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好きこそ物の上手なれ 〜音痴がバンドのボーカルに⁉︎〜  作者: しいらしゆう
第1章 素人バンド
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6話 歌に対するトラウマ

 Child‘sのライブからもう1週間が経っていた。あれから梨沙に何度かlineを入れたが、既読にすらならない。告白未遂に終わったあの日のことが原因であることは俺も薄々感じてはいたが、それにしても心配だ。電話を入れようとも考えたが、そんな勇気はあの日に全部使い果たして、今はもう諦めムードに突入しつつあった。

 2週間もすれば俺も大学3年生になる。そうなれば就活も始まるし、ゼミにも参加しなくてはいけない。いつまでも梨沙のことを引っ張ってはおけない。そう俺は自分に言い聞かせている。

 

 午後3時を回った頃、自分の部屋でのんびり昼寝をしていた俺の横で、突然携帯が鳴った。俺はベッドの上に投げ出していた携帯を手探りで見つけ出して、それを耳に当てた。


「もしもし?」

「あー、もしもし。俺だ俺」

「なんだ森か。どうした?」


 森の声は寝起きで寝ぼけた俺には少し大きすぎて、俺は携帯の音量を数段階下げた。


「俊ちゃん、今日暇か?」

「ああ」

「直哉とカラオケ行こうと思うんだけどよ。一緒に来ないか?」


 俺はこの重い体をゆっくりと起こし、ベッドの端に座った。体をグーっと伸ばして、眠気を追い払う。


「聞いてるか?俊ちゃん?」

「聞いてるよ。カラオケだろ?遠慮しとくよ」

「えー?俊ちゃんはいつもカラオケに誘っても来ないけどさ、結構楽しいぞ?お前の好きなChild‘sだって歌えるんだぞ」

「……」

「なあ俊ちゃん、教えてくれよ。なんでそんなにカラオケが嫌なんだ」


 カラオケが嫌、というのは間違いだ。カラオケそのものが嫌いなわけでは決してない。ただ、俺があの空間に行けば、自分を失ってしまう。そうなることを俺は知っていたのだ。

 このことを森に話すのは気が引けた。面白い話でも、共感してもらえる話でも、同情してもらえる話でもない。ただ俺だけが抱える、くだらないちっぽけなトラウマの話なのだ。

 ただ、何でだろうか、今の俺はもう少し彼と喋っていたい気分だった。


「なあ、森。お前はさ、『好きこそ物の上手なれ』ってことわざを信じるか?」

「え?どうした急に」

「いいから、森。どうなんだ?」

「うーん、まあ信じるかな。俊ちゃんは?」

「俺は……、俺は、信じない」


 思い出すのも辛いとか、そんな大袈裟なことでは断じてない。でもあんなことは二度と経験したくないし、あの時の気持ちを一度も忘れたことはない。


「俺さ、実はもともと歌を歌うのが大好きだったんだよ。でも小学校の音楽の授業でね、先生に『お前は音痴だから歌うな』みたいなことを言われたんだ。それが、小学生だった俺にはかなりショックでね。歌手になろうと思うぐらい歌が大好きだったのに、まさか自分が音痴だなんて思いもしなかった。まあそれが、簡単に言うとトラウマなんだわ」


 自分の存在価値が、その一言で失われた気がした。それ以降、俺は歌を歌うことを避けるようになった。ずっと歌が好きであり続けたい、音痴な自分を認めたくない、そんな思いが俺にそうさせたのだと思う。「好きこそ物の上手なれ」ということわざを信じられないのは、このような経緯があるからだ。


「そうか、わかったよ俊ちゃん。カラオケは2人で行ってくる」

「ああ。そうしてくれ。また他ので誘ってくれ」

「わかった。あーあ、俺の歌を俊ちゃんに聞かせてやりたかったのにな」

「森は何を歌うんだ?」

「まあ色々歌うけど、最近は『SONIC』にハマってる」

「何だそれ。誰のどんな歌だ?」

「バカ!SONICっていうバンドだ。聞いたことあるだろ?」


 聞いたことなんて一度もない。ただでさえ流行に乗るのが苦手な俺だ。最近は音楽番組を見ることも無くなったし、俺の記憶にないのも頷ける。

 

「まあいいよ。俊ちゃんはChild‘sに一途だもんな」

「ま、まあな」

「じゃ、カラオケ行ってくる。またな!」

「ういー」


 電話はすぐに切れた。何とも言えない静けさだけが俺の手元に残って、少し寂しくなった。こんな思いを抱くことも久しぶりで、自分の部屋にいるのにどうも居心地が悪かった。

 こんな時は大抵、歌を聞くことにしている。俺は携帯の音楽アプリを開き、慣れた手つきでChild‘sのプレイリストを表示した。そこには俺の好きな歌がずらりと並んでいて、その画面をスクロールするだけで満足感を得られる、はずだった。


『俊ちゃんはChild‘sに一途だもんな』


 森に言われた言葉が頭をよぎる。自他共に認める大ファンだから仕方ないのだが、それでもやはりその言葉が気にかかる。たまには「浮気」をするのも悪くはないかもしれない。

 気づけば俺は動画アプリを開き、その検索欄に「SONIC」と打ち込んでいた。若干の後ろめたい感情と、ワクワクする高揚感を大事に抱えながら、俺は「検索」を押した。検索結果の一番上に表示された曲のPVを、俺は再生した。

小説を読んでいただいてありがとうございます!!


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