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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
アフターストーリー「大陸編」
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後日譚:追憶の調べ(9)

 和やかな会食など想定できる筈もない面々だったとはいえ、ここまで険悪な空気になるとは予想していなかったラディはロストの後頭部を一発叩きたい心境に駆られていた。


 何しろこの空気を作ったのは紛れもなく彼。酒場での戦闘も含め大人しい印象こそなかったが、ここまで露骨に事を荒立てるようなタイプとは思っていなかった為、教会関係者に対するロストの辛辣な物言いには驚きを禁じ得なかった。


 一方で、先にマイセン親子の方が無礼な言動をホテル側に見せたのも事実。もっとも、ロストがそれに対して怒りを露わにした訳ではないとラディは感じている。


 だがロストの真意が何なのかはまるで見えない。事態が呑み込めなければ流れも読めない――――要するに面倒臭い状況だと総括し、内心ひっそり溜息をついた。


 そしてフランブルもまた、苛立ちを抑えることなく眼前のアビュウスを睨みつけている。


「我々に一任するなんて話は聞いたことがないな。責任を全て押しつけるつもりか?」


「オマエに情報がいってないだけだろ。ギルドマスターに信用されてないんじゃないの? 先の総大司教襲撃事件では戦犯だったって話じゃん?」


「……!」


 それはフランブルにとって最も厳しい指摘。


 舌戦を制したアビュウスは口元を弛ませ、軽快に口笛を吹いた。


「話が前後したが、そういう訳だ。立地場所にまで口を挟んだ訳ではないが、キャルディナをこのパロップに招いたのは私たち教会の総意なのだよ。あの無法地帯だったアンフィールドを大人しくさせた実績を買ってね。この地域の経済を健全に動かす為にも、君たちが我々の決断に理解を示してくれると信じているよ」


 テールの説明はベリルに向けてのもの。つまり、クワトロ・ホテルにグリムオーレとの契約を解除しキャルディナと懇意にするよう迫っている。


 それは既にキャルディナが教会の懐柔に成功したことを示している。


「で、ですが……」


「君に反論する権限はないだろう? この事実をサビオ氏へ速やかに伝え、彼の意向をキャルディナ、グリムオーレ両ギルドに明かすといい。長居する理由もないことだし、ここらで失礼するとしようか」


 最初から懇談などする気もなかったのか、或いはロストとフランブルに気分を害されたのか、テールは一方的に捲し立てると早々に席を立つ。


 だが――――


「マルテの身柄を拘束するよう指示したのは貴方がたですか?」


 真正面を向き瞑目しながら言い放ったロストのその質問によって、その歩みは強制的に止められた。


「……君はどうも、礼儀というものを知らなすぎるようだ。それとも我々アランテス教会と事を構えるつもりかね?」


「礼儀に関しては申し訳ありません。育ちが悪いもので。ただし一点……」


 目を開き、テールの方に顔を向けたロストはゆっくりと告げる。


「今の質問は貴方がたに向かって言った訳じゃありませんけどね」


 その言葉は、ずっと温和な表情を崩さずにいたテールの眉間に深い皺を刻んだ。 


 実際、ロストは名指しした訳ではない。マイセン親子に視線を向けた訳でもない。何より、この会食内でマルテの話が出ていた訳でもない。


 それでも尚、テールは自分たちに向けられた言葉として即座に認識した。


「俺は彼に会う為にパロップまで来たんですが、どうもグリムオーレを訪ねた直後に行方不明になってしまったみたいで。だからグリムオーレ所属のフランブル、グリムオーレと契約を交わしているクワトロ・ホテルを怪しんでいたんですけど……まさか無関係の教会の人間が誤解するとは思いませんでした」


「ザケんな! さっきからテメェ、オレらに向かってグダグダ文句を言ってたじゃねーか! だったら今のもオレらに言ったと思うのが普通だろうが!」


 憤るアビュウスとは対照的に、テールの方は言葉を発することなくロストを横目で眺め続けている。


 値踏みするかのようなその視線が、ロストの全身に絡みついているかのようにラディには見えた。


「マルテを知ってるのか?」


「教会にいて知らない奴がいるかよ! 前教皇の孫だろ!?」


「ああ。なら当然、教会にとっては重要人物だと思うが……『拘束されている』という俺の証言にはまるで興味がないんだな」


 その指摘に対し、意味を理解していないのかアビュウスは動じる様子のないまま顔を歪ませている。


 だが、テールの方は――――


「……確かに、マルテ様が本当に拘束されているのならば由々しき事態。最優先で君に事情を詳しく問うべきところだ。マルテ様の存在を秘匿していないのであれば」


 ロストの指摘の真意を噛み砕くように、淡々とした口調で答えを返した。


 そこでようやく自分の反応の杜撰さを知ったアビュウスは、思わず顔を背け下唇を噛む。この上なくわかりやすい、痛恨を認める表情だった。


「だがそれよりも、極めて慎重に扱うべきその問題を軽々しく口にした君への怒りが勝ったのだよ。私の未熟さを指摘するかね?」


「未熟なのは貴方よりも息子の方でしょうね」


「テメェ……!」


 再び激昂したアビュウスが――――次の瞬間、その真っ赤だった顔を一気に青ざめさせる。


 彼の首筋を撫でるように宛がわれた氷の刃の冷たさで。

 

 その青魔術【氷刃】を指先から伸ばしているのは、彼の親であるテールだった。


「口を慎めと言った筈だぞ。アビュウス」


「……あ、ああ」


 常に喧嘩腰だったアビュウスが、父の一言で怒気どころか生気すら鎮める。


 一種異様な光景だった。


「君の指摘、甘んじて受け入れよう。親として、上司として私の教育力不足が露呈してしまったようだ」


「ぐっ……」


 アビュウスにとってこれ以上の屈辱はない。その怒りは自分自身に向けられることはなく、憎悪の眼差しはロストに終始固定されていた。


「明日、教会を訪ねてくれたまえ。そこで続きを聞かせて貰おう。君の話が真実だとしても、対応するには時間が深すぎるのでね」


「……」


 最後に強引な約束を交わし、テールは歩みを再開する。アビュウスも怨念だけを残しそれに続いた。


 暫し場内の空気は張り詰めたままだったが――――


「なーんでこんなことになっちゃったのさ……?」


 それに耐えられなくなったラディが最初に脱力すると、ベリルも気絶しそうな勢いでテーブルに突っ伏す。彼にとっては事故と言うしかない出来事だっただけに当然の反応だ。


「叩けば埃が出そうな連中だったから叩いてみたら案の定だった。それだけだ」


「それだけだ、じゃねーでしょ! もっと穏便にできなかったの!?」


「腐った権威相手にそれができれば苦労はない」


 まるで悪びれる様子もなく、ロストはしれっと答える。まるで教会の内情や腐敗について知り尽くしているかのように。


「ま、あの痛々しいクソ息子にムカつくのはわかるけど」


「私情を挟んだつもりはない。父親の方は中々手強そうだったからな」


「弱点を突くのは戦術の王道、という訳か」


 呆れ気味にフランブルはそう吐き捨て、虚空を眺める。何か思い出したくないことを思い出してしまった、と言わんばかりの哀愁を帯びた表情で。


「実は父……サビオも態度を決めかねておりまして」


 そのフランブルに対し申し訳なさそうに目を伏せながら、ベリルが口を開いた。


「クワトロ・ホテルは総大司教襲撃事件以降、グリムオーレと力を合わせてパロップ全体の信頼回復に努めてきました。決して裏切るつもりはありません。ですが、教会相手に我を通すのも難しく……」


「板挟みってやつだね。ベリルさんも苦労してますなあ」


 あまり労りの心がこもっていそうにないラディの言葉だったが、ベリルは涙ぐんで何度も頷いた。


「私どももどうしていいかわからず途方に暮れている、というのが本音です。正直、キャルディナに対しても余り良い印象は……」


「ほぼ反社会勢力だからな」


 無慈悲なロストの突きつけてくる現実に、ベリルは再びテーブルに額をぶつける。


 オーナーであるサビオが対応に困り表に出てきていないのは明白。間違いなくこの場で一番困り果てているのは彼だった。


「グリムオーレとしては、もしこのホテルがキャルディナと提携するのならば強硬な姿勢を取らざるを得ない。今後一切協力できないばかりじゃなく、積極的に競合店との契約を取りに行くことになる」


「ですよね……」


 もしクワトロ・ホテルがグリムオーレとの契約を打ち切ってキャルディナに乗り換えれば、グリムオーレには見捨てられたというイメージが付いてしまう。それを払拭するには、クワトロ・ホテル以外の有力な宿と契約するしかない。


「そもそも、なんで教会はキャルディナを誘致したの? ホントに治安回復の為?」


「逆だな。治安を回復させない為だ」


 ラディの質問に対し、ロストは即答にて断言した。


「なんでさ。パロップが平和な観光地になれば経済は安定するでしょ? この辺一帯を統治してる教会の株も上がるんじゃないの?」


「普通はな。でもこの地域に関してはどうしても『総大司教襲撃事件があってから治安が良くなった』って評価になってしまう」


「あー……」


 その事件で教会の護衛が役立たずだったことは、周囲の住民だけでなく観光に来た人々も知っている。パロップの治安が良くなれば良くなるほど、教会ではなく事件の立役者となったグリムオーレの評価に繋がっていく。


 そういう事情があるからこそ、ロストの『教会が治安回復に力を入れていない』という旨の発言でマイセン親子は苛立った。それをわかりやすく出していたのは息子の方だったが、実際には父親の方が遥かに憤っていた。それが最後、息子への過剰な制止となって現れた。


「連中がキャルディナを誘致した後に治安が回復すれば、それは教会の評価に直結する……か。教皇が変わっても相変わらず自分たちのことしか考えない腐った組織のままのようだな」


 怒りを押し殺すような声で呟きながら、フランブルも席を立つ。


「フランブルさん!」


「クワトロ・ホテルの立場が難しいことは理解した。だがこの世界、契約が全てだ。それを踏まえた上で結論を出して欲しい。最終判断を下すのはそちらだ」


 元々臨戦魔術士のフランブルは、こういった交渉の場に馴染んではいない。嫌気が差したと言わんばかりに足早に去って行く彼を追い掛けるだけの気力は、ベリルには残っていなかった。

 

「これさーぁ、明日も絶対修羅場だよね。私ここで休んでていい?」


「好きにしろ。教会との交渉なら俺の方が慣れてるだろうし」


「……むっ」


 そのロストの言葉がラディのプライドを刺激し――――結局二人でアランテス教会パロップ支部へ向かうことになった。

 







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