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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
アフターストーリー「大陸編」
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後日譚:追憶の調べ(10)

 アランテス教会の建築様式は時代によって異なり、パロップ支部では古典的なグローク様式が用いられている。


 グロークという言葉は元々『奇怪』『異様』といった意味で用いられており、『歴史を蔑ろにした下品な建築様式』という意図に基づく蔑称としての側面が強かった。当時主流だったリズライド様式の擁護派にとって、新たな建築様式は自分たちのアイデンティティを蹂躙する存在だったと推察される。


 だが時代の流れと共にグローク様式が定着すると、今度はそのグローク様式を過去のものとするクリシュナ様式が誕生する。華やかさと高層化を追及したこの建築様式は柱を細く、天井を高く、内部をより明るくすることに注力しており、教会のイメージをより近代的にしたいという前教皇や幹部の意向に沿うものとなっている。


 一方、グローク様式は厚い石壁による重々しさが優先されており、柱も太く窓は小さい。彫刻も最小限で素朴なものが多く、芸術性を付加しているクリシュナ様式とは真逆の方向性だ。


 観光が盛んなパロップでは近代的な建築物が多く、グローク様式の教会は明らかに周囲から浮いた存在。前時代的な印象はどうしても拭えず、街全体の景観にも独特な異物感をもたらしている。


「だが私はこのままで良いと思っている。教会の存在意義とはあくまで魔術の価値を正しい方向へと高め、それを国内へ広め盤石な体制を築くこと。先進性が重要でないとは言わないが、歴史を蔑ろにした文化に未来などない」


 ラディとロストを迎え入れたテール司教は、教会図書館のテーブル上で手を組みながら厳かに語る。幾ら同じアランテス教であっても各聖地、各地域ごとに教会は少なからず独自の歴史を築いており、その中で特有の地域性や土着性を獲得しているのが常。基盤となる姿勢はいずれの教会も共通だが、教会を治める司教の人間性および考え方によって細部の方向性は異なる。


 このパロップ支部は保守的な立場をとっており、それは教会の内部構成にも現れている。応接室はなく、教会内の図書館で外部からの来訪者を迎えるのもその一例。他に利用者がいる訳でもなく、決してラディたちが軽んじられているのではない。


「では、昨夜の続きといこう。本来ならば愚息も同席すべきだが、仕事が立て込んでいてね。済まないが私一人で相手をさせて貰うよ」


 無論、それが真実でないことはラディにも容易に想像できた。要は弱点を消しただけに過ぎない。


「そういえば、まだ素性を聞いていなかったね。マルテ様と知り合いなのかね?」


「俺が一方的に知っているだけです。特に何者という訳でもありません。名はロストと言います。こちらは情報屋のラディです」


「えーっと……元ウエスト所属で、今はウェンブリーを拠点にフリーで活動してます」


 何故自分がここにいる必要があるのか理解できずにいるラディを余所に、ロストとテールは早々に昨夜の空気を再現していた。


「ならばちょうど良い。彼女には立ち合い人となって貰うとしよう」


「立ち合い人……ですか?」


「極めて重要な、そして精細な問題を取り上げることになる。今後、言った言わないの水掛け論になるようでは困るのでね。ま、一筆書くほどのことではないが」


 つまり、これは交渉を前提とした集いであるという提示。役割を与えられたことでラディにもようやく緊張感が生じた。


「まずはロスト君、君に問おう。君は何をもってマルテ様が消息不明になっていると考える?」


 その確認は当然のもの。何故ならマルテは現在、特定の何処かにいなくてはおかしいという立場にはないからだ。


 マルテは現在、遺跡巡りの旅を行っている。護衛を付けている訳でもなければ調査団を結成している事実もなく、一人で各聖地を転々としている最中。よって、このパロップから姿を消したからといって即座に行方不明と断じることはできない。


 もっとも――――


「数日前、マルテは知り合いの女性に遭遇して『キャルディナとグリムオーレの仲裁を買って出た』と言っていたそうです。それを聞いて俺はこの地へ来ましたから」


「成程。仲裁人としての役割を果たさないままパロップを出て行く筈がないということか」


 納得したように頷いているが、テールがこの事実を今初めて知ったという保証は何もない。全ての事情を知った上で彼がマルテを拉致した可能性もある。少なくともロストはそれが一番自然だと言っていた。


 現状、キャルディナとグリムオーレの和解は絶望的だ。クワトロ・ホテルが教会の斡旋に従いキャルディナとの契約を交わせばグリムオーレは不当だと訴えるだろうし、グリムオーレとこれまでの関係を続けキャルディナを突っぱねれば当然キャルディナは憤る。何しろ、既にギルドの建築まで行っている段階だ。報復に出ることもあり得るだろう。


 もしそうなれば、キャルディナとグリムオーレの抗争に発展する恐れもある。


 だが両ギルドはその事態を絶対に回避したいとまではいえないのが実状。それはロストだけでなくラディも同意見だった。


 キャルディナは元々好戦的なギルド。邪魔者を武力行使で排除するなどお手のものだ。


 対するグリムオーレも、競合する魔術士ギルドをこの機会に退け、名声を獲得したいという思惑もある筈。昨夜、フランブルは教会幹部に対して強気な姿勢を貫いていた。争いになっても構わないという方針の表れだ。


 だが教会だけは両ギルドの抗争を避けたい立場にある。キャルディナを連れてきたことでギルド同士の抗争が始まれば、地域住民からの非難は免れない。何しろキャルディナ誘致は既に教会側が喧伝している。『自分たちが街の治安維持を牽引した』と訴える為に。


「君は何故、マルテ様を探しているのだね?」


「調査中の建物が特殊な構造になっていて、現場に詳しい有識者の知識を必要としています。彼は遺跡に精通しているみたいですから」


 あくまで素性や血縁は無関係。用があるのは考古学者見習いとしてのマルテだ、というロストの淀みない返答に――――テールは小刻みに頷いた。


「ならば私が建築史家を数人見繕ってやろう。それならば、君がマルテ様を探す理由はなくなるだろう?」


 ――――それは交渉と呼ぶにはあまりに乱暴だった。


「確かにマルテ様は積極的に現地調査を行っておられるようだ。しかし、年齢からもわかるようにまだまだ駆け出し。より経験豊かな学者の方が、君にとっても有益ではないかね?」


 だからこれ以上パロップに関わるな。マルテを探そうとするな。


 そう訴えるも同然のテールの提案は、後ろめたいことがあると雄弁に語っている。同時にロストたちがそれを確信しているという認識でもある。


 交渉というよりは取引。それも隠蔽工作の色合いが強い悪魔の取引だ。


「マルテの知り合いの女性は俺の知人でもあります。彼女からマルテが無事務めを果たせたかどうか報せて欲しいと頼まれているんですよ。なので途中退場はできません」


「その女性とは何者かね?」


「デウス=レオンレイの直属の部下、四方教会の一員です」


「……成程。そういうことか」


 デウスの名を知らない魔術士はいない――――というのは大袈裟だが、それでも前教皇の息子であり魔術士最高の才能を有する彼は、教皇選挙で敗れてもなお異質な存在感を放ち続けている。マルテが司教の立場にあるテールから『様』付けで呼ばれているのも、その血筋に対する畏敬の念が大きい。


「一応断言しておきますが、デウスから依頼されてここへ来た訳ではありません。あくまで俺個人の私情です」


「生憎だが、それが真実か否かは大した問題ではない。本当に君がデウス様ゆかりの人間であるならばね」


 歴史を重んじるテールにとって、前教皇のゼロス=ホーリーは過去の人ではない。死して尚、デ・ラ・ペーニャの歴史の一部として敬意を払うべき人物。故に息子のデウス、孫のマルテにも同様の意識を向けている。


 ラディは内心、ロストに対して感心を通り越し戸惑いすら覚えていた。


 テールと知り合ったのは昨夜。それなのに、彼の立場や性質、何に重きを置いているかを正確に把握し、理詰めで相手の要求を退けている。



『教会との交渉なら俺の方が慣れてるだろうし』



 昨夜の彼の言葉を思い出し、それが決して軽口の延長ではなかったと思い知らされたラディは、自分がこの奇妙な青年に引き込まれているのを嫌でも自覚せざるを得なかった。








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