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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
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第5章:乖離(5)

 二度目の【パロップ】訪問は、祝福なき空の下でのものとなった。

 一大イベントであったレアメタル展示会が終わった後でも、街の活気は然程変わらない。

 クワトロ通りは相変わらず賑やかで、果物を売る露店の声が響く度に歓声が上がり、けたたましい金属音と共に焼きたてのパンの香りが鼻腔をくすぐった。

 空の色が違うくらいで、街は変わらない――――そう訴えているかのように。

「賑やかな街だね」

 苦笑しながら、アウロスの隣を歩くウォルトが呟く。

 魔具の専門家が必要と言う事で、彼も同行を許されていた。

「活気があるのは良いけど、余り僕の好みではないかな。【ネブル】の方が落ち着いてて過ごし易そうだからね。アウロス君はどう思う?」

「……え?」

 虚空を眺めていたアウロスの視線が真横に向く。

「あ、悪い。少しボーっとしてた」

「いや、仕方ないよ。知り合いの方が亡くなったんだから」

 ウォルトの言葉は必ずしも的を射たものではなかったが、アウロスの口からそれを指摘する声は出なかった。

「その人とは親しかったんだね」

「んー……どうだろう。顔を合わせてたのは一週間くらいだから」

「時間は関係ないよ、そう言うのは」

 静かに、ただ静かに。

 二人は街の中を、ただ歩き続けた。

 そして、30分後――――見覚えのある街並みを抜け、郊外にある目的地に着く。

「あ、ここだね。魔術士ギルド【グリムオーレ】」

 立て札の表記を読みつつ、ウォルトはその後ろにそびえる城に視線を送った。

 珍しい建築物。

 しかし、直ぐにその視線をアウロスに移し、温和に口元を緩める。

「それじゃ、僕は一通り街を回ってくるから。さっき見たクワトロホテルの前で落ち合おうか」

「一緒に行かないのか?」

「面識のない僕が追悼の意を表しても失礼なだけだからね」

 それは本人に対してか、或いは周りの人間に対してか――――その両方と判断したアウロスは、静かに頷いていた。

「じゃ、後で」

 ウォルトと別れ、中へ入る。

 ギルドの中は殆ど以前と変わりなかったが、新たに壁に掛かった『殺戮万来』と言う文字が殺伐とした空気を濃くしていた。

 その直ぐ下に、受付係の長髪女がいる。

「お前、覚えてる。生意気な、子供」

「生意気で悪かったな。ここ通っても良いか?」

「弔いか?」 

 さりげない一声。

 それが、アウロスの胸の中に一つ、重しとして加わった。

「……ああ」

「なら、入れ。そっち、階段、ある」

「覚えてるよ。ありがとう」

 相変わらずのカタコト言葉に礼を言い、階段を上る。

 記憶の通りに三階の奥の扉へ向かい、ノックして中へ入る。

 そこには――――長髪四天王が全員いた。

「お前……来てくれたのか」

 アウロスの顔を見るなり、その中の一人が席を立って近付いて来る。

 それで何となくピンと来た。

「カンビア、だったか」

「良くわかったな。その肩はどうしたんだ?」

「ああ……ちょっとな。大した事じゃない」

 相変わらず髪の毛で顔が隠れているので外見では全く区別がつかないが、最も話をした人間とそうでない人間の反応の差は明白。

 その挙動だけでも十分見分けが付く。

「生憎ここに隊長の身体はない。だが魂はここにある筈だ。その魂を弔ってくれるか」

「……わかった」

 部屋の隅に、前の時にはなかった机が置いてある。

 そしてそこに、グレスの遺影代わりに沢山の剣が並べられていた。

 この場なりの供物、と言う事なのだろう。

 アウロスはその前に立ち、そっと瞑目した。

 供える物はない。

 ただ、祈るのみ。

「……」

 1分程して、目を開けた。

 何も変わらない。

 変わる筈もなかったが。

「グレス隊はどうなる?」

 変わるとしたら、それは周りの人間。

 アウロスはそれを確認する為にそう聞いた。

「……解散だ。隊長がいなくなればそうなるしかない」

「そうか。お前らはどうするんだ?」

「このギルドの、別の隊に入れて貰う」

 即答として発せられたのは、カンビアの少し大きめの声だった。

「そして、いずれ自分の隊を持って、そこの名誉隊長にグレス隊長を据える」

 名誉隊長――――この魔術士ギルドに、そのような名称の役職はない。

 しかし、ないと言うのは、既存のものではない、というだけの話。

 つまり、作ると言う事だ。

「隊長は、貧弱で頼りない俺らが使えるようになるまで、ずっと、ずっと待ってくれた。本当ならもう待たせる事など出来ないのだが……今の俺では隊長の代わりは勤まらない。だから、少しずつでも近付いて……いつか、胸を張って報告したい」

 カンビアが切々と語る。

 その言葉は一つ一つが決意表明であり、餞だった。

「それが俺のすべき事だ」

 淀みなく、そして力強く。

 そこに以前の頼りなさはない――――アウロスはそう感じ、眼前の遺影に思わず微笑を向けた。

(強くなってるよ、あんたの部下。大した指導力だったんじゃないか?)

 そしてそれを、内なる声で報告する。

 それが聞こえた訳もないのだろうが――――その途端、背後からしゃくり上げるような声が聞こえて来た。

 やはり、そう簡単ではないと言う事だ。

「泣くな、副隊長……っ!」

「そうだ! 俺らが付いてるんだから……よ……」

「泣いたら天国の隊長に……笑われ……うう……」

 それでも、少しずつ近付ければ良い。

 肩を震わせてむせび泣くグレスの忘れ形見達を暫し眺め、アウロスはその場を後にした。

 そして、二階への階段を降りた直後。

「お前は……あの時のガキか」

 見知った顔に出くわした。

 フランブル。

 そんな名前だったかと脳の片隅に殴り書きされた記憶を確認しつつ、小さく会釈し、その横を素通りして――――

「待て」

 そこで、止められた。

「少し話をしないか? 酒でも出すぞ」

 それは、意外な申し出だった。

 若干の接点はあったものの、このような状況で話をする程親しい筈もない。

 アウロスは怪訝な顔を隠さず、好戦的だったその男に懐疑的なままの視線を向けた。

「生憎アルコールは苦手なんだ」

「なら、水だ」

 そう吐き捨て、了承も得ずに歩を進める。

 背中が付いて来いと語っていた。

 無視しても良かったのだが、話を聞く事にし、後を追う。

 通常のアウロスであれば、このような行動を取る事はなかっただろう。

「グレスの弔いに来たんだろう?」

 フランブル隊の部屋は――――酒瓶だらけだった。

「ああ。もう済んだ」

 アウロスは扉の直ぐ傍で壁に寄り掛かり、改めてフランブルの顔を確認する。

 以前はなかった目の下のクマと荒れた肌が、この部屋の惨状の理由を物語っているようだった。

「あいつの部下、少しだけマシなツラになってたろ。俺の所で引き取る事にした」

 その言葉にアウロスの目が若干見開く。

「意外か?」

「どうだろな。どっちとも取れる感じだ」

「フッ……」

 どこか自虐的に、フランブルが笑みを浮かべる。

「あいつが……グレスが何故死んだか知っているか」

「いや」

「なら教えよう。お前が総大司教を守った一件の後、あいつは総大司教の子供の護衛を命じられた。引き抜き、だな」

 アウロスの表情を確認しつつ、フランブルは続ける。

「ギルドの一隊長としては異例の大出世さ。若干後ろ髪を引かれたようだが、最終的には胸を張って出て行った」

 そして一呼吸置き。

「そこで、命を落とした」

 淡々とそう告げた。

「言ってみれば、お前の功績が奴を死に向かわせた事になる。責任を感じるか?」

「まさか」

 アウロスは、顔色一つ変えずにそう答えた。

 その反応にフランブルの笑みが消える。

 どこか不満げに。

「正解だ。選んだのはあいつだからな。それに、御偉方の護衛なんて毎日が死線を彷徨う職業だ。お前に責任などある筈もない」

 そして、どこか悲しげに、アウロスの目をじっと見つめた。

 それはまるで、恨めしいと言う目付きだった。

「だが、お前があいつの人生に大きな影響を与えたのは確かだ。それだけは忘れてくれるな」

 どう言った意図で、何が目的でフランブルがそんな事を告げたのか――――アウロスはわからない。

 それを補う気があったと言う事でもないのだろうが、周りの荒れた風景を眺めつつ、フランブルがポツリと漏らす。

「……グレスがいなくなったのが、悔しかったのさ。あいつを屈服させる事が叶わない事がな。おかしいか?」

 それは、嫉妬だった。

 好敵手が自分より先に昇って行った事。

 そして、決してもう届かない事。

 行き場のない感情が、微細な呪いの言葉を唱えさせたのだろう。

「いや。気持ちはわからないが、理解は出来る」

「そうか」

 アウロスがその全てを受け止めたのか、それとも受け流したのか――――フランブルは確認するでもなく、静かに視線を落とした。

 そして、小さく肩を竦める。

「悪かったな、ゴロツキの愚痴に付き合わせて。もう良いぞ」

 解放の合図に、アウロスの身体の向きが変わる。

 そして、その左手が扉に掛かった所で、顔だけを後ろに向けた。

「弔い方は、人それぞれだ。泣いたり、怒ったり、他人に愚痴ったり……どれが正しいかなんてないし、どれが尊い訳でもない」

 そして、上の階の四人を思い浮かべつつ。

「あんたは、良い弔い方をしたんじゃないか」

「ケッ……生意気なガキだ」

 照れている訳でもないだろうが、フランブルの口調がラフになった。

 ギルドと言う場所にいる人間としては、こちらが素の可能性が高い。

「最後に輝けたあいつは、俺よりずっと大きな存在になっちまったよ。畜生が……」

 口惜しがるその声もまた、弔いの言葉。

 全てが、グレスと言う人間を惜しむものだった。



 クワトロホテルの前で待つ事10分。

 再びウォルトと合流した。

「や、早かったんだね」

「仕事が残ってるからな」

「そう。それじゃ行こうか」

 次の目的地である、以前出向いた錬金術師の家に向かう事にした。

 今回はミストの計らいで交通費が支給されているので、街中以外の移動は馬車で行う。

 二人は大型の辻馬車に乗り込み、揺れる景色をそれぞれの心境で眺めていた。

「……人の死は恐ろしいな」

 ポツリと、アウロスが呟く。

「人が一人死ぬ事で、何人もの人間が影響を受ける。近しい人も、そうでない人でも」

「君は、どっちだったの?」

「それ程思い入れがあった訳じゃない。一度だけ、一つの物事を一緒に取り組んだってだけだ」

 その言葉にはどこか否定を望む響きがあると、言いながらアウロスは自覚した。

「でも、その一回だけで理解し合える事もあるんじゃないかな」

「さあな」

 望み通りの指摘を受けたが、そこに喜の感情は生まれない。

 不毛な会話だと思いつつも、言葉が漏れてしまう。

「これ以上、人の死を背負うのは無理だしな」

「え?」

「いや、何でもない。それじゃ俺、ちょっと寝るな」

 明らかな徒言に心中で舌打ちしつつ、アウロスは目を閉じた。

 少しずつ、しかし確実に、変わり始めている。

(乖離が進行している……)

 アウロスの心の中に、不安が過ぎった。

 漠然とした、それでいて確かな不安。

 そして苛立ち。

 人間の精神が最も乱れるのは、自分の思い通りに物事が運ばない時。

 アウロスの研究は確実に良い方向に進んでいる。

 なのに、アウロスは心を掻き乱されていた。

 それは、矛盾だった。

 自己矛盾の発生は、アウロスにとって忌避すべき問題だった。

 まだ消える訳には行かなかった。

 統合する気もなかった。

 久し振りに、意識を閉じるのが怖いと思った。



 ――――結局、アウロスは眠る事なく馬車が止まるのを待った。

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