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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
アフターストーリー「大陸編」
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後日譚:忘却の綴り(23)

 魔術霊園という名称を初めて聞いた際にアウロスが漠然とイメージしたのは、広大な一階建ての建物だった。


 勿論、一般的な霊園そのままに当てはめるのは不合理。論文を管理する上で雨風を完璧に凌げる建物でなければ機能しないのだから、野外など論外だし神殿のような隙間だらけの施設でも成立しない。


 ラシルが説明していたような、一人の大魔術士が自分のためだけに作った自分の墓とは想像もしていなかった。


「この墓地遺跡は、大魔術士が死後の世界を夢見て作らせたと言われているんですよ」


「……どういう理屈だ」


「なんでも、死を迎えるにあたって自分がどれだけ価値のある人物かを形にしっかり残せば、死んだ後もその価値を神様なり何なりが認めてくれて、新たな世界へ招待してくれる……みたいな考えだそうです」


 アウロスには全く理解できない話だったが、実際そのような信仰は世界のあらゆる場所で見受けられる。輪廻転生、或いは天国への階段などプロセスは様々だが、死した後も自分という存在を保てる方法があると信じる者は多い。


「ロスト先輩は死後の世界って信じてますか?」


「考えたこともないな」


「死ぬのが怖くないってことですね。カッコ良いです」


 声と言葉自体は普段通り、如何にも適当な言動。しかしアウロスは、先を歩くレゼリアの感情が初めて乱れたような気がした。


「死ぬのが怖くない訳じゃない。やるべきことや俺を必要としてくれる人を残して死ぬのは怖い」


「そうなんですか? なんかロスト先輩ってそういう感情を超越したところで生きてるって気がしますけど。仙人みたいな人ですし」


「……似たようなことはよく言われるな」


 若々しさがない。年寄り臭い。人間味が感じられない。


 大学時代にも散々言われてはいたが、賢聖になって以降はそういった声が会ったこともない一般市民にまで広がっている。主に広げたのはラディだとアウロスは踏んでおり、いつか復讐してやろうと機会を窺っている。


 他にもやり残していることは数多ある。何より今は、プロポーズをしようとした相手にさえ忘れられている始末。心残り以前の問題だ。


「嫌な言い方かもしれませんけど、ロスト先輩って自分をあまり好きじゃないというか、自分に興味がないように見えます」


「……かもな」


 アウロス=エルガーデンとして長年生きてきた青年に、真の意味での自分は存在しない。ラディからロストという名を貰い、賢聖として生きている今も尚、その感覚が完全になくなることはなかった。


 自己肯定感、自己愛といったものとは対極の自我。今のアウロスにはそんな人間性が根付いている。


「まさか、出会って間もない人間にまで言われるとは思わなかったが」


「見抜いてますよ。私はロスト先輩のファンですから」


「だったらもう少し気を遣って貰いたいんだが……」


「あ、着きましたよ。この本棚の一番向こうに叔父様の論文はまとめてます」


 アウロスの半眼を無視し、レゼリアは最奥の本棚に沿って足早に離れていく。


 奇抜なカラーリングのせいもあって外からは何階建てか今一つわかり辛い建物だが、ここは三階で更なる階段はなく、三階建てが濃厚。とても個人の墓として建てられたとは思えないような構造だ。


 もっとも、そのような過去の事由を気にする必要はアウロスにはない。今すべきは論文の手早い確認だ。


「ここから向こうの端っこまで全部です」


「……」


 だが、とても一日やそこらで完読できる数ではなかった。


 この魔術霊園に保管してあるミストの論文は――――30本以上。無論、これは彼がこれまでに手掛けた全ての論文の数ではない。ここにあるのは何らかの理由で破棄された論文だけだ。


 ミストほどの実績と実力を備えた研究者でも、30を超える失敗作がある。それだけシビアな世界であり、だからこそ成功者は神のように讃えられる。たった一つの研究が時代を作ることもある。


「これって、持ち帰ったら……」


「ダメです。持ち出し厳禁」


「だろうな」


 でなければ厳重に保管してある意味もない。破棄された論文が他国に売られ、最新鋭の魔術研究として詐欺の商品にされた事例もあるという。幾ら失敗作でも名のある魔術士が手掛けた論文は軽く扱える物ではない。


「それじゃ、俺は暫くここに籠もる。あとは自由行動で宜しく」


「わかりました。私もお役御免なので適当に時間を潰しておきますね」


「大学に戻って貰っても構わないが」


「冷たいですね。推しの魔術士を残して帰るほど冷血じゃないです、私」


 唇に当てた指を音と共に離し、レゼリアはアウロスから離れていった。


 彼女がアウロスを連れてここへ来た理由は、既に明言されている。叔父であるミストが『自分の論文を読みたがっている人物がいたら案内しろ』と命じていたからだ。


 ミストは現在、この魔術霊園に常駐しているという。オートルーリングを巡るアウロスとの駆け引きに敗れたことはおくびにも出さないが、大打撃を受けたのは明らか。加えて、それでも自分を利用しようと絶え間なく接触してくる輩に嫌気が差したのであれば、人里離れたこの場所で暮らすだけの理由にはなる。


 だが、理由はそれだけではないとアウロスは睨んでいる。


 ミストは必ず再起を図っている。最短での教会進出は叶わなかったが、別のルートを探っているに違いないと目していた。仮にもう教会への移籍は不可能だとしても、違う方法で魔術士の地位を大きく向上させる方法を模索していると。


 それが、第二聖地でも第一聖地でもミストと戦ってきたアウロスの偽らざる評価だ。


 自分の破棄した論文を読みたがっている人物をあえて招いているのにも何らかの建設的な理由がある筈――――そう睨んでいる。


 レゼリアに関しても同様。


 彼女はアウロスに対し常に好意的だが、それをそのまま受け取るほどアウロスは素直な性格ではない。同時にハニートラップのような単純な罠ではないとも見なしている。


 何しろ、あのミストの姪。一筋縄ではいかない人物なのは確実だ。


 この破棄論文を読み漁っている最中に後ろから襲撃されることも想定しておかなければならない。


「はぁ……」


 世界から忘却されて以降初めて、アウロスは心の底から生じた溜息をついた。





 魔術霊園は決して特異な建物ではない。日が沈めば当然暗くなるし、照明に明かりを灯せばある程度の視界は確保できる。


 窓は通路側にしかないため、月明かりは全くアテにならない。照明も万全には程遠いため、夜間に論文を読むにはランプが必要となる。


「持参しておったのか。用意周到じゃな」


 意外にも、最初に接近してきたのはミストでもレゼリアでもなくラシルだった。


「それにしても凄まじい数じゃな。これを全部読む気かの?」


「大した量じゃないですよ。丸三日あれば完読できます」


 論文は基本、それほど分厚い物ではない。一冊せいぜい10万~20万字程度だ。


 とはいえスラスラ読めるシロモノでもない。論旨に対する考察をしながら読まなければならないし、加えて参考文献の数が多く、そのタイトルまで逐一チェックしていくとかなりの時間が消費されていくことになる。


「妾には理解できぬ世界じゃのう……」


「ラシルさんは探し物、見つかりましたか?」


「一通り探したが、無駄足の可能性大じゃ。明日も一応探してはみるが期待薄じゃな」


 先程までより声のトーンが若干低い。既に諦めムードが漂っている。


「ま、場所がわかれば再訪も可能じゃ。用事もあるし、明日の午後には一旦離れることになるじゃろう」


「それなら、ここでお別れしておきますか」


「そうじゃな。短い間じゃったが中々興味深い一行に出会えて楽しかったぞ。縁があったらまた会おう」


「ありますよ。きっと」


 柄にもなくそう告げ、アウロスは差し出されたラシルの手を握った。


「実は、知り合いがここを探しておってな。もしかしたら貴様がここにいる間に連れて来るやもしれぬ」


「……だったら先にそう言って下さい」


「かっかっか。ではな」


 ラシルは愉快そうに笑い、長い影と共に去って行く。


 500年以上もの人生を歩み、それでも若々しい外見を維持し続ける謎の龍騎士。素性を知らなければ10代女性としか思えない銀髪の美女を見送り、アウロスは静かに嘆息した。


 彼女の存在は世界的にも問題視されている。どう考えても不老不死を想起させる存在なのだから当然だ。


 だが、ラシルは誰にも捕まえられない。どの国家にも縛られない。どんな権力にも屈しない。それが、彼女を伝説の自由騎士と言わしめる所以でもある。


 自分とは対極の存在に暫し思いを馳せたのち、アウロスはミストの破棄論文を再び読み出した。


「……のう。妾は今日何処で寝ればいいのじゃ? もう受付に誰もおらんのじゃが……」


 ラシルが気恥ずかしそうに戻ってきたが、そのか細い声は集中しているアウロスの耳に届くまで暫く時間がかかった。







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