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第1話 自由になった日

 

 テルラム国の伯爵家・ストルブルム。その一人息子ラオベンは医術の才を持って生まれ、将来は国を支える医学者として、王からも多大な期待をかけられた若者だった。

 今宵その屋敷は、多くの貴族が集まる舞踏会の真っ最中。

 そしてラオベンと、伯爵令嬢であるクレオ・リュミエールとの結婚が発表されるはずであった。

 しかし――



「クレオ・リュミエール!

 今宵この時をもって、お前との婚約を破棄する!!」



 絢爛豪華に彩られ、盛り上がりの最中だった舞踏会。

 全ての貴族の注目が、ダンスホール中央のラオベンとクレオに集まった。


 ただでさえ金髪碧眼で容姿端麗、女子であればたちまち恋こがれてしまうであろう王子様のような存在、ラオベン。しかも国王の後ろ盾が約束されている将来有望な医学者とあっては、周囲の女性たちが放っておくはずもない。

 しかしそれに対してクレオは、およそ令嬢とも思えぬ恰好でこの場に参加していた。

 艶がなく地味な栗色の髪を後ろで一つにまとめ、ろくにフリルもなく色あせた焦茶のドレスを着こんだその姿は、メイドと間違われてもおかしくない。

 髪飾りやネックレスの一つもつけないクレオを、並み居る令嬢たちは裏でクスクス笑っている。


 クレオの実家であるリュミエール家は伯爵家ではあるものの、父親が事業に失敗し落ちぶれ、今や借金生活。ラオベンとの結婚も、完全に政略結婚であろうという噂がたえなかった。


「素朴でもの静かな女性とは聞いていたけどねぇ」

「あの恰好は、ラオベン様はもとより、御父上のリュミエール伯爵にも無礼なのでは?」

「質素も度が過ぎると恥ですわね」


 そんな貴族たちの囁きが流れる中、ラオベンの婚約破棄宣言はなされたのである。

 場内がしんと静まりかえる中、ラオベンの言葉が朗々と響いた。


「君がリュミエール家の為に僕に嫁いだのは分かっていた。それでも僕は精一杯、君を大事にしてきたつもりだ。

 だが、もう限界だ。

 君は顔も姿も地味だし、服装はセンスがないし気立てもよくないし、僕の婚約者という立場にあぐらをかいては怠けて金をせびるばかり! 

 しかも時々、おかしな歌を歌う! 君の歌はヘタだし才能がないからやめろと、あれほど言ったのに!」



 そんなラオベンの怒号を、大きな瞳を一心に見開いて聞いているクレオ。

 何が起こったか分からないのか、唇も若干ぽかんと開いている。

 彼女をさらに嘲るようにニヤリと笑い、振り返るラオベン。

 そこへひょっこり現れたのは――



「うふふ~、ごめんなさいねぇクレオ。

 でも仕方ないでしょう? 彼と私は、真実の愛を誓い合ったのですもの♪」



 艶やかな桜色の髪を優雅にまとめて結い上げ、エメラルドの大きな瞳を持つ可憐な女性。

 着ている青いドレスはクレオとは段違いの華やかさで、裾のみならず流行りの膨らんだ袖にも豪華なフリルがあしらわれ、大きな胸は半分ぐらい露出している。勿論首にも腕にも、宝石を幾つもあしらった金色のネックレスや腕輪が幾つも煌めいていた。


 彼女はフェアリーナ・ヴォワチュール。クレオとは何もかもが対照的でありながら――

 クレオの友人でもあった存在だ。


 フェアリーナの言葉に大きくうなずきその手を取りながら、ラオベンはさらに声を張る。


「その通りだ、僕のフェアリー。

 例え君の御父上が男爵であろうとも――

 好きな女性と結婚するのに、親など関係ない!

 僕は貴族だろうと平民であろうと分け隔てなく医術を施し、この国を救うつもりだ。そんな僕を、フェアリーナは理解してくれたんだ!」


 そんなラオベンとフェアリーナを、交互にまじまじと見つめるクレオ。

 貴族たちからも、ざわざわと声が上がる。


「あぁ……容姿というのは残酷ね」

「あの哀れな娘とフェアリーナ嬢では、勝負は明白だわ」

「だけど聞くところによればあの娘、フェアリーナ嬢と違って性格まで悪いらしいでしょう?

 ラオベン様の言うことをひとつも聞かず、妻としての雑事を何もせず、ラオベン様の勉学さえ歌で妨げるとか」

「歌など、平民の下品な娯楽でしかないのに」



 そんな侮蔑の囁きが広がる中、完全に勝利者の笑みを浮かべるラオベンとフェアリーナ。

 しかし――



 その瞬間響き渡ったのは、クレオの歓喜の声だった。



「ありがとうございます、ラオベン様!

 私、心からお待ちしておりました。その言葉を!!」

「……へっ?」



 驚いたことにクレオは、キラキラと輝かんばかりの眼差しで、ラオベンとフェアリーナを見上げている。まるで女神の降臨を祝福するかのように、胸元で手まで合わせて。



「フェアリーナ! やっぱり貴女は私の友達です!

 私を助けてくれるのね?」

「え、え? あの……?」



 こんなクレオの態度に、今度はラオベンとフェアリーナが唖然とする番だ。

 しかしクレオは二人に構わず、ドレスの懐から掌ほどの小型ナイフを取り出した。


「うっ!?」


 クレオの行動が読めず一瞬動揺し、フェアリーナより先に一歩後退するラオベン。

 大きくざわめく聴衆。

 だがそのナイフは、特段誰かを刺すなどということはなく――



 バサッ



 微かな音をたてて床に舞い落ちたものは、一つ結びにされたクレオの長い髪。

 満面の笑みをたたえながら、彼女は軽やかに両手を広げ、踊るように一回転してみせた。

 肩のあたりで綺麗に切られた栗色の髪は、自由を謳うように輝いている。


 そして彼女はフェアリーナを振り返り、笑顔でこう言い放った。


「フェアリーナ……

 貴女がそこまでラオベン様を愛しているなら、何とかなるかも知れない。

 頑張って」


 そう言い残すと、クレオはドレスを勢いよく翻し、大勢の貴族が集う舞踏会から堂々と駆け出していった。

 彼女の得意な歌を、上機嫌に歌いながら。



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