第5章:乖離(3)
翌日の総合カンファレンスで、アウロスはこれまでの研究成果について発表した。
本日は参加していないリジルから借りた資料によると、魔崩剣のような金属との融合技術は、生物兵器の中でも特に『擬似的な生体反応』を持たない種類のみが可能と言う事だった。
と言っても、魔崩剣に使われている【バイラス】をはじめ、その種類は豊富。
その中に『ルーン配列情報の記憶』が可能なものは幾つかあったが、アウロスはその中の一つの生物兵器について着目した。
それは【ノクトーン】と呼ばれる生物兵器だ。
ドラゴンゾンビと同じく、生物合成により造られたものだが、ドラゴンゾンビのような擬似的な生体反応はない。
外見は大きな鳥の羽根のような形で、溶かして液体化してもその性質は変わらないとされている。
元々生物兵器は魔術に対抗する為の技術なので、魔術に悪影響を及ぼす類の効能が大半を占める。
その中で、魔術から身を守る為の生物兵器として使用されたのがこの【ノクトーン】で、出力された魔術を浴びせると、内部でその魔術に対する抗体を作り出し、それを身に付けていると、その魔術に対する抵抗力が大幅に上がる――――と言う技術とされている。
ただ、重要なのはここから。
抵抗力を生み出す際、この生物兵器は浴びた魔術の情報を記憶してから、その抗体を作り出すと言う。
それに、利用価値がある。
魔術情報の記憶が可能と言う事は、【ノクトーン】にはルーン配列情報が保存出来る、と言う事。
それならば、この生物兵器を金属と融合させる事が出来れば、その融合体である金属にルーン配列情報を記憶させる事が出来るかもしれない――――と言うのがアウロスの見識だった。
「生物兵器だと……?」
アウロスの報告が終わると、案の定レヴィが真っ先に口を開いた。
数々の研究員の指摘通り、魔術の研究に生物兵器は御法度だ。
論外と言っても良い。
とりわけ常識的な行動に固執するレヴィが受け入れるとはアウロスも全く思っていなかったので、非難の声は当然のように予想していた。
それは周りも同じようで、全員が適当に話を聞き流す体制を整える。
「調達ルートは確立しているのか?」
しかし、飛んで来たのは罵声ではなく興味の印。
「……へ?」
アウロスが珍しく驚きを顔に出す。
それくらい、衝撃的な反応だった。
「予算はどの程度で収まる? 技術についてもまだ説明が不明瞭な点が多いが、プランはしっかりしているのか?」
それも、間断ない連続攻撃だった。
「あ、いや……これから説明する」
想定外の出来事と言うのは、冷静な判断力を失わせる。
それを害と知りつつも、アウロスは動揺を浮かべずにはいられず、狼狽しながら現時点での詳細について説明を始めた。
問題となるのは、やはり融合は可能かどうかと言う点だが、それに関しては試さなければわからないと言うのが実状。
そもそも、研究とは可か不可かを確認する為のものであり、それが実験の差し止めとなる事由とはならない。
ただ、それでもこれまでのレヴィなら平気でクレームを付けてきそうなものだった。
しかし、話題はその実験を行う上での消費コストや必要な時間、或いは効率と言った、具体的な点に終始した。
質疑応答は30分にも及び、カンファレンスの大半がアウロスの報告に費やされる事となった。
それは、これまでの同協議会において決してあり得ない光景だった。
「お疲れ様」
カンファレンス終了後、ぐったりと机に突っ伏すアウロスにクレールが労いの言葉を振り掛ける。
それもまた珍しい光景ではあった。
「正直、ここに来て以来一番疲れた気がする」
そんな奇妙な時間の連続に精神を揺さぶられ、アウロスは声を枯らす。
何度となく研究室で朝を迎えた経験はあれど、そこには最低限の充実感や開放感が生まれるものだ。
しかし、このたかが30分で、毒素ばかりが身体に溜まったような感覚に襲われていた。
「にしても、あのレヴィがこんなに他人の研究に興味を示すなんて初めて見た。ま、気持ちはわかるけど」
そんな年下の少年に苦笑しつつ、クレールが一つ息を吐く。
既にそのレヴィはこの空間にはいない。
早々に退室し、主なき机は整然とした面持ちを崩さず、ただそこにあった。
「あの『一攫千金論文』を良くここまで進められるものよね。もし間違って完成でもしたら、どれくらいお金入ってくるの?」
「さあ」
仮に――――オートルーリングが魔術士全体に普及した場合、その経済効果は天文学的数字にまで伸びて行く事になる。
オートルーリングは既存の魔具では使用出来ないので、使用するにはオートルーリング仕様の魔具に買い替えなければならないからだ。
単純にオートルーリングの技術のみならず、魔具も特許は取れる為、独占的な販売展開による特許料収入は計り知れない。
それがこの研究を『一攫千金論文』と言わしめる由縁だ。
「さあって……そう言うの計算した事ないの?」
「……フッ」
クレールの何気ない疑問を鼻で笑う人物が一人――――この場にいるもう一人の女性、ルインだ。
「何? 言いたい事があるなら言えば良いじゃない」
「別に」
噛み合わない。
同じ研究室にいながら、まるで違う種類の呼吸をしているかのような隔たりがそこにはある。
「……いっつもそう。そうやって人を蔑んだ目で……」
「私にはそう言うつもりは微塵もないけれど? 勝手な劣等感を押し付けないで頂戴」
「なっ……!」
激昂したクレールが、アウロスの袖を強く握る。
「アウロスくん、行こ。もう付き合ってられない」
そして、そのまま引きずる様に荒々しく研究室を出て行く――――
「待ちなさい」
いつもなら、ここで終わる筈の衝突。
しかしルインはそれを制した。
「彼はこれから用事があるの。勝手に連れて行かないで頂戴」
「……は?」
驚愕の表情を浮かべたのは、全く身に覚えのない事を言われたアウロスだった。
「用事、あるの?」
「……」
何となく耳を拭う仕草をしつつ、どうしたものかと脳を搾る。
しかし疲労困憊に加え、流れ弾を浴びた事で混乱中らしく、余り働いてはくれなかった。
「困ってるじゃない。適当な事言って……私に嫌がらせしたいなら私に直接やりなさいよ。こんな子供を巻き込んで」
大して歳は違わないと言うのに、クレールは『子供』を強調した。
「子供? 彼は私と変わらない年齢よ。なら私も子供なのかしら?」
「はっ、何言ってるんだか。そんな詰まらない嘘吐いて何になるのよ。それともこの子の年齢を知らないの? 17よ?」
「ええ。貴女より余程詳しく知っているから」
「……え?」
クレールの顔が凍る。
どうやらルインの年齢を知らなかったらしい。
それも仕方のない話で、彼女のプロフィールは公にされておらず、自己紹介でも年齢は申告していなかったのだ。
「まあ、気持ちは凄いわかるけど」
外見と実年齢のギャップによる狼狽を二度程経験しているアウロスが頷きつつ同情を口にすると、ルインはそれを半眼で非難した。
「兎に角、彼は用事があるから置いて行きなさい」
「……本当にあるの?」
アウロスは答えない。
「ほら、ないって目で訴えてるじゃない」
「あるのよ。そうでしょう?」
アウロスは答えない。
「目で肯定しているでしょう」
「どこがよ!」
この二人のケンカは日常茶飯事なのだが、口論が成立するまでに発展する事はこれまで一度もなかった。
殆どの場合、視線すら合わさずそっぽ向いて、それで終わり――――と言う状態だったからだ。
つまり、この状況は極めて稀有と言える。
だからと言ってありがたい訳でもないので、アウロスは喚く二人を余所に、こっそり研究室を後にした。
(何か……まずいな。折角ここまで良い感じの距離感でやって来れたのに)
最近、アウロスの周りの環境が徐々に変化を見せていた。
盗作騒動の一件以降、クレールが話し掛けてくる機会が増えた。
妹の危機を救ったとして、姉のピッツも同様だ。
感謝の印である豪華料理は丁重に断っているものの、料理店【ボン・キュ・ボン】はアウロスを一層温かく迎えてくれるようになった。
ルインに関しても、教会侵入以降は更に変わった。
話し掛けてくる機会こそ少ないが、視線を感じる機会が増えたのだ。
それが何を意味するのかは本人にしかわからないが、今までとは明らかに距離感が違う。
それは、アウロス自身も彼女に対して感じている事だった。
そして――――今日に至っては、レヴィの態度にも変化が見えた。
これまでの状況からは到底考えられない事態だ。
更に、ミストが教授になった事で、研究室の雰囲気も変わっている。
昼間は見学や質問に訪れる学生がこれまで以上に増え、賑やかになった。
そして――――
「うわっ!」
まるで幽霊のような人影がいつの間にか眼前に広がり、アウロスは思わずのけぞる。
「……」
視覚が伝達するのは――――違和感。
その顔はアウロスにとって見慣れている筈だったが、まるで別人のように覇気がなかった。
「な、何だラディ。また情報収集か?」
「……」
答えない。
視線も合わさない。
これまでのラディからは考えられないくらい、暗い。
そして、これも変化の一つだった。
アウロスはやり難さを感じつつ、言葉を捻る。
「えっと……そう言や、クレールの喉潰しの件、上手くやってくれてどうもな。お陰でやり易かった」
沈黙は続く。
「どうした? 様子が変だけど」
「これを」
アウロスの問いは無視し、一方的に何かを手渡して来る。
それは丁寧に折り曲げた紙だった。
「じゃ、そう言う事で」
左手でそれを広げると、そこにはとても丁寧な字で『契約解除届』と書かれていた。
「……は?」
余りにも唐突。
そして意味不明。
アウロスの脳は一瞬にして混沌に支配される。
「ちょっ、待て!」
しかし直ぐに自我を取り戻し、離れて行くラディを追う。
その余りに力のない歩みに――――寒気すら覚えて。
「どう言う事だ? 説明がなきゃ契約違反も良いところだろ」
「じゃ、違約金を払えば良いのね」
感情のない声でそう告げると、手に持っていた鞄から封筒を取り出し、それをアウロスに差し出した。
しかしアウロスはそれを見もせず、ラディに詰め寄る。
「……何があった? どう考えてもおかしいだろ。こんな時期にいきなり……」
「これ以上、貴方の仕事を手伝う事は、出来ない」
その声には感情があった。
それはたった一つ。
――――拒絶。
「ごめんなさい」
やはり意図がわからない謝罪の言葉を投げ、ラディは背を向けた。
その様子が余りにも不思議で、アウロスはそれ以上何も言う事が出来なかった。
こうして――――アウロスは、半年以上の付き合いとなる情報網を失う事となった。




