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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
アフターストーリー「大陸編」
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後日譚:追憶の調べ(12)

「死神を狩る者がキャルディナにいるんですか?」


「いるのだよ。あのギルドにはルイン=リッジウェアが」


 興奮気味にその名を呼んだテールとは対照的に、ロストは全身を凍り付いたかのように硬直させている。


 そしてラディもまた、数奇な巡り合わせに言葉を失っていた。


 死神を狩る者――――それはかつてウェンブリーの闇社会に轟いた二つ名。だが今やその名はデ・ラ・ペーニャ全土にまで知れ渡り、半ば伝説的な存在として語り草にもなっている。


 ラディはその人物を、情報の中だけでなく実際に知っている。


 彼女はウェンブリー魔術学院大学のミスト研究室に所属していたことがあった。招いたのはミスト。役職は特別研究員だった。


 大学内での主な仕事は、論文研究を進める為の不慣れなデスクワークと更に不慣れな共同作業。当時、大学内では仲間の実験を嫌々ながらも手伝う彼女の姿が何度も確認されている。


 そして悪戦苦闘しながらも、ミストの最年少教授就任の一助となった。


 ただし、これはあくまで表向きの情報。死神を狩る者がこのような活動に勤しむ筈がない――――と誰もが考える。


 裏ではミストの為に暗躍し、彼にとって邪魔な存在を暗殺等によって蹴落としていたに違いないと、誰だって思う。


 けれどラディは知っている。ルインが確かにあの大学で、あの研究室で過ごした日々を。


 最初は非協力的だった。研究室に溶け込む気などサラサラなく、常に刺々しい態度で波乱を呼んでいた。


 なのに彼女はいつしか同僚と苦楽を共にするようになっていた。順応した訳でも打ち解けた訳でもないのに。


 ラディは遠巻きにその様子を見ながら、不思議な感覚に陥っていることを自覚した。


 何かが足りない。


 ある筈の何かがない。


 ルインとミスト研究室を繋いだ何かが。


 だがそれを言語化することはできず、いつしかルインは大学を去った。


 再会したのは第一聖地マラカナン。とはいえ面識がある程度だった関係性は、それを機に劇的に変化することもなく今に至る。


 親しくもなければ濃密な時間を過ごした事実もない。


 けれどラディは、何故かルインの存在を片時も忘れることはない。


 欠落した何かは、もしかしたら自分の中にあるのかもしれないと自問自答を繰り返しながら、その美しい双眸を思い返す。


 すると、何故か腹が立った。


 そんな自分が滑稽に思えて、今度は笑いが込み上げてきた。


「ロスくんも彼女のこと知ってんの?」


 その勢いのまま問う。だがロストは答えない。彼がここまで狼狽しているのは初めてのこと。ギルドで攻撃を防いだ時も、酒場で襲撃を受けた際も澄まし顔だった彼が今、明らかに動揺している。


 それが尚のこと、ラディの感情を沸き立たせた。


「まさか……恋人とか?」


 この青年をからかえる好機は今しかない。そんな安直な動機で発した一言だったが――――ロストはラディの想像以上に目を見開き、その迫真の顔をラディの方へと向けた。


「え、もしかしてマジ? 冗談のつもりだったんだけど……」


「……いや。少なくとも向こうは俺に何の関心もない」


 明らかに失意を含んだその声が、ラディに強烈なインスピレーションを与えた。


「そっかそっか。ロスくんってば片想いしてるんだね。すっげー意外だけど何か急に親近感湧いてきた。っていうか、そんな情感豊かな心が存在したことにビックリ」


「お前は俺を何だと思ってるんだ……?」


 半眼でそう呟くも、普段のようなキレがまるでない。そんなロストの弱々しい姿に、ラディは奇妙な感情を芽生えさせていた。


「あのルイン=リッジウェアに懸想するか。やはり私が見込んだだけはある。ならば話も早いな」


 そして何故かテールは満足げに何度も頷いていた。ロストが既にルインに目を付けていたことを称賛してるらしい。


「魔術士としての才能は勿論だが、彼女には美学が感じられる。是非、彼女を教会の新たな顔にしたいと私は考えているのだよ」


「えっと……それって特殊部隊に入れるとかそういう話じゃないんですよね?」


「無論だ。あれほど見栄えの良い女性を裏方に回してどうする。強さと美しさの融合。今までにない魔術士の価値が創造されるのは間違いない」


「最強云々の話は何処にいったんですかね……」


 呆れ気味に呟くラディの隣で、ロストはまだ立ち直れていない様子。ルインがキャルディナに在籍している事実を未だ受け入れきれないらしい。


「私はね、最強の魔術士は才能や実力だけで生み出せるものではないと思っている。求心力も極めて重要なのだよ」


「求心力……ですか? それって強さと関係あるんですかね?」


 ロストが使い物にならない状態の為、自然とラディがテールの話し相手になっていた。最強論に興味のないラディにとっては拷問に等しい。


「大いにある。私の考える最強の魔術士とは、個体としての強さに留まらない。無敵の集団を作り上げ、その集団を牽引する指揮力をも持ち合わせた魔術士こそが最強の名に相応しい。何故なら、その環境に身を置くことで常に自分が最強でなければならなくなるからだ」


 生気を失った顔で聞くラディに対し、テールは構わず続ける。その嬉々とした姿は最早単なる最強マニアとしか言い様がなかった。


「デウス様はその点、残念だが不足だった。四方教会は未熟な魔術士で構成していたのでな……ロスト君の言うように、彼は最初から最強など目指していなかったのだろう」


「なんかよくわからないんですけど……ルイルイ、じゃなかったルインにはそれができるんですか?」


「あくまで可能性だがね。彼女は元総大司教ミルナ=シュバインタイガーの娘だそうだが、私にとってはどうでもいい話だ。彼女には光るものがある。それも単なる光ではない。美しい漆黒の輝きだ」


 著しく具体性に欠けたその説明はともかくとして、テールがルインに執心しているのは確実。彼がキャルディナを招いた最大の理由も――――


「だが勘違いしないで貰いたい。私はルイン=リッジウェア目当てにキャルディナを誘致した訳ではない。彼らの蛮勇が今のパロップには必要だと判断したからだ」


「今のまま治安が良くなるとグリムオーレに市民の支持が集中するから、なんて言ってる人もいましたけど」


 この雰囲気なら言えるだろうと判断し、ラディがあえて切り込む。


 空気が一変しても不思議ではない発言だったが――――


「中々辛辣な指摘だ、とだけ言っておくとしよう」


 余程機嫌が良いのか、テールは意に介さずあっさりと認めた。

 

 個人的な嗜好と教会幹部としての判断。その両方が絡み合っている以上、キャルディナのパロップ進出は覆りそうにない。


 つまり、これ以上この話をしていても意味がない。


 ラディがいい加減マルテの件に話題を戻そうと口を開いた瞬間――――


「もし本当に彼女がキャルディナにいるとしたら、どういう理由だと思いますか?」


 長らく沈黙を保っていたロストが、先に質問で塞いだ。


 その声に覇気はなく、苦渋の決断といった面持ち。自分で推測すべきだが頭が回っていないのを自覚し、テールに助言を求めた――――ラディはそう解釈し、思わず鼻で笑いそうになった。


「彼女の事情など私が知る由もないが……少なくとも金銭を求めてはいないのだろう。あのギルドで得られる他のものといえば……戦う機会。戦場ではないだろうか」


「……ありがとうございます。参考にさせて頂きます」


 テールの回答はロストに納得をもたらす内容ではなかったが、それでもロストは深々と頭を下げた。


「ふむ。昨夜とは違って礼儀正しいではないか。成程、昨日は我々がマルテ様を拉致監禁していると疑っていたことで気が立っていたのだな」


 人間、一つの行動や一つの共感で相手への印象がガラリと変わることはままある。テールはすっかりロストを気に入ったらしく、柔和な笑顔で好意的にそう解釈した。


「たとえ最強でなくとも、デウス様は我々魔術士にとって特別な存在。無論、御子息のマルテ様を拘束するような真似は決してしない。アランテス神に誓ってな」


「だったら、マルテ君は何処にいるんでしょうね」


「キャルディナが我々の指示なしでマルテ様に接触するとは思えんが……可能性がないとも言えん。ロストくんはルイン=リッジウェアのことも気になっているようだし、君たちで探りを入れてきてみてはくれぬか?」


 その提案に、今度はラディの顔が曇る。


「昨日、あのギルドに行ったらいきなり攻撃されたんですけど」


「グリムオーレの関係者と見なされ威嚇してきたのかもしれんな。好戦的な連中ではあるが、流石に来訪客を問答無用で襲うような無法者ではない。私が一筆書いて使者に送らせるとしよう。明日行けば問題なく話ができるだろう」


「……どうも」


 事態は確実に好転したが、ロストもラディもそれを歓迎する気にはなれなかった。








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