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第6話 不思議な歌い手

 

 フェアリーナが絶望にくれた頃、クレオは――

 リーベルに護衛されつつ、大通りで大好きな歌を歌う日々を過ごしていた。


 最初こそぎこちなくはあったものの、リーベルという心強い味方が背後で自分を見守っているのは、何よりクレオの支えとなった。

 彼に見守られることで、クレオにまとわりつく妙な輩もいつのまにか消え。

 大勢の観衆を前にして怖気づいても、リーベルに励まされ、その強く暖かな視線を感じることで、クレオは羞恥を捨てて思う存分、歌声を披露することが出来た。

 ラオベンの屋敷にいた頃は、全く出来なかったこと。思う存分に自由を満喫し、心のままに歌うこと――

 その夢がかなっただけで、クレオはこれ以上なく幸福だった。



 そして彼女はいつの間にか、街でも評判の歌い手となっていたのである。

 その歌の情景を聴衆の脳裏に呼び起こす、不思議な力を持つ歌い手として。



 こじんまりとした下宿で、クレオは今日も微笑みながらリーベルとなごやかにお茶を楽しんでいた。

 その手には、一通の手紙が。


「本当に……夢のよう。

 我がリュミエール家を悩ませていたあの膨大な借金が、すっかり返済されたなんて。

 それにあのお父様までが、歌を歌い続けることを許してくださるなんて!」


 手紙は、クレオの実家であるリュミエール家からだった。

 クレオをラオベンに差し出さねばならぬほどリュミエール家を困窮させていた借金。それがなんと、完済されたのだという。

 リーベルはそんな彼女にそっと微笑む。


「それも全て、君の功績だよ。

 自由を求める君の歌声は、多くの人々の心を動かした。勿論、お父上の心もね」


 リーベルは淡い虹色に煌めく小さな石板を、クレオに差し出した。


「この石板は君の歌を、蘇音術せんおんじゅつで封じ込めたものだ。

 蘇音術は知っての通り、発せられた音や声をそのまま石に封じこめ、好きなように再生できる術。術を施した石ならば、誰でもその石から自由に音声を再現できる。

 術に詳しい友人に相談してみたのは正解だったな。君の歌を石板に封じ込め、それを大量生産して売り出してみたら……これほどの評判になるとは」

「おかげさまで、実家は元通りの潤った生活に戻ったそうです。

 ありがとうございます。リーベル様、貴方は私の恩人です!」


 瞳に涙までたたえ、リーベルを見つめるクレオ。

 そんな彼女の手を、彼は優しく包み込んだ。


「君の話を聞いた時は驚いたものだ。

 ラオベンは巷でも、将来有望な若き医学者だと評判だ。

 そんな彼が、妻となる女性にそのような所業を……」

「私自身、最初は全て自分の落ち度だと考えておりました。

 何のとりえもない私を娶っていただけただけで、ありがたいこと。

 自分の人生全てを、ラオベン様に捧げるのが当然なのだと――」


 目の前の小皿から甘い香りを漂わせているのは、先ほどクレオが焼いたばかりの素朴なクッキー。ラオベンには禁じられ、食べ物ではないとまで言われていたものだ。

 クレオは思い出す。


「大切な想い出の品を奪われても壊されても、家事雑事が出来ないと嵐のように怒鳴られても、いつしかそれは当然だと思い込んでいました。

 ラオベン様こそが全て正しいのであって、不満を感じる私がいけないのだと。自分が本当に駄目な人間だから、ラオベン様は怒るのだと」

「屋敷という限られた空間の中では、そのような暴力が起これば被害者は自分のせいだと思い込みやすい。

 それにより力のある加害者がさらに調子に乗り、被害者は地獄に陥るというのはよくある話だ。

 しかし――クレオ。

 君はよく、そんな中から脱出できたものだな」


 リーベルはじっと、クレオの瞳と髪を見据える。

 彼女自身がばっさり切った髪は、今では綺麗に整えられ顎のあたりまで伸び、艶やかに煌めいている。ラオベンの屋敷にいた時はボサボサで、若いながらに白髪まで見えていた髪が。

 青白い死人のようだった頬も、すっかり健康的な桜色を取り戻していた。


「フェアリーナが、ラオベン様と真実の愛で結ばれたと知った時――思ったのです。

 フェアリーナは私と違い、気が強く快活で可憐な女性。

 彼女こそが、ラオベン様と真に結ばれる相手かも知れない。本当にフェアリーナが、真実の愛をラオベン様に捧げたのなら、ラオベン様も変わってくれるかも知れないと」

「だから婚約破棄を告げられた際、あっさりとラオベンを振り切れたのか」


 思い出したようにゆっくり目を閉じ、クレオは呟いた。



「私は決めたのです。

 命果てても構わない。家から逃げ出した卑怯者と罵られても構わない。

 自分のやれる限り、好きなことを好きなだけしようと――」



 揺るがぬ決意のこもったクレオの言葉。

 そんな彼女に、リーベルは淡々と告げた。


「クレオ。君は無能でも、ましてや卑怯者でもない。

 どれほど理不尽な暴力にも負けず、自分の意思を貫き通した誇り高い人だ。

 そんな君に出会えたことは――私のほうこそ、僥倖だと思っている」

「リーベル様……!」


 その言葉に、思わず目を潤ませるクレオ。

 大きな瞳でまじまじと見つめられたリーベルは、柄にもなく頬を染めて視線を逸らしてしまった。

 護衛としても優秀すぎるほど優秀な彼であったが、こうしたことに関してはどうも不器用になってしまうようだ。


「出来ることなら……その……

 君さえよければ、今後も、私が君を支えていきたい、のだが……」


 その群青の瞳はまるで少年のように初々しく、百戦錬磨の頑丈な冒険者とも思えない。

 クレオは少し不思議そうに尋ねた。


「リーベル様。お申し出はとてもありがたいのですが――

 これまで貴方には助けられてばかり。リーベル様ご自身のことを、私はまだよく分かっておりません。

 貴方は一体……」



 ちょうどその時、コンコンと扉が叩かれる音がした。来客だ。

 あえなく中断されてしまう二人の会話。

 クレオが出てみるとそこにいたのは、近所の教会に勤める、年老いたシスターだった。

 クレオの歌をよく聴きにきてくれる熱心なファンでもある。


「あら。いつもお世話になっております、シスター。

 本日はどのような……」

「クレオ様、申し訳ありません。

 本日は少々、クレオ様にご相談したい件がございまして」

「相談……私に? 何でしょう?」


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