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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
アフターストーリー「大陸編」
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後日譚:追憶の調べ(6)

 テーブルが破壊された音と酒瓶や皿の割れる音が混ざり合い、方々の音階で不快な響きを撒き散らす。


 ラディはその瞬間、遥か後方に吹き飛ばされていた。


 だがそれは殺傷力を伴った攻撃ではなく、咄嗟にロストが放った緑魔術【噴風】によるものだった。


 一瞬混乱するも、ラディはそのロストの行動が自分を回避させる為だと理解する。同時に、これから自分がどうすべきかも。


 これから戦闘が始まるとなれば、魔術士同士の戦いになる。自分がその場にいてもできることは何もない。


 よって逃げるのが得策。心の中でロストの無事を祈りつつ、一刻も早く危険から遠ざかる必要がある。ロストもそれを望んでいるだろう。


「あーもう! 自棄酒する暇もないとかホントあり得ないんだけど!」


 だがラディは逃げない。そして役に立てないという発想もない。


「マスター! なんかヤバい奴来たからお客さんを逃がして!」


「え……? え?」


「ここにいると襲撃に巻き込まれるから! 早く!」


「あ、ああ。わかった」


 実際に何処まで理解しているかは怪しいが、それでも酒場のマスターは既にパニック状態の客に対し必死に速やかな退場を促す。だが当然出入り口は混雑しており、中々前に進めない。


 飛び交う悲鳴と怒号。


 それに対し、ラディは――――


「はい注目! みんなこっち見て!」


 腫れ上がるほどの勢いで手を何度も叩き、強引に視線を自分に向けさせる。


 勿論、客全員という訳にはいかない。だが必死に逃げようとしていた中の数割はラディの方に気が向き足が止まる。


 たったそれだけのことで、滞留状態だった出入り口に流れが生じる。


「お酒に酔ってる人は下手に走るとコケちゃうから早歩き推奨! 存分に慌てていいから全力で歩いて!」


 当然、これも全員が聞き入れる訳ではない。寧ろ本当に走るのを止める者は僅かだ。


 だがそれでいい。ラディの呼び掛けによって『ひたすら走って逃げる者』『少し止ったのち走って逃げる者』『止ったのち早歩きで逃げる者』の三通りが生まれ、逃げ惑う人々のスピードに差が生じている。まだ多少詰まってはいるが、混雑が極まって出入り口が塞がる最悪の事態は免れた。


 自分にできることを一通り終えたラディは、襲撃してきた人物に目を向ける。


 全身を漆黒のローブで包み、顔も薄い布で覆っている為素顔と年齢は不明。声は明らかに男だったが、ラディの脳内に一致する情報はない。


 その襲撃者はロストを集中的に攻撃していた。


 だがそれをもってロストが標的だと断定はできない。襲撃への対処を見て、ラディよりもロストを優先的に始末するべきと判断したかもしれない。


 遠巻きに見る両者の戦闘に派手さはない。お互いに黙ったまま動き回り、魔術による攻防を繰り広げている。


 食べ物や酒瓶を蹴り落としながらテーブルに乗り、襲撃者は間断なく攻撃魔術を放つ。それをロストは丁寧に結界で防ぐ。両者共にオートルーリングを使用しているので攻防は極めてスピーディーだ。


 その繰り返しが続く度に店内の荒れ具合は増していく。


 だが魔法による破壊行為は最初の一撃のみ。後はロストの結界が全て綺麗に消滅させている。


 ラディは知っている。それが高等技術であることを。


 結界には対物理攻撃と対魔術のものがあるが、後者についても『攻撃魔術を減衰させる結界』『吸収する結界』『反射する結界』と種類は様々。吸収特性を持たせた結界は特殊な為、大抵は『減衰』『反射』のどちらかが使用される。


 攻撃を反射させる結界は、魔術に対し親和性が低い性質を結界に付随させる必要がある。魔術を弾く性質を持たせると言い換えることもできる。


 反射型結界のメリットは、上手くいけば攻撃魔術を撃った相手に直接跳ね返せること。防御をそのまま攻撃に結びつけられる。だが難易度は高く、結界の形状や出力を少しでも間違えると明後日の方向に弾いてしまう。


 威力で押されても受け流すことができるメリットもある。よって戦術的には有用だが、同時に場所を選ぶ結界でもある。


 一方、減衰型の結界は攻撃魔術に含有されている魔力が弱まるような作用を与える為、完璧に防いだ場合は攻撃魔術を消滅させることも可能。だが威力勝負で負ければ結界を破壊されてしまい、その魔術を身体に浴びてしまう。威力が弱まっていても相応のダメージを受けることになる。


 ロストが使用しているのは減衰型の結界。受け流した魔術で酒場が破壊されないようにとの配慮と思われる。


 襲撃者の放つ魔術は特定の属性に限定していない。赤魔術と黄魔術をメインに全属性を使用している。その全てに対し、ロストは対象属性を一つに絞った結界で対応している。だからこそ綺麗に消滅させられている。


 四分の一の確率を何度も当てられるほど異常な幸運の持ち主でない限り、それを可能とする理屈は二つに一つ。


 どの属性で攻撃してくるかを事前に読み切っているか、自動で行われる高速ルーリングを瞬時に読み解き即座にその属性に対応する結界を展開しているか。


 どちらも魔術士の常識では到底考えられない神業。何故そのような真似を一介の旅人が易々とやってのけているのか、対峙する襲撃者は勿論ラディもまるで理解できず、見惚れるように呆然と彼の姿を眺めていた。


 わかる筈もない。


 ロストと名乗るこの青年が何者なのか、彼女は覚えていないのだから。


「……!」


 七発目の魔術も不発に終わり、襲撃者の攻撃が止む。


 無論、顔色はわからない。だが焦りが生じているのは明らかだ。


「もう終わりか?」


 ずっと沈黙したまま防御に徹していたロストが、その動揺を見透かしたかのように声を発した。


「だったら――――」


 捕らえて正体を暴き、襲撃の理由を聞き出す。


 それを言語化する前に、襲撃者は新たな魔術を綴った。


「!」


 黄魔術【光襲】。


 殺傷力のない閃光を全方位に放つだけの、目眩ましに用いる初級魔術だ。威力が皆無な一方で結界では防ぎようがない。


 これまでの攻撃性の高さから一変、搦め手を使ってきたことに対し――――


「な……!」


 ロストは全く動じることなく攻撃に転じた。


 たとえ視界を奪われても、魔術を綴ることには何ら問題はない。そして光襲を使用する魔術士の大半は、使用して数秒はその場に留まる。動き回ると光の指向性が乱れ想定通りの眩さにならないからだ。


 その特性を知っていて、尚且つ搦め手の可能性を考慮していたロストにとって、この行動は何ら特別ではなかった。


「……」


 だが、アウロスの放った【氷の弾雨】は結界によって防がれていた。


 ただし、それは光襲を放った襲撃者によるものではない。


「情けない声をあげるな。引くぞ」


「あ……ああ」


 襲撃者は二人組だった。


 もっとも、後の一人は今の今まで一切関与していなかったが。


 背格好こそ違いやや小柄だが、新たな襲撃者も同じ格好。声はやや甲高く、少年もしくは女性の可能性が高い。


「大層派手に登場した割に手応えがなかったな。その上逃げるのか?」


「テメェ……!」 


 ロストの挑発に呆気なく乗り、最初の襲撃者は激昂と共にルーンを綴る。


「私の指示を無視する気か?」


 だが――――その怒りも、もう一人の冷徹な声によって一瞬で霞となった。


「目的は果たした。これ以上ここにいる必要はない」


「わ……わかった」


 渋々といった様子で納得し、最初の襲撃者は後方に跳ぶ。そして着地と同時に身体の向きを変え、既に客の避難が終わり人気がなくなった出入り口からそのまま逃走した。


 当然、ラディにそれを食い止めるような力はないが――――


「ど、どうする!? 追う!? 私結構足速いけど!」


「やめとけ。罠の可能性もない訳じゃない」


 外では更に大人数を待機させていて、追ってきたところを待ち伏せして仕留める。可能性としては極めて低いが、そういうことも絶対にないとは言い切れない。


 ロストの言葉にラディは納得し、大きく息を吐いて唯一立ったままになっていた椅子に腰掛けた。


「もう何なのこれ……ロスくん、誰かに追われてんの?」


「確かに俺を執拗に狙ってきたからそう思われても仕方ない。でも心当たりはないな」


 彼がこのパロップに来たのは今朝。それ以前の行動や素性を全て知る訳ではないものの、本人の言葉通りロストが標的である可能性は低いとラディも判断した。


「だったら、やっぱり……」


「キャルディナ関連だろうな」


 他に襲撃を受けるような心当たりはラディにもない。何より、あの有無を言わせず襲撃してきた攻撃性はキャルディナの姿勢と一致する。


 とはいえ、二人は単にギルドに入っただけ。たったそれだけで危険な脅迫をされ、尚且つ命を狙われるなど理不尽以外の何物でもない。


 そして、グリムオーレの仲間だと勘違いされているだけなら、このような襲撃を受ける筈がない。


「これさ……私たちがマルテくんの関係者だってバレてない?」


「一番あり得るのはその線だな。宿の扉を開けっ放しにしていたのが裏目に出たか」


 もし元教皇の孫であるマルテをキャルディナが人質に取っていたとしたら、そのマルテに会おうとしていた二人が狙われても不思議ではない。彼等にとって邪魔者にしかなり得ない存在なのだから。


 とはいえ――――


「けど、気になること言ってなかった? 『目的は果たした』って」


「そうだな……余り単純化し過ぎるのは良くないかもしれない」


 いずれにせよ憶測の域を出ない。確かなのは、自分たちが何者かに狙われているという現状のみだ。


「な、なあ……今の奴らってアンタたちの関係者なのかい?」


 青い顔でマスターが問い掛けてくる。少なくとも襲撃者を退けたことへの礼を言おうとしている雰囲気ではない。


 彼にしてみれば、自分の店がムチャクチャにされたのだから損害賠償の請求先を知りたいと思うのは当然だが――――


「いえ全く心当たりはありません」


「右に同じく」


 先程の会話を完全無視した二人の返答は、これ以上ないほど息が合っていた。








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