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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
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第4章:偉大なる詐術者(4)

「問題は多い。色々と、な」

 アウロスの言葉は、悲観の塊だった。

 しかし悲観であれ、現状を認識する為に必要ならば躊躇わず口にする。

 それが解決への第一歩だ。

「濡れ衣を晴らす最も単純で明確な手立ては、盗作していないと言う直接的な証拠を提示する事だ。だが、これはハッキリ言って難しい」

「……そうね。カンファレンスでの発表が毎月あるとは言っても、そこでの発表自体捏造で、裏でコソコソ進めてたと言われればそれまでだし。オリジナルだって言う物証なんてどこにもないし」

「実験した日付から向こうより早くデータを出したと証明出来ても、データそのものを改竄したと言われればそこで終わりだ」

 アウロスの言葉を待つまでもなく、それを理解していたクレールはベッドに寝転ぶ。

 嫌な事から逃がれたくて、眠たくないのに眠ろうとする子供のように。

「一つの手としては、向こうの論文の進行具合を証言してくれる証人を探す事。向こうの論文がこっちの後追いだったと証明できれば立場は逆転する」

 そんなアウロスの案にも、クレールの顔は上がらない。

「それも無理、って言いたいんでしょ? 自分の研究室に不利な発言をする研究員なんて、いる訳ないもの」

 そう言った保身的な体質は、どんな機関であれ必ず存在する事なのだが――――閉鎖的な環境の魔術大学ではそれが顕著に現れる。

 中には正義感溢れる高潔な魂を持った人間もいるだろうが、そう言う異質の者は早い段階で排除されてしまうので、その数は絶滅種に等しい。

「はっきり言えば、状況は絶望的だ。ミスト助教授が各方面に頭を下げても、余り効果はないだろうしな」

「……クビ、かあ」

 無意識とも観念ともつかないその呟きは、天井へと届く事なく霧散した。

「ついに自分にまで降り掛かって来ちゃったか。ま、ある意味その方が楽ではあるけど」

 意味ありげなクレールの言葉に、宙を漂っていたアウロスの視線が彼女の寝転がる姿に移る。

 表情は見えないが、まとう空気には悲壮感がありありと浮かんでいた。

「ね、聞いて良い?」

 口調は穏やかだが、それもまた自嘲的に聞こえる。

 余り同情とは縁のないアウロスだが、思わず反射的に頷いていた。

「何で私が盗作してない事を前提に話を進めたの?」

 クレールの上体が起きる。

 明かりを遮る障害物はないが、部屋の主の表情の所為か、どこか薄暗く感じられる。

 アウロスは眼前の女性の言葉に耳を傾けつつ、何となく居心地の悪さを感じていた。

「少なくとも、私と貴方の間に信頼関係なんてこれっぽっちもないし。そりゃ、普通の人なら体面上、本人に『やったんだろ』なんて言えないかも知れないけど、貴方の性格上……ねえ」

 自分の性格を他人から指摘されると言う行為は、褒められるにしろ貶されるにしろ、余り歓迎はされない。

 しかし、アウロスは顔色一つ変えずに微笑を返した。

「確かにな。ついでに言えば、こっちの答えも似たようなもんだ。あんたの性格上盗作はない、ってだけ」

「それ……だけ?」

 意外そう――――ではなく、少し苛付くようなアクセント。

 事実、クレールの語調は少し荒れた。

「世の中の犯罪傾向なんて、必ずしも犯人の性格と一致する訳じゃないでしょう? 私だって、出世を焦って人のデータなり発想なりを盗むかもしれないじゃない」

「ないない」

「……」

 アウロスのあっさりとした即答が気に障ったのか、或いは八つ当たりなのか――――今度は顔に怪訝な色が浮かぶ。

 クレールはおもむろに立ち上がり、まるで睨むような視線をアウロスへ放った。

「……貴方に、私の何がわかるの?」

 盗作騒動が勃発してからアウロスがここに来るまでの間に積もった鬱憤が暴発したかのように、非難の矛先が妙な方向に向く。

「知り合って4ヶ月、職場と住む場所が同じなだけで、取り立てて親密でもない貴方に、私を分析出来るだけの材料なんて上っ面だけの薄い知識だけでしょう? それで私を判断出来るの? 断言出来るの? 出来る訳ないじゃない」

 それでも大声で怒鳴り散らさないのは、意地なのか、見当違いなのをわかっていての制御なのか。

 何れにせよ、泣きそうな顔で非難されたアウロスは、内心困窮を覚えた。

 表面には出さないが、それも辛うじてだ。

 体裁を整える為、軽口を探す。

「変な逆ギレする奴だな。恋人が出来ないのも頷ける」

「勝手に頷かないでよ!」

 別の意味で泣きそうな顔――――だが、今度は語調の割に幾分冷静さを取り戻したかのような雰囲気に変わった。

 成功を確認し、アウロスは言葉を研ぐ。

「別に俺はあんたを好意的に見てる訳じゃない。大体、仲良くしたくないと言われてる相手にそんな情が湧く訳ない」

「だったら……」

「俺が断定する理由は、あんたの論文に嫌と言う程出てる」

「論……文?」

 それが意外だったのか、クレールは要領を得ない様子でアウロスを見やった。

 説明を促す合図だ。

「普通、論文の実験ってのは製作者にとって都合の良いデータが得られる事を前提として行われる。理論上破綻のない範囲で、最も好条件の環境で実験を行い、そのデータがさも絶対的且つ普遍的であるかのように書き記す。例えば、黄魔術が最も効力を上げる雨の日に黄魔術の殺傷力試験を行う、とかな。これはどこの研究室でも当たり前のように行われている事だ」

 一通り話した後、アウロスは息を吐いてその場に腰を下ろした。

「だが、あんたの論文はそうじゃない。条件を逐一記し、その魔術が実際に使用される様々な状況を想定して、えらく沢山のデータを取っている。中には大学内にはない実験器具を取り寄せてまで行ってる実験もある。これだと、実験の数は増えるし理想値を出すにはかなりの手間だ。しかも、その努力は評価に一切含まれない。研究者にとってはマイナスばかりの行為だ」

 僅かに力の篭った言葉が、クレールの耳に染みて行く。

 アウロスは苦笑いを浮かべつつ、視線を下げた。

「そんな面倒な論文を書いてる人間が、他人のデータを盗む? 馬鹿らしい。考えるだけ時間の無駄だ」

「……」

 クレールは再びベッドに寝転び、天井を見上げた。

 感情をどう表現して良いのか戸惑っているようにも見える。

 仕方ないので、アウロスは進行役を買って出た。

「で、結局あんたはどうしたいんだ? このまま無実の罪で研究者としての人生を終わらせて、ここでウェイトレスとして働くってんなら、それも悪くないだろう。ギルドにでも入って臨戦魔術士として現場で汗を流すって生き方もある。誰かに貰われて専業主婦なんてのも、幸せ掴むには手っ取り早い方法だ。選択肢は幾らでもある」

「選択肢……ね」

 ようやく口を開いたクレールは、アウロスにと言うより、誰にともなく呟いた。

「残念だけど、私には選択肢はないの。私は……本来なら誰と関わってもいけない。そんな人間なのよ」

「いきなり孤高ぶられてもな」

「そんなんじゃないのよ。兎に角、私は出来るだけ人と接しない生き方をしなきゃいけないの。だから魔術研究員になったんだし」

 研究者は裏方作業なので、人と接する回数は然程多くない。

 自分で何でもやるなら話は別だが、情報屋などを雇って代理人にすれば、交渉相手とも直接会わずに済む。

 勿論、山にでも篭った方がより確実ではあるが、そういう生き方はクレールの頭にはないようだ。

「……よくわからないが、むざむざ辞める気はないみたいだな」

「正直、そうするしかないと思ってたんだけど。これ以上ミスト助教授や貴方達に迷惑かけるのも癪だし」

 その表現には、女性の身で社会を練り歩く者の強さが滲んでいた。

「でも、気が変わった。せめて研究員ではいられるように、なんとか訴えてみる。ダメ元って感じだけどね」

「考えなしにか?」

「まさか。今夜一晩考えてみるつもり。それでダメなら……明日も考える」

 前向きなのか後ろ向きなのか微妙なその見解に、アウロスは内心で大きく息を吐き、ゆっくり腰を上げた。

「その姿勢は買うが、一人じゃ限度があるだろう」

「何? 手を貸してくれるの?」

「ああ」

 アウロスの即答と同時に、クレールはクワッ! っと目を見開いて飛び起きた。

 そしてそのまま隅の方まで後退る。

 驚愕と言うより、怯えているような顔だ。

「……そのリアクションには素で凹むな」

「だって、貴方って他人に手を差し伸べるような、そんな良い人じゃないでしょ? 他人の研究に関心なさ気だし、お店も手伝わないし、年上にもタメ口だし。どっちかって言うと他人を踏んづけて嘲笑しそうなタイプ?」

「全否定はしないが、最後のは完全にあんたの主観だろ」

 実際、そうやって生まれる悪評も多い。

 小さな火種でも、真っ黒な煙が出れば大火事だと騒がれるように。

「冗談は置いといて……遠慮しとく。そりゃ助けてくれるって言われて悪い気はしないけど、貴方だって自分の仕事があるでしょ?」

「心配しなくても、論文作成に支障を来すような力の入れ方はしない。仮にも専門家だからな」

「……」

 まるで逃げ道を用意するようなアウロスの言葉に、クレールは押し黙る。

「それとも、馴れ合いは御免だからやっぱ止めとくか?」

 少し皮肉めいたその言葉に対しても、クレールの言葉での返事はなかった。

 取り敢えず、笑顔はあったが――――


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