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第1章 双葉、東に向かう

 1560年(永禄3年)2月28日


 博多から堺に向かう交易船に、荷分けを手伝う条件で格安の船賃で乗せてもらった。


 徒歩なら丸1か月以上かかるが、船旅なら10日程で着く。

ダメもとで交渉してみたら運良く乗せてもらえた。


 東風双葉は船首に立ち、両腕を広げて全身に潮風を受けながら目を閉じて考えている。


 (堺に着いたら、まずは仕事を探さねば。商いの盛んな町だと聞いているし、まあ何とかなるだろう。)


 今日で10日間の船旅も終わりとなる。

毎朝の鍛錬を済ませた後は、甲板掃除から雑用までできる仕事は全力でこなした。


 今はまだ夜明け前。あと半刻(約1時間)ぐらいで港に着く。

積荷を運び終えたら契約終了。


 晴れて自由の身だ。


 あらかじめ荷分けの段取りを聞いておいたので、それほど時間もかからないはず。


 夜明けとともに船が着いた。


 猫のように軽やかに飛び降りて、綱を受け取り船をつなぎとめてから橋げたを渡し、大八車を近くまで運んだ。


 船倉に走って積荷を次々と運び出す。

すべての積み荷を大八車に乗せ終えたので、船主の善吉に挨拶に行った。


「ご苦労さん、助かったよ。ここしばらくの働きぶりが気に入ったのでこれやるよ。紹介状だ。座でみせるといい。」

「かたじけない、感謝いたす。」深々とお辞儀をしてその場を去った。



 町の中を歩いていくと、あちこちで人々が忙しそうに働いている。

(この町はいいな。活気に満ち溢れている。)


 ほどなく座の看板を見つけた。


 中に入ると主らしき親父が「あんた、新顔だね。なにか用かい?」と。

「仕事を探しているのだが、使ってもらえまいか?」


「ふつうは一見さんに仕事など頼んだりはしないのだが、この町は特別だ。

 人手が足りないからな。信用できるようになるまでは小口で後払いになるが、それでいいかい?」


「無論、それで結構。そういえば、これを忘れてました。」

懐から紹介状を取り出して渡すと、「どれどれ、ふむふむ・・・あんた、こうゆうのは先にださないと。あの善吉さんの推薦なら安心だよ。ようがす、とっておきの仕事を紹介するよ。」


「ありがたい、是非頼みます。」

善吉船長の信頼感は絶大のようだ。


「美濃の山奥に隠し蔵元がある。そこで特級酒を4壺入手してもらいたい。支度金に500貫、期限は30日。報酬は500貫で。難しい仕事だが受けるかい?」


「もちろん受けまする。」


「少し説明しておくと、この依頼は初めて受けたので、隠し蔵元の所在を探すことも仕事の内になる。その上で任せてよいかな。」


「承知、お任せくだされ。」


 支度金と紹介状、座の証明札を受け取って座を出ようとした双葉に「まずは井ノ口の町の座に行くといい。」


 助言を受けて振り返り、深々と礼をしてから出ていった。


(目指すは井ノ口の町、確か堺からは北東の方角だな。急いでも2日はかかるし、ここは自腹を切ってでも馬を使うべきか。)


 町の住民と思しき娘が洗濯物を干していたので、近づいて馬屋の場所を聞くと指さしながら、すぐそこだよと教えてくれた。


 馬屋につくと髭ずらの親父が熱心に馬の世話をしている。その様子からは馬への並みならぬ愛情が見て取れる。


 「御免!馬を見せてもらえないか?」


 「いいぜ、好きなだけ見ていきな。」


(わりといい馬が揃ってるな。何より手入れが行き届いてる。でもさぞかしお高いんでしょうな。)


「ちなみに値段はいかほどに?」


「貸し出しと買取で違ってくるが、買取のほうが断然お得だ。貸し出しは一日につき馬の値段の5分と5割の保証金が必要となる。能力や年齢、気性などから儂の独断で値段を決めている。


 今、ここには50貫から200貫まで8頭の馬がいるが、どれが一番良い馬かわかるかい?」


「勿論、わかりますとも。」厩舎の奥を指差して、「あの栗毛が群を抜いていますね。」


「ほう、馬を見る目はあるようだな。で、馬の扱いは得意かな?」


「それがし、不思議と馬には好かれるようで馬のことなら何でもお任せあれ。」


「それなら好都合だ。相談があるのだが、いいかい?」


「伺いましょう。」


「実は最近、若駒を一頭手に入れたのはいいのだが、どうにも気性が荒すぎて買い手が付きそうになくてな。

 儂の目に狂いがなけりゃ能力はピカイチなんだが。もしあんたが乗りこなせるなら、格安で譲るが見てみるかい。」


「是非、拝見させてください。」


 厩舎の裏手に回ると、縄で木に繋ぎ止められたまま座っていた若駒が私たちの気配を察したのか、立ち上がり背を向けて戦闘態勢に入った。


(寄らば蹴るぞ)と言わんばかりに威嚇している。


 無造作に若駒に近づく双葉に「危ないよ!」と声を掛けた馬主に振り向きもせずに右手を上げてひらひらと振った。心配ご無用とでも言いたげに。


 若駒は間合いに入ってきた双葉に鋭い蹴りを一閃!


 双葉は後ろには下がらず間一髪で蹴りをかわし横をすり抜け、素早く両腕で若駒の首を抱え込み耳元に、穏やかな声で「それがしの勝だ。」と囁いた。


 一瞬の出来事、例えるなら風のように鮮やかな動きか。


 若駒は先ほどとは打って変わり、目を閉じてじっとしている。


「今からそれがしがおぬしの主じゃ。末永くよろしく頼むよ。」


「こいつはたまげたな。」馬屋の親父は髭をなでながら感心したようにうなづくと


「ようがす。この馬はあんたに仕入れ値の半額20貫で譲るが買うかい?」


「有難く買わせていただきます。早速ですが少し乗ってみたいのですが。」


「いいぜ。鞍と手綱、(あぶみ)はまけといてやるよ。」


 自ら若駒に馬具一式を装着してまたがった。


首元をポンとたたくと歩みだした。


 いわゆる常歩なみあしから両足で馬の腹をたたくと速歩はやあしになり、気合を入れると駆歩かけあしから全力疾走になった。


(これは速い!凄いな!)


 手綱を少し引くと速度を緩め、もう一度引くとゆっくり止まった。


(反応もいい!じっくり育てれば物凄い名馬になるやもしれぬな。


 堺に着いてすぐにこんないい馬が手に入るとは。


ご先祖様=道真公のご加護やもしれぬな。)


 馬屋に戻り親父さんにもう一度礼を言って京に向かうことにした。


 美濃に行く途中で北野天満宮を参拝するつもりだ。


(そうだ!この若駒に名前を付けてやらねば。


 こ奴はすぐに蹴ろうとするから、、、


 ケロ!今日からお前はケロだ。


 嬉しいか?嬉しいよな?嬉しいだろ!)


 (嬉しいわけねえだろが、ボケエ⁉)


 なんとなく、心の声を聴いたような気がした。


 春風ケロ(若駒)のおかげで思ったよりも早く京に着くことができた。


 ちなみにケロと呼ぶとそっぽを向いて無視されたので、姓に春風とつけてやったらどうやら気に入ったみたいだ。


 この日の出会いから別れの日まで、双葉は日課として朝晩の餌と水、毛並みの手入れを自らの手で行い欠かすことはなかった。


 上方に着いた早々最速の移動力を手に入れることができた。


 これでまた一歩野望に近づいた!


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