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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
アフターストーリー「大陸編」
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後日譚:忘却の綴り(17)

 ヴィオロー魔術大学はデ・ラ・ペーニャ内において突出した知名度を誇っている訳ではない。卒業生の中に著名な魔術士は十数人いるが、一般人にまでその名が知れ渡っている者となると皆無。大学の歴史、規模、影響力のいずれもが凡庸の範疇にある。


 そして凡庸な魔術大学は、何処も慢性的な人手不足。優秀な人材はそれ相応の名門へと集まるし、ほどほどの才能しかない魔術士が研究を行う場合、少人数でしがらみなく研究できる研究所を選択することが多い。


 研究所は個人または少人数の集団で形成されることが大半で、その性質上経営者の理念がそのまま反映される。若い経営者の場合は横の繋がりが多岐にわたることが多く、研究所同士は勿論、魔術士ギルドや教会と協力関係にある所も多い。そのためステップアップを目指しやすい環境にある。


 長らく攻撃魔術至上主義が定着していた魔術界において、研究者が最終的に何処を目指すかは難しい問題だ。


 自身が革新的なアイディアで優れた新魔術を開発できるのなら何も問題ないが、そのような天才は極少数。大多数を占める平凡な研究者は誰かを頼らなければ生きていけない。その上、攻撃魔術は長い歴史の中でありとあらゆる研究がなされており、既に画期的な新魔術の開発は限界に近付いている。


 故に、凡人が安定した人生を望むのなら大学よりも研究所の方が好ましい。そんな状況が長年にわたって続いた結果、平均以下の魔術大学は自然と人材不足に陥ってしまった。


 決して裕福でも非凡でもなかったアウロスがこの大学で研究員になれたのは、こういった背景があったからだ。


 ただし大学での日々は安寧とは程遠かった。魔力量は魔術研究の素養に直接的な関係はないが、魔力量の少ない魔術士には無条件で『才能なし』の烙印が押される。それは慣例と言っても差し支えないもので、表では『差別は悪しきこと』と謳い制限を設けず門を開いているが、中では多くの関係者が魔力量の低い者を見下し、冷遇している。


 当然、見下される側は反発心を抱く。だが『それが当たり前』の閉鎖的な世界では誰もが慣れざるを得ない。そうしなければ生き残っていけないのだから、順応していくしかないのが実状だ。


 しかしアウロスは最後まで自分を蔑む者たちに対して諂うことはしなかった。彼らに媚びればオートルーリングの研究を続けさせて貰えたかもしれないが、『アウロス=エルガーデンは無様な魔術士だった』という評価が後年まで残りかねない。それでは名を残す意味がない。


 結果としてアウロスの態度は教授をはじめとした多くの大学関係者を苛立たせ、魔力量詐称の濡れ衣を着せられ魔術士資格の剥奪という異例の制裁を受けるハメになった。


「……」


 久々の古巣に着いたものの、アウロスの胸に去来するのは辟易とした感情のみ。良い思い出などロクにない場所だった。


「ここがヴィオロー魔術大学かぁ……」


「含みのある言い方ですね。大したことないなって感情が漏れ出ていますよクレール先輩」


「そ、そんなことはないけどね? 建物が古いのは歴史ある証拠だし」


 実際には建て替えるだけの余裕がないだけ。発言したクレールも無理のあるフォローなのは自覚していた。


 もっとも、校舎がみすぼらしいからといって大学の質が低いとは限らない。例えば第三聖地サンシーロのマツェンデン大学は老朽化が顕著な校舎で国内最高峰の研究を行っている。それは学長の『建物には先駆者の魂が宿る』という思想に基づき、あえて建て替えないようにしているからだ。


 その考えの正誤は重要ではない。ただ一貫性のある運営を行っている魔術大学は自然と良い人材が集まるもの。つまりヴィオロー魔術大学には一貫性など存在しないと言える。


「心配しなくても、この大学の悪口なら何を言っても大丈夫です。評判悪いですからここ」


「ちょっ……! そんなこと大学の敷地内で言っちゃダメでしょ!?」


「仕方ありませんよ。賛否両論ある、くらいだったら私もここまでは言いません。でも魔力量の詐称なんて無実の罪を負わせて後のオートルーリング創始者を追い出した時点で擁護のしようがありません」


「え……? そんな話聞いたことないけど……本当なの?」


 レゼリアの発言にクレールもかなり驚いたが、それ以上に驚いたのがアウロス。表情こそ平静を装っているが、心中では困惑すら抱いていた。


 アウロスの処遇の真相を知っているのは本人、クビを宣告した教授、そうなるよう仕向けた同僚、そしてミストくらい。他はクビになった事実は知っていても濡れ衣のことまでは知らない筈だ。


 勿論、アウロス以外の三人が誰かに話した可能性はある。だがアウロスを貶めた二人がわざわざ自分の悪行を漏らす必要はないし、ミストにしてもその情報を有効利用できるシチュエーションでなければ話さないだろう。


 つまり、レゼリアがこの件を知るには幾つもの障壁がある。興味本位で探った程度では到底、その壁は越えられない。


「あれ? ロストさん、どうかしましたか?」


「……いや。何でもない」


 本人を問い質すことはできない。アウロスは今、忘れられた存在なのだから。オートルーリング創始者が彼であると知っているのは彼一人。それは真実ではあっても何ら有効性のない情報だ。


「さて! これからどうします? いきなり魔術霊園に行っちゃいますか? 私としては一日休んでからの方がありがたいので是非そうして欲しいですけど」


「悪いができるだけ急ぎたい。直行コースで頼む」


「これだけ暗に今日は行きたくないって言っている私に何の忖度もなしですか。流石です。その畜生な精神こそ私が貴方から学びたいものかもしれません」


 何故かレゼリアは恍惚の表情でアウロスを讃えた。


「私はここのジョゼット教授に会って話を聞きたいんだけど……別行動でもいい?」


「ああ。赤魔術の制御について教えを請うのか?」


「うん。パンの旨味を消さずに香ばしく焼く為には、繊細な制御が必須だから。ジョゼット教授は女性では数少ない赤魔術専門の教授なのよ」


 そう告げるクレールの顔は、アウロスの記憶の中にいる彼女よりも幾分幼く見えた。まるで夢を語る子供のように。


「宿の場所はわかるか?」


「微妙……だけど大丈夫。私こう見えて人見知りはしないから」


「……印象のままだな」


 実際、宿の名前さえ覚えていれば地元の人間に聞くのが一番確実。笑顔で手を振り離れていくクレールの姿を暫く眺めながら、アウロスはそのバイタリティに思わず目を細めた。


 魔術士がパン屋になる。それ自体も進路としては異例だが、何より大学でのクレールの苦悩を知っているだけにその選択は余計センセーショナルだった。


 けれどもクレールは常に前を向いている。その姿勢にはアウロスも少なからず勇気を貰っていた。この状況にあっても希望を持って進むことの重要性を彼女は自分の人生で示してくれている。


「あれだけ有能な人でも生き残れない世界なんですよね。私たちがいる場所は」


 そんなアウロスとは全く異なる視点で、レゼリアはクレールを評した。


 彼女が何者なのか。どうして自分のクビになった経緯を知っているのか。そもそも何が目的でついて来たのか。


 レゼリアに対し聞きたいことは山ほどある。だがそれを聞けば彼女は離れて行ってしまうかもしれない。


 今優先すべきは魔術霊園に入ること。彼女の紹介なしでは許可が下りないと言うのなら、絶対にいて貰わなくては困る。


 アウロスはそう結論付け、自身の心の一部を封鎖した。


「ところで移動手段をどうしましょうか。魔術霊園までは結構距離がありますけど」


「どれくらい掛かるんだ?」


「今から出発して日が暮れるかどうか、ってところです」


 現在はまだ昼前。想像していた以上の距離だ。


 徒歩以外の手段となれば乗合馬車が第一選択肢。既に馬車で長時間揺られてきただけに気は進まないが、歩いて行くのとは比較にならない。


 その結論を伝えようと、アウロスが口を開きかけたその時――――



「そこの二人! 聞きたいことがあるのじゃ!」


 

 あり得ない方向からの声に、思わず顔をしかめる。アウロスにはその女声に聞き覚えがあった。 


 忘却魔術によって世の中から忘れられてしまう直前、世界各国の有望な若手を集めて開いた会議の席で一際異彩を放っていた銀髪の女性。


 声のした方を見上げると、巨大な飛龍の背に乗った自由騎士――――ラシル=リントヴルムが全身で風を浴びていた。





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― 新着の感想 ―
今でもこうして更新されてるのめっちゃ嬉しいな〜。ありがとう
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