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こちら、未来聖地巡礼案内所。  作者: 傘木咲華
第三章 不器用な私達
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3-6 アクリルスタンド

 どうしてこうなったのだろう。


 薄木原町~風ノ瀬市の旅の翌日は休みだった。

 だからゆっくり熊岡監督の作品を観るにはちょうど良いと思っていたし、渚の提案には助けられたと思っている。


 でも――乃衣は今、自宅にはいなかった。

 確かに乃衣は熊岡監督作品のBDを持っている訳ではない。だけど今の世の中、アニメは配信で気軽に観ることができるのだ。

 だから、当然のように一人でアニメ鑑賞をするつもりでいたのに。


「あっ、サクラちゃんこっちこっち!」


 今日もまた、乃衣は梨那と顔を合わせている。

 彼女との待ち合わせ場所は『未来聖地巡礼案内所』の最寄りの駅だった。

 どうやら、梨那の住むマンションは会社の徒歩圏内にあるらしい。毎日三十分電車に揺られている乃衣にとっては非常に羨ましい環境だった。


「すみません、お待たせしました」

「いやいや、時間ピッタリだし全然待ってないよー。ってゆーか、サクラちゃんに来てもらうより、あたしがサクラちゃんの家に行った方が良かったかもね。ごめんね?」


 小首を傾げながら、梨那は片手で謝るポーズをする。

 襟付きの黒いブラウスに、グレンチェックのプリーツスカート。いつも通りおしゃれな彼女だが、今日は一段とヒールの高いブーツを履いていた。聖地巡りをしている時は意外とぺたんとしたパンプスだった覚えがある。


「サクラちゃーん?」

「あ、すみません。靴、旅行中は歩きやすいのにしてたんだなって思いまして」

「へっ? う、うん……まあね?」

「? 先輩……?」

「いやいやいや、何でもないよ。ってゆーか、そんなまじまじと見ないで? あたしだって急に褒められたら照れるに決まってるんだよ?」


 うっすらと顔が赤い、ような気がする。

 それがチークのせいなのか、本当に照れているのか。メイクに無頓着な乃衣には判断ができなかった。



 時刻は正午すぎ。

 今日の目的は熊岡監督作品のBDを観ることだったため、乃衣は早速梨那に連れられて猫塚家のマンションへとやってきた。ちなみに両親と住んでいるらしいのだが、今日は二人とも留守なのだという。


「お二人とも忙しいんですね」


 休みの日は家でぐーたらしている自分の父親とは大違いだ、と乃衣は密かに思う。すると、何故か梨那は手をブンブンと振って否定した。


「いやいや、パパとママはデート中だよ」

「えっ、あ……。仲、良いんですね」

「まぁ、あたしもパパとママがきっかけで聖地巡礼を知った訳だし。二人とも旅行好きなんだよね。サクラちゃんのところのそんな感じっしょ?」


 不意に訊ねられ、乃衣は「まぁ、はい」と返事をする。

 乃衣の場合は両親というよりも姉達がきっかけなのだが、家族が旅行好きという意味では同じようなものだ。


「あ、着いたよー。……って、すっごい顔強張ってんじゃん。大丈夫?」

「先輩のマンションに来たと思うと緊張してしまって」

「えー。今までずっと一緒にいたのに今更緊張することないって。それにあたし、整理整頓だけはできるタイプだから、安心して!」


 グッと親指を立ててから、躊躇いなく扉を開ける。

 両親がいないとはいえ、職場の先輩の自宅へとやってきたのだ。何か手土産でも持ってくれば良かったと後悔しつつ、乃衣は小声で「お邪魔します」と呟く。

 それから、ただただ梨那の背中について行くマシーンと化していた。



「ここがあたしの部屋。ほら、散らかってないでしょ?」


 ふふん、と鼻を鳴らしながら両手を広げる梨那。

 しかし乃衣は少々梨那の背中に近付きすぎていた。振り返りながら広げられた手が乃衣の顔を直撃し、たまらずその場にうずくまる。


「え、ごめん大丈夫? サクラちゃんにドジっ子属性あるの知らなくてさ」

「いや、あの……大丈夫、ですけど。ドジっ子属性じゃないですから。遣都……宇江原くんにもよく言われるんですが、意味がわからないです」

「あっ、そうそう宇江原くん! 幼馴染の彼とはどういう関係なのか、それもあとでじっくり話そうね」

「それこそ意味がわからないのでやめてください彼はただの幼馴染です」


 早口で言い放ち、乃衣は顔を背ける。「ふぅん?」という興味津々な声が聞こえる気がしたが頑張って無視をする。

 遣都のことよりも、今はもっと気にしなくてはならないことがあるのだ。


(凄い部屋だなぁ……)


 ようやく梨那の部屋をちゃんと見つめながら、乃衣は思わず目を細める。

 梨那の部屋は、確かに彼女の言う通り整理整頓されていた。

 しかし、それにしたってグッズの量が凄まじいのだ。壁にはアニメや男性声優のポスターやタペストリーがあり、クリアファイルやポストカードも額縁に入れて綺麗に飾られている。缶バッジやラバーストラップなどのアニメグッズもコルクボードに並べられていて、乃衣は「なるほど、あのキャラが推しなんだ」と密かに思った。


 漫画やCDも棚にズラリと並んでいて、その中には梨那が言っていた通り熊岡監督作品のBDもあった。しかも思った以上に大量だ。


(猫塚先輩、本当にくまお監督が好きなんだな)


 乃衣も遣都も、今回のプロジェクトのアニメ会社が『スタジオプリムラ』で監督が熊岡良一郎だと知った時はテンションが上がったものだ。しかし、梨那は自分達以上に特別な想いを抱いている。


(今回ばかりは絶対に採用されたい、か)


 ふと、温泉で告げられた梨那の言葉が頭をよぎった。

 あの時の真剣な眼差しがいつまで経っても忘れられなくて、気付けば胸がズキリと痛んだ。だって、乃衣は彼女に伝えることができなかった。風ノ瀬市で感じてしまった確かな引っかかりを。


「先輩。それで今日はどの作品を…………」


 観るんですか? と聞こうとした声が無意識に途切れる。

 熊岡監督の作品を二人で観てから、しっかりと薄木原町と風ノ瀬市を回った感想を梨那に伝えること。それが今日の乃衣の目標だった。本気な彼女を前にしたら、自然と後悔を後悔で終わらせたくないと思えてくるのだ。

 だから一刻も早く前を向こうと思っていた、のだが。


(ねぇ、あれ…………朔野はねのアクリルスタンド……な訳ない、よね…………?)


 わなわなと口が震える。

 梨那の部屋にあるテレビの前には、ずらりとアクリルスタンドが並んでいた。

 アニメキャラだったり、男性声優だったり、VTuberだったり。二次元も三次元も関係ないカオスな空間がテレビ前に広がっていた。

 正直それだけでも驚いてしまうのだが――乃衣は確かに見つけてしまったのだ。


 朔野はねのアクリルスタンドを。

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