後日譚:追憶の調べ(8)
総大司教を襲撃から守った事件以降、クワトロ・ホテルはその立役者となった魔術士ギルド【グリムオーレ】と大型契約を結んだ。
その契約は、クワトロ・ホテルに要人を招く際には必ず警護の仕事を依頼するという内容。不定期とはいえ要人警護はかなり実入りの良い仕事とあって、当時から既に経営状況が芳しくなかったグリムオーレにとっては願ってもない契約だった。
その代わり、同時期にどれだけ美味しい依頼が舞い込んできてもクワトロ・ホテルの依頼を絶対に優先するという条項が設けられ、確実に警備の人員を確保できる為ホテル側にもメリットはある。総大司教を救った実績があるだけに、トアターナ地方を訪れる教会の要人に『たとえ緊急の宿泊であっても十分な警備体制をすぐ整えられる』とアピールできるのは大きい。
この両者の蜜月関係は現在も続いており、グリムオーレにとっては商売敵となるキャルディナがクワトロ・ホテルの傍に支店を出すという噂が流れた際には、誰もが信じようとはしなかった。
だが、キャルディナは建設を強行。クワトロ・ホテルもそれを静観しており、グリムオーレの危機感を更に煽っている。
「副支配人の貴方からハッキリとした言葉を貰いたい。クワトロ・ホテルは我々グリムオーレではなくキャルディナを選んだと解釈してもいいのか?」
夜会と称したその会食に参加しているのは、僅か5名。
その内の一人、フランブルはテーブル上の料理に一切手を付けず、静かな怒りを滲ませていた。
本来、こういった契約やパートナーシップについての会合に幾らギルドの顔とはいえフランブルのようなギルド員が参加することはない。あくまでギルドマスターをはじめとした運営スタッフの領分なのだから。
たとえ参加するとすれば、ギルドマスターの護衛を兼ねたお供として。しかしこの場にグリムオーレの関係者はフランブルしかいない。それも何らかの用事で参加者が変わった訳ではなく、グリムオーレは最初からこの夜会にフランブルのみの参加を通達していた。
ホテル側もこの対応に関しては困り果てていた。もし彼らが武力による実力行使を目的としているのなら、オーナーであるサビオを出席させる訳にはいかない。とはいえ余りに格下の従業員に対応させる訳にもいかず、副支配人のベリルが参加することになった。
彼がラディとロストをこの場に招いたのは、フランブルに対しての抑止力になるからだ。
酒場でのラディの迅速な誘導、そしてロストの魔術士としての力量を目撃していたベリルは、この場を丸く収める為の策として2人をホテルに招いていた。
ラディたちにもこのことは事前に明かしている。当初ロストは難色を示したが、ラディが強引に受理して現在に至る。
そして、残る二人は――――
「私たちも詳しい話を伺いたいものです。決して無関係ではないのですから」
「相変わらずヌルいな親父。命じろよ。『オレたちに迷惑かかる前に全部話せ』って」
ローブに身を包み、荘厳な雰囲気を醸し出しながら含み笑いを浮かべている。
アランテス教会パロップ支部司教、テール=マイセン。
同支部司祭、アビュウス=マイセン。
パロップの政治経済を担う存在であるテールが、自身の息子を引き連れてクワトロ・ホテルを訪れた意味は決して軽くはない。
だがフランブルは彼らのことを無視するかのように、ベリルに向けて強い怒気を放ち続けている。
「そもそも無礼なんだよ。なんで支配人じゃなく副支配人なんだ? オレたちをこのホテルで一番偉いヤツが出迎えないなんてあり得ねーだろ」
「口が過ぎるぞアビュウス。私たちがここを訪れたのは予定にない行動だ。サビオ氏とて所用がなければ快く迎えてくれた筈だ」
一方のマイセン親子も高圧的な態度を隠そうともせず、ベリルは半笑いを浮かべるのみ。もっとも、騙し討ちに近い形でラディたちをここへ連れてきた彼に同情の余地はない。
「っていうかさ。そっちの二人は何なんだよ。まさかこの場に無関係な人間を呼んだ訳じゃないよね?」
「彼らは……街の危機を救って下さった恩人で御座います」
「あっそ。でもそれオレらには関係なくね?」
口調はかなり居丈高だが、アビュウスの反論には正当性がある。
この夜会はキャルディナの支部について静観を続けているクワトロ・ホテルの方針や姿勢について問い質すという共通認識がある。元々そういう話をすると取り決めていた訳ではないし、ましてマイセン親子は訪問予定を告げず不意打ちも同然で来たのだから、招待客の選定にまでケチを付けられる謂われはホテル側にはない。
とはいえ、彼らはアランテス教会の幹部。
デ・ラ・ペーニャにおいて実質的な支配勢力である教会の人間にとっては、魔術士ではない民間人であろうと対等ではない――――そう考える者は多い。
故に、ラディはこの夜会に参加したことを猛烈に後悔していた。
彼女がベリルの要請に応じた理由は、料理に目が眩んだからだけではない。それもかなりの割合を占めているが全てではない。
情報を得る為だ。
情報屋はあらゆる情報を常に欲している。通常では聞けない会話、目にしない人間、経験できない出来事に関しては余程のことがない限り積極的に得る。情報屋にとっては当然の本能だ。
そしてこの夜会、フランブルが参加すると聞いた時点でキャルディナに関する話題が中心になるのは想像に難くない。ラディたちにとっては現在最も必要な情報なのだから、面倒事という理由だけで断れる筈がない。
とはいえ、教会関係者が参加したのは寝耳に水。そして部外者なのも事実。アビュウスの指摘に反論の余地はなく、あれだけ楽しみにしていた肉料理も全く手を付けられずにいた。
「関係ないことはない」
だが、アビュウスと向かい合う席に座るロストは違った。
「このパロップはずっと治安が悪い。それなのに教会は一切改善しようという姿勢を見せない。良い機会だから一言言わせて貰いたくて無理にお願いしたんだよ」
「……あ?」
ロストの発言に、ラディとベリルは同時に顔色を失う。内容が真実と異なるだけではなく、教会幹部に対する彼の言葉遣いと態度は明らかに一線を超えていた。
「誰だよオマエ。随分偉そうだな」
「本当に偉いあんたらが立場に見合うだけの仕事をしないからこうなる」
「……」
ロストと同世代と思われるアビュウスの顔は、今にも破裂しそうなほど強張っている。それは最早、怒気や憤怒といった表現では適切でないほどの感情表現だった。
「ちょ、ちょっとロスくん! 急にどしたの!?」
「テール司教。息子の教育がなっていませんね」
慌てて止めようとしたラディを無視し、ロストはその矛先をテールへと向ける。
彼は息子とは違い、感情を表に出してはいない。まるで度量を試されていると自分に言い聞かせているかのように、自戒の念を全身から漂わせている。
「……どうやらクワトロ・ホテルは私たちの庇護は必要ないという訳か」
「い、いえ! そのような意図は決して……!」
「ではどのような意図があって、この輩を参加させたのでしょうかね?」
テールは微笑む。その感情表現の内情は、先程の息子を遥かに凌駕していた。
「抑止力に決まっているだろう」
答えたのはロスト――――ではなくフランブル。彼もまた、テールやアビュウスに対して怖じ気づく様子は微塵もない。
教会と魔術士ギルドの間に公的な上下関係はない。だが現実にはギルドが教会に逆らうことはできない。魔術士でなくとも誰もが知る常識だ。
それだけに、ラディは彼の言動にも驚きを禁じ得なかった。
「ギルドが戦闘要員の俺をここへ寄越した時点で、ホテル側が武力行使を懸念するのは必然だ。招かれざる客のお二方は関係ない」
「馬鹿言うな! そいつはオレたち教会関係者に一言言いたいから参加したっつっただろうが!」
「貴方がたに、とは言っていないだろう? 一言言いたかったのは俺に対してだ。そうだろ?」
答え合わせを求め、フランブルはロストに視線を送る。追随するようにマイセン親子もロストの方を睨みつけた。
「……数年前、総大司教がこのホテルで襲撃を受けた事件は知ってる筈だ。あれ以来、グリムオーレはこのホテルだけじゃなく教会とも懇意にしてきた。治安を良くする為にはギルドの戦力だけじゃ足りない。教会から人員を派遣して貰い『パロップは教会が守護している』と印象付ける必要がある。それなのに、そういう動きが一切なかったことを疑問に思っていたのは事実だ」
ロストの返答は、フランブルに対してではなくマイセン親子へ向けたものだった。
総大司教は幹部位階三位の立場であり、六位の司教や七位の司祭より遥か上の立場。その彼女――――ミルナが襲われたというのに、治安を回復しようという動きがないのはどういうことか。
それを言う為に参加した、というのがロストの言い分だ。
そしてその意見は、教会幹部の二人にもそのまま流用された。
「……成程。治安を回復させようとしていないにもかかわらず、私たちが自らこのホテルへ足を運んだことの矛盾を説いている訳か」
ようやく話の繋がりを理解し、テールは怒りを鎮める。
一方、息子のアビュウスは理屈を理解しながらもロストへの敵意を収めることはなかった。
「ならば、その疑問について私から答えよう。教会はグリムオーレを信頼し、このパロップの治安を一任していた。だが期待は裏切られ一向に改善する気配が見られなかった為、キャルディナを誘致したのだよ」
「何だと?」
「親父の言ったことが聞こえなかったのか? オマエらが頼りないから余所から別のギルドを引っ張ってきたんだよ。オレたちがな」
「……!」
アビュウスの挑発的な発言に、今度はフランブルが激昂を露わにした。




