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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
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第1章:大学の魔術士(3)

「忘れ物はないかい? ちゃんとハンカチーフは持ったの? ああ、ローブに埃が付いてるじゃないか。粗相のないようにしなきゃダメだよ」

 旅立ちの朝は、マスターの忙しない世話で始まり――――

「君が初めてここに来た日の事は忘れられないよ。子犬のような目で僕に助けを求めてきて……」

 マスターの数十分に渡る思い出話で無駄に重い空気が流れ――――

「げ、元気で……くふぅっ! 元気で頑張るんだよぅぉぅぉ!!」

 マスターの嗚咽で、ようやく別れの時間を終える。

 辻馬車に乗り込む頃には、出発予定時刻を一時間ほどオーバーしていた。

「……彼の期待に背かないようにしないとな」

 アウロスに向けられたミストの笑顔は、微妙に引きつっていた。

「それより、聞く事が山ほどあります。道中は喉が渇かないよう、水を多めに持っておいて下さい」

「心配しなくても、講義や講習会で喉は鍛えられている。たっぷりと詰め込んでやろう。時間もある事だしな」

 第二聖地ウェンブリーはデ・ラ・ペーニャの北部中央に位置する為、同じ北部の沿岸都市【ボルハ】からは地理的には近い。

 それでも、交通手段が馬車か徒歩に限定される為、最大限馬車を利用しても移動に2、3日を要する。

 その間を利用し、アウロスはウェンブリー及び魔術学院大学についての情報を聞き倒した。

【ウェンブリー魔術学院大学】は、魔術国家デ・ラ・ペーニャにおいても研究部門で上位に数えられる大学。

 真理の追究と、優秀な人間の形成を理念とした教育を施し、魔術の知識、技術のみならず人格的にも優れた魔術士を、これまでに幾多も育成している。

 特に、前衛的な攻撃魔術の開発に関しては、高い評価を得ており、現在最も勢いのある魔術研究機関の一つとして数えられている。

 反面――――専門技術に特化した研究所にありがちな、閉鎖的体質も持ち合わせている。

 そして、それに起因する偏執的な人事や、保守的な処置を問題視する動きもある。

「そのアンチテーゼとして俺を利用したいって事ですか」

「それは付加価値に過ぎん。あくまで私が欲しいのは、君の論文だからな」

【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】

 アウロスの論文の題名である。

 魔術とは、人間の体内に流れる潜在的エネルギーの一種である魔力を、属性の付加する物理的エネルギーに変換させる為の術。

 この生成を行う事によって、様々な効果をもたらす事ができる。

「その最たる需要が、いわゆる軍事的利用――――攻撃系魔術と呼ばれる殺傷力を含有したエネルギーで対象を攻撃・破壊する為の魔術だ。終戦から10年以上が経過した今も、それは変わらない」

「魔術士が騎士の助手と言われる事はなくなっても尚、ですか」

「そうだ。その最たる理由は、魔術生成時のタイムロスにある」

 魔術の生成作業は主に三つの工程で行われる。


 1 潜在エネルギーである魔力を使用可能の状態にする


 2 魔力をどのような術に変換するか決定する(ルーリング)


 3 魔術を体外へ放出する


 これらの作業を、【魔具】と呼ばれる魔術士専用の道具を使って行い、初めて魔術がその体を成す。

 魔具は一般的に杖という観念だったが、近年は携帯性や操作性を重視した指輪を中心に、中にはペンやカードと言った形状の新製品が続々と開発されている。

「戦場において、ルーリング時に消費する時間は致命的な欠陥と言わざるを得ない。我々魔術士の役割が後方支援に限定されるのも、仕方のない話だ」

 魔術の主な構成を決める、魔術で最も重要な工程。

 それがルーリングである。

 魔術の種類、規模、形状、硬度、密度、温度、範囲、速度、属性、その他の効果といったものをどのようにするかを、魔力に対し特別の言語ルーンで指示し、決定する作業だ。

 ルーンを綴るには、魔具を使って空中や地面に直接書かなければならない。

 その文字数は、威力や効果範囲の規模に比例し、複数の人間を一網打尽にする程の魔術となると、ルーリング作業だけで10秒を超える事もしばしばだ。

 10秒あれば、50メートル先にいる敵の襲撃すら容易に許してしまう。

 よって、魔術士はその間保護して貰わなければ、戦場では使い物にならない。

 騎士の助手という蔑称は、決して的外れではない。

「ルーリングの高速化――――それが可能ならば、魔術士は騎士の保護下から解放される。それはつまり、我々の独立をも意味する」

「……」

「魔術史上誰も成し得なかったこの命題。君に果たせるか?」

 余りに抜本的な問い掛け。

 しかし、ミストの口調は、馬車の振動を楽しむかのように軽い。

「その為に存在しているんです。俺は」

 アウロスは表情一つ変えず、そう断言した。

 それが唯一無二の正解だと言わんばかりに。

「頼もしいな。尤も、やって貰わなければ困るのだがね……む?」

 停留所ではない普通の山道で、馬車が止まった。

 この場合、考えられる最も可能性の高い原因は、車輪の破裂。

 次いで、馬のトラブル。

 そして――――

「ひ、ひいっ! 山賊だあっ!」

 金品強奪が目的の襲撃だ。

 10人ほどの盗賊団が馬の前方及び左右に陣取り、御者の情けない悲鳴を餌に、卑下た薄笑いを浮かべている。

 その風貌は、一般的に山賊と言われて思い浮かぶそれと殆ど誤差はなく、髭面だったりボサボサの髪だったりと不衛生極まりない。

 魔術国家だからと言って、山賊まで魔術士であるというケースは殆どない。

 魔術士の占める割合は、総人口の1厘にも満たないのが実状だ。

 絶体絶命時の状況――――しかし、乗客二名に混乱は見られなかった。

「落ち着いてますね」

「君もな。で、どうするんだ? 上司を守るのが部下の務めだと相場は決まっているが」

「……デスクワーク専門なんですけどね、俺」

 ブツブツ言いつつも、アウロスはアワアワと口を開けたまま震える御者を横目に、車台から降り立つ。

「おいおい。こりゃ外れみてぇだな。如何にも貧乏そうな客が乗ってたぜ」

 内容は落胆だがテンションは高いその言葉に、盗賊団はドッと沸く。

 しかし、誹謗されたアウロスは特に表情を変えず、右手をスッ……と顔付近まで上げた。

「アウロス。一つ言っておきたい事がある」

 ミストはその様子を穏やかな表情で眺めている。

 そこに、生命の危機を懸念する色は微塵も見られない。

「魔術は実戦において有効に使われる事で、初めてその存在価値を許される――――これが私の教育指針だ」

 アウロスの右手人差し指が、第二関節から指先まで鈍い輝きで包まれた。

 その指には、みすぼらしい指輪が携えられている。

 これが何であるか――――魔術士でない人間には、一瞬で見分ける事は出来ない。

「まあ、同感です」

 しかし、その指輪が光を放つ頃には、大抵の人間がそれを理解する。


 ――――工程1――――


「お、おい……ちょっ」

 アウロスの右手が、まるで指揮者のように空中を踊り始める。

 すると、それまで搾取する側である事を確信していた盗賊達が、一斉に顔色を変えた。


 ――――工程2――――


「まさかお前……お前まさか!」

 空中に綴られる、幾つもの文字。

 戦闘のプロフェッショナルならば決して許さない禁断の作業が、粛々と進む。

「こいつ、魔術士だああああああ!!」

 そして、全ての文字を綴り終えた時、蜘蛛の子を散らす様に盗賊は逃げ出した。

「違うけどな」


 ――――工程3――――


 アウロスがくいっと指を下に向ける刹那――――12の文字が消え、閃光が弾けた。

「ひぃぃぃぃいぃぃいいい!!」

 魔術士は、騎士にこそ格下と見做されているが、対魔術士の戦闘に長けた者以外には畏怖の対象として忌避されている。

 その格差の理由は、魔術が一般人には余り馴染みのない、得体の知れない力と認識されているからだ。

 魔術国家デ・ラ・ペーニャにおいてでさえ、魔術の習得に勤しむ人間でなければ、その例に漏れる事はない。

 空中に浮かぶ光沢を帯びた文字を見ても冷静でいられるのは、魔術士以外では、魔術を見慣れており、且つ対応策を有している人間だけだ。

 そう言う相手でなければ、ルーリングによる隙が痛手にはならない。

「……とは言え、盗賊の集団を相手に顔色一つ変えないで追い返すとはな。さすが実戦慣れしているだけの事は……ある」

「そんな事まで調べてるんですか」

「君が殺傷力のある魔術を滅多に使わない事も、な」

 アウロスの周りには、盗賊の慌てふためいた痕跡はあれど、魔術による破壊の爪痕は何一つない。

 それもその筈――――アウロスが綴った魔術は、単に光を発するもので、温度変化や殺傷力は一切含有していない。

 攻撃効果は、せいぜい視覚的な刺激くらいだ。

 それだけで盗賊団は恐れ戦き、全員が逃走したのである。

「魔術に免疫のない人間は、ルーリングが魔術の過程である事は知っていても、それが隙である事も、魔術そのものの防御手段も知らない。殆どの人間の体内に魔力が潜在している事も知らないだろう。対魔術用の防具もやたら高価だから、装備している人間はまずいない」

「それ故に、ああ言う輩であれば、わざわざ破壊力のある攻撃系魔術を使うまでもない。そして君はそれを理解している」

「だから俺に任せた、ですか」

「この目で実際に見てみたかったからな。君の対処法を」

 助教授と研究員――――そこに本来在るべき従属と慰労の精神は、何処にもない。

 利用する側とされる側――――そこに在る筈の優越感と劣等感など、微塵も見当たらない。

「あ、あの……ありがとうございました! お陰で助かりました」

『お勉強よろしく』

「へ? ぜ、全額? そ、それはさすがに……いえ、9割9分も同じようなもので……いや、あの、そんな!」

 ただ、巨大なまでの期待と、凶悪なまでの懸念がそこに在った。


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