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Pro.

「――で、以上となります」

「ああ、ご苦労」

 そう言って目を細めてこちらを見てくる、燃えるような赤い目とわずかに赤みを帯びた肩までの黒髪を持つ男。頭には真っ黒に輝く角が一対、黒で飾った派手な黒い服に身を包んだこの男の名はルーア、魔王であり、そして私の上司だ。


 私はシーアン。私も魔族で、魔王様の直属秘書として働いている。魔族にしては珍しい金髪を腰近くまでおろしていて、角は生えていないが牙がある。目は赤く、周囲の人々曰く、私は不愛想らしい。そんなつもりは一切ないが。


「では報告は以上です」

「まあ待て、シーアン」

 ドアの方を振り向こうとするが、呼び止められる。

「もう少しここにいろ」

「自らの職務をなさって下さい」

「別にいいだろう?お前はもう仕事が終わった。俺はなにも、仕事をしないなどとは言っていないが」

 何度こういうやり取りをしたか。全く魔王様はと一つため息をついてから、魔王様に向き合う。


「いいですか、ルーア様。いくら私が優秀で仕事が早くても、それはあくまでこの城や魔族のためであって、決してあなたと――」

「シーアン!!」

 魔王様が机から乗り出して私に手を伸ばす。同時に足元が輝きだした。白い光、これはおそらく魔法陣。私の足が魔法陣に吸い込まれるように入っていく。

 まずい。手元には、城の書類が。

「シーアン――」

「申し訳ありません、魔王様」

 私はこの城のためになら、喜んでこの身を。伸ばされた魔王様の手に書類を押し付けて、私は眩い光に飲み込まれた。



♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



 はっと目を覚ます。目の前に、誰かの顔がある。思わず反射で飛び退こうとするが、それは叶わないと知る。私は、この()()に抱きかかえられているのだ。まさに物語の王子のような髪型で、銀髪に水色の目、白い服を着た男に。


「いかがなさいますか、勇者様?」

 どこかから老人の声が聞こえてくる。

「うん、決めたよ」

 おそらく勇者なのであろう目の前の人間が、私から目を離さずに言う。

「この子が――この人が、聖女だ。僕はこの人と旅をする」

 全方向から歓声が沸き起こる。

 勇者?旅?いったい何の話だ。そんなことよりここは白くてキラキラしていて、目が眩みそうだ。

「……ちょっと」

「ああごめん、説明しないとだよね。まずそうだな、僕はヒュース・カール。君は?」

 本名を名乗って平気か?いや、人間は魔王様の御名前すら知らないし平気だろう。

「……シーアン」

「……?上の名前は?」

 ああそうか、人間って上下の二種類の名前があるんだっけ。


「……シーアン・ガルーア」

「そっか、よろしくね」

 とっさに考えた名を言うと、勇者――ヒュース・カールは、ぱぁっと効果音が付きそうな勢いで笑顔になった。うわ、私と大違いだ。それは不愛想って言われるわ。

「いきなりでごめんね、シーアン。君はここに、聖女として呼び出されたんだ。聖女は勇者――つまり僕と一緒に、魔王を退治するために必要なんだ」

「――は?」

「それで僕は君を選んだ。君はこれから、僕とその仲間と旅をしてもらうことになる」

 魔王?え、魔王様を?退治?


「ねえそれ、辞退って」

「え!?」

 今度はガンッと音がしそうなくらいに驚かれる。

「辞退は、できないわけではないよ。けど僕は君がいいんだ、シーアン……」

「勇者様!」

 どこかから若い女の声が聞こえる。

「そのものが辞退するというのなら、ぜひこのわたくしをご指名ください!」

 いまだ勇者に姫抱きされている状態で声のした方を見ると、ざっと十数人くらいの女がいた。民衆とはまた別。なるほど、他の聖女候補か。

「わたくしにはヒーラーの技術もありますし、聖女に選んでいただけたなら必ずや魔王を倒してみせます!何より、そんな黒い女は勇者様には不釣り合――」

 話している女の足下に、派手な音を立てて剣が刺さる。勇者が自らの剣を投げたのだ。それを見た女の顔から血の気がどんどん引いていく。

「もう一度言ってみろ、シーアンを黒い女などと」

 さっきまでのヒュース・カールからは考えられないような圧とドスのきいた声。

「僕が君を選ぶことはないよ。君は、僕の聖女を侮辱したのだから」


 侮辱――そうか、侮辱か。人間にとって、黒は侮辱なのだ。魔族にとっての白はそうではないのに。なんとなく、人間が魔王を倒そうとする理由が分かったかもしれない。

「ごめんねシーアン、不快な思いをさせてしまった」

 また感情豊かな王子勇者に戻った。


 いいえ、別に。黒は嫌いじゃないので。――とは、言わないでおいた。


「平気です。それより、離していただけると」

「ああ、いいよ」


 むしろ私は、この金髪の方がコンプレックスだった。みんなは黒いのに、私だけ金。ルーア様が褒めて下さったから、今はそんなこともないけど。


「じゃあとりあえず、パーティーメンバーを紹介しようか。ついてきて、みんなギルドに集まってる」

 面倒事は避けたい。とりあえずは、ヒュース・カールの言うとおりについていくことにした。



 魔王様を、倒す。――そんなことはしない、絶対に。あの方は私たちの王であり、私の大切な方、そして居場所。しかし、私が聖女を辞退してもおそらく人類が止まることはないだろう。人間たちは、魔王様を恐れているのではない。自分たちと異なる存在を恐れている。もし魔族がいなくても、人は何かしらを恐れて立ち向かうだろう。つまりは、私にできることは――私にしかできないことこそが、こいつらから、魔王様を守ること。



「ついたよ、あそこだ」

 なるほど人間の冒険者とは、どうしてこんなに分かりやすい見た目をするのか。勇者はともかく、見るからに魔術師と見るからに戦士がいる。なるほど、ここで私が演る(なる)べきはまさに聖女、ヒーラーということか。

「あ~っ、来た来た!ヒュース~!!」

 さらには戦士の女は声も動きも見た目通り。うん、私はきっとこいつが苦手だ。

「彼女が、聖女ですか。……なんというか」

 黒い、ですか?白い飾りもつけているとはいえ、魔術師の服も黒基調だ。よかった、黒いファッションは生きてるんだな。

「……いえ、失礼。初対面で言うことではありません」

 何を言おうとしたのだろう。不思議に思ってい見ていると、どうやら戦士の女も気になったらしく、

「ちょっと~、な~に言いかけたわけ?」

 とおもしろそうに小突いている。

「ああもう、率直な感想ですよ」

 じゃあやっぱ、黒いかな。

「ナンパ師でもないですから、初対面で言うようなものではないでしょう。……美しい、人、などと……」

 最後の方はごにょごにょと濁すように白状する。わぁお、予想の80度斜め上。

「それは嬉しい言葉ですね。ありがたく受け取らせていただきます」

「あぁ、いや、申し訳ない。初対面でいきなり……」

 ある程度の常識や礼儀のある人のようだ。へぇよかった。


「ねぇねぇ聖女ちゃん、他にも聖女候補っていっぱいいたんでしょ?」

「あー、ええ、たしか」

「どーやってヒュースに取り入ったの~?」

 目が全く笑っていない笑顔で尋ねられる。なんだ、人間不信か?

「待てアーリェ、人聞きの悪い……彼女は僕が選んだんだ」

 お、助かった。わずかにナイスだヒュース・カール。

「えっ、ヒュースが!?じゃあいっか~!よろしくね聖女ちゃん!」

 一気に邪な空気が消えて、心底嬉しそうに私の手を取ってぶんぶん振り出す戦士の女。困惑の表情をヒュース・カールに向ける。

「ごめんね、シーアン。彼女に悪気はないよ。君のことも嫌っていなさそうだし、よかった」

 嫌われてない?これで、嫌われてない判定なのか?

「彼女はいくらヒュースが選んだと言っても、好感を持てない相手には愛想笑いすらしないのですよ」

 心を読まれた。当の戦士女は、笑顔でずっとこちらを見ている。


「あっ、自己紹介がまだだね~!あたしはアーリェ・シェーダン!アーリェでいいよ~!で、こっちの陰キャっぽいのがウリエル・ストライダー!」

「聞き捨てならないですね」

「紹介どうも、私はシーアン・ガルーアです」

「へ~、シーアンね!よろしく~!呼び捨てでいいし敬語もいらないからね!」

「ああ、僕もそうしてくれたらうれしいな、シーアン」

 なんだろう。人間ってコミュ力が高いんだろうか。まあ、とにかく今はいいか。

「じゃ、よろしく、みんな」



♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



 状況を整理しよう。とりあえず現状はみんな爆睡中だから平気。まず?

 私は聖女、勇者パーティーのヒーラー、勇者パーティーの目的は魔王の殺害。そして本当の私は、魔王様直属秘書の魔族。幸い私には角がないから、魔族だとばれることはないだろう。でもって、ここから魔王城へパーティーを抜けて行くのは無理がある。しかし勇者たちは止めねば。この件で私ができることは一つ……勇者パーティーにいながら魔族側、いわゆるスパイ。これしかないだろう。ただし魔王様と連絡はできない。ばれたら命に係わる。とすると……

 やはり、パーティーメンバーとして城までキャリーしてもらって、裏切って殺す。これしかない。それまでの魔族たちは殺すことになるけど、魔族って人間と違って蘇生術あるし。ゾンビ化しても生き返れるし、魔族が死ぬことは特に問題はない。魔王様さえ、守りきればいい。

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