パイロットになりたいなぁ 運命の射撃訓練
時は流れ、yunはついに射撃訓練を受けようとしていた。
それは、長く続いた基礎訓練期間の中でも、特別な意味を持つ日だった。
yun自身も、そのことをよく理解していた。
yunには、ずっと胸の奥に抱き続けてきた夢があった。
それは――パイロットになること。
幼い頃から繰り返し遊んでいた戦争ゲーム。
空を駆け、機体を操り、戦場を俯瞰する存在。
その影響は、知らず知らずのうちに彼の価値観を形作っていた。
(空を飛びたい)
理由は単純で、理屈ではなかった。
ただ、そう在りたいと、幼心に強く思っていた。
しかし、その夢を叶えるためには、この訓練で好成績を残さなければならない。
それが、学校自衛隊育成プログラムの現実だった。
だが――現実は、容赦がなかった。
体力訓練。
反復動作。
持久走。
姿勢保持。
そのすべてにおいて、yunの成績はほぼ最下位だった。
努力していないわけではない。
手を抜いていたわけでもない。
ただ、身体が追いつかなかった。
一方で、座学の成績は悪くなかった。
むしろ、安定して上位に入っていた。
だが、評価の比重は圧倒的に体力訓練に置かれている。
座学でどれほど良い成績を取っても、それだけでは意味がない。
(……無理、か)
yunは、次第に理解し始めていた。
この制度において、自分は適合者ではないということを。
パイロットになるためには、強靭な肉体が必要だ。
高Gに耐え、長時間集中力を維持しなければならない。
それができなければ、どれほど知識があっても意味はない。
yunは、半ば――
いや、ほとんど完全に、パイロットになる夢を諦めかけていた。
そんな中で訪れたのが、射撃訓練だった。
射撃訓練は、プログラムの中でも最も評価点が高い訓練とされていた。
一度の結果が、そのまま将来の配属に影響する。
yunは、その事実を知ったとき、心の奥がわずかにざわついた。
(……射撃なら)
理由は分からない。
だが、yunには不思議な自信があった。
もっとも、冷静に考えれば分かることでもある。
パイロットに、射撃の腕前はほとんど必要ない。
極端な話、射撃能力が壊滅的であっても、操縦技術さえ優れていれば問題はない。
逆に言えば、
射撃がどれほど上手くても、Gに耐えられない身体ではパイロットにはなれない。
つまり、この時点で――
yunのパイロットの夢は、すでに閉ざされていた。
それでも。
(……それでも、やるしかない)
射撃訓練は、自分に残された数少ない「評価される可能性」だった。
訓練場に並べられた器具を見て、生徒たちは息を呑んだ。
実銃。
日本という国では、到底触れる機会のない代物だ。
それが、今、目の前にある。
生徒たちの顔には、緊張と恐怖、そして興奮が入り混じっていた。
訓練が始まる。
反動に耐えきれず、体勢を崩す者。
音に驚き、引き金を引くことすらできない者。
肩を押さえ、顔を歪める者。
弾は、的に当たらない。
当たったとしても、狙いとは程遠い場所だ。
それが、普通だった。
だが――
一人だけ、明らかに異なる生徒がいた。
yunである。
構えは、決して洗練されてはいない。
動きも、特別に美しいわけではない。
それでも、弾は――
確実に、的へと収まっていった。
すべてが中心ではない。
だが、一発も外れない。
他の生徒たちが、的にすら当てられない中、
yunの弾痕だけが、静かに結果を積み重ねていく。
本人は、ただ淡々としていた。
(……こんなもの、か)
特別な感情はない。
緊張も、恐怖も、驚きもない。
ただ、当たる。
それだけだった。
訓練が終了し、結果が集計される。
しばらくの沈黙の後、教官が口を開いた。
「……1位」
その言葉に、周囲がざわめく。
名前が呼ばれる。
「yun」
その瞬間、yunはようやく現実を理解した。
――自分は、射撃訓練で首位を取ったのだ。
嬉しさよりも先に、困惑が来た。
なぜなのか、分からない。
だが、確かなことが一つだけあった。
この日を境に、
yunを見る大人たちの視線が、明確に変わったということだ。
こうしてyunは、
射撃訓練において、最初の「結果」を残した。
それが、
彼自身の運命を大きく歪めていくことになるとは、
この時のyunは、まだ知らなかった
教官側記録
――「偶然」という言葉が、最初に棄却された
射撃訓練終了後、訓練場には奇妙な静寂が残っていた。
生徒たちが撤収した後も、教官数名はその場を離れなかった。
誰一人として、すぐに次の行動へ移ろうとしない。
理由は明白だった。
「……確認したい」
最初に口を開いたのは、補助教官の一人だった。
手元の記録端末に表示された数値を、何度も見返している。
「誤記ではないな?」
「ない。照合も済んでいる」
別の教官が即答する。
声は落ち着いているが、どこか硬い。
「全弾、有効域内。外れなし。
しかも――初回訓練だ」
沈黙が落ちる。
射撃訓練で重要なのは、結果だけではない。
過程。
反応。
無意識の動作。
それらを総合して判断するのが、教官の役目だ。
「……体力測定の記録を出せ」
端末が操作され、別のデータが表示される。
「体力評価、下位。
持久力、下位。
反復動作、基準未満」
「典型的な不適合例だな」
そう言った教官の声には、断定が含まれていた。
だが、その断定は、すぐに揺らぐ。
「だが、射撃評価は――最上位」
その落差が、あまりにも大きすぎた。
「偶然、では説明がつかない」
橋田は、的の並んだ方向を見つめながら言った。
「運が良かった、という可能性は?」
「却下だ」
即答だった。
「この訓練は、偶然が介在する余地を極限まで削っている。
それでも結果が出たなら、それは“資質”だ」
誰も反論しなかった。
「問題は、なぜ今まで気づかなかったかだ」
別の教官が口を挟む。
「体力が低すぎる。
通常、この段階でふるい落とされる」
「だが、落とされなかった」
橋田は言葉を選ぶ。
「正確には――
落とす前に、見つかってしまった」
yunの個人データが、スクリーンに表示される。
「身元不詳。
保護対象。
過去の経歴、ほぼ空白」
「……またか」
誰かが小さく舌打ちした。
「この手の“保護個体”は、何かしら理由がある」
橋田は腕を組む。
「政府が、なぜこの学校を指定したのか。
なぜ、この時期だったのか」
一人の教官が、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「……最初から、分かっていた可能性は?」
室内の空気が、一段階重くなる。
「つまり――
最初から、この生徒が目的だったと?」
誰も否定しなかった。
「射撃時の様子はどうだった」
「落ち着いていた。
緊張は見られない。
むしろ、周囲よりも静かだった」
「恐怖反応は?」
「ほぼなし」
「違和感は?」
少しの間を置いて、教官が答える。
「……“慣れているように見えた”」
その言葉が、場を静めた。
「訓練を受けた経験があるとは考えにくい。
だが、身体が結果を知っているような動きだった」
橋田は、深く息を吐いた。
「危険だな」
誰かが言う。
「何が、ですか」
「本人に自覚がないまま、
周囲が勝手に期待し始めることだ」
沈黙。
それは、過去に何度も見てきた光景だった。
「今後の扱いは?」
「通常ルートは使わない」
橋田は、はっきりと言った。
「体力訓練の成績はそのまま記録する。
無理に引き上げる必要はない」
「射撃評価は?」
「別枠で保管。
表には出すな」
「本人には?」
「何も伝えるな」
その判断に、異論は出なかった。
「自覚させるには、まだ早い。
今は――観測段階だ」
会議が終わり、教官たちはそれぞれの持ち場へ戻っていく。
最後に残った橋田は、端末に表示された名前を見つめていた。
yun。
短く、簡素な名前。
それが、妙に引っかかる。
「……君は、何者なんだ」
答えは、まだ出ない。
だが一つだけ確かなことがある。
この日を境に、
yunは“ただの候補生”ではなくなった。
それは昇格でも、栄誉でもない。
――観測対象。
そしてそれは、
決して安全な立場ではなかった。




