第3章:臨戦者の道理(13)
二階――――展示場。
フランブル隊の殆どの魔術士がそこにいた。
その全員が地に伏し、沈黙している。
一階の状況から生死の確認は不要と判断したアウロスは、それらを無視して展示品のチェックを行った。
ざっと見る限り紛失、破壊、共に――――ない。
そうなると、一階の奥には目もくれず二階へ向かった事から、敵の目的は確定する。
物でないのなら、人。
つまり要人だ。
そうなれば、最も可能性の高い目的地は、人が集まる場所。
(パーティー会場は……こっちか?)
三日間滞在しながら、二階へ来たのはこれが二度目。
先程の記憶を頼りに、悲鳴を上げる呼吸器官にムチを打ちつつ、広いフロアを走り回る。
そして、見覚えのある通路を見つけたその時――――
「少年……!? 何故来た!?」
殺気を放ち、完全に戦闘モードのグレスが会場の入り口から出て来た。
同時に、そこが『当たり』でない事を悟り、アウロスは心中で舌打ちする。
「そう判断したからだ。そこに総大司教は居たか?」
「……いや」
自分の指示を無碍にされたと言う怒りが込み上げてきたグレスだが、一瞬でそれを鎮火させた。
それなりの期間、魔術士ギルドに身を置き、異常事態を幾度も経験して来たグレスだからこそ持ち得る自制心だ。
「となると、狙いは総大司教かオーナーだな。奥に行くぞ」
「わかっている!」
一番偉い人間の部屋は、一番奥と相場は決まっている。
建物内の地図を頭に叩き込んでいるグレスに聞くまでもなく、アウロスは奥の方へ向かい走り出した――――が、直ぐにグレスに抜かれる。
「お前は本当に体力がないな」
「……」
反撃する力もなく。
「オーナーの部屋はこの先だ。お前はここに……っ!」
いろ、と命令しようとしたグレスの視界に――――信じがたい光景が飛び込んで来た。
「こいつらは……総大司教直属の宮廷魔術士か!?」
玄関、一階、そして二階の展示場で横たわる魔術士と同じように、彼らも床に倒れていた。
その直ぐ傍にオーナーであるサビオ=コルッカの部屋の扉があり、その扉は僅かに開いている。
「バカな……」
グレスは狼狽を隠し切れない。
それもその筈。
総大司教直属の宮廷魔術士と言えば、国内で屈指のエリート集団に他ならない。
その彼らをこの短期間で鎮圧したとなると、その戦力は想像を絶する。
「それ以上近寄るなっ!」
部屋の中から、二人に聞き覚えのある声が発せられた。
フランブル隊隊長フランブル=マグノイアが最後の砦らしい。
しかし、その声からはこれまでの矜持に基づく余裕など欠片もない。
それもまた、敵の戦力を示す証だった。
そして、まだ襲撃者の目的が達成されていない事も。
「……少年。よく聞け」
何かを決意したかのように、グレスは顔を上げる。
「これからオレが部屋へ突撃する。お前は直ぐ後に続き、フランブルと共にオーナーと総大司教様の身柄を確保し、全力で逃げろ」
「それは無理だな。生憎そんな体力はない。あんたも良く知っての通りだ」
「……」
グレスは反論出来なかった。
そして同時に、逡巡の色を濃くする。
効率を考えればどう言う選択が最適か、グレスは知っている。
しかし自分より14も年下の、戦場を生業としない借り物の少年を捨て駒に使うと言う選択肢には、どうしても二の足を踏んでしまう。
「俺が足止めをする。あんたが総大司教を護れ。行くぞ!」
「お、おい!」
アウロスはその全てを理解し、何の迷いもなく言い放ち、部屋へ入った。
中は――――個室としてはやたら広かった。
研究室くらいの広さがある。
壁に飾られた巨大な絵画は同質量の金を超える価値を持ち、その隣にはコレクターであるオーナーの充足感を満たす為だけに作られた煌びやかな剣が何本も掛けられている。
その材料は無論、レアメタルだ。
中央付近には応接用の長机とソファーがあり、その奥に権威を誇示する為の豪華絢爛な机と椅子が置いてある。
そのちょうど間に、サビオとフランブル、そして総大司教ミルナ=シュバインタイガーがいた。
だが、アウロスの視線はそこには向いていない。
「お前は……」
彼らに対峙する、襲撃者と思しき男――――アウロスにはその後姿に見覚えがあった。
「……妙な縁だな」
後ろを振り返るでもなくそう呟いた男は、誰が見ても真っ当な人間でないとわかる程、屈強でしなやかな肉体を持っていた。
「失せろ。何故【ウェンブリー】の料理店の従業員がここにいるのかは知らんが、無関係の人間を殺す気はない」
「おいガキ! お前の知り合いか!?」
フランブルの唾棄するかのような声が、微かに震えている。
フランブルと言う魔術士は決して臆病者ではない。
そしてその実力は、ギルド内でもトップを争う程だ。
しかし、宮廷魔術士をあっけなく沈黙させた男を前にしては余りに無力。
劣勢は誰の目にも明らかだ。
「あの少年とは知り合いと言う程の仲じゃない。それよりも早くそこを退け」
「ふざけるな!」
「退く気がないなら」
男の目に、慈悲心など微塵も存在しない狂気が宿る。
「斬るぞ」
その言葉と同時に、右手に持った銀色の剣が音なく薙ぎ払われる。
フランブルは既にルーリング作業を終えていた【円盾結界】を瞬時に出力し、それを受け止めた。
「なっ……!」
驚愕の声は――――フランブルのもの。
シャットアウトしたその剣から、煙のような形状の白い光が立ち込める。
その様子に、フランブルは驚愕の表情を隠せなかった。
「これは……まさか……魔崩剣……!?」
刹那――――結界が硝子を割るように簡単に破壊され、剣が肉を断つ。
「フランブルっ!」
グレスの叫びも空しく、血飛沫が舞い、フランブルが崩れるように倒れる。
その様子を総大司教とサビオは身動き一つ取れず、ただ呆然と眺めていた。
「全く、魔術士はどいつもこいつも危機察知能力が乏しいな。さて……」
まるで踏みつけた蟻を見ているような目を、高貴な身分の方に移す。
「わ、私は違う! 私はこのホテルのオーナーなどではない! ここ殺さないでぇ」
そして、錯乱状態のサビオを無視し、総大司教に一礼して見せた。
「『お初に』お目にかかります、総大司教。俺の名はラインハルト=ルーニー。覚えなくても結構です。直ぐに必要がなくなりますから」
ラインハルト――――そう名乗った男は言葉の終わりに合わせ、抜身の剣先を青ざめた顔の総大司教に向けて突き付けた。
「くっ……! 暗殺者か! 暗殺者かああっ!」
そこに込められた殺気を敏感に察したグレスが、激昂を露わにする。
それは、過剰反応と言っても良いくらい、強い憤りだった。
「総大司教様! 伏せて下さい!」
槌を振り回し、4秒程で魔術が編綴された。
【紅蓮閃光】
攻撃系赤魔術の中でも特に速度を重視された術だ。
灼熱を帯びたレーザー状の光が、ラインハルトの身体の中心を襲う――――
「何!?」
が、ラインハルトの振った剣がその光に触れた途端、その上位魔術はあっさりと霧散した。
「俺に魔術は通用しない。お前もこの敷地内で寝ている連中と同じだ。役立たずって事だな」
戦闘における主導権は、圧倒的なパフォーマンスと口頭による悪意在る補足で完全にラインハルトへ渡った。
こうなるとグレスは動けない。
使命感に裏打ちされた『衝動』を屈辱や恐怖と言った『理性』が少しでも上回ってしまえば、動ける道理がなくなる。
「さて、総大司教」
その様子を白旗と判断したのか、ラインハルトは再び視線を標的へと戻した。
総大司教の顔は、先程までの蒼白な色とは違い、敵を正面から見据えている。
その地位に相応しい顔色に、ラインハルトは思わず口の端を吊り上げた。
「俺が何故あんたを殺しに来たかわかるかい?」
「……貴方は、怨んでいるのですね」
「御名答。流石に総大司教まで上り詰める人物は認識能力が高い」
光の煙を帯びた剣が両の手で握られ、常につま先立ちの足に力が篭る。
膝がバネの役割を果たすべく僅かに曲がり、腰が据わる。
「ならば、あんたは命乞いしないだろう。何故なら、これは懺悔だからだ。神に対するではなく、人間に……人である事に対するな」
一連の予備動作を終えたラインハルトが端正な顔を狂気に染め、全力で踏み込んだ――――刹那。
「!?」
本来なら既に3メートル先の総大司教を血の海に沈めている筈の身体が、足の硬直によって動かない。
精神状態によるものではなく、明らかに何らかの干渉が原因だった。
「何が……うおっ!?」
続いて、ラインハルトの足元から煙が立ち込める。
これは光ではなく実際の煙だ。
すさまじい速さで部屋全体を覆った黒色の煙により完全に視界を奪われたラインハルトは、一瞬混乱状態に陥いる。
しかし、次の瞬間にはそれが魔術だと気が付き、剣を闇雲に振るった。
剣に触れた煙は瞬く間に消え失せるが、次から次に湧いてくるので、視界を回復させるには至らない。
「誰が……ゴホッ! クソっ鬱陶しい!」
鬼の形相でラインハルトは足元に突き刺した。
そこが2つの魔術の発生源――――そう気付くのにこれだけの時間を要した自分を呪いつつ、魔術の解除に成功した事を確認する。
「……」
それは同時に、失態の確認でもあった。
すっかり元通りになった視界の中に、総大司教の姿はない。
怯え狼狽ていたオーナーも、やけに筋肉質な魔術士も、斬撃を受け地に伏した魔術士すらもいない。
「これが魔崩剣か。そんな稀有な技術を見る機会があったのは、大きな収穫だな」
1人だけ残っていたのは、ガッシリ閉まった部屋の扉付近に立っている、どこか満足気な顔の少年だった。
「今の煙、そして俺の束縛……お前の仕業だと言うのか?」
「話が長かったお陰で楽に仕掛けられた」
右手の指輪を光らせながら、不敵に微笑う。
アウロスは既に戦闘態勢を取っていた。
「料理店の従業員だとばかり思っていたが……」
「そう言った覚えはないが、別に大した差はない。単なる大学の一研究員だ」
アウロスの嘘偽りない発言に、ラインハルトの眉間が縮み寄る。
「……それが事実だとしても、俺の持ってるイメージとは大分違うな。少なくとも、死臭と血漿が横行する戦場で、それ程堂々としている研究員など……俺は知らん」
「先入観で痛い目を見るタイプだな。俺も他人の事は言えないが……」
特に今の大学に来てからは、と言う補足は心中に留めておいた。
「で、この状況から察するに、お前が足止めを受け持ったと言う訳か」
「本来ならデスクワーク担当だし、目立つ行為は御法度なんだが、事情が事情だからな。それに……」
アウロスは静かに睨む。
正面の状況ではなく、その背景を。
心の赴くままに。
「道化を演じたりコソコソ隠れるのには、いい加減飽きて来た所だ」




