表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/16

第5話 フェアリーナ、絶望する

 

 ラオベンの屋敷に迎え入れられ、2か月。

 たったそれだけで、フェアリーナはすっかり変わってしまった。


 手入れを欠かさなかった肌は荒れ放題でガサガサ、身なりは着古されたメイド服しか許されずボロボロのまま。満足に食事も睡眠もとれない状況で過酷な労働を強いられ、ガリガリに痩せこけていた。

 実家であるヴォワチュール家から持ち出した多くのドレスや装飾品さえ、ラオベンには趣味が悪いみっともない無駄だ!などと散々に言われ次々と奪われた上、容赦なく売り払われた。

 理由は勿論、将来この屋敷を豪勢な治療院とする為の資金である。王に認められる医術士になる為には、まず膨大な資金が必要というのがラオベンの主張だった。

 色とりどりのドレスや宝石に囲まれる夢は儚く消え、今や絶望だけがフェアリーナの前に横たわっている。


「それでも……

 ラオベン様が、立派なお医者様になれば、きっと……心を入れ替えていただけるはず」


 物置にも似た狭苦しい自室で、フェアリーナはベッドの下からチェストを引き出した。

 幼い頃からずっと大事にしていた、薔薇の印が描かれた木製のチェスト。その中に入っているのは亡き母から貰った、派手ではないが優美で格調高い水色のドレス。

 それだけが今や、フェアリーナの心の支えであった。

 しかし。



「……な、ない!?

 お母様からいただいたドレスが!」



 チェストは完全に空っぽ。ドレスと一緒に大事にしまっておいた真珠のネックレスや、大輪の薔薇をあしらった銀の指輪さえも消えている。



 慌ててラオベンの部屋に向かったフェアリーナだったが――

 彼は当然のように、こう答えるだけだった。



「あぁ。あの悪趣味極まりないゴテゴテドレスなら、売ったよ」

「え……?」

「あんなもの、売った方が少しは金になるだろう?

 それとも、雑巾にした方が良かったかい?」


 茫然と突っ立っていることしか出来ないフェアリーナ。

 そんな彼女にも、ラオベンは容赦なかった。


「そんなことよりさ。今日も居間に髪の毛が落ちてたよ!

 掃除ぐらいちゃんとやってもらわなきゃ困るよ。君には将来、治療院の掃除に術具の管理、院の受付も全部やってもらわなきゃいけないんだから」


 とんでもないことを言い出したラオベン。

 何を言われたか理解できず、フェアリーナは慌てて抗弁する。


「えっ!?

 そ、そういうものは……私には無理です!

 治療院の掃除も術具の管理も、かなりの専門知識が必要なはず。その為に治癒師や衛生師などの専門職があるのでは」

「詳しくもない癖にうるさいなぁ。それぐらい、君一人だって出来るよ。

 治療院を開くにはお金がかかるんだって、何度も言ってるだろ。無駄な人間を雇う余裕なんてあるわけないし、そもそもそんな職、王に認められた医術士に比べたら石ころみたいなもんだ。君にだって出来るくらいにね」

「そんな……

 治癒師や衛生師の存在は、医術に携わる者にとって絶対不可欠と、王は常々仰られて」

「あんなもの、詭弁にすぎないよ。無能な奴らをやたら取り立てるからね、あの王は。

 他の凡愚ならともかく、僕ぐらいの才があれば治癒師も衛生師も不要だ。まぁ、可愛い女の子だったら雇ってあげないこともないけどさ。

 ――協力、してくれるよね? 

 君は、真実の愛を、僕に捧げたんだから」



 フェアリーナの心が、砕け散っていく。

 それではラオベンが医者になってもなお、この苦しみは続くのか。

 自由も財産も何もかも奪われ、自分の全てを否定される毎日が。



 同時に何故か、腹部が酷く痛み始めた。



「あ……い、痛い……うぅっ!」



 突然の痛みに、おもわず床に膝をつくフェアリーナ。

 しかしラオベンは一顧だにしない。


「全く、うるさいなぁ。

 僕は勉強で忙しいんだ。さっさと夕飯の準備をしてくれよ、そこにいられるだけで邪魔なんだから」

「で、でも……ラオベン様……!」

「僕に何もかも捧げてくれるんじゃなかったの?

 それが出来ないなら、婚約破棄するしかないなぁ。クレオのようにさ」


 そう言われたらもう、フェアリーナは黙って腹を押さえながら、すごすごと引き下がるしかなかった。

 さらに響くものは、追いうちの如きラオベンの文句。


「はぁ~あ……今思えばクレオって、可愛かったよなぁ。

 あの娘は君みたいに、しょっちゅう愚痴愚痴言うこともなかった。

 料理も掃除もお金の計算も畑仕事も何でも出来て、領民にも好かれていたよ。時々おかしな歌を歌うことはあったけど、それさえなければ理想的な花嫁だったなぁ。

 彼女こそ、真実の愛を僕に捧げてくれていたのかも?」


 そんなわけがあるか。

 フェアリーナは思わずギリッと歯噛みしたが、それ以上何も言えなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ