後日譚:忘却の綴り(50)
賢聖アウロス=エルガーデンの誕生は、魔術国家デ・ラ・ペーニャにおいて新教皇誕生以上のインパクトをもたらした。
何しろ九四年ぶり。一〇〇年近い年月を経て市民から新たな英雄が誕生したというニュースは瞬く間に各聖地へと広がり、その人物の偉業は知れ渡っていった。
とはいえ、誰もが納得していた訳ではない。
オートルーリングの実用化は、魔術士にとって革命と言っても過言ではない出来事。だが同時に、これまでルーリング技術を磨いてきた臨戦魔術士たちにとっては必ずしも歓迎できる訳ではない。
自動編綴の最大のメリットは、速度と精度の安定化に尽きる。
魔具に記憶させた魔術であれば、本来なら十数文字必要なルーリングが一~二文字綴っただけで成立し、しかも一瞬で完成する。出力までに時間が掛かってしまう魔術最大のデメリットを完全に消すことができるのは、実戦においてこの上ない恩恵となる。
だがそれは、ルーリングを得意としていた魔術士の価値を奪ってしまうことにも繋がる。編綴の速度と精度の高さは臨戦魔術士の才能や実力を語る上で欠かせない要素だったが、オートルーリング普及後はそれほど大きなアドバンテージではなくなる。
これまで培ってきた技術の価値が大幅に下落してしまうとなれば、幾ら魔術士全体の価値を底上げできる技術と言えど受け入れ難いと考える者は多い。
勿論、全ての魔術を魔具に記憶できる訳ではなく、手動ルーリングが一切必要なくなることはない。現状のオートルーリング仕様魔具においては初球魔術こそ安定して出力できるが、中級、更には上級となると手動ルーリングよりも消費魔力量が多くなっている。
加えて製造工程と材料が大きく様変わりした影響で、魔具の不良品も多い。通常の魔具と比較し一〇倍近い数の不良品が出ているという調査結果もあるという。
こういったデメリットもあって、臨戦魔術士の間ではオートルーリング否定派も相当数いるのが現実だ。
「俺は認めていないよ。オートルーリングなんて所詮、型にハマった戦術にしか使用できないヌルい技術だ。手動の方が余程融通が利く」
魔術士ギルド【グリムオーレ】に所属している魔術士、フランブル=マグノイアもその一人だった。
彼はかつて、このグリムオーレのエース魔術士だった。人材不足によりまともに戦える臨戦魔術士が不足している中、彼の率いるフランブル隊はギルド内の実力者で固められ、ギルドに寄せられる高難易度の依頼を次々とこなしグリムオーレの存在感をどうにか維持させていた。
一方で、その偏った編成によって他の部隊に皺寄せが行き、ギルド内における評判は最悪。彼自身も増長を極め、自分に意見する者や反目するギルド員に対しては容赦ない罵声を浴びせ、場合によっては人事にまで口を挟むようになった。
そんなフランブルにとって悪夢と言えるような出来事が起こる。
それはクワトロ・ホテルのオーナーがレアメタル展示会を開いた際の護衛任務。総大司教ミルナが息子のオルナを連れて訪れていた為、この任務にはギルドの未来が懸かっていた。
そこで彼は大きな失態を犯す。
魔崩剣の使い手である襲撃者ラインハルトに惨敗を喫したことで、フランブルのギルド内における影響力は格段に低下してしまった。
かつてライバル視していた男も、既にギルドにはいない。
一時は魔術士を辞めることも検討した彼だったが、結局今もフランブル隊を率いグリムオーレのエース魔術士としてルーンを綴り続けている。
「何より、オートルーリング自体が気に入らない。理由は自分でもよくわからないが、あれは性格の悪い奴が生み出した技術に違いないね。肌が合わないんだよ」
「成程なるほど。わっかりましたー。御協力ありがとうございまーす!」
思いの外、聞き取り調査が長引いてしまったことに内心辟易しながらも表面上は満面の笑み。
それが情報収集における重要な所作であることを、ラディアンス=ルマーニュは師匠から教わる訳でもなく気付けば自然に理解していた。
「しかし、今更オートルーリングに関する調査なんてしてどうするつもりだ?」
「いやー……オートルーリングっていうか、それを開発した人なんですけどね。今調査してんの」
「アウロス=エルガーデンか。確かに謎多き人物だが……」
オートルーリングの開発に大きく関わった人物は全部で四人いる。
一人はミスト=シュロスベル。ウェンブリー魔術学院大学で最年少教授となった、魔術国家においても際立った存在感を放っている彼を知る者は多い。
だが、残りの三人に関してはそれほど知られていない。
その中の一人、ウォルト=ベンゲルは今もウェンブリー大の魔具科で研究を続けている。ただ彼の場合、自分から目立とうとする性格ではないので表に出ることが殆どない。寧ろ魔具技師の権威クールボームステプギャー教授の弟子という肩書きの方がわかりやすいだろう。
そのウォルトと共同で魔具開発を行っていた錬金術士ミアリッツ=ワーナードも知名度は決して高くはない。彼女はウォルトとは違う意味で人前に出ようとしない為、その姿を知る者も多くはない。
だが彼らは実在している分、まだ情報を集めやすい。
残る一人、アウロス=エルガーデンに関しては全てが謎だ。
オートルーリングの完成形を発表した論文【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】においてファーストオーサーに名を連ねており、彼がこの研究の中心人物だったことに疑いの余地はない。理論も彼が構築したと言われている。でなければ、ミスト教授を差し置いてファーストオーサーになる道理はない。
良くも悪くも、現在の魔術国家はオートルーリング革命の真っ直中。既存の魔具では使用できない技術とあって、専用魔具への買い替え特需がピークに達し経済の活性化が顕著に表れている。
この技術を更に伸ばし魔術士のスタンダードにしていくか、それとも全く違う技術に派生させていくか。
いずれにせよ、デ・ラ・ペーニャの未来はオートルーリングなしに語ることはできない。
それほどの革命を巻き起こした発明者が、実は既に死亡している。
ラディはその事実に納得できていなかった。
ミスト教授をはじめとしたウェンブリー大の面々に取材を行い、墓がある所までは突き止めた。そして、実際にその墓にも訪れていた。
そこには確かに、アウロス=エルガーデンの名が刻まれていた。
魔術史に燦然と輝くその名前は、経年劣化の所為か掠れていた。
確かにアウロス=エルガーデンはもうこの世にはいない。
だが、果たして本当に彼がオートルーリングを発明したのか?
ミストが言うには、遺品の研究ノートを参考にさせて貰ったから彼をファーストオーサーにしたとのこと。
だが、ラディはミストという人物をある程度知っている。
彼ほどの野心の持ち主が、自分の手柄を犠牲にしてまで故人に敬意を払うだろうか?
仮に払うとしても、それは心の内であって実際には自分をファーストオーサーにするのが『ミストらしさ』ではないのか?
そういう疑念に加え、ウェンブリー大がアウロス=エルガーデンの存在を余り取り上げようとしない点も気になった。
故人の少年が残した理論が歴史的快挙を達成。
これほどのセンセーショナルな話題を、魔術大学が利用しない筈がない。
勿論、教授であるミストを一番目立たせたいという意向はあるだろうが、それを差し引いてもアウロス=エルガーデンの存在は大学にとって利用価値がある。お涙頂戴のエピソードをミストに語らせるだけで、一般人の食いつきが全く違ってくるのだから。
だが現実には、アウロスの存在はないかのような扱い。
若き情報屋の嗅覚が、この違和感を嗅ぎ分けた。
「私、生きてると思うんですよね。アウロス=エルガーデン」
「ほう。その根拠は?」
「幾つかありますけど、一番は論文ですかね。知り合いの魔術士に読んで貰ったんだけど、なんかミスト教授にはない癖が色んな所に見られるって話で」
「論文か。俺には縁のないものだからわからんな」
大学の魔術士に偏見があるのか、或いは嫌う理由があるのか。
フランブルは小馬鹿にするかのように頭を左右に振り、その存在を否定した。
「何にせよオートルーリングは邪道だ。とはいえ、俺も全否定するつもりはない」
「あれま、そうなんですか? 随分嫌ってるみたいでしたけど」
「熱意はあっても残念ながら才能に乏しい魔術もいる。俺の部下にも四人ほどな。そういう奴らがとりあえず戦闘に耐え得るだけの力を手にできる技術ではある。彼らの人生を多少でも実りあるものにするのなら、否定する訳にはいくまい」
「意外ですねー。噂じゃもっと厳しい人ってイメージでしたけど」
「もっとハッキリ『嫌な奴』と言ったらどうだ?」
「あ、はい。そういう意見もありましたよ」
取材対象に対し、安直に媚びないのがラディ流。ただし相手を見た上での判断でもある。
フランブルは噂ほど嫌われ者ではないというのが、このグリムオーレを取材したラディの結論だった。
「正直な娘だな。とはいえ去年、この俺がギルド内結婚したくないランキング一〇位に入ってしまったのは紛れもない事実。他人の評価を素直に受け入れるだけの度量はあるつもりだ」
髪をファサッと掻き分け、フランブルは笑顔を向ける。
尚、ラディはこの手の所作が死ぬほど苦手だった。
「俺はこれから仕事があるから、この辺にして欲しい。取材を続けるのは構わないが、折角だからグレス=ロイドについても調べてみてはどうだ? アウロス=エルガーデンと同等とまでは言わないが、彼もまた歴史に名を残す価値のある魔術士だった」
最後にそれだけ言い残し、フランブルはギルドから出ていく。
その彼と入れ違いで――――
「……」
オートルーリングの開発者と縁のある人物が、疲れ切った顔でギルドを訪れた。




