だと示しただけだが、この場に科学知識のある者はいない。ハッタリで十分だ。


「そ、そんなはずないわ!私は苦しいのよ!これは遅効性の未知の毒で……!」

「往生際が悪いですね。では、もう一つの証拠を提示いたしましょう」


 私は焦るリナを尻目に、今日取り寄せたばかりの『本命』を取り出した。

 手のひらサイズの黒い箱。

 『超小型ボイスレコーダー(高音質・長時間録音対応)』だ。仕事で嫌な客対応の時に使ったことのある前世の私の武器。


「先ほど、私は控室で『独り言』を練習されているリナ様をお見かけしまして。あまりに熱心でしたので、つい『記録』してしまいました」


 ポチッ。

 再生ボタンを押す。


 静まり返った会場に、クリアな音声が響き渡った。


『ふふふ、これでやっとあの邪魔な女を消せるわ!この「ただの水」を飲んで苦しむフリをすれば、殿下はイチコロよぉ!』


『「きゃあ!クラウディア様、なんてことを!」……うん、この悲鳴のトーン、完璧じゃない?』


『あとは階段から落ちるフリもしちゃおうかな?そうすれば確実に婚約破棄できるし、私が王太子妃よ!殿下なんて、私がちょっと泣いて甘えればすぐ同情してくれるんだから。あんな堅苦しくて無愛想な令嬢より、私みたいな庇護欲をそそる女の方が好きなのよ、ちょろいもんだわ!』



 ザァァァッ……。

 会場の空気が、氷点下まで下がった音がした。

 リナの声だ。紛れもなく、今ここにいる彼女の声で、醜悪な計画と殿下への侮蔑が語られている。


「な、な、な、なんですのこれぇぇぇ!?私の声!? どうして!?」

「『音を封じ込める魔道具』……とでも申しましょうか」


 私は肩をすくめた。

 リナは顔面蒼白になり、ガタガタと震え出した。

 その背後に、どす黒いオーラを纏ったフレド様が立つ。


「……リナ。これは、どういうことだ?」

「ち、違います殿下!これは何かの罠で……!」

「君の声を聞き間違えるはずがない。……僕は王太子としての重圧や古いしきたりに疲れ果て、君の無邪気さや、無条件に向けられる甘い言葉に逃げ込んでいた。君こそが僕の心を癒やしてくれる、裏表のない純真な女性なのだと。だが、あの涙も、僕を気遣う言葉も、全ては王太子妃という座を奪うための計算し尽くされた演技だったのか?」

「ひっ……!」

「君のような恐ろしい女性を、妃に迎えるわけにはいかない。衛兵!この者を連れて行け!」


 フレド様の怒号と共に、衛兵たちがリナを取り囲む。


 「嘘よぉ!離してぇぇ!私は妃になるのよぉぉ!」


と喚き散らす彼女は、ズルズルと会場の外へ引きずられていった。

 自業自得だ。私の推しを陥れようとした罪は重い。



 嵐が去った会場で、フレド様はクラウディア様に向き直った。

 その顔には、深い後悔が滲んでいる。


「……クラウディア。すまなかった」

「殿下……」

「僕は君の不器用な優しさに気づかず、あの女の言葉に惑わされていた。……先日、君がくれたアイマスク。あれを使って目が覚めたんだ。君からの手紙も読んだ。『お身体を大切にしてください』という、たった一言だけの手紙を。……君はいつも、言葉少なに僕を支えてくれていたんだな」


 フレド様は、クラウディア様の手をそっと取ろうとした。

 しかし――クラウディア様は、静かに一歩後ろへと下がり、その手を避けた。


「え……」

「殿下。誤解が解けたことは、嬉しく思います。……ですが、私の心は、そんなに簡単には元に戻りませんわ」


 クラウディア様は真っ直ぐにフレド様を見据える。そのアメジストの瞳には、微かに涙が滲んでいた。


「貴方は私を信じてはくださらなかった。あの方の甘い言葉や可愛らしい姿に傾き、婚約者である私を遠ざけました。……もしあのアイマスクや手紙がなければ、そしてリナさんの本性がわからないままだったら…、貴方は私を切り捨てていたのではありませんか?」

「っ……それは……」


 図星を突かれ、フレド様は言葉に詰まる。

 当然だ。浮気(未遂とはいえ)をしておいて、誤解が解けたから即元通り、なんて都合のいい話はないのだ。


 いいぞお嬢様、もっと言ってやれ!


 フレド様は苦渋の表情を浮かべた後、周囲の目も気にせず、クラウディア様の前で深く頭を下げた。次期国王という身分でありながら。


「君の言う通りだ。僕は……君の不器用な優しさに甘え、君と正面から向き合うことから逃げていた。愚かだった。今すぐ許してほしいなんて、都合の良いことは言わない」

「殿下……」

「これからの僕の行動を見て、もう一度君の隣に立つ資格があるか、判断してほしい。一生かけてでも、君の信頼を取り戻してみせる」


 誠意のこもった、必死の謝罪。

 クラウディア様はしばらく俯いていたが、やがてハンカチでそっと目元を拭うと、ほんの少しだけ口角を上げた。


「……時間は、かかりますわよ?」

「ああ。何度でも、君に恋をするよ」


 二人は今度こそ、互いの不器用さを埋めるように、そっと手を重ね合わせた。

 会場からは、安堵の入り混じった温かい拍手が巻き起こる。

 ああ、最高だ。一悶着あったからこその、この深い絆。これが見たかったのだ。

 私は満足げに頷き、ひっそりとその場を離れた。

 推しの幸せな結末への第一歩を見届けたモブは、速やかに退場するのがマナーなのだ。




 一人、夜風に当たろうとバルコニーに出た私は、大きく伸びをした。


「ふぅ……任務完了!」


 これにて一件落着。

 明日からは、また平和なメイド生活に戻れるだろう。

 ……そう思っていたのだが。


「……やはり、お前だったか」


 背後から、呆れたような、でもどこか楽しげな声がかかった。

 振り返ると、そこには夜会服を着崩したシド様が、二つのグラスを持って立っていた。


「シド様……。見ていらしたのですか?」

「ああ、特等席でな。……あの紙切れと、声を出す黒い箱。あれもお前の『故郷の魔法』か?」

「ふふ、企業秘密です」


 私が人差し指を立てて笑うと、シド様は観念したように肩をすくめた。


「敵わんな、お前には。……殿下も救われたが、一番救われたのは俺かもしれん」

「シド様が?」

「お前がいなければ、俺は一生、あの女狐の芝居に気づかず、殿下が破滅するのを止められなかっただろうからな」


 シド様は近づいてくると、持っていたグラスの一つを私に差し出した。

 中には、美しい琥珀色のノンアルコールカクテルが入っている。


「……それに、お前のおかげで、俺も自分の気持ちに気づけた」

「え?」


 グラスを受け取ろうとした私の手が、シド様の大きな手に包み込まれた。

 心臓が、ドクンと大きく跳ねる。


「主人のために、なりふり構わず戦うお前の姿は……正直、誰よりも綺麗だった」


 真剣な眼差し。

 いつもの軽口ではない、熱のこもった瞳に見つめられ、私は言葉を失った。

 顔が熱い。推しを見ている時とは違う、別の種類のドキドキが止まらない。


「ミア。……この騒ぎが落ち着いたら、約束の『飯』に行こう。今度は、仕事の話抜きで」

「あ……」


 それは、実質的なデートの申し込みで。

 私は真っ赤になりながら、蚊の鳴くような声で答えた。


「……はい。楽しみにしております」


 シド様は満足げに笑うと、私の髪にそっと口づけを落とした。


 1日1つの『お取り寄せ』。

 明日は何を取り寄せようか。

 デートに向けて、『勝負服』か『化粧品』か、それとも『恋愛指南書』か。

 悩みは尽きないけれど、こんな幸せな悩みなら大歓迎だ。


 月明かりの下、私はシド様とグラスを合わせ、二人だけの乾杯をしたのだった。






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― 新着の感想 ―
「……ご覧ください。色が変わりません」 「それがどうしたというのだ?」 「この紙は、毒物に反応して赤く変色する魔法の紙です。ですが、変化がない。つまりこれは……ただの『ブドウジュース』ですね?」 …
女狐男爵令嬢ちゃんがキチンと裁かれる様で良かったです(´∀`) ただ王太子、未遂で終わったけどあなたもガッツリギッチリ罰を受けて欲しいですわ 毒の茶番の時「クラウディアがそんな事するはずがない!」と言…
お嬢様ホントにその男でいいの?浮気する男はまたするよ。即位してから忙しくて癒しが欲しくてつい、、、とかしかねないよ。
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