後日譚:忘却の綴り(48)
――――それは第三十五回『魔術学会前衛術研究論文発表会』を経て、アウロスがウェンブリー魔術学院大学を辞め第一聖地マラカナンへと向かう道中の一幕。
「今更だけど、男女の二人旅ってそういう目で見られるものなんだねー」
共にウェンブリーを離れ暫く同行することになったラディアンス=ルマーニュの何気ない一言に、アウロスは重い溜息を漏らす。
一緒に歩く際の距離感は確実に他人のそれ。勿論手など握っている訳ではないし、肩が触れ合うような近さでもない。それでも旅を始めてたった二日で、実に10人以上の人々から恋人同士と誤解されてしまった。中には『夫婦ですか?』とまで聞いてくる輩もいた。まだ10代の二人に対して。
「私は万能の情報屋だからそういう低次元のゴシップなんて訓練され過ぎてて一切気になんないけど、この手の話に全然免疫なさそーなロス君はキツいんじゃない? 何人かはウェンブリーに向かう途中の人たちだったしさ。あっちで噂されちゃうかもよー? 『二日くらい前に愛想のない根暗な魔術士と愛想良くて可愛い天才情報屋のカップルを見かけたけどお似合いだったね』って」
「……される訳ないだろ」
「わっかんないよー? そういう話題好きな人って結構多いから。ボン・キュ・ボンあたりで食事しながら私たちのこと話す旅人だっているかもしんないじゃん。そしたらクレりゅんが偶然聞いちゃって、ウォルっちの耳に入って大学にまで噂を広められちゃって……」
「……で、その後どうなるんだよ」
「……うん。その後どうなるの?」
「俺が聞いたんだよ万死の情報屋」
終始笑顔でからかってくるラディに対し、アウロスの精神は限界を迎えつつあった。
同じ目的地へ向かっている訳ではない。これからやろうとしていることは両者異なる。わざわざ同行する必要はない。
だがここで別れようと提案しようものなら『あれれー? やっぱり意識しちゃってる? 私と恋人だって誤解されるのが怖い? 誰に誤解されるのが怖いのかなー?』などといったラディの更なる追撃が予想される。
まだ旅は始まったばかり。ここで精神的な疲弊がピークを迎えるようではマラカナンまでもたない。
アウロスはどうにか話題を変えようと思案したが、何を言っても墓穴を掘りそうな予感しかしなかった為、諦めの境地に自ら飛び込んだ。
「ま、人ってそういうものなんだよね。別に私たちの関係性なんて周りにとっちゃどーでもいいことなのに、若い男女が一緒に旅してるってだけでそこに結びつけちゃう。邪推するだけならまだしも、わざわざ口に出しちゃう。それって何でだと思う?」
「……真実を確かめたい欲求、じゃなさそうだな」
「それもゼロじゃないと思うよ。正確には色んな欲求の複合かな」
歩きながら隣のアウロスに身体を向け、器用に通行人を避ける。気配察知の苦手なアウロスにとって、ラディの勘の良さは純粋に羨ましかった。
「目の前に私とロス君っていう情報があって、少なくともその情報は大半の人には不要なものでしょ? なのに二人の関係性を予想する材料を集めようとしちゃう。そして、その予想が当たっているかどうかを確認しちゃう。それは自分を納得させたいだけかもしれないし、私たちを喜ばせたいだけかもしれない。後でお連れの人と話題にしたいからかもしれない。理由は人それぞれだけど、みんな『正しさ』とか『必要なもの』じゃなく『したいこと』が根源にあんのよ」
したり顔で自論を唱えるラディに、アウロスはあえて異論は挟まない。ただ歩きながら彼女の話に耳を傾け続ける。
「そこから逆算すると、情報ってのは必ずしも正確性が求められる訳じゃない。情報収集を依頼した人が何をしたいのか、何を望んでいるのか。その背景を踏まえた上で依頼の範囲を超えた情報もかき集めておかないと、心からの満足は得られねーのよ」
「それが情報屋としてのラディの信念か」
「まーね。余計なことだって怒られても、その後に依頼人の役に立つと信じて提供するのがプロの仕事ってな訳よ」
鼻息荒く、ラディはスキップをするようにアウロスの前を進む。力強さはないが、その軽快さは彼女ならではの華だ。
「だから私たちが恋人っていう間違った質問も、意味がない訳じゃないんだよね。情報としては誤りだけど、情報は正確かどうかが全てじゃないから」
「……情報屋がそれを言うのもどうかと思うが」
「情報屋だからこそ言ってんの。特に高尚な魔術研究機関の研究者様はね、魔術に関しては奧の奥まで覗こうとするのにそれ以外の是非や善悪は極端に二元化したがるから。魔術だけが奥深い訳じゃねーっての世の中は」
その訓話は、魔術国家において情報を扱っている専門家ならではの示唆に富んでいるようで、特に大した意味はない愚痴だった。
ラディ以外が言ったのであれば。
「私もこう見えてさ、結構不安なんだよね。身体を治せるアテなんて何処にもないし。何処に向かえばいいなんて正解がある訳じゃないから」
「……」
「だからね、ロス君にとっては下らないことだろうし迷惑かもしんないけど、私にとっては自分が『そういう対象で見られる』事実って結構必要な訳よ。今はまだ服で隠せるけど、万が一"あの傷口"が広がって顔にまで及んだら……もうさっきみたいな軽口も叩けなくなるしね」
ラディを侵している生物兵器は、現状では拡大傾向にはない。だが生物兵器である以上、それはラディの体内で生き続けている恐れがある。醜い傷口が広がる可能性がないとは言えない。
「だからさ、そんな嫌そうにしないでよ」
その切実さは、アウロスには実感として理解することはできない。同じ境遇ではないから。だから安直に同情も共感もできない。
できるのは一つだけだ。
「別に嫌がって溜息をついた訳じゃない。俺の体力のなさは知ってるだろ。純粋に疲れたんだよ」
「……もしかして私以下なの? それ終わってない?」
自分のできる範囲で、この恩人の力になれることをする。
今は少しでも不安を忘れるよう仕向けるだけ。いずれはもっと具体的な、根本的な解決をもたらすつもりでいるが――――それができるのはまだまだ先の話。
「しょうがないなーもー。私がいないと途中でバテて行き倒れになっちゃうんじゃない?」
「流石にそこまで間抜けじゃない」
「強がんなくていいってば。どうせずっとそうやって生きてきて、これからも強がっていかなきゃなんないんでしょ? だったら私といる時くらいはヘロヘロなロス君のままでいなさいな」
だが、また恩が一つ増える。
アウロスにとってラディは極めて厄介な存在だった。
いつも煩いし、無駄に元気だし、常にけたたましいし、隙あらば奢って貰おうと画策するし、呆れるほど騒がしい。
その一部が空元気だと明らかにした今でも、構わずそのままの彼女であり続けている。
他の誰でもない。ラディアンス=ルマーニュこそが強がりの象徴だ。
そして、強がりとは強さの前借りでもある。
実際には強くなくても、そう振る舞っている内に本当の強さが身に付いていく。ラディの心の強さはアウロスのそれを遥かに凌ぐ。
プロ意識の高さ。そして不屈の精神。
誰にも口外するつもりはないが、アウロスはラディを誰よりも尊敬していた。
「……冗談じゃない。これ以上弱みを握られてたまるか」
故に、アウロスは決してラディの手を握らない。
いつか必ず、彼女が前に進めるようその背中を押す為に。
「それはそうと、仕事を一つ頼んで良いか?」
「お、なになに? お金になることならいつでも何処でもウェルカムカモーンってなもんですよ」
「『テロ組織の二人組が恋人を装ってウェンブリーに潜み暗躍している』って噂を広めて欲しい」
「対策早すぎない!? もう誰もカップルの話題とか外で出せなくなるやつじゃん!」
そんな二人のやり取りは、その後マラカナンに着くまで続いた――――
「運命だと思ったんですよね」
アウロスの目に映っていた女性が、その言葉をきっかけにレゼリアの姿へ戻る。元々彼女でしかなかった筈だが。
「こんな自分になってからも、魔術を手放すことはできませんでしたし。それ以外に何の取り柄もないって訳じゃないですけど……魔術士じゃない自分って想像できないんです」
「だからウェンブリー大で働くことにしたのか」
「仕事をしないとお金も稼げませんし。完全に叔父様のコネですけど、幸いにも魔術の知識自体は分裂していませんから研究の妨げにはなっていません。今の私にできることを貫いて、未来を切り拓くつもりです」
レゼリアの生き様は、ラディに少し似ている。
そして、アウロスにも。
決して要領が良い訳でも器用な方でもないからこそ、無駄を省き合理性を重視する。それが周囲からどう見えようと構いはしない。
レゼリアもまた、多くのものを犠牲にして最短距離を突き進むタイプの人間だった。
「ここに来たのも、自分の未来を切り拓く為か」
「はい。叔父様のリクエストに応えたのも、それを条件にここに長期滞在する許可を得る為でした」
「……この魔術霊園には何があるんだ?」
サニアが指摘した通り、ここには死に論文以外の何かがある。
ミストが二重の幻術を用いて防衛を試みるだけの何かが。
リジルが豪雨の中でも駆けつけるだけの何かが。
「この先にあります。望むのなら特別にロスト先輩にはお見せします。私がここに居られるのは先輩のおかげですし……同じ『忘却』に悩まされている仲間ですから」
不敵に微笑み、レゼリアは通路を足早に進む。
その後ろでひっそり嘆息しながら、アウロスは彼女の後を追った。




