第2話 ラオベンの豹変
クレオがラオベンの元を去って数日。
晴れてラオベンとの婚約を交わしたフェアリーナは無事、彼の屋敷へと迎えられたが――
クレオの残した言葉の意味を理解するまで、そう時間はかからなかった。
テルラム国の貴族として生まれた者は成人すれば親から離れ、領地内にそれぞれの屋敷を構える。
そして婚約者が決まり次第、相手を屋敷に住まわせ互いの交流を深めるのがならわしだ。
勿論フェアリーナもラオベンの屋敷へ、丁重に迎えられた。
屋敷自体は古めかしく簡素ではあったものの、フェアリーナの実家と比べたら月とスッポン。そう、彼女の生まれ育ったヴォワチュール男爵家も、クレオの家に負けず劣らず落ちぶれていたのだ。
だから初日のフェアリーナは、綺麗に磨き抜かれた大理石の玄関や暖かなお湯の張られた豪勢なお風呂、たっぷり用意された甘いお菓子に大感激したものだ。
ゆったりと湯舟に浸かりながら、フェアリーナは鼻歌を口ずさむほど上機嫌だった。
「うふふ~、クレオには悪いことしちゃったけど、ラオベン様をつかまえられてホント幸せ♪
これで実家の借金も返せるし、その上毎日おいしいお菓子を食べられる。きっと、たくさんの綺麗なドレスに囲まれて過ごせる……!
なんてったって容姿端麗で優しくて将来有望なラオベン様のおそばにいられれば、一生安泰だわ♪♪
明日早速、あのお気にいりの空色のドレス着てみようかな~
ラオベン様、気に入ってくれるかしら?」
しかし――フェアリーナの幸せも、その一晩だけで終わった。
翌朝。
「おい! いつまで寝てるんだ、もうとっくに夜は明けてるぞ!!」
「え?」
そんなラオベンの怒号で、フェアリーナは叩き起こされた。
昨晩が夢のように楽しくて寝坊したのかと一瞬勘違いしたが、窓の外はまだ薄暗い朝方。
それでもラオベンは目を吊り上げて怒り狂い、フェアリーナのベッドを蹴とばした。
「さっさと朝食を作ってくれ! 僕は、野菜は屋敷の畑から採れたばかりの新鮮なものしか食べられないんだから、この時間に起きなきゃ駄目なんだって、何度も話しただろ!?」
昨日までの柔和な笑みが嘘のように、眉間に皺を寄せてがなりたてるラオベン。
フェアリーナはにわかには信じられず、ぽかんと彼を見上げるばかり。
「で、でもラオベン様。朝食の支度であればメイドたちが……」
必死で抗弁するフェアリーナだが、絶望的な言葉がラオベンの口から吐き出された。
「あの役立たずのメイドどもなら、殆どが昨夜辞めたよ」
「えっ??」
「僕の言うことにいちいち口答えするバカばかりだから、いなくなってせいせいした。
君が来てくれたんだから、もうメイドなんていらない。ついでに生意気な執事どもも辞めさせたよ。
みんな金がかかりまくる上、僕に文句言うだけだし」
「え? ええぇっ??」
ドン引きのフェアリーナに、ラオベンはずいと迫る。
「君はクレオと違って、僕の為なら何でもするって言ってくれたよね?
家事も雑事も大得意だし大好きだって、言ってたよね?」
確かにそう言った。言ってしまった。
ラオベンを手に入れる為なら、どんな美辞麗句も大言壮語も吐きまくった。
「あのバカ女は、メイドたちの助けを借りてすら、ろくに料理も掃除も出来なかったけど。
君ならきっと、やってくれるよね?
だから僕は、メイドも執事も必要最低限だけ残して全員解雇した。大丈夫だよね?
君は真実の愛を、僕に捧げてくれたんだから――」
昨日までなら世界一美麗に思えた、ラオベンの青い瞳。
それが何故か今、悪魔の瞳に見えた。