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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
アフターストーリー「大陸編」
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後日譚:追憶の調べ(7)

 襲撃者の正体をキャルディナの関係者だと仮定した時点で、ラディたちは宿に戻るという選択肢を封じられてしまった。


 何しろ最接近するまで気配を悟らせないような連中が相手。酒場で襲ってきた時点で既に尾行されていたと考えるべきで、宿も特定されている可能性が極めて高い。


 とはいえ、既に辺りはすっかり暗くなっており今から別の宿を探すのは難しい。当然、野宿する訳にもいかない。


「あの……」


 途方に暮れていた二人に、背後から遠慮がちな声がかかる。


 同時に振り向くと、そこには同世代と思われる黒髪の青年が立っていた。


 容姿は至って普通。特に特徴らしい特徴はない。服装もごく普通の布製の物。


 だが、装飾品はその限りではない。首にはかなり目立つネックレスをぶら下げ、両腕に宝石を散りばめたバングルを装着している。


 更に目立つのは、手の指全てにはめている指輪。こちらも全て大きな宝石を携えており、質素な容姿には余りに似付かわしくない。


「先程はありがとうございました。あの的確な誘導がなければ、酒場に取り残され騒動に巻き込まれていたかもしれません」


 青年は覇気のない声でそう告げ、ラディに向かって深々と頭を下げる。緊張の面持ちで身構えていたラディは、そこでようやく青年の意図を理解し安堵の息を漏らした。 


「あー全然全然。あんなの大したことじゃないですから」


「とんでもない! ああいう緊急時に他人の為に動くなんてそうそうできることじゃありません。どうしても我先に、となってしまうのが人間の心理ですので」


 装飾品の派手さからは想像も付かないほど、青年は穏やかな物腰でラディを絶賛し続けている。その目には明らかな憧憬の輝きが浮かんでいた。


「そ、そーですか? たはは……照れるにゃー」


 そして当のラディは褒められ慣れていないのを露呈するかのように、ぎこちない反応に終始していた。


「ところで、お二人はもう今日の宿はお取りになっているのですか?」


「へ? えーっと……」


「もしまだでしたら、是非僕に御案内させて下さい。実は実家がホテルでして。ささやかですが御礼をさせて頂きたいのです」


「……」


 先程までの浮かれた表情から一転、ラディは緊張の面持ちでロストと目を合わせる。


 襲撃を退け油断しているところに新たな罠を仕掛ける――――そういう戦略もないとは言い切れない。


 とはいえ、それが咄嗟の判断ではなく搦め手のような事前準備が必要な策となると話は別。成立するのはロストとラディが正攻法では到底敵わない相手だと最初から想定していた場合のみだ。ラディはともかく、襲撃以前にロストの実力を見定める機会がキャルディナの魔術士にある筈がない。


 警戒を完全に解くことはできないが、積極的に疑う必要はない。


「大変失礼ですが、そのホテルというのは……?」


 そう判断したロストは小さく頷き会話に加わることにした。


「あ、はい。恐らく御存知ではないかと思うのですが……クワトロ・ホテルという所です」


 苦笑を浮かべながら答える青年とは対照的に、ロストは一瞬言葉に詰まった様子で立ち尽くす。ラディも思わず息を呑んだ。


 パロップでも有数の集客数を誇る宿泊施設で、その周辺の道が多くの人で賑わうことから『クワトロ通り』と名付けられ観光名所となっているほど。そして同時に、先程一悶着あったキャルディナのすぐ近くにそびえ立っているホテルでもある。


 敵の傍で宿泊するのは当然、相応の危険が伴う。ただクワトロ・ホテルのような地方の経済を左右する有形資源を脅かすような真似をすれば今後ここでギルドを経営していくことはできなくなる為、もし先程の襲撃者がキャルディナの関係者なら寝込みを襲われる心配はなくなる。


「勿論存じ上げています。でも、あのホテルはいつも満員では?」


「通常の客室はそうですが、特別な客人を招待するスイートルームは結構空いていることが多いんです。勿論、宿泊費は一切頂きませんので」


 つまりスイートルームを無料で提供するという申し出。ラディが行ったことに対しての謝礼としては余りに破格だ。


「な、なんか申し訳なさ過ぎてちょっと受け辛いんですけど……」


「そんなことはありません! あの酒場には僕だけじゃなくホテルの常連客や取引先のスタッフもいましたので、お二人は本当に救われたのです。どうか恩返しをさせて下さい」


 再び頭を下げる青年に対し、ラディは困惑を隠せず再度ロストの方に目を向ける。その顔には『もう私には決められないからアンタが決めて』と露骨に書いてあった。


 それを受け、ロストは――――


「では御言葉に甘えさせて頂きます」


 特に躊躇することなくそう告げた。





 煌びやかな外装で知られるクワトロ・ホテルだが、ここ数年は方向性を少し変えており、内装は比較的落ち着いた大人の空間を意識しているという。


 貴賓室やスイートルームも例外ではなく、以前は華やかな調度品で埋め尽くすような部屋だったが、現在は非日常感の演出だけでなく目に優しいベージュ色のカーテンなど清潔感や安心感を第一に考えた室内になっている。


 とはいえ照明用のシャンデリアは豪華絢爛で、ベッドも最初に取った宿の倍以上のサイズで質感も上々。格調高い雰囲気をそのままに、より快適に過ごせる客室となっている。


「ほえ~……今まで色んな宿に泊まってきたけど、こんなキレーなお部屋初めて」


 一日に二度も襲われたことなど忘れたかのように、ラディは目をキラキラさせて室内を飛び回っている。決して裕福な暮らしをしている訳ではない彼女にとっては夢の国に等しい場所だった。


「恐れ入ります。お連れの方のお部屋は隣になりますが、そちらも全く同じ内装ですので」


「ありがとうございます」 


 部屋の鍵を手渡されたロストは、はしゃぎ回るラディとは対照的に感動した様子もなく淡々とした様子。寧ろホテルの前で建物を眺める時の方が感情を表に出していた。


「改めまして、クワトロ・ホテルへようこそ。僕……私は当ホテルの副支配人、ベリル=コルッカと申します」


「あ、御丁寧にどもども。私はラディって言います。そっちの愛想のない奴はロスト……確かここに来たことあるって言ってたよね?」


「もう随分前の話だけどな」


 ロストは当時を懐かしむかのように遠い目をして答える。その顔には、何処か遠慮のようなものが透けて見えた。


「……もしや、あの事件のことを御存知なのでは?」


 それを察したベリルが恐る恐る尋ねると、ラディも即座に反応を示す。何故なら彼女にとっても『あの事件』は全くの無関係ではないからだ。


 数年前、このクワトロ・ホテルで起こった大事件は今も関係者の記憶に色濃く残っている。


 当時、このホテルのオーナーでありレアメタル収集家としても名を馳せているサビオ=コルッカは、自身のコレクションを誇示する為にレアメタル展示会を開催していた。


 そのゲストとして当時総大司教だったミルナが招かれ、息子のオルナと共にこのホテルに宿泊していたところ、魔術士殺しと思われる剣士に襲撃され、あわや命を落としかねない事態となった。


 幸い剣士は倒されミルナもオルナも無事だったが、もし万が一のことがあったらクワトロ・ホテルは今頃存続していなかったかもしれない。


「はい。あの襲撃の日に俺、ここにいましたから」


「え!? マジで!?」


 ロストの述懐にいち早く驚きの声を挙げたのはラディ。一方、ベリルの方は露骨に表情を曇らせ、バツの悪そうな顔で俯いてしまった。


「……であれば、このホテルの安全性に疑問を呈されても仕方ありませんね」


「いや。あの件でホテル側に問題はありませんでした。問題があったとすれば、ギルドと総大司教の護衛が全く連携をとれていなかったことです」


「そう言って頂けると……あの事件以来、オーナーの父も心を入れ替えお客様の安全を第一に考えていますので」


 そんな二人のやり取りを傍で聞いていたラディは、安堵した様子のベリルよりもまるで当事者のように発言するロストの方に意識を向けていた。


 あの襲撃事件は確かに有名で、情報屋の間でも謎多き出来事として話題になった。


 展示会が始まる前から魔術士殺しの出没を懸念されている中、総大司教であるミルナが息子を連れてわざわざ宿泊までしたのは何故か。


 その魔術士殺しは何者だったのか。


 魔術が通用しない筈の魔術士殺しを倒したのは一体誰なのか。


 様々な憶測が飛び交い、真実を知りたいと多くの情報屋がこの地を訪れたが、結局全て白日の下に晒されることはなかった。


 ラディはこの件について余り関心を寄せてはいなかったが、知り合った人物が当事者の可能性があるとわかった今、無関心ではいられない。


 とはいえ好奇心に身を委ねられるような状況ではない。ホテル内は安全と思われるが、あくまで状況的な推察であって保証など何もない。しかしながらせっかく高級ホテルを満喫できるチャンスを緊張感と警戒心だけで無駄にしたくはない。


 様々な葛藤で頭を悩ませるラディだったが――――


「ところで、もし酒場での御食事が途中でしたら我がホテル自慢の肉料理など御用意できますが……」


「お願いします! お願いしますお願いします!」


 最終的には食欲が全てを凌駕し、口元を拭いながら何度も首肯する。


 自慢の肉料理。それはラディにとって抗えない魔法の言葉だ。


「では是非、夜会に御参加下さい。服装はそのままで問題ございませんので」


「夜会?」


「はい。実はこれから……――――」


 そこでベリルの口から発せられた言葉は、ラディたちにとって必ずしも歓迎すべき内容ではなかった。






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