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好きこそ物の上手なれ 〜音痴がバンドのボーカルに⁉︎〜  作者: しいらしゆう
第1章 素人バンド
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9話 友と音楽と恋と

 少しぐらいの風邪や熱ならば、一晩寝たぐらいで治ってしまう俺なのだが、どれだけの夜を過ごそうとこの苦しみが消えることはなかった。そして俺は朝を迎える度、どれだけ自分が音楽や梨沙に支えられてきたのか、どれだけ自分がそれらを愛していたのか、痛いほど実感するのだった。


「起きなさい俊平!」


 午後2時ごろ、ベッドで横になる俺を母親が叩き起こした。眠気のせいで重くなった体を、俺はゆっくりと持ち上げた。


「何?」

「あんたの友達が来てるわよ」

「え?」


 驚いたその弾みで、一瞬にして眠気はどこかに消えてしまった。俺は部屋を飛び出し、玄関のドアを恐る恐る開けた。


「よっ!俊ちゃん」


 軽く手を上げて、俺に笑顔を見せるのは直哉と森の2人だった。何も言わずに家に押しかけてくることなんて今まではなかったから、俺は2人の姿を見てしばらく唖然としていた。


「な、何しに来たんだ?」

「俊ちゃんが元気かどうか確認しにきたんだ」

「元気だよ。見ての通り」

「馬鹿言うな。お前もあのネットニュース、見たんだろ?」


 直哉は俺にそう言う。俺は大いに焦った。彼の言うネットニュースというものが、あのSONICのボーカルと梨沙の熱愛報道だということは、容易に推測できた。彼らはそれを聞きつけて、わざわざ俺の家にきたのだろう。

 

「な、なんの話だ」


 俺は堂々とシラを切った。なんとか冷静を保とうと、普段の俺でいなければいけないと、そう考えた上での発言だった。あのニュースで暴れるほど取り乱してしまった自分を、なるべく彼らには知られたくなかった。自分を守りたかった。


「ちょっと俊平。せっかく来てもらったんだから、入れてあげなさいよ」


 玄関先で立ったまま話す俺たちを見て、母親は俺にそう言った。そんな気遣いなど今はいらない。俺はますます焦りを加速させた。ただでさえ不安定で複雑なこの感情を、他人にかき回してほしくない。


「では、お言葉に甘えて。お邪魔します」

「ちょ、ちょっと待て!」


 2人はしっかりと靴を揃えて、家に上がった。必死に止めようとする俺の言葉など、2人の耳には入らない。彼らは何の迷いもなく、そのまま俺の部屋の扉を開けた。


「おい、何だよこれ……」


 俺の部屋を見てしまった彼らは、扉の前で立ちすくんだまま動かない。脱ぎ捨てられた服、床に散らばったゴミはまさに俺の精神状態をそのまま写したかのようだ。


「直哉、森。今日は帰ってくれ」


 今はそっとしておいてほしい。関わらないでほしい。これは俺個人の問題なのだ。

 

「帰れるわけないだろ。俊ちゃんをこのまま放っておけない」

「俺は大丈夫だ。心配すんな、な」


 俺の「大丈夫」に説得力がないことぐらい、自分でもわかっているはずだった。だが、俺はどこかで歯止めが効かなくなってしまったのか、彼らを追い出そうと躍起になっていた。俺は森のTシャツの襟を掴んで、部屋の外に彼を引っ張り出した。


「おい、何すんだよ!」

「頼む森。本当に今日のところは帰ってくれ。頼む」

「俊ちゃん……」


 俺は必死だった。森の腕を掴んだまま、崩れるようにその場で跪いた。そして彼を見上げ、ひたすら頼み続けた。


「お願いだ、森。俺は大丈夫なんだ。だから帰ってくれ」


 俺は感情的になっていた。あのニュースを知って感情的になった俺を2人に隠したいが為に、感情的になっていた。その姿は滑稽以外の何物でもないだろう。

 だが、森はそんな俺を笑わなかった。彼は俺の手を握って、そして静かに頷いた。


「……わかった。何かあったらすぐに連絡するんだぞ、俊ちゃん」

「森!ダメだ!!」


 俺の部屋で1人、ゴミを拾い集める直哉が荒々しく声を上げた。森は驚いて顔を上げた。


「でもよ直哉、俊ちゃんが俺たちに帰ってほしいって言うんだ」

「帰っちゃダメだ」

「俊ちゃんが可哀想だよ、直哉。もう今日は帰ろう」


 俺の前で直哉と森が言い争っている。俺は廊下に崩れ落ちたまま、その光景を見ているしかできなかった。


「俊ちゃんの言う通りにすることを、優しさとは言わないんだよ、森」

「……何が言いたいんだ?」

「俊ちゃんを1人にしても、俊ちゃんはまた苦しむだけだ。どれだけ帰れって言われても、俺たちは俊ちゃんのそばにいてあげなきゃダメなんだ」


 直哉はそう言うと、また1人でゴミを拾い始めた。俺はそんな彼の後ろ姿を見て、ようやく人間のそれらしい感情を抱いた。なぜ彼はそこまでしてくれるのか、そんなことをふと考えるうちに、彼らを無意味に追い出そうとしていた愚かな考えは次第に消えてなくなった。


「俊ちゃん、これはなんだ?」


 直哉はベッドの下から、小さく丸めたビニール袋を引っ張り出してきた。


「……CDだ。Child‘sの」


 俺の答えを聞いた直哉は、躊躇なくビニール袋を開け、その中身に視線を落とした。中に入っているのは俺があの日割ったCDの破片を適当に拾い入れたものだ。袋を動かすたびにジャラジャラと音を立てるのはそのせいだ。


「Child’s 3rdシングル、VANILLA。これってお前の好きだった曲じゃなかったか?」


 直哉の言う通りだ。俺が割ったCDは、俺が最も大事にしていた中の1枚だった。

 

「俊ちゃん、俺たちでよかったら話聞くぞ」


 森は俺の背中に優しく手を乗せ、俺の目をまっすぐな眼差しで見つめる。森や直哉の俺に対する沢山の気遣いは、俺が腹を割るのに十分すぎるほどだった。俺は自分の心境を、自分のありのままを、彼らに伝えることにした。

小説を読んでいただいてありがとうございます!!


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