◆第1話 この頃はまだ輝いていた
ある日、僕は女神に導かれ転生した。
転生先は、ホントによくある剣と魔法の世界。
魔物が跋扈し、そこに住む人々が必死に抗う世界だった。
「残るはお前だけだぁ! 冥界絶対魔王ジャベロニデンバンダリア!」
最初はかなり戸惑った。
高校を卒業して、運転免許も取得して……さぁこれから大学生活だぞ、って時に事故に巻き込まれて死んだ。
で、目を開けたら女神サマがいて、悲しむ暇も無くあれよあれよという間に『勇者として戦え』なんて言われて……。
「グブブブブ……! 勇者ヨ、我ヲココマデ追イ詰メタノハ、貴様ガ初メテダゾ!!」
『女神の祝福』とかいう『心が折れなければ絶対に死なない』なんてチート加護で無敵なった僕は、聖なる鎧やら伝説の剣やらを手に入れて、この異世界で魔物に蹂躙されていた村や街を次々救った。
最初は怖いし、心底イヤだった。
ボスクラスの魔物ともなれば無傷で勝利ともいかない訳で、メッチャ痛いし、疲れるし。
毒を使う系の中ボスがいたあの塔……名前も忘れたけど、あそこは本当に最悪で……。
『毒でも死なない加護』って、別名『自然に解毒できるまでゲロ吐きまくる死ねない呪い』って名前に変えたほうがいいと思う。
「どぉりゃあああああああああっ!!」
「グォオオオオオオオオオオオッ!!」
そして今、僕はこうしてこの異世界を恐怖に陥れていた魔王との直接対決に臨んでいる。
いわゆるラストバトルだけど……僕のまわりには、仲間の姿はない。
いや、転生して魔王討伐の旅に出た直後は、成り行きで何人か一緒に居たんだけどね。
でもさっき言った『女神の祝福』とかいう特別待遇がなかった彼らは、ちょっとした事であっという間に死んじゃって……。
まぁ……ただの人間が鎧と剣を持っただけで、殺す気マンマンでかかってくる魔物になんて勝てる訳無いよ。
ダンジョンとかでもなんでもなく、その辺の街道を歩いていたらヒグマよりもでっかい熊っぽい魔物が出て、そいつに仲間4人中3人が食い殺されたのを見た時はさすがに頭を抱えた。
残った1人も「私には荷が重すぎました」とか言ってさっさと城に帰っちゃうし。
でも仲間の死体を見て嘔吐しまくってたようだし、あまりに気の毒なんで帰っていいよって言っちゃったのは僕なんだけど。
「テメェ! 魔王! ズルいぞ、腕を6本も生やしやがって!!」
「黙レェッ! 傲慢ナ女神ニ踊ラサレタ人間ノ分際デ、ドノ口ガ言ウカァァッ!!」
おかげで、僕は話し相手すらいない一人旅。
たった1人でこの魔王の根城まで攻め込み、今こうして魔王をブッ倒そうとしてるんだから、誰か褒めてくれたっていいよね。
でも仲間がいなかったのは、正解だったかもしれないな……。
僕、あまりコミュニケーションは得意じゃないし。
さて、と。
愚痴を吐くのは、この辺にして。
とりあえず今僕がやらなきゃならないのは、目の前で6本の細っそい腕をウネウネさせている魔王を討ち滅ぼすこと。
その名も、『冥界絶対魔王ジャベロニデンバンダリア』様。
4種の属性と、更に無属性と闇属性を操る計6本の腕を持った、最恐最悪の魔王らしい。
その恐ろしさは計り知れず、まず名前を呼ぼうとしただけで舌を噛ませて地獄に落とす。
「グブブブ……! 無駄ダ、勇者ヨ! 我ハ不死身ノ冥王ニシテ最恐ノ魔王! コノ額ニ埋メ込ンダ闇ノ魔性石ガ砕ケヌ限リ、何度デモ蘇ルノダァァァ!!」
「ルビまで付けた丁寧な解説しちゃうの!? お前は自分の弱点を言わなきゃならない呪いでもかけられてんのかぁ!?」
この魔王を倒せば、僕は元の世界へ帰れる。
転生した時、女神とそんな契約をしたんだ。
僕はこの辛すぎる異世界の旅で、ただそれだけを希望に突き進んできた。
『魔王を倒した勇者』として、このままこの魔王を倒したあともこの異世界に留まる選択肢もある。
最強の加護と、伝説の武具を持っているんだから、いかつい連中がカツアゲしてきたとしてもぶっ飛ばせる。
きっと沢山のお金や財宝なんかも貰えて、一生金に困らず暮らしていけるに違いない。
けど……それでも僕は、元の世界に……日本に帰りたかった。
理由なんて単純ですよ。
下水道もロクに整ってない、町中からウ●コの臭いがする世界なんてハッキリ言ってもう居たくないんです。
どんなに綺麗な女の子だって、洗っていない毛玉の臭いがするんですよ?
そんなん耐えられるワケ無いじゃない。
ファンタジーな異世界にリアル考察なんか入れ込むから、こういう事になるんだ。
僕は意識を集中しながら、聖剣の柄を握る両手に力を込めた。
「聖剣技! 奥義ッ! ディメンション・スラーーーーーッシュ!!」
力いっぱいの叫びと共に伝説の剣から放たれた閃光は、一直線に魔王に向かう。
危機を察した魔王は6本の腕すべてに魔力を込めて、防御の構えを見せた。
だが!
「グッ!? グォアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
閃光の到達と同時に、吹き飛ぶ6本の腕。
時空を分断し、通過した物体をすべて問答無用で両断する聖剣固有の奥義『ディメンション・スラッシュ』は、いくら強大な防御魔法を展開しようとも防ぐことはできない!
ちなみに奥義の名前を考えたのは僕自身です。カッコいいだろう?
笑った奴は、片っ端から試し切りの標的にしてきました。
飛び散る紫色の血液。
痛みに悶絶する魔王。
最大の脅威であった6本の腕が残らず吹き飛んだおかげで、額の……えぇと、なんとかいう石が丸見えだ!
僕は床を思いきり蹴り、身長10メートルはありそうな魔王の眼前に躍り出る。
「グオォォ……! 無駄ダ、勇者ヨ! 冥王ハ腕ナド無クトモ負ケヌ! タカガ1人ノ人間ノ力デハ闇ノ魔性石ハ砕ケンワアッ!」
「ならば、とっておきの切り札だ! こいつで割れない石は無いぞ、冥界絶対魔王ジャベロニデンバンダリアァァッ!!」
「ナ、ナニ……!?」
目を見開き、腹に力を籠める。
この魔王をブッ倒すために残しておいた、最後の技!
「最終秘儀! エナジーバーーーーーン!」
「コレハ……マ、マサカ……! ソンナ力ヲ放テバ、貴様ノ身体モ崩壊スルゾォォオッ!?」
急に焦りまくる魔王。
コイツは黙って戦えばもうちょっと手強そうだよなぁ。
まぁ……話し相手すらいなかった旅の終着点、こうしてベラベラとお話しながら終われるのはむしろ良かったかもしれない。
魔王、喋ってくれてありがとう。
久しぶりのお喋り、楽しいです。
「もとより、そのつもりでぇぇぇぇえっす! おりゃあああああああああっ!!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
全身を光に包まれた僕は、秘儀『エナジーバーン』の力を乗せた聖剣を魔王の額に突き刺す。
あ、この『エナジーバーン』っていうのは生命のエネルギーを燃やし尽くす的なヤツで……。
当然ながら、名前を考えたのは僕です。
名前で笑った奴にブチかましたいところだが、こいつを使うと身体が崩壊してしまうので、代わりに『ディメンション・スラッシュ』してやるから一歩前に出ろ。
紫色に光る額の石を砕かれた魔王は、全身から様々な色の光を放ちながら爆発四散した。
「あーもー……剣で切っただけなんだから、爆発なんかしなくったっていいのに……」
とんでもなく煙くなった、魔王謁見の間。
僕の身体からは、闘いが終わった今も金色の光を放ち続けている。
これは『エナジーバーン』の影響だ。
あと数分もしないうちに、僕の身体は光に蝕まれてボロボロと崩れていくだろう。
少しずつ晴れてゆく視界の中で、蠢く黒い物体。
僕は静かに、近付いて行った。
「グ……ブ、ブ…………ワ、我ノ完敗ダナ……勇者ヨ、見事……ダ……」
それは、今にも息絶えようとしている魔王の残骸だった。
巨大だった姿は見る影もなく、ボロボロの布に包まれた禍々しい目玉がひとつゴロリと転がっている。
きっとこれから、今際の時を迎える魔王のセリフが待っている。
第2形態とかは、できればやめて欲しい。
ダルいから。
「グ、グブブブ……勇者、ヨ……我ノ名ヲ余サズ唱エテクレタノハ、貴様ガ最初デ最後、ダッタ…………」
「……はぁっ? 『冥界絶対魔王ジャベロニデンバンダリア』のことか?」
「ソウダ……500年もの間……ワ、我ハ孤独ダッタノダ……。誰モ我ノ名前ヲ呼ンデスラクレナカッタ……。 ドイツモコイツモ、我ノ事ヲ『冥絶魔』トカ、『ジャベ様』トカ……『デンバ様』トカ呼ブンダ…………。一生懸命考エタ名前ダッタノニ、凄ク悔シクテ……! ソモソモ、『ジャベ様』ナラマダワカルケド『デンバ様』ッテ、オ前ドコデ区切ッ」
「えいっ」
僕はプルプル震えている魔王の目ン玉に聖剣をブッ刺した。
「アギョオオオオオオオオオオオ!? チョットオオオオ! マダ喋ッテル途中デショウガアアアアアアアア!?」
「長いんだよぉぉぉ! お前の名前も! 死に際の演出もおおおおっ!! 長いエンディング演出で許されるのは、小島○夫監督の作品だけだぁぁぁっ!!」
突き刺した聖剣をグリグリと動かす。
気持ち悪い液体が噴出するのを覚悟していたが、目玉は真っ黒い煙のようなものを噴き出しながら小さくなっていった。
「……ダ、レヨ…………ソレ……」
趣味の悪い絨毯のうえで、跡形もなく消えた魔王の目玉。
勝利のファンファーレが鳴ることもなく、オープニングのアレンジBGMが流れるようなアツい演出もなく、僕の異世界での使命は静かに幕を下ろしたのだ。
気付けば、身体の内側から発せられる光によって掌や足の皮膚が崩れ始めている。
痛みこそないものの、自分の身体が無くなっていく光景は決して気持ちのいいものじゃない。
まるで……そう。
この異世界に来る直前、転生したときのような気分だ。
「ついに魔王を倒しましたね、勇者様っ──────いえ、サトルさんっ!」
魔王が消え去り、僕以外の誰も居なくなったはずの部屋から、唐突に少女のような声が響いた。
まるで場違いなほどに明るいその声は、僕には忘れようにも忘れられないほどに聞き覚えがある。
そしてそれは、僕がずっと待ち望んでいた声だった。
「……よ、ようやく……ようやく現れたなぁぁっ、転生の女神さんよぉぉぉっ!」