第4章:偉大なる詐術者(25)
「話が違うじゃないかっ!」
会議室に響き渡る怒号が早朝の新鮮な空気を切り裂く中、アウロスとクレールは特に気にする素振りも見せず、所定の位置に腰掛けた。
この実験棟二階の会議室は多目的用に作られた部屋で、重要な会議に使用される事もあれば、今回のように小規模な話し合いに使われる事も少なくない。
広さは当然、前者に合わせて作られているので、記録員二名を含め六人しかいない現状においては、白々しい程に空席が目立つ。
観客の少ない劇場や闘技場で緊張感が欠落し質が落ちるのと同じように、人の少ない場所で行う評議は内容が薄くなる傾向が見られる。
よって今回の会議も、普通ならクレールの弁明を聞いて、それをヒーピャ親子が軽く流し、せいぜい10分程度で終了――――そんな流れが用意されていると誰もが思うところだ。
実際、記録員の二名は双方とも若く、重要性の高い会議に顔を出す事は決してないような人材だった。
つまりは、当初の予定と違う人間が代理として現れても、許されてしまうような環境が出来上がっていると言う事。
「こんなの認められるか! どうしてもと言うからこんな早朝から真面目に出て来てやったのに、勝手に参加者変更だと!? 冗談ではない!」
それを理解していないのか、以前小馬鹿にされた事への苛立ちか、ガルシドは空気も読まずに捲くし立てる。
それはアウロスにとって計算内の事だったが、余り時間を掛けたくはないとも思っていた。
「止めろ」
突然の、落ち着き払った介入。
若年の集いの中、年齢も権力も飛び抜けた存在であるライコネンの一声だ。
息子で部下のガルシドは不満げな顔を露骨に残しつつも、口を閉じる。
ミストの直属的な上司ではないが、同じ前衛術科の教授と言う事もあり、アウロスやクレールにもライコネンと接する機会はあった。
共に感じたのは、気難しく皮肉屋と言う大学内のパブリックイメージそのままの人間性と、常に余裕がある事を内外にアピールする性質。
息子にも受け継がれているその要素は、アウロスの期待通りに事を進めてくれた。
「事前にミスト助教授から話は聞いている。所用で遅れるので代わりに別の者を寄こす、とな。それが君だな?」
「はい。この度は真に申し訳ありません。こちらから打診しておいてこのような事態になった事、深くお詫びします」
クレール共々起立し、深々とお辞儀する。
無論、心中では舌を出しながら。
「構わんよ。それ程大事な会合ではない、と言う事なのだろう。それはこちらとて同じ事だ」
早速出て来た嫌味にクレールの視線が上へ動く。
アウロスはそれを咳払いで制し、頭の位置を戻した。
根っこの部分はやはり良く似ている。
だが、知性や迫力は息子とは比較にもならない程に大きい。
そもそも、権力の差は歴然なのだから、本来ならアウロス達をわざわざ牽制する理由はない。
では何故その行為に及んだのか。
無論、ただの性格によるもの、ではない。
彼が牽制したのは――――記録員に対してだ。
この場を仕切るのはあくまでも査問委員会であって、彼らの承諾なしに話し合いを切り上げる事は出来ない。
逆に言えば、彼らが『こいつ等やる気ねーな』と思えば直ぐに打ち切られる。
ライコネンの先制攻撃には、そう言う意味があった。
「御温情痛み入ります。それでは早速始めましょう」
アウロスは反論する事なく、温和に、飄々と微笑みを見せた。
その様子に、ライコネンの口元が僅かに動く。
教授と言う、他人を管轄する地位で培った彼の察知能力が何かを感じ取ったのか――――依然として納得し切れない息子の方を一瞥し、声にならない声で襟を正させた。
「では、そちらの弁明を聞くとしようか」
「はい。では……」
用意した書類を手に取り、クレールが立ち上がる。
その向かいに座るガルシドが一瞬睨んだものの、怯む事なく主張を始めた。
「私クレール=レドワンスが掛けられている疑惑についてですが……」
クレールが弁明しようと口を開く中、アウロスはライコネンの表情をじっと眺めていた。
ライコネン=ヒーピャ――――第一前衛術科教授。
52歳。
大学内の彼に対する評価はハッキリと二分され、彼の業績を重視する者は『気難しいが優れた研究者』と、その人格に目を向ける者は『実績はあるが嫌味な教授』と見做している。
加えて、自分の右腕に決して優秀とは言い難い実の息子を据えている点にも賛否が分かれており、必ずしも尊敬の眼差しを向けられている訳ではない。
「……」
視線を落としていたライコネンが顔を上げ、斜め前のアウロスと目を合わせた。
アウロスの視線に気付いたと言うよりは、彼自身がアウロスに興味を持ったようで、値踏みをするような目つきで表情を解読している――――そんな意図が見て取れる。
(と言っても、見ているのは俺じゃなくその後ろにいるミスト……ってところか)
アウロスは予め、ライコネンの性格についてラディを使って調査していた。
それによると、彼には皮肉屋で攻撃的な部分と、身内に対して甘い部分とが同居しているらしい。
そう言う人間は大抵、自分の理想通りの状況でなければ精神的なストレスが過剰に溜まるタイプだ。
そんな人間が最も忌避すべきは――――自分の地位を奪われる事。
つまりはミストの存在だ。
彼はミストの頭の中を知りたくて仕方がないのだ――――とは、ラディの弁。
(実際その通りみたいだな)
心中で苦笑しつつ、アウロスは隣で熱弁するクレールの声に耳を傾けた。
――――12日前、ミスト助教授室。
「弁明の機会を設けろ……だと?」
「ええ。それも出来る限り早く」
右腕を固定したアウロスがにべもなくそう告げると、ミストは薄い眉毛を指でなぞりつつ嘆息した。
「何処で骨を折っているのかと思えば、実際どこぞで骨を折っていた人間が何をいきなり」
「そう言う中高年が好んで使用する御戯れは止めた方が良いですよ。ただでさえ……いえ、何でもないです」
珈琲の湯気が微かに揺れる。
「査問委員会に掛けられた人間には、弁明する場がちゃんと与えられる。わざわざこちらで設けなくてもな」
「体裁を整える為の中身のない質疑応答じゃなく、当事者同士での話し合いの場が必要なんです」
アウロスの言葉を、ミストはゆっくりと咀嚼した。
理解するまでに時間はかからない。
既にそれは共通認識だった。
「……相手の口から疑惑を晴らす為の証拠を得る、か」
「センセの権力でどうにかして下さい」
「簡単に言うな。相手がライコネン教授の息子である以上、ライコネン教授を相手にするのも当然なんだぞ?」
「だから頼んでるんですよ」
アウロスの言葉には含みがあった。
それに気が付かないミストではなく、その意図を悟り表情を緩める。
弛緩したところで、恐怖の対象である事に変わりはないが。
「この状況が偶然か必然か……そんな事には興味はありません。俺はクレールの疑惑を晴らすだけです」
必然――――その言葉にミストの感情が動くのを期待したアウロスだったが、表情は変わらない。
仕方なく次の言葉を待つ事にした。
「単なる読みか?」
「多少、見聞も込みです」
「ほう……」
ミストの声がやや音量を落とす。
「そう言えば、この件に付いて一枚噛ませたのは私だったか」
言葉を閉じ珈琲を一口すすると、おもむろに席を立ち、アウロスに背中を向け後ろで手を組む。
偉い人間が好む姿勢だ。
「良いだろう。ライコネン教授にこちらからお願いしてみる。お前の作った手柄を盾に、な」
「礼を言うべきかどうか迷う所ですね」
「必要はないだろう」
苦笑気味の言葉が薄暗い空間を低く舞った。
「ライコネン教授は私をかなり警戒している。私の思惑を把握したくて仕方がない筈だ。上手く利用してみろ」
「わかりました。そのカードも足しておきます」
「ほう。それなりにカードは集めている、と言う事か」
その声には、素直な感心が含まれていた。
思わず苦笑が生まれる。
その空気の弛緩は、アウロスにとっては不本意だった。
「切り札はないですけどね。ま、どうにかします」
それを戒めるべく、締めの言葉と共にアウロスは踵を返す。
「アウロス=エルガーデン」
その背中に声が掛かった。
「私は近々、教授になる」
「知ってますよ。30歳の誕生日までに、でしょう」
「お前はどうする?」
目的語のないその問いに、アウロスの足が止まる。
「俺は……アウロス=エルガーデンの名前を残します」
5秒間制止した後に出た言葉は――――不変の決意表明だった。
「それじゃ、諸々宜しくお願いします」
そして、時は戻る――――
「――――以上の理由から、私は……ゴホッ!」
クレールの掠れた声が、徐々に声にならなくなった。
喉はかなり荒れているようで、咳をした後でも声に艶は戻らない。
それでもクレールは、自己弁護を最後まで言い切った。
「すみません。私は盗作などしていないと、天地神明に誓ってここに宣言します」
言葉を玉のように止め、席に座る。
彼女の目は下を向く事なく、眼前の二人を堂々と見据えていた。
それが何も悪い事をしていない何よりの証だと言わんばかりに。
「天地神明……ね。そんなものに誓うより、根拠を示して下さいよ。貴方がやっていないと言う根拠をね」
しかし、ガルシドはそんなクレールの威嚇など気にも留めず、背もたれを傾けるように座ったまま、見下すような視線を投げ掛けてきた。
「したと言う根拠だってない筈です」
「つまり、明確な根拠はないと。これでは水掛け論にしかならないですね。何の為に早朝から時間を割いたんだか……」
かぶりを振る。
その行動一つ一つが相手を不愉快にさせる。
挑発行為としてやっていると言うよりは、天然気質によるもの――――つまりは性格なのだろう、とアウロスは踏んだ。
「良いですか。私の論文は既に一月以上前に提出し、受理されている。貴女はどうです? 未だに完成していないのでしょう? そんな状況で多くの実験データが不自然な一致をしている場合、後者が盗作していると見なされるのが至極当前と言うもの。もう結果は出ているのですよ」
「……っ」
実際、査問委員会もそう判断したからこそ、クレールへの調査を始めているのだ。
ガルシドの指摘は予想内の事ではあったが、クレールにそれをいなす余裕はない。
「それとも、偶然の一致を主張しますか?」
「それは……ゴホッ!」
今度はむせるように咳き込む。
喉が荒れているだけなので水でも飲めば多少回復するのだが、隣のアウロスは敢えてそれは要求しなかった。
「すみません。よろしいでしょうか」
そして、別の要求をするべく記録員の方を見て挙手する。
「どうぞ」
「皆さんお気付きでしょうが、現在彼女は喉の調子が悪い。長時間の会話は困難な状態です。ここからは私が彼女に代わって弁明を行いたいのですが、どうでしょうか?」
余り慣れない言葉遣いで、アウロスは静かに問いかける。
話す速度はかなり遅め。
それも、意図したものだ。
「おいおい、そんな話が通るとでも……釈明は本人がするべき仕事だろ?」
「構わんよ。最近妙な病が学内で流行っているらしい。養生しなさい」
いきり立つガルシドを制し、ライコネンが許可をくれた。
そこには明らかに何らかの意図を携えている――――食い入るような視線がそれを物語っている。
「ありがとうございます。では、まず先程の質問に対してこちらの見解を述べさせて頂きます」
そんな教授の目力をさらりと受け流し、アウロスは席を立った。
「一致するデータの質・量共に偶然で片付けると途方もない確率になります。あり得ないでしょう」
「フフン。認めるのか」
その代理人に、ガルシドは一際目を大きくし、口角を下げる。
人を不快にさせる表情だったが、ここで僅かでもそれに巻き込まれる訳には行かない。
ごく自然な口調のまま、言葉を針にして垂らす。
「つまり、どちらかがどちらかのデータを流用したと言う事です」
「なっ……貴様!」
早速ガルシドの唇にそれが掛かった。
引き上げられるかのように席を立ち、引っ張られるかのように口を開ける。
「それはつまり、俺の方が盗作したと、そう言いたいのか!」
「その可能性について、こちらは肯定も否定もしません。ただ、一つの根拠として『小数点以下の処理』の仕方を挙げさせて頂きます」
アウロスの言葉に、ガルシドの血の気がスーッと引いて行く。
ただ、鋭い指摘によって蒼褪めた感じではない。
寧ろ、落ち着きを取り戻したかのような表情だった。
「フッ……まさか盗作されただけでなく、罪を擦り付けられる事になるとはね。まあ良いでしょう。御説明します」
意気揚々と記録員にそう告げる。
その様子に隣のクレールが不安げな視線を送って来たが、アウロスは目でそれを制した。
「ご指摘の『小数点以下の処理』に関してですが、これは私の助手と共同で作成した際に意思の疎通が不完全でしてね。確かに不備ではあったが、こんな在り来たりなミスを不自然と言われても、ね」
予め用意していた文章を反芻しているのだろう。
アカデミー小等部の作文発表会のような口調で捲くし立てる。
「そもそも、私が彼女の論文を盗作する理由など、毛の程もありませんね。高名な研究者による画期的な研究ならまだしも、彼女では……ねえ。まるでメリットがない」
クレールの感情を敢えて逆撫でしようと、卑下た笑みを浮かべながら首を振る。
自己顕示欲の強い人間がやりたがる行為だ。
そして、そんな余計な行為は往々にして流れを不利にする。
「メリットはありますよ。それは貴方が一番御存知でしょう」
当然、アウロスはその余計な一言を利用する事にした。
「それとも、私の口から直接言った方が良いでしょうか? あの時のように」
「貴様……言わせておけば、子供の分際で……」
ガルシドはいとも簡単に釣り上げられた。
「俺は既に地位を約束された優秀な研究員だ! 他の研究員に嫉妬や僻み等と言った感情を抱く必要など欠片もない! まして『助教授』の研究室になど気に掛ける訳がない! 実際、俺は既に三つの賞を取っている! 全て俺の手柄だ! これは優秀である事の証だ! たかが『助教授』に陶酔する男など視界にも入らんさ!」
「優秀ですか。その割に、今回の研究は在り来たりと言うか、割と地味のようですが」
激昂から一変。
アウロスの指摘に、再び落ち着きを取り戻す。
そこにこそ落とし穴がある事も知らずに。
「ハッ! これだからお子様は」
呆れを身体全体で表現しつつ、ガルシドは吼えた。
「良いか、研究と言うのはだな、派手にやれば良いと言うもんじゃないんだよ。地味なれど堅実な研究が、他の前衛的な研究をする為の費用を稼ぐんだ。今回の研究はその為のものさ」
この言葉自体は、圧倒的なまでに正しい。
尤も、自身の正当性を主張する道具として正論を使っているだけなので、説得力は皆無だし、心にも響かない。
「しかし、この程度の資本しか必要としない研究なら、他にやれる人は幾らでもいるでしょう? 何故貴方が?」
「見本さ」
良いか? と前置きし、無知な子供に教えを説くかの如く振舞う。
現在の彼は完全に躁状態だ。
洞察も考察も配慮も出来ない。
嘘を吐く事も。
「俺程の魔術士がこれだけ地味な研究をする事で、その重要性を部下に示す。重要な事さ。お前の浅はかな指摘など及ぶべくもない、深い思慮の中でやっているんだよ。決して巨額な費用を使用せず、道具もあるものだけで行う。その上でストイックなまでに実験を行う研究こそが、明日の大学を支えるんだ」
そんな状態に導いた時点で――――アウロスの勝ちは決まっていた。
「それは素晴らしい思想ですね。ですが……」
後は、それを提示してやるだけの作業。
決して焦らず、感情を揺らさず。
静かに、ゆっくりと。
「この研究、大学にある実験道具だけでは決して行えませんよ?」
そう、告げた。
「……!」
ガルシドの顔から、今度は動揺によって血の気が引いた。
実際、ガルシドの論文の中でも、他の施設から取り寄せた器具で実験を行っている事をしっかり記している。
にも拘らず、それを否定する物言いはあからさまに怪しい。
このやり取りに不自然さを感じ取ったのか、査問委員会の二人が若干身を乗り出した。
「じゃ、この件はクレールさんの口から説明を」
それまで沈黙を守っていたクレールに突然振る。
しかし、クレールは慌てる素振りなど微塵も見せずに立ち上がった。
「具体的には、第三章の実験Ⅱ~Ⅴと第四章の実験Ⅰ。ここでの実験は、ルーベル研究所とセレスティーニ大学から取り寄せた道具を使用しています。
ここの大学にある物ですと、求める精度がどうしても出ないので」
自分の研究についてプレゼンする時間が、研究者にとって最も充実している。
それが緊張や不安も含む『自身の開放』だからだ。
決して明瞭な声ではないが、彼女の言葉にはそれがあった。
「と、言う訳です」
「……そ、そうだったな。つい自分の理想を熱く語ってしまったが、実際はそうは上手く行かないものだ」
余りに苦しい言い訳。
アウロスは内心舌を出してそれを歓迎した。
「では、どのような実験でどのような器具を用いたか、御説明願います。御自身の研究ですから、当然苦もなく答えられるでしょう?」
ガルシドには自己を制御する能力がない。
それは以前確認済みだった。
話をさせればさせるだけ、有効な証拠を引き出せる。
アウロスの目論見は正しかった。
「フ、フン。無論だ」
「待て」
しかし、相手は一人ではない。
ここでついに、本命が動いた。
「どうも、話がおかしな方向に流れているな。この会議はあくまで、そちらの弁明を行う為のものだ。こちらが意見するのは、それに対する回答のみ。質問に答える義務はない」
「そ、そうだ! 答える必要などない!」
冷静さを欠くガルシドの追従に苛立ちを覚えたのか、ライコネンは横を向き一睨みする。
そして再び首の向きを変えると――――既にその表情は温和になっていた。
しかし、目はまるで笑っていない。
「もしそちらがガルシド研究員をお疑いだと言うのなら、双方の主張は完全に食い違う事になる。そうなれば当然、その調査及び審判は査問委員会によって行われる。我々が席を設ける必要性は皆無、と言う事になるな」
ようやく――――そんな単語がアウロスの頭に浮かんだ。
そう。
ようやく、交渉開始だ。
「時間的にも頃合だろう。ここらで御開きに――――」
「逃げますか?」
ライコネン教授にここで会議を止める意思はない。
ここで止めては、そもそもこの場に来た意味がない。
それを踏まえて、アウロスは挑発的な発言で引き止めた。
わかっていない人間のフリは、この大学に来てからずっとやっている。
全く苦にはならない。
「では、遠慮なくどうぞ。私達は査問委員会のお二人にお話がありますので、暫く残らせて頂きます」
「お話だと? この件に関しては……」
「いえ。別件です」
カードは必ずしも捲る必要はない。
特に切り札がない場合は、その裏に何が記されているかを考えさせる事こそが重要となってくる。
「……」
含みをどうとるか――――この場を支配する二人の視線が衝突する。
「お、おい、親父」
「親父……?」
その威力そのままに、それがガルシドへと向けられた。
親と言うフィルターを剥がしてしまった以上、彼に耐えられる力ではない。
「い、いえ……ライコネン教授。その……」
「記録員二名」
部下を放置し、ライコネンは冷や汗を流し状況を見守っていた二人に視線を移した。
「これから休憩に入る。暫くここを出られよ」
「は? いや、それは」
「聞こえなかったかね」
ライコネンの熟練した睨みが、改めて査問委員会の二人に向けられる。
この場を仕切るのが彼らとは言え、所詮は若手。
教授クラスの発言に抗う事は困難を極める。
「わ、わかりました。では5分間、休憩に入ります」
5分と言う部分は、彼らなりの意地だった。
無論それに強制力はないが、ライコネンもそのメンツだけは尊重し、頷いて見せる。
それに若干安堵の色を交えた表情で、記録員が扉の向こうへ移動した。
これで、場は四名。
いや。
事実上、二名――――