3話 幼馴染への恋
3時間にも及ぶChild’sのライブが終了した。感動を通り越した感動を味わった、充実した3時間であった。梶原さんやChild‘sへの愛は余計に深まるばかりで、俺はこの昂る気持ちの置き所に困るぐらいだった。
「いやぁ、やっぱりすごい迫力だったな」
「俊ちゃんのやつなんて、途中から泣き出しちゃってさ」
「ははは。それだけ俊ちゃんはChild’sに思い入れがあるんだよ。な、俊ちゃん?」
「ああ。本当に大好きだ」
東京の夜は明るい。ライブが終わりもう7時を過ぎた頃だが、夜空に浮かぶ三日月が霞んで見えるほど、空に突き刺さる無数のビル群は空を輝かせている。その光景に少し目をやりながら、俺たちは近くの居酒屋へと向かっていた。
「いや、待てよ。ここ右だよな?」
直哉は携帯を片手に、俺たちを誘導してくれている。
「いや、違うよ直哉。ここを右に行くと東京ドームに戻る道だぞ。ここは真っ直ぐだ」
「いやいや、今俺たちこっちの道から来たんだぞ。てことは右であってるだろ」
森が直哉の携帯を覗き込み、色々と言い合っている。俺はその光景が面白く思えて、一歩引いたところから2人を見ていた。
「おい、どう思う?俊ちゃん」
「あ、え、俺?」
直哉は俺に携帯を押し付けてきた。俺は渋々それを受け取ると、地図が表示された画面をしばらく見て、自信を持って左の道に進んだ。
「なんだ、右じゃないじゃんか直哉」
「お前も真っ直ぐとか言ってたろ」
俺の後ろで軽く揉めている2人だったが、簡単な地図も見れない2人に呆れた俺には、彼らにかける言葉なんてあるはずもなかった。
3分ほど歩くと、目当ての居酒屋を発見した。森が前から行きたいと言っていた、焼き鳥が有名なお店だ。店構えも立派で、非常に好感の持てる雰囲気を感じた。
「ここでいいよね?」
「うん。入ろう」
「あ?ちょっと待って俊ちゃん!」
俺が店の扉に手をかけたその時、森が俺を呼び止めた。俺は森の焦った声色に必要以上に驚いてしまった。彼はただ目を細めていて、遠くに何かを発見しただけらしい。
「どうした森。何かあったか?」
「ちょ、こっち来てよ俊ちゃん」
俺はやや強引に手を引っ張られた。俺は無駄に抗うのを諦めて、黙って森の視線を追いかけてみた。
「……え?」
俺は発見した。おそらく、森が発見したのもそれで間違いない。
「あれ、絶対そうだよな、俊ちゃん」
「うん、そうだ。岡田梨沙だ」
「え、岡田さん!?ホントに?」
梨沙も俺たちの中学の同級生だ。そして、彼女は俺の幼稚園からの幼馴染でもある。親同士も仲が良くて、昔はよく家族ぐるみで過ごしたこともあった。
「じゃ、俺と森は先に店に入ってるから。あとは頑張れよ、俊ちゃん」
「おい、ちょっとお前ら!」
口ではそう言って彼らを引き止めようとしているが、本心では彼らの心遣いに感謝している。良い友達を持ったものだと、こんなタイミングで思ってしまう。
俺は呼吸を整え、梨沙の元へ走っていった。彼女はたまにぼーっと空を見上げながら、ゆっくりとJRの駅の方へ歩いている。
「梨沙!」
俺の声が届かなかったのか、彼女は足を止める気配もない。
「梨沙!ちょっと!」
肩をポンポンと叩くと、彼女はようやく俺に気がついた。彼女は俺の顔を見ると、目を大きく開いて「うわ!」と可愛らしく声を上げた。
「久しぶり、梨沙」
「ああ、うん。久しぶり、俊ちゃん」
「何年ぶり?中学卒業して以来だよね」
「てことは……、5年ぶりとかかな?」
「そんなになるかぁ」
不思議と妙な空気になってしまうのは、決まって俺が言葉に詰まってしまうのが原因だ。それは5年経った今でも変わらないらしい。
「あれ、今日はどこ行ってたの?」
「Child'sのライブ。俊ちゃんもでしょ?」
「うん。梨沙が教えてくれたから、好きになったんだ。Child'sのこと」
「そうだったっけ?もう随分前だから忘れちゃった」
俺は相槌に困り、ただ中途半端に頷いただけになってしまった。
「ていうか、あれだね。変わったイヤホンしてるね」
「え?」
彼女は俺にそう言われると、咄嗟に手で耳を隠してしまった。そのせいでよく見えなかったが、珍しいイヤホンだったような気がする。
「ごめんね俊ちゃん、これから用事あるから」
「え、あ、そうか。じゃあまた。……また連絡するよ」
彼女は俺に軽く手を振って、そのまま背を向け急ぎ足で駅に向かって歩き始めた。俺は彼女が物陰に隠れて見えなくなるまで、黙ってその姿を見届けた。
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