後日譚:追憶の調べ(4)
キャルディナは第五聖地アンフィールドで立ち上げられ、現在は魔術士ギルドの最大手にまで上り詰めている。
だがここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。
アンフィールドはデ・ラ・ペーニャ南部に位置する区域で、隣国エチェベリアと国境を隔て面しているため先のガーナッツ戦争では真っ先に侵略を受けた場所でもある。よって国防を担う役割を背負っており、臨戦魔術士を質・量ともに高水準で揃えておかなければならない。そういった事情もあり、一時は元々魔術士ギルドが乱立していた。
その群雄割拠の時代を勝ち抜き、一強時代を築いたのがキャルディナだ。
彼らは他の魔術士ギルドと比較し、職業斡旋や情報提供に優れていた訳ではない。これらは人脈が物を言うため、既存のギルドを上回るのは決して容易ではない。
故にキャルディナは社会貢献活動に注力した。
臨戦魔術士を多く揃える事情もあり、アンフィールドは治安が余り良くなかった。増長する魔術士も数多くいて、一般の地域住民にとって魔術士は畏怖の対象ですらあった。
キャルディナはそういう連中を一掃するため、毒で毒を制する戦術を用いた。
実力はあるが社会に馴染めずドロップアウトした魔術士をはじめ、無法者や異分子と呼ばれる反社会勢力を次々に取り込み、かなり強引なやり方で他ギルドの小悪党たちを淘汰していった。
一方、表では一般市民からの依頼を格安で請け負うなど健全な運営を謳い、信頼を得ることに成功。社会的ステータスの向上に伴い仕事が増え、仕事が増えれば人材も増える。彼らがアンフィールドの中心的存在となるのに一〇年とかからなかった。
現在は武闘派のギルドが不足気味な他の聖地に支部を構え、更なる影響力の増強に着手しているという。
「『魔術士殺し』って言葉、聞いたことある?」
ラディの問い掛けに、ロストはゆっくりと頷く。
事実、魔術士殺しの噂自体は以前このパロップでも流れていた。
「魔術士を専門に狩る連中の総称なんだけど、別にそういう物騒な組織があるって訳じゃないんだよねー。対魔術士っていうと生物兵器なんかが有名だけど、魔術士との戦闘に特化した訓練を受けてる魔術士や戦士も結構いるみたいでさ。キャルディナは裏でそういう人材を集めてるみたいなんだよね」
それは情報屋のラディだからこそ知り得る話。
その情報を、ロストは憮然とした表情で聞いていた。
「そんなギルドが強引にこのパロップに支部を建設したのって、結構意味深じゃない?」
「……かもしれない」
裏の仕事に関する需要が急遽発生し、供給が必要になった。そういう見方もできる。
もしキャルディナがその手のイリーガルな人間と絡んでいるとしたら、仲介に入ったマルテとも接触してくるかもしれない。
「そういう訳だから、私も同行させて貰おうかな。情報料はこの件が全部片付いてから、働きに見合った額を頂きましょ」
「いいのか? それなりにリスクはありそうだが」
「リスクを怖がってたらこんな仕事はできねーの。寧ろ大歓迎ってばよ!」
拳を握り、高らかに突き上げる。
情報屋は安定した職業ではない。稼げる時に稼げなければ路頭に迷うのみ。
金払いの良い顧客を簡単に手放すほど、ラディの仕事に対する姿勢は淡白ではない。
「……好きにしてくれ」
そんな粘着質な情報屋に対し、ロストは心を込めて溜息一つプレゼントした。
「――――って訳で、昔は諜報ギルドのウエストって所でお世話になってたんだけど、今はフリーでやってんの。フリーの情報屋ってほんとピンキリでさー、あんま信頼できないって思ってる人も多いみたいだけど私に言わせればそいつの見る目がないんだよね。ちゃんとした情報屋はちゃんといるから。例えば私みたいな」
「……そうだな」
道中、乗合馬車に揺られながらラディは一通り自分語りをしてみたものの、手応えは得られず。
あわよくば客になりそうな知人を紹介して貰うつもりだったラディだが、寧ろ逆効果になっていないか心配になってきた。
「う、うるさかったかな。なんかゴメンね?」
「聞き流してるから特に問題ない」
「聞き流される側にはフツーに問題なんだけど! ちょっと私に興味なさ過ぎじゃない!?」
声を張ってみても、眼前の青年に然したる変化は見られない。
「……もしかして私、別に要らなかった?」
馬車が揺れるのと同時に自分の存在意義が揺らぎ、ラディの身体から力が抜けていく。
だがその揺れも程なくして収まった。
「着いたみたいだ」
「あーあ。もう後戻りもできないや」
「俺から報酬を得たいのなら、それに見合う活躍をすればいい。今までだってそういうふうにやってきたんだろ?」
「……そうだけど」
まるで自分のこれまでの人生を知っているかのようなロストの口振りに、ラディは不満よりも猜疑心をかき立てられる。先程の自分語りに対しても、興味がないというよりは前に聞いた話を再び聞かされたような反応だった。
ロスト=ストーリーと名乗っているこの人物は、自分を知っている。
そう感じてしまうのは、自分も彼に対してその感覚を抱いているからに他ならない。
だが記憶の何処を探しても、同じ顔を見つけることはできない。幼少期まで遡っても心当たりは見つからない。
「確かに完成してるみたいだな」
「……」
建設されたばかりのギルドの前に立つロストを、ラディは無言でじっと眺めていた。
年齢は自分と同じくらい。話し方はやや大人びているが、容姿は年齢相応。ローブは身に着けておらず、魔術士特有の選民意識も一切感じられない。
果たして彼は何者なのか?
ラディの頭の中は、その疑問で埋め尽くされていた。
「とりあえず中に入ってみよう。マルテもいるかもしれない」
「……」
「ラディ?」
「あ、そ、そーね。マルテくんがいなくても誰かしらいるでしょうし、話くらいは聞けるでしょ」
情報屋でありながら自分の方が興味津々という状況を払拭するように手で前方を払い、ラディは率先して新築の魔術士ギルド【キャルディナ】ウェンブリー支部へと入る。
「あの――――」
直後。
その目の前で火花が散った。
「……え」
思わずその場に座り込む。その後、自分の身に何が起ころうとしたのかを反芻した。
ギルドに入った途端、自分に向かって赤魔術もしくは黄魔術の閃光が飛んできた。
その魔術が眼前まで迫り、そこで消滅した。
もしそのまま消えなかったら、顔面への直撃は避けられなかった。或いは頭部が吹き飛んでいたかもしれない。
そのイメージが脳内を支配し、身体が勝手に震えてしまう。
「噂と違って、随分治安の悪いギルドだな」
へたり込んでいるラディを追い越すようにして、背後にいたロストが前に出る。彼の話し相手は、今まさにラディへ向けて魔術を放った人物だった。
「まだ準備中で御座います。何の断りもなく入ってくるような輩には教育が必要でしょう?」
高齢者の域に達しているその男性は、紳士然とした口調と所作でロストと向き合う。威容を感じさせるような迫力はない。だが明らかに一般人の眼光ではない。
「その手の教育詐欺はとっくに廃れたと思ったんだが」
「ええ、廃れました。だから今は自分の権利ばかりを主張して平気な顔で他者を侵略する愚者ばかりになっているのでしょう。人材集めも一苦労です」
言葉遣いだけは丁寧だが、彼の主張は到底受け入れられるものではない。幾ら営業中ではないとはいえ、声を掛けて入っただけの一般人に何の警告もなく魔術を放ったのだから。
「それにしても、見事なお手前。たとえオートルーリングであっても、あの一瞬で結界を展開できるとは思えませんが……一体どうやって?」
「結界……?」
ラディはそこでようやく、自分の周囲に結界が張られていたことを悟った。
「別に大したことじゃない。こういうことも起こり得ると思っていただけだ」
「成程、対策していた訳すか。こちらも大したことはしていませんよ。攻撃は直撃する寸前でキャンセルする筈でしたから。つまり、ただの脅しです」
実際、魔術は結界に直撃する前に消滅しており、衝突音も響いていない。直接的な被害も出ていない。
だが、ラディはどうしても問い詰めたかった。
「でもキャンセルが間に合わなかったら……」
「その場合は、残念ですがお気の毒ということで」
「冗談じゃない! そんなことが許されると思ってんの!? つーかあんた誰よ!?」
その余りに自分勝手な言動に、先程まで怖じ気づいていたラディは勢いよく立ち上がって怒りを露わにした。
暴力に屈するようでは情報屋など務まらない。そしてこの魔術国家では、攻撃魔術と暴力は同義だ。
煮えたぎるような表情のラディが言い放った真っ当な疑問に対し、眼前の男は自分の胸に手を添え、浅く頭を垂れる。
「申し遅れました。私めはガルフェロイ=エインシェントと申します。僭越ながら、キャルディナの代表を務めさせて頂いております」
「な……」
支部ではなく、キャルディナ全体の代表。本来ならアンフィールドにいる筈の人物であり、紛れもなく大物だ。
だが、それを理由にラディが怯むことはない。
「そんな立派な地位の人が何してくれてんの!? 私ただ普通に入っただけなんだけど!」
「その通り。ですが対象に侵攻の意思がなくとも侵蝕の恐れがあれば、それは防衛の対象となるのです」
「はあ……? 意味わかんないんだけど」
ロストの肩越しに不快感を示すラディに対し、ガルフェロイは穏やかな顔で首を左右に振る。
「研究熱心なのは結構ですが、どうも第一聖地や第二聖地は平和ボケが進んでいるようで。侵略行為に対し余りにも危機感がなさ過ぎる。我々とは価値観が異なるようで」
「そっちの価値観が歪み過ぎているだけじゃないのか?」
「フフフ。そうは思いませんが、貴方のように訴える者は多いのでしょう。このウェンブリーでは」
ガルフェロイのその言葉と同時に、彼の背後に幾つもの気配が現れる。
今まで気配を消していたその全員が――――臨戦魔術士だった。
「どうかお引き取りを。まだ我々は営業を始めていませんので」
誰が見ても明らかな過剰防衛。
アンフィールドが防衛に対し過剰気味な土地柄なのも、キャルディナが裏社会の流儀を備えているのも事実だが、この対応は余りに常軌を逸している。
明らかに、ここへ人を入れたくない理由が緊急に生まれている。
「出よう、ラディ。話が通じる相手じゃなさそうだ」
「……そうね」
流石にラディもそれを感じ取り、一旦引くことにした。
「営業はいつ始まるの? 是非最初のお客さんになりたいんだけど」
「未定で御座います」
「できるだけ早くしてね、御爺様。貴方の寿命が残ってるうちに」
「御心配痛み入ります。私め、この第二聖地とは相利共生の関係を望んでおりますので。それが実現するまでは生きとうございますな」
「……」
沈黙のまま扉は閉められる。
その刹那、ギルドの中で嘲笑が巻き起こったのをラディは聞き逃さなかった。




