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第3話 真実の愛は高くつく?

 

 こうして、フェアリーナの地獄が始まった。

 ひと月もしないうちに分かったのは、ラオベンは異常とも言える倹約家であり、潔癖症であり――

 傲慢の極みであること。


 屋敷の庭は、庭師たちが丁寧に育てた多くの薔薇で美しく飾られていたが――

 最初の一週間で彼は庭師とフェアリーナに命じ、それを全部伐採させてしまった。

 伐採の理由は、匂いが酷く虫がわく上、金がかかるから。

 ラオベンの為だけに自家製の野菜を育てている畑以外、一切を丸裸にされた庭。そこには華やかさも情緒もなくなり、当然の如く庭師も全員クビになった。


「おやめくだされ! 亡くなったお母上が、精魂込めて育てておられた貴重な薔薇ですぞ!」と最後まで号泣し抵抗していた庭師を容赦なくぶん殴ったラオベンの姿を、フェアリーナは忘れられない。



 ――あの美しい薔薇に囲まれて、彼は愛を囁いたことさえあったのに。

 青い月の下に映えるあの紅は、とても美しかったのに。

 あれはあくまで、私をつり上げる為でしかなかったの?



 フェアリーナに対するラオベンの態度も、婚約前とはガラリと変わってしまった。

 朝昼晩の食事を作るのは勿論、屋敷まるごと全ての掃除に洗濯に食料の調達、さらには国の貴族が当然やるべき領地の見回りまでが、フェアリーナに全て任されてしまった。


 理由は勿論


「真実の愛を貫くって言ったよね?

 なら、僕の勉学の環境を整えてくれるよね? 医術の修得には時間もかかるし神経も参るんだ、見回りなんかやってられないよ。王に認められる医術士になる為に、僕がどれだけ苦労を重ねてきたと思ってるんだい?

 平民どものくだらない愚痴なんて、聞いてるだけで反吐がでる」


 勉学に励む。ただそれだけの理由でラオベンは部屋にこもり、自分がこなすべき雑事を全てフェアリーナに押し付けた。

 おかげで毎日毎日、雨の日も風の日も、だだっ広い領地の見回りを強要されるフェアリーナ。

 しかも馬車の使用は認められない。屋敷の馬車は馬ごと殆どがラオベンによって売り払われ、一台だけ残された馬車はラオベン専用で、フェアリーナが使うことは決して許されなかった。



 二人ほど残っていた執事たちは、フェアリーナが決して出来ないような畑の開墾や下水施設の修繕などの土木作業ばかりに回され、そのへんの農夫よりずっと酷い身なりとなり。

 ほんのわずかに残されたメイドたちも、何も言えずラオベンに従うしかなかった。

 ちなみにメイドたちは全員、ラオベン好みの器量良しばかりである。



 食事のたびに、フェアリーナは怒鳴られた。


「ふざけるな、何で僕の嫌いなハチミツ入りのソースなんかかけるんだ!?」

「甘いものは勉学にもいいと聞きました。ハチミツを絡めて焼いた鶏肉は私の大好物だと、ラオベン様もご存じですよね」

「うるさい、君の好みなんか知ったこっちゃないよ!」

「そんな……

 最初にこの屋敷で出していただいた焼き菓子も、とても美味しかったのに」

「クレオが作った、あの甘ったるい焼け焦げのことかい? あんなの人間の食べるものじゃないってあれほど言ったのに、メイドどもはまだ捨ててなかったんだな。

 それに、この肉! 氷術を使った保存肉だろ!? 平民の使う低級氷術は呪いがこもってることも多いからやめろって、何度言ったら分かるんだよ!?」

「新鮮なお肉はお値段も高く、いつもの農家にお願いするのが難しい時もよくあります。術で凍らせたお肉なら保存もききますし、毎日農家に通う手間も……」

「うるさい!

 とにかく、甘いものは厳禁だ! 肉は農家から新鮮なものをいくらでも調達できるだろ、断るのならそんな農家はさっさと潰して他を探せばいい!

 僕は凍った肉特有のあの臭いが大嫌いなんだ!!」



 掃除のたびに、フェアリーナは喚かれた。


「また風呂場にカビが生えてたぞ! 僕が風呂場のカビが大嫌いだって知っているくせに、どうしてそのままにするんだ!? 天井のランプさえ拭いてなかったよな?」

「このお屋敷のお風呂場は広すぎて、私一人の手で隅々まではとても無理です!

 それにあのランプの位置は高すぎますし、この前は床石に足を滑らせて怪我をしてしまったのはラオベン様もご存じのはずで」

「真実の愛を誓ったのに、風呂場の掃除ひとつ出来ないっていうのか」

「うっ……!」

「君は怪我と大げさに言うけど、あんなのただのかすり傷だ。

 まさか、あの程度で家事をさぼろうというんじゃないだろうね?」



 医術を志しているラオベンにこう言われては、フェアリーナは何も言い返せない。

 大量に押し付けられた家事雑事で身体を痛めても、医術の才に秀でるラオベンにかすり傷と言われては、休むことさえ許されなかった。


 ――そう。彼に、真実の愛を誓ってしまったばかりに。




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