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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
アフターストーリー「大陸編」
401/407

後日譚:追憶の調べ(5)

「だーっもう! 何なのあれ信じらんない! 完全に殺人未遂じゃん!」


 あれから――――


 ラディとロストは最寄りの酒場に入り、キャルディナで起こったことについての意見交換を行っていた。


 もっとも、その大半はラディによる一方的な咆哮だが。


「そりゃ私みたいな一流の情報屋ともなればさ、何度も危険な橋を渡ってきたけど! 建物に入っただけで殺されかけるなんて初めての経験だっちゅーの! 黙って夜に裏口から忍び込んだとかならともかく、日中にちゃんと声まで掛けて正面玄関から入ってきた美人相手にいきなり魔法ブッ放すとか意味不明過ぎなんですけど!?」


 注文した分厚いステーキを引き千切るように噛み、ノリート産の蜂蜜酒を呷る。それでも怒りが収まらないのか、ラディの舌が止まることはない。


 既に夜間の時間帯。乗合馬車も既に終わっており、これから宿に帰るとなると徒歩しか選択肢はないが、ロストは律儀にラディの自棄酒に付き合っていた。


「しかも市街地のど真ん中で……マジあり得ねー」


「ああ。通常ならあり得ない」


「だよね! 何とかしてあいつらの営業って停止できない? マジもんの反社会的勢力でしょあんなの! 市共は何やってんの市共は!」


 市共とは『都市共同体』の略称で、都市における社会基盤や人々の交流の基礎を構築する為の社会集団を指す。


 魔術国家デ・ラ・ペーニャにおいてはアランテス教会の権限が極めて強く、領主を教会が兼ねることも多い。この第二聖地ウェンブリーも例外ではないが、各地方の市政に関しては都市にかなりの権限を与え自治を一任している。その自治の一部を担うのが都市共同体の役割だ。


 都市部における治安組織は本来ならば教会から派遣されている『聖警軍』が行うのだが、教会内でも閑職扱いされている役職の為ロクな人材がいない。よって市共が独自の警備組織を結成し犯罪の対処を行っている。


 だが――――


「パロップの市共は仕事をしないことで有名だからな」


「なんでお金持ちの都市に限ってそうなんだろ……って愚痴りたくなるよねー」


 ラディが零した皮肉は、このデ・ラ・ペーニャにおける社会問題の一つ。特に治安維持に関しては大都市ほどまるで機能していないのが実状だ。


 第一聖地マラカナンやここウェンブリーの治安が悪いかというと、決してそのようなことはない。その為、教会も『我々の注意喚起が行き届いている為に犯罪率が低く、治安組織にこれ以上の予算を充てる必要はない』と公言している。


 だがそれは詭弁に過ぎない。犯罪が少ないのではなく、犯罪が見過ごされているだけだ。


 例えば今日、ラディに対してガルフェロイが行った行為は紛れもなく犯罪。市街地において無抵抗の相手に攻撃魔術を放つのは、キャンセル前提であっても立派な脅迫行為だ。ラディの言うように殺人未遂とさえ言えるかもしれない。


 しかし、もしこのことを聖警軍や市共に訴えたところで相手にされないのが現実。彼らは大きな被害が出なければ動かない。


「ねーロスくん。さっき私が攻撃された時さ、『こういうことも起こり得る』っつってたじゃん?」


「ああ」


「もしかして私よりキャルディナの手口に詳しい?」


「……かもな」


 事実、あのタイミングで結界を用意していたということは、入った瞬間ラディが攻撃されると想定していなければあり得ない。だがその想定自体、常識とはとても言えないこと。キャルディナがそのような脅迫行為を行った実績がなければ出てこない発想だ。


「あのギルドは血気盛んな第五聖地の流儀を他の聖地でも押し通すことを美徳だと勘違いしているからな。犯罪者集団と手を組むことも何とも思ってない」


「っていうか、あの代表自体が犯罪者でしょ」


「それもそうか」


 だが、その犯罪組織に等しいキャルディナが魔術士ギルドの最大手にまで上り詰めているのも事実。そして、それを教会も黙認している。


 新教皇が誕生し、新たな時代を迎えたとはいえ急に全てを変えられる訳ではない。まして地方の一ギルドへの対応を自発的に変えるほどフットワークが軽い組織でもない。


 一つ扱いを間違えば国家を揺るがしかねない邪術。未だなくならない聖地格差。


 魔術国家デ・ラ・ペーニャは現在も多くの問題を抱えている。


「でもさ、幾ら遵法精神がなくてもあの対応は異常じゃない? 私たち、あいつらに何もしてないんだよ?」


「俺たちはな」


「……それって、私たちグリムオーレの一員と思われたってこと?」


 怪訝そうに問うラディに対し、ロストはゆっくり一つ頷く。実際、あの過剰防衛とも言えないレベルの対応はそのような突飛な解釈でなければ成立しない。


「聞いた話じゃ大揉めしてるらしいからな。ただの縄張り争いだったらそこまでにはならない」


「ギルド同士って紳士協定みたいなのあるしね。ウエストもそうだけど」


 同業種のギルドが同じ街に存在する場合は当然顧客の奪い合いが発生する為、お互いに公平性を保ちつつ健全な経営ができるよう、ギルドの上層部が話し合いを行って縄張りの範囲を決めるのが通例。これこそが紳士協定であり、ラディが長髪四天王に話した『仕事の振り分け』がそれに該当する。


 だがグリムオーレはギルド員のフランブルがクレーム対応を行っていた。幾らギルドのエース魔術士とはいえ、本来ならば彼の領分ではなくギルドマスターの仕事だ。


 では何故、フランブルがわざわざ対応に当たっているのか。それを考察するのは然程難しくない。


「キャルディナの価値観は強さにある。臨戦魔術士としての実力に秀でた人間が相手ならテーブルに付くが、戦闘力のない魔術士とは話し合う余地がない。そういう土地柄だ」


「そんなノリじゃ紳士協定なんて結ぶ訳ないか」


 実力主義といえば聞こえはいいが、結局のところ何でも力で解決しようという未成熟な組織。しかしその原始的な価値観に一定の需要があるのも純然たる事実だ。


 キャルディナの依頼達成率は他の魔術士ギルドと比べて遥かに高い。これが、彼らを第五聖地No.1ギルドに押し上げた原動力であり組織としての正義でもある。


 犯罪歴や素行に目を瞑り、戦闘力の高い魔術士を集めてギルドを興し、軍事力の高さで他のギルドを圧倒した。そんな彼らに綺麗事など一切通用しないだろう。


「……ちょっと待って。フランブルって人はともかく、それだとマルテくんヤバくない? あの子、戦う力なんてないでしょ?」


「全くない。一応、キャルディナとは第五聖地で関わりがあったらしいが……恐らくマルテの話に聞く耳を持つような連中じゃないだろうな」


「私たちと同じで門前払いだったらまだいいけど、最悪……」


 捕まえられている恐れもある。何しろマルテは元教皇の孫。その血筋をキャルディナの誰かが知っていた場合、利用価値があると見なされ拘束されている可能性はかなり高い。


「どうする? 忍び込んで確認するって手もあるけど」


「流石に確証もないのに潜入するのはな……余り良い結果を生まない気がする」


 実感の伴うロストの言葉に、ラディも同意せざるを得ない。


 情報屋はその職業柄、法に触れるか触れないかギリギリのところで潜入調査を行う機会が多い。ラディは特にその類の仕事を得意としている。


 だからこそ、その経験則から勝算の有無をかなりの確度で予測できる。今回は間違いなく分が悪いと感じていた。


「できれば大義名分が欲しいな。連中が悪事に手を染めている証拠の一つでもあれば、堂々と殴り込みに行けるんだが」


「いやいや、それ本気で言ってんの? 相手は武闘派の魔術士なんでしょ? しかも結構な人数いたし。大学の魔術士に勝ち目なんてなくない?」


「全く問題ない」


 顔色一つ変えず、ロストは断言した。


 酒に酔っている訳ではない。そもそもロストは一滴も飲んでいないのだから。逆にラディの方が酔いから醒めるほど、ロストの言動に迷いはなかった。 


「……そこまで言い切るのなら、洗い出してみてもいいけど。その大義名分ってのを」


「やれるのか? 相手は何でもありの無法者だぞ?」


「なーに言ってんの。この復讐の情報屋ラディアンス=ルマーニュがあんなことされて引き下がる訳ねーでしょ! あのジジイ……私がビビッてると思って見下してきやがって……あーもう今思い出してもハラ立つあの顔! 余生全部地獄にしてやりたい!」


「そうだな。あの老人を隠居させる良い機会かもしれない。創始者が現場から離れれば、あのギルドも少しは大人しくなるだろ」


「いいじゃんいいじゃん! ロスくんってクールっぽいのに結構熱い男なんだ」


「そういう表面上の印象はどうでもいい」


 表情を変えないまま、ロストは宙にルーンを一文字綴る。


「今は俺が何者かなんて何の意味もない。俺自身が何を為すかが全てだし、自分がしたことは全て俺自身に跳ね返ってくる」


「……?」


「だから、自分がどういう人間なのかなんて俺自身もわからない。自分がこれから為していくことで決まっていく気がする」


 そのロストの言葉を、ラディはよく理解できなかった。


 ただ――――彼が何処か楽しげにそう話しているように見えて、思わず微笑んでしまった。


「おかしいか?」


「そうだね。少なくとも初対面の夜に話すような内容じゃないでしょ」


「……かもしれない」


 基本的に感情を表に出さないロストが、少しだけ恥ずかしそうな所作を見せたことに、ラディは歓喜にも似た感情を抱いた。


 これもまた、彼女自身にさえ理解できないこと。


 ただ、その感情をそのまま表に出すのは気恥ずかしく、少し押し殺したような笑顔で歓迎の意を示した。


「盛り上がっているところ申し訳ないが……」


 そんな二人の傍に、人影が現れる。


 それに人の気配は微塵もなかった。


「死ね」


 

 ――――その瞬間、酒場の喧騒が破壊音によって蹂躙された。




 



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