シンディーちゃんの初めてのお使い 後編
「キャー!やめて来ないでー」
隙を見て街道から森の中に逃げ込むが、木の根に足を取られて、転んでしまう。
美女の悲鳴が森中に響き渡る。
トランクの中身を派手にぶちまけた所に、冒険者崩れの五人組の山賊が追い付いてくる。助けは誰も来ない。
「グへへへ。逃げるんじゃねーぜ」
「いやー、なかなかの上玉じゃねーか」
「若くてキレイな女の一人旅なんて珍しいな」
「こりゃ、楽しませもらえそうだぜ」
なんとも下卑た野郎どもだが、テンプレセリフ過ぎて何時代の人間なのか分からない。言動の端々は若そうではあるが、去年の朝ドラ女優並の美女(見た目のみ)を前にしたその表情は完全に中年オヤジであった。
「やややめてください。私こう見えても魔法使いなんですからね。強いんですよ」
「「「「「ドワ~ハッハッハッハ」」」」」
「やれるもんならやって見やがれ」
「ふん。行きますよー。やりますよー!」
ぶちまけたトランクの中身から、必死に手帳を拾い上げて読み始める。
「ハハハ。そんな小さな魔導書がなきゃ魔法もできないのか?」
「うるさいはね。イイイ【火炎地獄】」
「【火の防御陣】」
余裕の速さで防御された。
「えーん。この、この!」
そこいらに落ちていた砂時計やヘアブラシや化粧水の瓶を、泣きながら片っ端から投げつける。
「痛て!こん畜生!てめー楽に死ねると思うなよ」
たまたまクリティカルヒットした砂時計にブチ切れた男は、それを見せつけるように踏みつぶし迫ってくる。
「えーい!助けてお守り」
ドッカ―ーーーン!!!
「「「「「うあーーー!!」」」」」
シー―――ン
「「「「「ん?なんだ?アレ?えっ?」」」」」
呪的逃走用のお守りは、非殺傷兵器、いわゆる『魔法のスタン・グレネード』であった。
「畜生、もー許さねぇ!!!」
「何かないの他に?はっ!そうだこれ【名乗り上げ】」
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【名乗り上げ】
戦闘開始前、自分の名前を叫ぶと基本戦闘力が +20%され、特殊エフェクトが発生する。
戦闘時、技名または武器名/防具名を叫ぶと攻撃力/防御力が +30%され特殊エフェクトが発生する。
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「やぁやぁ、我こそは…」
「「「「「ギャー―ハッハッハッハ」」」」」
「酷い名乗りだな」
「しかもこの魔法、MAP内全員に適用されるのに」
「え?」
「つまり、俺たちが名乗ったら、俺たちも強くなるんだよ!」
「よーし。名乗り上げの見本を見せてやるぜ」
「「「「おう!」」」」
まったく。油断しすぎでノリノリである。
「ファイター・レッド!」 ドーン!
「ソーサリー・ブルー!」 ドーン!
「メイジ・イエロー!」 ドーン !
「クレリック・ブラック!」 ドーン!
「アーチャー・グリーン!」 ドーン!
「「「「「五人合わせて、PKファイブ!」」」」」 ドッカーーーン!!!!!
ジリリリリリーーーーン
「申請ハ受理サレマシタ。魔法ハ成功デス」
どこからともなく、ベルと無機質な女の声が聞こえてくる。
「「「「「?????」」」」」
「はい。終了ーー!じゃまぁ俺は帰るは。そんなにPKが好きなら、好きな者同士で思う存分やっててくれ。俺たちに関わらずにな」
女はさっきまでの怯え方は嘘であったように、いや、演技であった分を取り返すように太々しく去ろうとしている。
「なんだ?待てこのアマ」
「舐めるな、逃げられるとでも…」
思ず突き出したファイターの剣は、メイジの胸を刺し貫いていた。
「え?」
「え?」
二人は、共に信じられないと言う顔をしながら倒れていく。
アーチャーの矢はソーサラーに殺到し、ソーサラーの魔法は自分を含む全員に襲い掛かる。
「なんだ?なんでだ?女、なにをした」
薄れゆく意識の中で、ソーサラーは戸惑っていた。
(あれは砂時計?確か、ファイターが踏みつぶしたはずなのに。いや、魔法にはあったはずだ。時間制限のあるヤツ。『X分以内に○○すれば』とか『X分後に○○が発動して』とかには魔法の砂時計が出てくる。何だ?それは何だ?)
真実に至る前に意識は途切れ、体は光の粒子となっていった。
シンディーは、背中を向けながら必死に笑いをかみ殺していた。
(さーてこの手口。あと何回使えるかな)などと考えながら
よく、アニメやドラマで「冥途の土産に教えてやる」などと、自分からべレベラとネタバレをしている悪役があるが、シンディーにはそれが理解できなかった。わざわざそんな無駄な事をして不利になる事もないだろうと。
しかし、今なら解る。作戦が図に当たるり上手くいき過ぎるくらい上手くいったら、自慢したくて仕方ないのだ。そして、敵の悔しがる顔を見たくてしかたなくなるのだ
しかし、油断はしない。ただでさえ死んでも蘇る世界でそれは自殺行為だ。
「でもヒントだけなら……って、もう消えたか」
少し残念そうな顔をしてから、散らかった自分の荷物と山賊どものドロップを拾いだした。
「今晩中にあと二グループくらいは潰しておいて、三日もあればこの手口も全土に広がるだろうから、それまでに何とか…にしてもあいつら、これがJ〇J〇↑↑の世界なら古い洋楽バンドのメンバー名だったんだろうか」
下らない事を考えながら。
B-part END
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「でもあれって、特撮ファン向けの演出魔法でしょ?そんな使い方をするとはね…」
「シンディーはPK嫌いだもんな」
「このゲームじゃないけど、昔、酷い目にあったからね。プレイヤー同士で戦うタイプのゲームならいいんだけど、ここはそうじゃないでしょ」
ここはいつもの冒険者の宿ではなく、オシャレなオープンテラスのイタリア料理店だ。もちろん転生者の始めた店で味は保証済だ。
シンディーの受けた依頼…西の街道にでる山賊の討伐…は大成功に終わり、山賊たちは一掃され、今や西の街道は最も安全な街道になった。
「あれと組み合わせると、あんなに凶悪になるとはね。支配魔法だね」
「ただの契約魔法ですー!ゲームでは、悪魔と契約するイベントで使うから、ちょっと強力なだけですー」
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【ゲドの世界】
発動からX分以内に、自らの名前を申告させることで、一つ絶対的命令を聞かせる事ができる
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まずは、油断を誘うように弱弱しい演技をする。次にこれ見よがしに砂時計をぶつける。目くらましと同時に【ゲドの世界】を使い、魔法の砂時計に気づかせない。ドジッたふりして、【名乗り上げ】で調子に乗らせて相手の名前を言わせる。凶悪なだまし討ちコンボだ。
「ファンタジーだよね。名前と人間は霊的に結びつきが強いから、真の名前を知ればその人を支配できるって。実は世界中にある話なのよね。日本でもそうだし」
「マンガでもあったよね。未来から来た女子高生がウッカリ信長って呼んじゃって」
「危うく切られそうになるやつね」
「そのせいで西郷隆盛は本名じゃないって、トリビアとしては有名かな」
「へー。そんなのあるんだ?じゃその場合の設定は…」
「いや。まぁ難しい話はよか。それより、そいつらこれからどうなるの?」
「え?」
「いや、そいつらもう一生プレイヤー同士じゃ戦えないよね。ならシティーアドベンチャーとかできないよ」
「え?死んだらセーブまで戻るから、なかった事にならん?」
「でも、西の街道にもう山賊でt来てないのは、そういう事でしょ?」
「そう言えば、ゲームの悪魔も、死んでからも契約は続いていたような…」
「いや、モンスターとかとなら戦えるだろ?
…にしても、一生ってちょっとやり過ぎたかなぁ」
ちなみに、しばらく後に、全国の街道上でも市街地でも、PKがあるとどこからともなく現れてPKプレイヤーを倒して去って行くボランティアの戦士団が何組か報告されるのだが、これはまた別の話。
『助かったのだが、衣装も闘い方もやたらと派手で、一緒にいるのが恥ずかしい』とは助けられたプレイヤーの弁だ




