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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
アフターストーリー「大陸編」
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後日譚:忘却の綴り(49)

 魔術霊園が元々は墓として作られていたのはミストの説明通り。だからこそ霊園という呼び名が定着した。


 死後の世界に思いを巡らせる者は多いが、それは主観的なものが大半を占める。要は自分が死んだ後にどうなるか――――天国や輪廻転生への飽くなき夢想がそれに該当する。


 だが中には、客観的な死後の世界に重きを置く者もいる。自分が死んだ後、周囲にどのような影響が生じるかはその人物の歩んできた人生次第だが、ある程度の地位や立場に就いている人間ならば多少なりとも気に掛ける必要はある。


 資産家ならば、遺産の相続に悩むこともあるだろう。重責を担う立場であれば、自分の後釜を誰にするかで苦心するかもしれない。


 社会的地位の大半は死ぬまでに他者へと移り変わっているが、中にはそうでない大物もいる。そして更なる大物となれば、死そのものが大きな影響因子となり得る。教会の最高指導者である教皇はまさにその典型。教皇の死は単なるトップの交代に留まらず、国家の在り方すらも変える可能性がある。


 彼らの死は、単なる一つの命の終焉ではない。自分のいない世界に何をもたらすか――――その表明でもある。


 まるで芸術品のように色鮮やかで奇抜なデザインのこの建築物を墓として造らせた人物は、間違いなくそれを意識して己の眠る場所を構築した。


 ただの派手好きだったのかもしれない。自分の墓をオリジナリテ溢れる物にして、それだけで満足だったのかもしれない。


 だが、違うかもしれない。


「ロスト先輩はこの建物を見て、率直にどう思いました?」


 そう背後に問い掛けながら、レゼリアは階段を上りそのまま二階へと進む。階段には手すりが設置されており、最低限の実用性を備えた建築物であることを示していた。


「独創的な発想を期待しているのなら申し訳ないが、単に奇抜だとしか思わなかったな」


「ですよね。カラーリングも白、赤、青、黄色……攻撃魔術の四要素を示唆する色ですから所有主は魔術士だったのかもしれませんけど、魔術国家だから珍しくもありませんし」


 レゼリアの言うように、この四つの色を好む魔術士は多い。流石に自分の家をその四色で彩る人物は稀だが、思考としては突飛とまでは言えない。


「でも、それをお墓にするってなると何か訴えたいことがありそうじゃないですか?」


「あるんだろうな。ただの自己顕示欲でもないんだろう」


 とはいえ、今のアウロスにとっては興味の対象外だった。仮にこの家の所有者が何らかの思惑でこのような建物を造り、それを墓にすることで後世に伝えたいことがあったとしても、自分の人生には何ら関係ない事柄に過ぎない。


 好奇心だけで寄り道をする余裕などアウロスにはないのだから。


 だが、ここにはミストがいた。リジルやサニアも来た。レゼリアも拘っている。


 こうなってくると、無関係と割り切るのは難しい。


「着きました」


 そう告げたレゼリアの立つ場所は――――特に何もない空き部屋の中央だった。


 広さは論文を保管している書庫と同じくらい。この真上に書庫がある為、それ自体は自然としか言えない。


 ただ――――


「この二階全部がそうなんですけど、天井低くないですか?」


「……確かに」


 書庫で論文を読み漁り、身体を伸ばす為に何度か天井を見上げたことがあったが、その三階の天井より明らかに低い。とはいえ平均的な建築物と比較した場合は然程低くは感じない。普通なら気にもならない程度の低さだ。


「未知の空間があるのかもしれません。そう思って二階と三階をくまなく探してみたんですが……」


「何もなかったと」


 レゼリアは力なく頷く。しかし諦めたような顔つきではない。


「お墓ってくらいだから墓室があると思うんですよね。所有主の亡骸を安置するお部屋が。多分それだと思うんですけど」


「仮にそれがあったとして、見つけて何になる?」


「自分が眠る場所にお宝を添えてあるかもしれないじゃないですか!」


 急に声を弾ませるレゼリアの下世話な発想を受け、アウロスは軽い目眩を覚えた。


 今まで様々な奇人変人を相手にしてきた。自分がそう認識されたこともある。だが、その中にあってもレゼリアが相当上位に入るのは疑う余地がなかった。


「こんな奇抜なお墓を建てる人物なんですから、相当変わり者だと思うんですよね。家族もいなかったんじゃないかと。それでいて経済的にも豊かだったでしょうし。そういう人って、自分の遺産を寄付したりはしないと思うんです。だったら何に使うのかって考えたら、自分が永遠に眠る部屋を金銀財宝で飾るんじゃないかなと」


 死後、自分がどれだけ偉大だったかを後世の人々に示すべく、墓や棺桶の豪華さで示す者もいることはいる。極めて少数だが。


「……記憶障害の回復に繋がる物があるかもと考えるよりは遥かに現実的か」


「でしょ? 所有権は時間の経過では消滅しませんけど、もしかしたら手紙を添えてるかもしれません。『この部屋の宝は見つけた者に進呈する』みたいな」


「それは都合良く考えすぎだ。そもそも亡骸のある部屋なんて気味悪くないのか?」


「そこにお宝があるのなら腐乱死体でも踏み越えていきますけど?」


 ――――事もなげ。


 この魔術霊園を訪れた時点で、アウロスはレゼリアに対する見方をかなり変えていた。


 だが、まだ甘かった。


 今はまだ手に負えないほどではないが、ミストの狡猾さを受け継ぎ、現時点でもラディ並の厚かましさと逞しさに更に磨きをかけてしまったら、間違いなくモンスターが誕生するだろう。


「私、お金を稼がなくちゃいけないので。健全な身体と精神って結局お金がないと維持できないですからね。その為ならなんだってします」


 その不敵な笑みは、リジルに勝るとも劣らない歪みを映し出していた。


 あらゆる禍々しさの集合体。


「……まるでドラゴンゾンビだな」


「は? 私が? どういう意味ですか?」


「気にするな。誰に似てるか考えていたらそういう結論に至っただけだ」


「だからどうして私がドラゴンゾンビなんですか! 詳しい説明をお願いします!」


 面倒なので却下した。


「何にしても、普通に探してるだけじゃ見つけられないだろうな。幻術でもないみたいだし」


「ですね。幻術なら叔父様が気付かない訳ないですし」


 構造上、二階と三階の間に未知の空間がある可能性は否定できない。そして、そこに入り口を作ること自体も実は難しくない。


 魔術で壊して穴を開ければ良い。


 とはいえ、他人の所有物件を破壊するなど言語道断。現在のこの建物の所有権はミストにあるのだから、彼の許可なしにそのような蛮行に及ぶ訳にはいかない。


「マルテでもいれば何とかなりそうなんだが」


「……誰ですか?」


「デウス師の実子だ。元教皇の孫でもある」


 答えたのはアウロスではなくサニア。中々戻って来ない二人を心配し、論文の閲覧を途中で切り上げ探しにきたと顔に書いてあった。


「御子息は考古学者を目指し国中の遺跡を巡って調査しておる。広い意味ではここも遺跡のようなもの。確かに御子息の専門分野かもしれぬな」


「そのマルテ君が何処にいるか知ってるんですか?」


「貴様等は運が良い。実はこの近くに来ておる」


「……本当か?」


「無論、嘘などつく意味がない。そもそも先日まで我と行動を共にしていたからな」


 突如として明かされた新事実に、アウロスは思わず眉をひそめる。実際、余りに出来すぎた話だ。何らかの必然性があれば話は別だが。


「魔術士ギルドの【グリムオーレ】は知っておるな?」


「パロップ地方のギルドだろ? 実際行ったことあるが……マルテと関係あるのか?」


「ふむ。実は別の大手ギルドと大揉めしていてな。御子息がそっちのギルドと懇意にしているからと仲裁を買って出たようだ。その道中の乗合馬車で奇遇にも逢着したのだよ」


 考古学者と魔術士ギルドは直接的な繋がりはない。だが各地方の遺跡を訪れる際にはその遺跡の情報や地域住民の受け入れ体勢などを事前に得ておく必要がある。その為、遺跡のある地域を管轄するギルドに挨拶へ行くのが通例となっている。


 加えてマルテの性格を考慮すれば、サニアの話には十分な信憑性がある。


「とはいえ御子息は些か厳しさに欠けておる。いきり立つ魔術士ギルドの面々を宥め賺すほど器用でもない。苦戦は免れぬだろうな」


「……かもな」


 マルテも以前と比べれば格段に成長している。それでも、出会った当初の頼りない少年の面影が消えるまでには至らない。


「パロップだったらここから近いですよね?」


「まさか行くつもりじゃないだろうな。この天候で」


「いえいえ。でもロスト先輩、まだ研究の実証実験が不十分じゃないですか。【緑魔術の持続的出力による移動効率向上について】でしたっけ? 雨中のデータもあった方が良いんじゃないかと」


 本人すらすっかり忘れていた研究テーマを一字一句違わず覚えている記憶力以上に、明らかな無理筋を強引に押し通そうとするその厚かましさ。


 アウロスはそんなレゼリアの言動に、怒りや呆れよりも懐かしさを覚えてしまった。


「確かにな。わかった」


「なんと。随分物わかりが良いものよ」


「不安がない訳じゃないが、後輩がここまで言ってくれるんだ。俺も覚悟を決めて、思い切って任せてみようと思う」


「さすがロストせんぱ……ん?」


 強引な急展開、不躾な要求、生意気な年下。


 アウロスはそういったものに対し、無類の耐性があった。


「えっと……なんか私一人で行けって言ってるように聞こえなくもないんですけど……気の所為ですよね?」


「生憎今の俺はマルテに忘れられているからな。俺が行こうとレゼリアが行こうと大差ない。実験と人捜しを同時に任せるのは賭けだが、思い切って決断してみようと思う。俺もそろそろ後進の育成を考えなきゃいけない時期だからな」


「そういうことじゃなくて! ロスト先輩って私みたいなか弱い子を一人で旅立たせる非情な人だったんですか!?」


 先程の大声とは明らかにトーンが異なる。どうやらレゼリアの素はこちらの方らしい。


 彼女の素性や本性を露呈させることに、何処までの意味があるのかはアウロスにもわからない。


 それでも、彼女がただ資金を求めてこの建物に執着しているとは到底考え難い。


 記憶障害を元に戻す何かがここに眠っている。


 現状、他に手掛かりがないに等しい中でこの可能性を過小評価はできない。 


 ならばやることは一つ。レゼリアを粛々と追い詰め、彼女の目的を全て吐き出させる。


 これはその為の通過儀礼だ。


「謙遜するな。レゼリアに対する俺の評価はそんなに低くない。きっと最短でグリムオーレに辿り着けるし俺の実験も完璧にこなしてくれるしマルテも無事に連れて来られる。大丈夫だ」


 後輩に対し力強い激励を淡々と告げ、論文用のデータシートとペンを渡し、アウロスは一つ頷く。


 レゼリアはその間、ずっと呆然としていた。


「……ククク。どうやら雨も上がりそうだぞ」


 旅立ちを祝福するかのように薄れゆく雨音を聞きながら、サニアは暫くの間愉快そうに笑っていた。







2025年最後の更新です。今年もご一読頂きありがとうございました。

来年はこの作品の集大成をお見せする一年にできればと考えています。2026年も本作を何卒宜しくお願い致します。

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