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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
95/419

第5章:乖離(21)

 翌日。

「あれ? ラディじゃない。久し振り」

「わ、クレりゅん! 会いたかったぜ!」

 感動――――は然程ない、店員と常連客の再会。

 料理店【ボン・キュ・ボン】で行われる本日のミーティングは、そんな早朝の一風景が開始の合図となった。

「と言うか、クレりゅんって……ま、良いけど」

 自身の研究でお疲れモードのクレールが緩慢な動作で席に着き、全員集合。

 ラディの復帰によって、アウロスの研究チームは四人編成になったものの、今回はルインが諸事情により不参加。

 三人での会合と相成った。

「……で、ロスくん。その書類の束は何?」

「報告書とか許可書とか、その他諸々。ルインのが大半だけど」

 およそミーティングを始める態勢とは程遠く、アウロスは自分の肩を叩きながら、書類に目を通している。

 尤も、これはこれで重要な事。

 社会人である以上、仕事と約束はしっかりとこなさなければならない。

「んじゃ、今後の事について、ちょこちょこ話し合おう。と言っても、大半は【ノクトーン】に関してだけど」

 アウロスは敢えて固有名詞の方を使用した。

「以前、知り合いの紹介で関係者か何かと思しき人物に手紙を書いたんだが、見事なまでに無視されたみたいだ。よって、他を探す必要がある」

 英断――――と言う程の事ではないが、区切りをつけた格好だ。

 リジルがあの状況で嘘を吐くとも思えず、それなりの期間待ったものの、返事は一向に来ない。

 余り確信のない事に縛られるのも宜しくないと言う事で、さっさと諦める事にした。

 何かを損した訳でもないので、特に未練もない。

 その旨を聞いた情報屋が、不敵っぽく演出したつもりの笑みを漏らす。

「探すと来たら、当然私の役目よね」

「……大丈夫なのか?」

 昨夜の様子を思い出し、アウロスが不安げに問う。

 ラディは――――普段のままだった。

「まあ、一度逃げた身だから不安視されても仕方ないけどね。あの時はまだまだ子供だったのよ。生物兵器って言葉だけで、それを使うって言うあんたの顔がミスト教授くらい凶悪に見えたもの」

「あのな」

 不本意な例えに不満を唱えようとしたアウロスだったが、その口を一旦閉じる。

 引っ掛かったのは、その前の言葉。

「生物兵器って言葉だけで拒絶反応、か……」

「どったの?」

「いや。で、やってくれるんだな?」

「モチのロン。師の下で再修業して【奇跡の情報屋】から【永遠の情報屋】にレベルアップした私の仕事振りに腰抜かすんじゃないよ?」

 レベルアップと言うよりは、殉職の方がしっくり来る変化だった。

「……正直言うとね。私、今まで生物兵器からずっと逃げてたのよ。自分の身体を元に戻さなきゃって思いながらも、その方法を深くは検索できなかったんだー。現状とか、思い出とか、それを頭の中に浮かべるのが嫌だったから。まあ、逃げてばっかと言えばそれまでよね」

 バツの悪そうな顔で、側頭部を掻く。

 表面こそ、悩みなどとは無縁と言う生き方をしているラディだが、実は暗く重い人生を歩んでいた事が昨日判明したばかり。

 アウロスにはこれ以上、彼女を責める事は出来なかった。

「でもね。私は悟ったの。離れて初めて気付く事ってあるよね。今の私には……」

 ラディは口元に手を当て、恥ずかしがるようにアウロスから視線を背ける。

 そして、俯き気味に視線を落として、ポツリと呟いた。

「あんた以上の金ヅル、いないんだって」

「店員さん、水お代わり」

 暫くして、クレールがコップを持ってやって来た。

 所在なき眼を向けてくるラディを横目で不審そうに眺めつつ、アウロスの前に注文の品を置く。

「ところで……さっきから彼、全然動いてないんだけど。生きてるの?」

 その横には、昨日と同じ格好のままテーブルに突っ伏しているウォルトがいた。

 一言も発していないどころか、息をしているかどうかすらわからない。

 見事なまでに死んでいるが、一応生物学的に分類される人間ではあり続けているようだ。

「昨日飲み過ぎたみたいだ。責任感をフル稼働してここまで辿り着いたが、さすがにそれが限界だったらしい」

 アウロスの説明が終わると同時に、屍と化していたウォルトに反応が見られた。

 短い生涯を生き抜いた末に終の棲家を見つけた飛蝗のように、緩やかな速度で頭を少し上げ、口をパクパクと動かしている。

「ん? どうした?」

「脳髄が……金属化して……鉄の爪で……引っ掻かれて……いるよう……な」

 単なる状況報告だった。

「真面目ねえ」

「彼の魅力と見なしてやってくれ」

 クレールに対し、アウロスはそこはかとなく、さりげなく、奥ゆかしく、ウォルトのアピールなどをしてみたが――――反応は今一つだった。

 無念さを噛み締めつつ、天を仰ぐ。

「あー、何かこの緩い感じ、凄く久し振り。帰って来たーって実感するよねー」

 無視を完遂され、沈没していたラディが首を左右に振りながら前線復帰。

 相変わらず、回復力は飛び抜けて高い。 

「話戻すけど、情報収集はこれだけで良いの?」

「そうだな……後は、魔具の市場についてある程度のデータが欲しい。本当は、他にも幾つか調べて欲しい事はあるんだけど、謝礼や何やらで今金欠なんだ。後回しで良いや」

 実験を手伝ってくれたマスターや学生達に対し、一応の気持ちを伝えた結果、アウロスの財布はカスカスになっていた。

「え? 上司が教授になったから給料大幅アップとか、そう言うのないの?」

「本人の役職が変わらない事には、中々ねえ。契約にもよるだろうけど……で、どうなの?」

 女性二名の目の輝きが増した。

 特に陽光の輝きが増した訳ではないのだが。

「余裕の据え置き」

「……そりゃ、大して期待はしてなかったけどね」

 ラディは絶望した。

「さ、そろそろ御仕事の時間よ。ええと、ウォルト君ー?、行ける?」

「だ、大丈夫です……行けます……この程度の事で挫ける僕では……」

 ウォルトは最終決戦を前にした満身創痍の脇役のような決死の表情で立ち上がった。

 その様子を半眼で眺めつつ、アウロスも席を立つ。

「じゃ、頼んだ」

「あいよっ!」

 九ヶ月振りのラディの返事は、記憶のものより高らかだった。

 涼しい風が優しく三人の髪の毛を撫で、刹那の草原を感じさせる。

 柔らかな無色の光が瑞々しい空気を彩る中、アウロス達は大学までの道を歩く。

 そんな中、幾度となくすれ違う一般の人達は、クレールの姿を見るとほぼ例外なく優しくなった。

「行ってらっしゃい、クレールちゃん」

「はーい」

 一般人から煙たがられる事の多い魔術士だが、彼女はその類ではないらしい。

「……どの顔で呪われた女なんて言ってたんだか」

 嘆息交じりのアウロスの言葉に、クレールが力なく笑う。

 それは自嘲や苦渋と言った感情は含まれておらず、素直な反応だった。

「にしても、何となく妙な感じよね。皆で歩くのって」

 アウロスが徹夜続きだった事もあり、複数人で通勤と言う事は、これまで滅多になかった。

 特にアウロスは、移動時間を思考に使いたがる為、他人と一緒に――――と言う行為を積極的に忌避していた。

 それは適度に距離を置くと言う意味でも都合が良く、処世術でもあった。

「まあ、たまには良いか」

 それでも、今はそう言える。

 これまで作り上げて来たアウロス=エルガーデンの言葉ではなく、彼自身の本音で。

「……と言うか、本当に大丈夫なの?」

 クレールが振り向くと、棒を杖代わりにした瀕死の登山者のようなウォルトは一瞬だけ微笑みっぽい表情を見せた。

 が、直ぐにこの世の終わりのような顔に戻る。

「ま、負けるものか……僕はもう二度と……屈しないと……誓ったん……だぅん」

 倒れた。

「……何に?」

「俺は何となくわかるが、その答えが果たしてこの場面に相応しいか、と言う点では少々疑問を感じる」

「ま、どうでも良いか。もう、全然大丈夫じゃないじゃない。ホラ立って」

 ウォルトと接する時、クレールには感情の起伏が欠片も見られない。

 好意どころか、興味の範囲外らしい。

 クレールにとって、今はミスト以外の男性は単なる脇役に過ぎないようだ。

「望み薄と言うか……無理だな」

 アウロスは立ち止りつつ、相棒の不遇を嘆いた。

 そして、その後は和気藹々と登校し――――大学の前まで来たところで、普段とは違う光景に気が付く。

 門の前に人集りが出来ている。

 これ自体もそれなりに珍しい事だったが、更に一つ積み重ねられる要素として、皆一様に顔をしかめていると言う奇妙な一致が見られる。

「……何だ?」

 怪訝な目でその中に入り、特に人が集中している門の右側を注視すると――――そこには、やたら丁寧で小さな文字を連ねた紙が貼ってあった。


【本日より、本館及び実験棟を含む敷地内全ての施設を無期限の完全閉鎖とする】


「な……」

 閉鎖――――それはつまり、大学の機能を停止させる、と言う事だ。

 余りに唐突なその決定に、アウロスは周りの人間同様、呆然とその場に立ち尽くした。

「どうしたの? この人集り……えっ!? 閉鎖!? かっ、完全!?」 

 張り紙を見たクレールは早速錯乱していた。

「ど、どう言う事なの? これ、大学が潰れたって事? こんなとある日に私達全員失職!?」

「落ち着け。事情を知ってそうな奴は……あ、いた」

「レヴィ! これどう言う事?」

 レヴィを発見したクレールが、詰め寄るように問い掛ける。

 幾分落ち着いた表情は、既にある程度の事を知っている証だ。

「見ての通り、無期限の大学閉鎖だ」

「理由を聞いてるの!」

「学生及び職員の欠席数が一定基準を超えた。伝染病の疑いがあると言う事だ」

「……え? それなら、大学が潰れた訳じゃないんだ」

 大学勤めの二人が、心の底から安堵する。

 その後ろで、ようやく辿り着いたウォルトが無念そうな顔で棒に寄り掛かっていた。

「くそっ……こんな大事な時に満足に驚く事さえ出来ないなんて……なんて情けないんだ」

 焦点が鮮やかなまでにズレていた。

「ねえ。彼って……天然?」

「普段は過ぎるくらいまともな人間なんだけどな。アルコールとは相性悪いのか」

 必要以上に落ち込むウォルトを眺めつつ、溜息一つ。

 中々に清々しかった朝は、気付けば憂鬱色で埋め尽くされていた。

「建物は既に閉鎖されている。今後に関しては、ミスト教授の指示を仰がなければならない。お前達は他の人間を探して、一箇所に集まっておいてくれ」

 そう言い残し、レヴィは門の中に入って行く。

 ここにいない人間は、ミストを除くと――――ルインと新入り二名。

 最悪の取り合わせだった。

「絶対逃げるだろうな……どうしたものか」

「え? 何で?」

 クレールは昨日の記憶がないのか、惚けた様子もなく不思議がっている。

 それを半眼でチラ見しつつ、アウロスはもう一度溜息を吐いた。

 良い事は重なる。

 悪い事も重なる。

 そして――――それは、大抵の場合、交互にやって来る。

 予兆は、既に訪れていた。

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