後日譚:追憶の調べ(11)
「君はデウス様とどのような関係なのか、具体的に提示できるかね?」
猜疑心を露わにするのではなく、あくまで普通の問い掛けの範疇でテールは尋ねる。祈るように組まれた手を若干緩めながら。
ラディはそんなテールに対し、教会幹部というより大学教授のような印象を抱いていた。特にロストへと向けられるその目は、教会の人間が時折見せる追及よりも寧ろ追究に近い。
世間一般のイメージにおいて、魔術大学の教授や講師は高圧的で常に何事も疑ってかかり、己の価値観を押しつけてくるという先入観が存在する。それは先人たちの愚行が少なからず影響した結果だ。
実際にそういった横柄な人物が多いのも事実。だが一方で、彼らは自身の価値観とは別に飽くなき探求心も持ち合わせている。どれだけ権力に固執する者であっても、未知のものに対する好奇心を内々に秘めており、時に子供のような目で追究しようと試みる。ラディはそんな連中を何人も目の当たりにしてきた。
一方、教会関係者にはそれがない。彼らは常に教会を正義としている。教会の示す正しさから外れているか否かが価値基準であり、どれだけ物腰を柔らかくしようと正しさの追求を何よりも優先する。
教会にその身を預けた時から、彼らはその正義を美学とし審美眼を身に着ける。だがテールの目は審美眼というよりは鑑識眼。ロストに対して教会としての是非を問うのではなく、ロスト本人の見極めに注力している――――ようにラディには映っていた。
「マルテと同じで、向こうは俺のことなんて覚えていませんよ。俺が一方的に知っているだけです」
「だが君は彼の名を呼ぶ時、畏怖も尊敬も厭悪も憧憬も抱かない。彼に対しそこまで淡々としていられる魔術士を私は知らない」
「……」
「そんな君に問いたい。デウス=レオンレイは最強の魔術士だと思うかね?」
――――その質問は、普段あまり表情を変えないロストの顔に怪訝さを押しつけた。
同時に、隣にいるラディはキョトンとした顔。急にこんな話題にシフトしたことに理解が追い付いていない。
そもそもデウスという人物を、ラディは詳しくは知らない。マラカナンにいた頃に多少の接点はあったものの、巷に溢れている情報以上について深く識る機会はなかった。
確かにその情報の中には『最強の魔術士』という記述がある。情報媒体によっては『最強格』『最強の一角』といった表現が用いられているが、いずれにせよ国内有数の臨戦魔術士であることは間違いない。
とはいえ、ラディにとってそれは然程意味のない情報だった。
ラディは『最強』の定義を知らない。魔術戦における戦闘力なのか、魔術士以外の戦士に対する戦績なのか、使用する魔力の威力や種類なのか、技術や魔力量を含めた総合力なのか――――少なくとも記録上で判断するのは難しい。
そして何より、ラディは『最強』に興味がない。自分と敵対している勢力や人物の強さは当然知っておくべき情報だが、誰が一番強いのか、誰が最も優れた魔術士なのか……といった話題には全く食指が動かない。
誰が一位でもどうでもいい、というのが偽らざる本音だ。
「俺はそうは思っていません」
「……ほう。詳しい意見を聞かせてくれるかな?」
だが、眼前のテールは宝物庫へ辿り着いたトレジャーハンターのような面持ちでロストを凝視している。昨夜の雰囲気とは打って変わって、何処か和やかな空気すら漂っていた。
「才能で言えば、間違いなく歴代の魔術士でも最高峰でしょう。でも奴……彼の戦い方は、どちらかといえば指導者のそれでした。強い自我を戦場に持ち込んでいない」
「精神論で最強説を否定するのかね?」
「どれだけ技量があっても、自分以外の誰かを強くしようとする者は最強にはなりませんよ。そこにはどうしたって揺らぎが生じますから」
ロストの自説に、テールは満足げに笑む。それが精神論だけではないと納得したからだ。
ただ強さを求めるだけなら、心は何処を向いていても良い。しかし最強を求めるのであれば、心は常に不動でなければならない。あらゆる事象に対し完璧な対応ができなければ、戦闘力で勝っていても戦略・戦術に屈するからだ。
不動の心は確固たる信念によってのみ成立する。
自分が強くなるにはどうすればいいか――――という探求心。
自分が最強だという、揺るぎなき自負。
それらがあるからこそ、誰が相手でも、どんな状況でも、自分の力を遺憾なく発揮できる。
人が強くなる為には相当な無理が強いられる。だが弱くなるのは簡単だ。
心技体は決して一列ではない。心は常に技と体の下にある。そこで二つを支えている。心が折れれば、技術や身体能力など宝の持ち腐れだ。
「デウスは自分が最強だと自負していますが、実際には最強から遠ざかろうとしていました。あいつはそういう人間です」
自分が一方的に知っているだけ。ロストは先程そうテールに答えた。
だが、ラディにはとてもそうは思えなかった。寧ろどの情報網にも存在しない、本当に近しい人間しか知り得ない所にまで踏み込んでいるように感じていた。
教皇選挙の際、デウスの存在は第一聖地マラカナンのみならず国内全体をざわめかせた。
それほどの影響力を有した人物。加えて、その息子のマルテに言及する際にもロストは常に親しみを込めている。
この青年は、本当に何者なのか。
情報屋としての好奇心以外の部分で、ラディはますますロストに心を動かされていた。
「面白い。君はどうやら話のわかる青年のようだ」
「……どういう意味ですか?」
「ルンメニゲ大陸で国際紛争が起こらなくなって一〇年以上が経つ。教会内でも平和ボケが蔓延していてね。しかも新教皇が戦闘利用以外の魔術を推奨しているとあって、『魔術士の強さ』に対する関心が急激に低下しているのだよ」
それはラディにも理解できる話だった。
大きな戦争が起こらない時期が長ければ長いほど、一般市民にとっては喜ばしいこと。だが戦場を生業とする者たちにとっては歓迎できることではない。彼らは戦場があって初めて輝ける存在なのだから。
臨戦魔術士はその最たる例。戦争で負け、更に戦争自体が起こらない今、彼らの地位は二〇年前とは比較にならないほど低下している。魔術士ギルドの衰退もその証の一つだ。
「国家としての軍事力、防衛力に不満があるんですか?」
「いや、デ・ラ・ペーニャは決して弱国ではない。現存する魔術士が力を集結すれば、大陸内でも三本の指に入ると私は確信しているよ。だからこそ歯痒いのだ……デウス様のような魔術士が表舞台から消えてしまったことも含めてな」
その言葉は、彼がデウスに対し羨望を抱いていることを示していた。
即ち、強者に対する憧れ。
五〇歳前後と推察される教会幹部からそのような感情が漏れ出たことに対し、ラディは冷めた視線を向けるしかなかった。
「私はね……魔術士とは強さの象徴であるべきだと思っている。いや、そうあって欲しいという願望を抱いている、と言うべきだろうか」
だが話は終わらない。堰を切ったように口を止めないテールに、ラディは最早ウンザリしていた。
「だからキャルディナを誘致したんですか?」
「まさしく。奴らが粗暴な組織なのは否定せんよ。それでも奴らには魅力がある。強さこそが魔術士唯一の価値だと言わんばかりに他者を威圧し、蹂躙し、奪い取る。教会の影響力が低いこの土地には彼らのような存在が必要なのだ」
ようやく話が主題に戻ったものの、どんどん面倒臭い方向へ向かっていることをラディは危惧していた。
この話は終始、男臭い。自分の出る幕はない。完全に置いてきぼりになっている。
情報屋にとって、非常に虚しい時間が過ぎていく。
「何より、彼らの中にこそ最強の魔術士となるべき人材が存在している」
「……あのキャルディナに?」
怪訝な顔を一層歪めるロストに、テールはニヤリと笑う。興味を持ったか、と言わんばかりに。
「いるのだよ、あのギルドには。デウスに匹敵する才能を持ち、君の言う『確固たる意思』も備えている天才魔術士が。私は彼女を是非、教会へ迎え入れたいと考えている。それが私の夢だ」
「……え? 彼女、って言いました?」
思わず介入してしまったラディに、テールは口元を緩めながら深々と頷く。そのネットリとした所作に、先程までの権威者としての面影はない。
「ロスト君。君も一度彼女に会うといい。人生最高の刺激になるかもしれんぞ?」
「……一応聞きますけど、その女性の名前は?」
「ルイン=リッジウェア。死神を狩る者、と言った方が通りは良いだろうがね」
――――瞬間、ラディとロストは同時に凍った。




