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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
アフターストーリー「大陸編」
377/382

後日譚:忘却の綴り(30)

 負傷は肩口。深さは――――皮が捲れる程度。


 それはミストに最初から深傷を負わせるつもりがなかったことを意味する。生命を脅かす戦いではないのだから当然ではあるが、アウロスは違和感を覚えていた。


 ミストならばもっと効果的な攻撃ができる。例えば明らかに手心を加えられたと相手が感じるような、屈辱感を植え付ける攻撃の方が精神的なダメージを与えられるし、ミストならそれを実現できる。それこそアウロスの首筋を掠めるような攻撃ならば、手加減したことが顕著に伝わるだろう。


 風の刃で切りつけるだけの緑初級魔術【舞刃】を選択しているのだから、寧ろそうしない方が不自然。アウロスの知るミストだったら、『狙っていたのが首筋など動脈のある箇所だったら死んでいたぞ』と上から目線で言い放つまでがセットだった筈だ。


 無論、自分から誘っておいて手を抜くような性格ではない。


 ならば、ミストの意図は――――


「生命の危険がない攻撃は無視か。極端なまでに割り切っているな。目的に向かって一途に突き進むタイプと見た」


「……」


 アウロスの人物像を深くまで捉えること。屈辱感を与えるより、肉体的ダメージを負わせるよりもそれが一番の勝利への近道という判断だ。


「あの手の反射的な行動は理性で誤魔化せるものではない。これでお前の人間性はある程度まで導き出せた……と言いきるのは少々過信気味だが、十分な収穫はあった」


 そこまであえて説明したのち、ミストはまたも姿を消す。


 攻撃直後に安全圏へと離れるのは、戦闘における基本的な戦術。身体能力に劣る魔術士が一対一で戦うのならば必須と言ってもいいくらいだ。


 何より、アウロスはまだ謎を解いていない。ミストがどんな魔術を用いて消えているのか、ルーリングを使わずに魔術を出力できるのか――――この答えを出さない限り勝ち目はない。


 だがミストもまた、アウロスの結界が変化した謎を解いていない。ならばアウロスに結界を張らせたい筈。先程のような不意打ちでは結界を張る暇もないため、通常の戦術としては有効でもこの戦いにおいては下策となる。


 そしてミストの攻撃には法則がある。それは――――


「次はお前の結界を丸裸にしよう」


 姿を現してから攻撃する。その上で結界を張らせるとなれば、必然的にアウロスに視認させた上で攻撃することになる。


 案の定、ミストはアウロスの目の前に現れ、正面から【炎の球体】を放った。


 速度は並。特に逡巡の理由もなく、アウロスは盾型結界でそれをかき消す。



 ――――刹那、足下に【氷海】が迫っていた。



 足場を凍らせて敵を足止めする、アウロスが最も頻繁に使用する初級青魔術。相手に使われる機会は極めて少なく、足下を攻撃されることも滅多にないため反応はどうしても遅れる。


 だが対処法はある。


 アウロスはあえて結界を変化させずキャンセルを選択。氷海をそのまま食らい足が凍らされるのを傍観した。


 ただしそれも一瞬。


 キャンセルとほぼ同時に【鬼火】を複数綴る。


「……む」


 威力が低い鬼火をまず足下に出力し、しばらくそこに留まらせる。炎の熱で氷海は徐々に溶け――――地力で割れる頃合いに留まっていた鬼火が同時に全てミスト目掛けて放たれていく。


 速度は炎の球体を遥かに凌ぐ鬼火とあって、ミストは回避に全力を注がざるを得ない。


 もっとも――――


「時限発射型の鬼火か。こんな魔術、一体何処で習った?」


 ミストは既に結界を張っており、容易に全てを防いでみせた。


「習わなきゃ使えないような魔術しか持っていないなら、教科書が服着て歩いているようなもんだろ。燃やされて終わりだ」


「なかなか皮肉が利いている。魔術士育成の参考にさせて貰うとしよう」


 互いに複数の魔術を使用した攻防は、いずれも決め手に欠けている。それは相手を倒すという意味ではなく、心を折るという勝敗基準における決め手だ。


「私に結界の変化を見られたくなくて、代わりに鬼火を使った……などという消極的な戦術ではなかったな。私が攻撃されるのを想定していないと判断し、防御より反撃を選択した。やはり戦い慣れている」


「その割に、あっさり結界で防がれましたが」


「臆病なのだよ、私は。常に身の危険に怯えているのでね」


「……」


 ミストの発言は半分ほど真実だ。


 まだ助教授だった頃、ミストは教授になるべく様々な奸計を企てる一方で、自ら手を汚すことはほとんどなかった。攻めはするが、守りを疎かにはしない。攻防一体がミストの基本姿勢と言っていい。


 それは先程からの戦闘スタイルにも如実に表れている。


 姿を眩まし、アウロスの視界から一度消えてから攻撃の準備を整える。何処から魔術を放つか、どんな魔術で最初の結界を引き出すか。次にどんな魔術で結界を変化させるか。


 そこまで考えるには相応の時間が要るが、ミストは姿を消すことで考慮時間を完全な安全圏で過ごせている。


『姿を消している最中は攻撃魔術は使えない』


 このルールは依然として有効だが、そのデメリットは今のところはないに等しい。


「見事な反撃だったが……お陰で情報は集まった。私が勝つ条件は整ったと宣言しておこう」


 大胆な勝利宣言――――だが、それも当然ながら戦略の一部。実際に勝機を得たとしても、相手に伝える時点でそれは確実に自己顕示欲を満たすためではない。ミストがそのような性格ではないことを、アウロスは誰よりも近くで見てきた。


「まず大いに実感したのは、お前がレゼリアの言う通りの魔術士ということだ」


 レゼリアの報告の内容をアウロスが知る術はない。だが『研究者でありながら場数を踏んだ臨戦魔術士』との解釈で大きな齟齬はない筈だと断定し、ミストの言葉を待つ。


「恐らくお前は、研究者としては規格外の戦闘力を持っているのだろう。今まで幾度となく『研究者なのにそんなに強いのか』と驚かれたのではないか?」


「……」


「そこにお前の矜恃があるのなら、同じく研究者の私に傷を付けられたのはさぞ屈辱的だろう。敗北を喫するとなれば尚更だ。『研究者の割に強い自分』というプライドがへし折られるのだからな」


 既にミストの姿はない。発言の途中から声だけとなり、アウロスの精神を追い詰める。魔術による殺傷よりも明らかに言葉の攻撃性が上回っている。


「口が悪いですね。大学教授ともあろう方が」


「大学教授らしい言葉は、大学教授らしさを見せつける場面でなければ意味がないだろう?」


「仰る通り」


 納得しつつ、アウロスは額を手で拭う。


 だが、そこに汗は全く滲んでいなかった。


「……」


 再び静寂が訪れる。


 そして――――


「……っと」


 死角からの魔術。今度は【氷輪】がアウロスの左斜め後方から飛んで来た。


 完璧には躱しきれず、掠った左耳から血が流れる。耳の周りや内部は血管が多いため、負傷の度合いの割に血の滴る量は若干多くなる。


「結界を張らないのか? 先程の変化する結界をもう一度見せて欲しいのだがね」


「安売りはしないよう昔の上司に言われたんで」


「切り札を大切にするのは結構だが、使わず終いで終わるようなら愚の骨頂だぞ? 私が評価する立場なら最低点をくれてやるだろうな」


 挑発は続く。先程と全く同じパターンの攻撃。だがそれは究極のワンパターンとも言える。少なくともアウロスは一方的に攻撃されているだけで、まだ一度もミストに脅威を与えていないのだから。


「わかりました」


 だが、それもここで終わる。


「こっちばかり一方的に見せて貰うのも気が引けますし」


「大人はそうでなければな」


「感謝はしなくていいですよ。貴方をまた傷付けることになる」


「……また? 二重の幻術を見破られて私が傷付いたとでも?」


「それは貴方にしかわからないことです」


 当然、この程度の揺さぶりで感情を動かすような人物ではない。だがアウロスの不貞不貞しい挑発はミストに新たな判断材料を与えた。


 静寂が場を支配する。


 しかしこれまでの傾向通り――――すぐに破られた。


「人生の先輩に対して横暴極まりないな。大学の程度が知れる」


 悪態と共に正面から放たれた【灼熱閃】に、アウロスは盾型結界で対応。オートルーリングで即座に展開された結界はギリギリのところで熱を帯びた閃光を防いだ。


「!」


 ――――が、攻撃は終わらない。即座に真上から青魔術【星氷柱】が降り注ぐ。


 全く違う方向から間髪入れず追撃。結界を一度キャンセルしていては間に合わない。防ぐ方法は一つしかない。


 アウロスの前方に展開されていた盾型結界が、先程と同じように球状結界へと変化していき――――氷柱を防ぐ。


 その間、アウロスは一度もルーンを綴っていない。そういう意味ではミストの戦い方と共通している。


「……だが私と同じように幻術を用いているようには見えないな」


 またしても同じパターンの攻撃を一頻り終えたミストが再び姿を現し――――



 間髪入れずアウロスへ【審判の終】を放った。 






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