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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
63/416

第4章:偉大なる詐術者(16)

「標的、未だ動かず……か」

 外で待ち構えていた教会の追っ手は、ルインの分析通り6名。

 年齢は20代から40代まで幅広く、髭面の中年から細身の優男までバリエーション豊かだが、性別は皆、男だった。

 彼らの所属は『聖輦軍』。

 教会の特殊部隊と言う、極めて異質な存在の戦士達だ。

 一定の権力を有する組織には、少なからず敵は存在するもので、その外敵とどのように渡り合うかと言うのは、永遠の命題でもある。

 その対抗法の一つに、武力があるのは当然の事。

 だが、教会が表立ってそれを有した『軍』を構える事は、その性質上許されない。

 アランテス教会は名目上、あくまでも弱者を救い、法と安寧を遵守すると言うアランテスの教えを普及させる存在。

 その為の魔術であり、その為の組織だ。

 武力制圧は、安寧の精神に反する。

 とは言うものの――――実状としては、それだけでは組織は守れない。

 何より、権力を有した組織は守るだけでは満足出来ない、厄介な性質がある。

 人が運営する限り、その集団は野心に制御されているようなもの。

 その為には、特殊部隊と言う裏の軍隊が要る。

 それが『聖輦軍』だ。

 戦闘力は中の上程度。

 しかし、チームを組んで逃走者を追尾する事には長けており、その状況下において必要とされる能力は総じて高い。

 標的を発見する為の気配察知能力、追う為の機動力と気配消去能力、反撃を受けた際の対処、指令に応じた捕獲方法――――その全てにおいて高水準を極め、作戦完了までの流れは渓水の如く美しい。

 そんな彼らは、自身よりも強い相手に対しての対処法も確立しており、例えそれが裏世界を震撼させる【死神を狩る者】であっても、彼らの中に困難なミッションだと言う認識はなかった。

 無論、最大限の警戒を払った上での事だが。

「篭城にも限度があるだろう。あそこは確か、今は無人の小屋だった筈。食料など置いてはいまい」

「そうっすね。夜も明けた事ですし、そろそろ出てくるんじゃないっすか」

 森の中、地上から数メートル離れた場所に緊張感のない声が通る。

 その主である細目の男が呟きながら欠伸をしていると、その隣の木の上で待機している頭髪に恵まれない男がギロリと睨みを利かせた。

「もっと集中するのだ! お主はいつもそうだ。戦場においてまるで我が家の如き振る舞い……他の者への示しがつかん!」

「んな事ないっすよ。これでも結構慕われてるんっすから」

 毛髪の少ない男に、細めの男はヘラヘラと笑みを見せて答える。

 それは、この6人の中ではいつもの風景。

 敵を追い込むこの瞬間にも、いつもの風景。

 それは、常に平常心を持って任務に当たるという精神の成せる業だ。

「論争は余所でやって下さいよ。敵はあの【死神を狩る者】ですよ? 噂ではエチェベリア随一の暗殺者ヌイセ=カーマを仕留めたとも言われています。油断は許されない相手なんですから」

 その真下――――樹幹に背を預けて立っている鷲鼻の男が、諭すような言葉で場を沈静させる。

 これは彼の役目だった。

 6人いれば、それぞれに役割が生まれる。

 言わずとも、その性格によって自然と棲み分けが出来る。

 集団と言うのは、得てしてそう言うものだ。

「にしても【死神を狩る者】って物騒な通り名だよな。ま、殺し屋を専門に狩ってるんだから、ある意味義賊みたいなもんか」

「罪を犯す者に罰を与えるは、神の名の元に審判を任せられた我らアランテス教会のみ。資格なき者が勝手に行うなど言語道断」

 髭面の男の生真面目な見解に、優男は苦笑いを浮かべる。

 ラフな口調の優男は、涼しい風貌をしつつも、目の奥に常に怪しい光を携えており、それが消える事はない。

 その光とは対照的に、髭面の男は常に修行僧のように表情を引き締め、そこには健全な輝きが見て取れる。

 そんな彼等の様子を、角刈の男がじっと眺めていた。

 常に無口。

 それが、その男のパーソナリティだ。

 口数の多さも言葉遣いも、6人で上手くバランスが取れている。

 長らく任務を共にする集団であればあるほど、自然とそう言った均衡は生まれるものだ。

「つーか、そろそろ踏み込みません? いくら警戒つっても、これだけ人数揃ってるのにただ見てるだけって、人件費の無駄遣いっすよ」

「馬鹿者! 我々は常に警戒を怠ってはならぬのだ! 聖輦軍は近い将来の魔術士復権に向け、一度たりとも任務の失敗は許されぬのだぞ!」

「暑苦しいっすよー」

 欠伸をしながら軽口を叩く細目に、髪の毛に見放された男の叱咤が飛ぶ。

 表情は対照的だが、そのままで睨み合いが始まった。

「二人とも、良い加減にしましょうよ」

 朝露で濡れる木の葉が微かに揺れる中、鷲鼻の男が仲裁をした、その時。

「……!」

 魔術反応――――

 6人の目が、一斉に小屋の方に向けられた。

 それとほぼ同時に、角刈の男が結界を綴る。

 その所作は、まさに正確無比。

 万全の状態で迎え撃つ聖輦軍の面々が、保護される中で見たその魔術は――――赤魔術だった。

「なっ……炎だとおっ!?」

 常に緩和していた細目の男の瞼が、クワッと見開かれる。

 それもその筈。

 森に炎はあり得ない。

 理由は言わずもがな――――使用者を始め、外敵以外を巻き込み過ぎる。

 無論、自然と言う存在も含め、損失とリスクが余りに大きい。

 狂気の沙汰と言っても過言ではない。

 角刈の男が綴った結界によって、炎の閃光は誰一人傷付ける事なく霧散したが――――そこに辿り着くまでに何本もの樹を燃やしている。

 大惨事だ。

 最悪、教会の周囲にまで火が及ぶ可能性すらある。

「消せっ! 一刻も早く炎を消し去るのだ!」

 禿頭の叫びに近い号令を合図に、6人は青魔術を綴る。

 山火事の消火活動など、聖輦軍に属する彼らにとっては初体験だった。

「畜生がっ! 【死神を狩る者】ってのはバカなのか!? 自分だって巻き込まれるじゃないか!」

 優男は吐き棄てるようにそう並べ立てながら、【氷海】を綴る。

 一方、そんな激昂とは対照的に、髭面の男と禿男は冷静にルーリングを組み立てていた。

「いや、恐らくは我々の行動を見越しての作戦なり」

「時間稼ぎと言う訳か。相当野蛮で大胆な行動だが、見事でもある」

 大胆不敵。

 そして、敵の痛点を的確に突くしたたかさ。

 敵の性質が、徐々に組み立てられていく。

「ところで、気配が一つしかありませんが」

 消火活動を淡々と行いつつ、鷲鼻の男が首を捻る。

 事前の情報と違う事は、些事であっても気にかける性格だった。

「確か、後一人はまだ子供って話だから、【死神を狩る者】が足止めしている間にコソコソ逃げてるんでしょ。そんなの気にしてる暇はないっすよ」

「うむ。直ぐに第二波が来るであろう。早急に体制を立て直せ!」

 着実に火を消しながら、聖輦軍は全員で敵の分析を計る。

 しかしその6名全員――――根本的な部分で誤っている事に、まだ気が付いていない。



 そして、小屋を出てその影に身を潜める【死神を狩らない者】は、それを気付かせるつもりなど全くなかった。

(……間の抜けた話だ)

 様子を探りつつ、そう心中で独りごちる。

 尤も、それは遠方のまだ見ぬ敵達に対してのものではない。

 自分自身に対してだ。

 先程の矛盾に溢れた説得を思い出し、一人心中で苦笑する。

 

『何十人もの敵の中に突っ込んで、一人でも多く道連れにする。それが俺の戦闘経験の大半だった』


『恐らく俺には一人か二人しか付かないだろう』

 

 頭に血が上っていたルインは気が付いていなかったが、多対一の経験が豊かだと説いておきながら、相手にするのは一人ないし二人――――おかしな話だ。

 無理矢理打ち切らなければ、説き伏せられなかったかも知れない。

 今となってはどうでも良い事ではあるのだが、理論武装に失敗した事はアウロスにとってやや不満だった。

(さて。そろそろか)

 魔力反応が途絶えた事から、消火活動の大方の終了は直ぐに把握出来る。

 そしてそれは、一手先へ進める段階に突入した事を意味していた。

 小屋の影から身を離し、新たな魔術を綴る。

 アウロスは本来、足止めや囮と言った役割には向いていない。

 長期戦を前提としたそれらの行動には、当然ながら相応の魔力量が必要となる――――のだが、アウロスにはそれがない。

 だからこそ、自爆要員と言う刹那の閃きを命じられたのだ。

 しかし、アウロスには愛国心など欠片もない。

 戦争中、それをモチベーションとする者は多いが、少なくとも全ての戦士がそうであると言う訳ではないのだ。

 どう生き延びるか――――アウロスは、それだけを突き詰めて戦火に身を投じた。

 その結果、長期戦への適応力は自然と身に付いていた。

 戦闘を長期化する為の秘訣は、敵をどれだけ混乱に陥れるかの一点に掛かっている。

 その為の魔術を、アウロスは綴った。

【赤のヴェールに包まれた氷海のヴァプール】

 アカデミーで教えられる事は決してない、アウロス独自の魔術。

【炎の天網】と言う網状の炎を敵の頭上に落とす魔術と【氷海】を組み合わせたもので、上からは炎が、下からは氷が敵を襲う。

 赤魔術と青魔術を同時に施行すると、相反する属性の為、お互いの威力が激減する。

 当然、一般的には余り善しとされていない。

 逆に言えば、目撃する機会も少ないので標的は面食らう。

 先述の理由から威力は殆どないのだが、初見ではまず完全には防げず、氷海によって足元の体温を奪い、機動力を低下させる事が出来る。

 必要な文字数が多い為、実戦で使う機会は少ない。

 だが、こう言った状況では中々の効力を発揮する魔術だ。


『そっちに回った敵が追い付いて来た場合は、自力でどうにかしてくれ』


 自分の言葉を再び回想し、口の端を吊り上げる。

 思うのは、大胆且つ絶対的な決意。

(相手が誰であれ、そこまでする義理があろうがなかろうが……)

 火の粉が舞い、氷が這う。

 眼前より遥か先の森を睨み、アウロスは心中で吼えた。

(6人の誰1人として追わせるつもりは――――ない!)

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