4話 居酒屋3人組
江上と森に少し遅れて、俺もようやく店の暖簾をくぐった。彼らは店の奥の方で、4人掛けのテーブル席に座っていた。
「おっす、おかえり俊ちゃん」
「わりいな、気使わせて」
「遠慮すんな。もう適当に頼んどいた。チューハイで良かったろ?」
「ああ、ありがとう」
俺はChild'sのグッズが詰まった重いリュックを空席に置き、その隣の席に座った。その瞬間、色々な疲れが体に降りかかってきた気がした。
「で、どうだったんだよ。岡田さんは」
「元気そうだったよ」
「いや、そういうことじゃなくてさ……。ほら、そういうことだよ」
森はこの手の類の話が大好物だ。自分が全くモテないくせして、人の恋愛事情には土足で踏み入る生意気な男だ。しかしそんな非常識な奴なのだが、彼の全く根拠のないアドバイスが、長い間俺の心の支えになっているのも、また事実だった。
「うん、まあ、何もなかったよ。怖いぐらい何もなかった」
俺は紛れもない事実を伝えた。俺がどれだけ彼女のことが好きだったとしても、彼女は俺をただの幼馴染としか見ていない。別にいい雰囲気になるわけでもなく、2人だけの空間は俺にとってはなんだかもどかしい時間なのだ。
「いい加減さ、告白しちゃえば?」
「告白、ね……」
「岡田さんも、別に俊ちゃんのこと悪く思ってるんじゃないしさ。きっとどうにかなるよ」
直哉もそう言う。俺もそう楽観的に考えてしまいそうになってしまうが、現実はそう上手くいかないことを俺は知っている。
「でもよ、梨沙は梨沙で彼氏いるかもしれないだろ?」
「まあ、それはそうだな」
「それに、別に俺は今のままの関係でもいいしな」
俺の発言がただの強がりだなんてことは、この場の全員がわかっていることだろう。だが森と直哉は大袈裟に笑うだけで、その発言を問い詰めようとはしなかった。
「はい、お待たせしました〜」
ちょうどその時、2人が先に注文してくれていた料理がテーブルに届いた。どれも美味そうで、食欲をそそられる香りが鼻を爽やかに抜けていく。
「とりあえず、乾杯!」
「乾杯!」「乾杯!」
俺はジョッキを彼らと突き合わせると、酒を一口だけ胃に流し込んだ。
「あ、これうっま!」
「え、何?何を食べたんだ直哉」
「鶏皮だよ。鶏皮」
俺と森は直哉の言葉を聞くと、鶏皮の串を1本ずつ手に取り、そのまま口に放り込んだ。確かにそれは直哉の言う通り非常に美味かった。
「いやぁ、美味いね。うん、最高」
と、思わず独り言がこぼれた。だがその次の瞬間には、原因不明のため息がついて出た。
「なあ、俊ちゃん。やっぱ後悔してんじゃないのか?岡田さんのこと」
今度は直哉が、少しテーブルに身を乗り出してそう言った。彼の眼差しはただの恋バナで盛り上がっているだけの二十歳とは思えない、そんな力があるような気がした。
「俊ちゃんはこのままの関係でいいとか言うけどさ、もう5年も会ってなかったんだろ?そんなんじゃもうダメだよ。このチャンスを無駄にすると、もう一生戻れなくなるぞ」
「で、でもよ直哉。今さら……」
「今さら?それは俺のセリフだよ。今さら何寝ぼけたこと言ってんだよ」
「……」
「好きなら好きって言ってこい。結果がどうであれ、今の俊ちゃんには必要なことだ」
俺は弱い人間だ。だからこうして、友人に背中を押してもらうことを、心の奥のどこかで期待していたように思える。だが実際にそうなってしまった以上、もう言い訳は効かない。直哉や森のおかげで貰えた勇気を、あとは俺が梨沙にぶつけるだけだ。
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